悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第290話 旅程の終わりに 二

「そもそも、私は結婚をしないと言っているんだけれどね……」

 

 大友(おおとも)国崩(えくす)の提言──

 

 ──それに『待った』をかけるのは、氷邑(ひむら)銀雪(ぎんせつ)だった。

 

 だがその『待った』に『待った』をかける大友国崩である。

 

「『結婚をするつもりはない』『君の告白は受けられない』……そういうことは、さんざん言われましたわ! しかし! 肝心の理由をうかがっておりませんの! これでは、あきらめもつきません!」

 

 銀雪は力なく笑った。

 

「『君と私とは、親子ほどの年齢差がある』というのは……」

「理由になりませんわ!」

「そうなんだろうね。しかし……困ったな」

 

 そこで銀雪が目を配るのは、息子の梅雪(ばいせつ)と、娘のはるだった。

 

 黄金龍(ゴルディオン・ドラゴン)から降りた北条(ほうじょう)勢が『いったい何が始まっているんだ』という顔をする中……

 

 銀雪は覚悟を決めた顔で、国崩に向き直った。

 

「では、正直に話そう。とはいえ、『息子と同じ年代の子を、妻に迎えるのに抵抗がある』というのも、正直な話なのだが……」

「年齢差はいつか埋まりますわ」

 

 ここで『いや、年齢差が埋まる場合、こっちの方が死んでいるように思うが……』というのを銀雪は思いついてしまった。

 ……だが、言わなかった。

 

 その通りだからだ。

 

 国崩には、銀雪が死ぬその時まで銀雪と添い遂げる覚悟がある。

 いつでも真剣な大友国崩ではある。だが、その目は本当に、本当に、真剣だった。

 

 ……だから、質問に答えている最中ではあったけれど、銀雪は、つい、たずねてしまう。

 

「私の何を、そこまで気に入るのか、わからないな」

 

 その質問は国崩に向けたものだった。

 それから……今は亡き梅雪の母、椿(つばき)に向けたものでもあった。

 

 はるの母であるトモリは、昔から、家同士で結婚が決められていた。

 結婚するのが自然という流れで、自然に結婚をした。だから、『そういうもの』だとわかる。

 

 しかし、椿に国崩は、そういう相手ではない。

 ……椿の方には銀雪から告白して妻に迎えたわけだが、こちらの『好き』という気持ちはあっても、あちらが承諾するかどうかは、わからなかった。

 というより、椿はしっかりした人で、しかも、『医師になる』という夢もあった。

 銀雪と結婚するのは、その医師としての師匠から引きはがすことで──引きはがさないといけない事情もあったとはいえ──『夢をあきらめろ』と言うのに等しい。

 ……あきらめさせたくはなかったが、その当時、椿が師事していた曲直瀬(まなせ)という医師は、あの当時から今にかけても、クサナギ大陸で最高峰の医師である。それ以上の師匠となると、氷邑家でも発見できない。

 

 椿は告白を受け入れて、銀雪の妻になったが……

 

 銀雪の中にはずっと、『氷邑家という家を恐れて、私のお願いを、命令として受け取ってしまったのではないか』という引っ掛かりがあった。

 椿がそういう人ではなく、自分たちの関係がそういうものではなかったと、いくら思っても……

 椿の死後、その思いは……引っ掛かりは、疑念は、ふくらむばかりだった。

 

 だから、銀雪は聞きたかった。

 

 ただ、力が強いだけの自分の何を、椿は認めてくれたのか。

 ……あるいは、認めてなんて、くれていなかったのか。

 

 その答えが、国崩を通してわかるような気がして、待った。

 

 国崩は……

 

「その質問は優雅(エレガント)ではありませんわね!」

「……そうなのかな」

「ええ! 『どこを』『何が』『なんで』──このようなこと、気にすべきではありません!」

「……」

「好きなものを好きなことに、理由をいちいち考えたりはしませんわ! それとも銀雪様は、己の気持ちすべてを言語化できるような女性がお好みで?」

「いや……どうかな。わからない。私は、私の好みも、わからないんだ」

「では、今の奥様と結婚なさった理由が答えられないということではございませんか」

「……………………」

「結婚生活は、不幸せなものなのですか?」

「いいや」

 

 今の奥様、と言われれば、存命のトモリを指すのだろうけれど。

 トモリとの結婚。

 椿との結婚。

 梅雪という子を授かったこと。

 はるという娘が生まれたこと。

 二人が育つこと。

 育っていくこと。

 ……大人になっていくこと。

 親の手を離れて、己の人生を歩んでいくこと──

 

「私の結婚生活は幸福なものだ。それだけは、間違いない」

 

 ──それを『不幸』だなんて、思えない。

 

 ……もちろん、椿の夭折(ようせつ)は不幸だった。

 苦しかったし辛かった。今もまだ、苦しみが、心の底に、なかなかとれない痺れのように残っている。

 だが……

 

 どんなに不幸なことがあっても、同じぐらいかそれ以上に、幸せなこともある。

 幸福は不幸を『なかったこと』にするわけではない。たくさんの幸せは、一つの不幸を塗りつぶしたりはしない。……してくれない。

 不幸を忘れることも、嘆くのを止めることも、できそうになかった。

 

 ……ただ、大人だから。

 たった一つの不幸に浸って、今、そこに生きている子供や妻との幸せを『なかったこと』にするような振る舞いは、できない。

 

 だからちょっとした迷いがあっても、『幸福だ』と断言する。

 それが、大人の、夫の、親の、努めだと、銀雪は思う。……思えるように、なっていた。

 

「幸福に理由はいらず、また、探す必要もないのです。好きという気持ちも、同様ですわ」

「……」

「嫌いなものには、理由を探す必要があるでしょう。それは、心のために必要なことです。不幸にも、理由を探す必要がありますわ。それは、より幸せになるために必要な検証です。しかし、『好き』に理由を問うことも、求めることも、己を追い詰めるだけだと、わたくしは考えております」

「幸福にも、かな」

「ええ、幸福にも、理由を求めるなどしなくてよいのです! なぜなら──不幸の理由を検証し、対策を終えていれば、幸福は失われることはありません! なので、何も考えずにハッピーになることこそが、真の優雅(エレガント)というものですわ!」

「……いや本当に、息子ぐらいの年齢のお嬢さんに、何もかもを教えられてしまったな」

「赤ん坊からだって教わることはありますわ!」

「……では、私の気持ちに正直に、君の告白に答えよう」

「はい!」

「君とは結婚できない。だが、嫌いではない」

「ならば受け入れましょう!」

 

 銀雪を始め、その場にいる全員があっけにとられて言葉を失った。

 国崩はかなり、しつこかった。食い下がった。梅雪の前でさえ、堂々と銀雪に粉をかけていた。

 その執着を知っているからこそ、あまりにも引き下がり方があっさりしていて、混乱を誘った。

 

 国崩は周囲の困惑に気付いているのかいないのか、こんな言葉を続けた。

 

「これでようやく、一戦一敗ですわね」

「……………………えーっと」

「わたくしが心よりの告白をし、銀雪様が心よりの気持ちでそれを断った──ようやく、まともにわたくしの気持ちについて考えてくださって、ありがたく存じますわ」

「その『一戦一敗』は、『結論』ではないのだろうか」

「生きている限り、すべての物事に『結論』などございません」

「……」

「神は我らをこの世に創りたもうた。これは事実でございます。しかし、我らは己の足で歩き続けるのです。『生まれた時から定められていた運命』などはなく、『生まれがゆえに果たさねばならない使命』もございません。同じように、『生きている間にたどり着ける結論』もないのです」

「……そうか」

「たとえ告白が受け入れられ、銀雪様の妻になったとて、別れる日もあるでしょう。『死が二人を分かつまで』──その覚悟で結婚を申し込みます。しかし、同時に、人生には何があるかわからないのです! たとえば、異世界に転移して国盗りを行うことになるなど、人生は予想がつかないものですわ!」

 

 実際に予想もつかない人生を送っている国崩の言葉は、重さが違った。

 彼女は偽聖女認定された悪役令嬢にして公爵令嬢であり、婚約者だった王太子殿下を殴り倒してこちらの世界に転移してきたのち、九十九州北方の雄として日夜国盗りを繰り返す高貴なるお嬢様である。

 

 人生は波乱万丈なものだが、彼女ほどの波乱万丈も他にはそうそうないだろう。

 

「なので、わたくしはあきらめません! 死ぬまで戦い、いつか勝利を拾いましょう! 死がわたくしを止めるまで、わたくしは拳を握り続けますわ! ──聖騎士団のみなさまァ~!」

 

壮麗(ノブレス)!』

 

「たぶんボロボロにされているわたくしどもの領地に戻りますわよ! 九十九州遠征、これにて終了といたします! 駆け足!」

 

壮健(ノブレス)!』

 

 国崩と聖騎士団がダッシュで帰っていく。

 

 残された者たちは、あまりの勢いと行動力に、その背中をぽかーんと見送るしかなかった。

 

「……とんでもない女だったな」

 

 取り残された梅雪が、しばらくしたあとでつぶやく。

 

 その言葉に、銀雪が、

 

「帰りも彼女の領地を通るんだけどね……」

 

 なんだか不吉なものを感じさせる事実を添えた。

 戦いはまだ、終わっていない──帰りにまた告白されそうだという意味で。

 

 九十九州、まさに帰るまで気を抜けない土地であった。

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