悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第292話 朝には紅顔ありて

 そして氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、九十九州をあとにする。

 

「ニニギの迷宮では、何を得たんだい?」

 

 父・銀雪(ぎんせつ)の問いかけに、梅雪は少しばかり考えた。

 

 気付けば、昨夜出たばかりの九十九州を振り返っている。

 時刻は朝方になっていた。大友(おおとも)領に逗留するのを避けて、九十九州から出たところで一夜を明かした形だ。

 

 稀人(まれびと)入管センターという施設が九十九州と本州との間にはあり、ここには異界のものを通さない目的で『異界絶対殺すロボ』というものが設置されている。

 小田原城と違って入管センター施設そのものが変形するのではなく、下関(しものせき)海峡からざばぁぁぁぁぁ……とロボが湧き出してくる。それが異界絶対殺すロボである。

 その下関海峡を望む稀人入管センターは本州から九十九州に渡る人が休憩できる施設となっている。二、三人ほどが使うのに適した広さのドーム状の宿泊施設がいくつも立ち並び、それら施設は『この世界絶対守るロボ』と呼ばれる、人間の膝下ぐらいの直径の球体型お掃除ロボットによって常に綺麗に管理されていた。

 なお、この『この世界絶対守るロボ』はただの白い球体に機械の手が生えてホバリングして動くデザインなのだが、動作が妙に愛らしいので、よく誘拐されそうになる。

 だが誘拐されるとすべてのロボが『あらーと! あらーと!』とかわいい声で叫びながら警戒色の赤に輝き、無限にタックルをしてついでに自爆して殺しに来るので、絶対に連れ帰ってはいけない愛らしいロボットであった。

 

 その施設で一夜を過ごした梅雪たちは、改めて氷邑領に戻るべく、足を進めるところだった。

 

 梅雪は朝日を背に、つい、九十九州を振り返っている。

 

 思い返せば本当にいろいろなことがあった場所だ。

 

 当初の目的である『家族で迷宮ピクニック』はクソ女神のせいでおじゃんになったものの、ここまでの旅路だけでも、それなりに親子関係経験値みたいなものはたまった……ようにも、思える。

 

 だから柄にもなく、過去を懐かしむように、振り返って、止まってしまった。

 ……だが、止まっている場合ではないのだ。

 

 梅雪は、父へと振り返る。

 

 そして昨日は疲れてしまってできなかった話を、始めた。

 

「……ニニギの迷宮の……最奥で、すべての『知識』を手に入れたわけではありません。けれど……イワナガを殺す方法。そして、不死身の者への対策。それらの知識は得ることができました」

「ふむ……」

「そしてなおかつ、ニニギの知識に『イワナガを殺す方法』があったにもかかわらず、今まで一度もその方法がとられなかった理由についても、知ることができました」

「……」

「その上で、申し上げるべきだと、私は感じています。……もしも、イワナガが告げた『お前は息子を殺すだろう』という予言……父上が、それを実行せざるを得なくなった、その時には。……どうか、全力で、殺しに来ていただきたい。私もそれに、全力で挑みます」

「……梅雪」

「そうならないように、努力はします。ぎりぎりまで、全員が無事であるために、あがくべきです。……人間は、奇跡を起こせる。だから、『あきらめる』というのは、許されない。ですが……奇跡はすべてを必ず救うものではなく、奇跡というのは、努力さえすれば必ず起こせるものではないのです」

 

『努力を続ければ、いつか報われる』。

 ……おためごかしだ。酷い生存バイアスだ。

 

 努力が報われなかった者は、死んでいる。

『続ければいつか叶う』のは、続けることができて、叶えることができた者だけだ。それを発信できるのは、死んでいない者だけだ。

 

 氷邑梅雪は努力を重ねた。

 その上で思う。自分には、才能があった。環境があった。天運があった、と。

 

 才能も環境も天運もない者が努力だけして奇跡を起こすことは、難しい。

 クソ女神も言っていたが、奇跡というのは倍掛けにしかすぎないのだ。『ない』運命を引き寄せるものではない。

 

 梅雪は運命の女神ヴィヴィアナの神威を喰らった。

 だが、それはすでに抜けている。……人の身で運命に干渉することは、もうできない。

 だから当然、『ない』場合もあるし、『ある』けれど、それに届かない場合だってあるし──『ある』か『ない』かを確認もできない。

 

 普通の人間の、普通の視点から、奇跡を信じるしかない。

 

「……つまり、イワナガを倒すには、『奇跡』がいると。方法を知ってなお、細い糸をたぐるようなものであると、そういう知識を得たわけか」

 

 銀雪が笑いながら、鼻から息を吐く。

 それはなぜか、安堵したような雰囲気だった。

 

「……父上、何をお考えなのでしょう」

「お前がニニギの知識を得て、あの……女神だったのかな? あの生き物を倒した。とどめはまあ、お前が刺したとは言い難いのかもしれないけれど……けれど、お前が、勝負を決めたのは、間違いない」

「はい」

「……お前が本当に『お前』か、自信がなかった」

「……」

「『そう振る舞っているニニギ』なのではないかと、そういう不安があったんだ。けれど……うん。お前には、奇跡がいるんだね。お前は、奇跡を志すんだね。お前は──すべてを差配できるわけでは、ないんだね」

「……はい」

「お前が人で、安心した」

「……」

「イワナガが厄介であること、氾濫(スタンピード)の主人が厄介であること。これらを倒すために奇跡を起こさねばならないこと。……まあ、そこは、厄介だよ。面倒とさえ、言ってしまえる。けれど……その気持ちよりも、お前がお前でいてくれたことへの安心が勝ってしまったんだ」

 

 氷邑梅雪は、微笑んだ。

 

「父上は心配性だったのですね」

「そうだよ。私は、心配性だ。だからお前に触れることができなかった。お前たちに、普通の父親のように接することが、できなかったんだ」

「……」

「梅雪。私は弱い」

「……」

「腕力はまあ、あるだろう。だが……奇跡を起こすような強さが自分にないことを、思い知らされたよ。私は、できることを、できるなりにしか、できないのだろう。不可能を可能にするのはやはり、お前のような者だと、今回のことで、痛感した」

魔異(まい)を塞ぎ、女神の攻撃をさばききる程度しかできない、と?」

「そうだ。その程度しかできない。だからまあ、奇跡を起こすなら、お前なんだよ、梅雪」

「……」

「私は、奇跡を起こせなかった」

 

 それは、いつの話をしているのか。

 銀雪の目は、はるか遠くを見ていた。現在(ここ)ではないどこかを、見ていた。

 

 梅雪は、気付かされた。

 

(そうか。奇跡を起こす条件は……『奇跡を信じること』なのだな)

 

 父が、この強い父が……

 必死に『父』たろうとしているこの男が、はるか昔に、とっくに折れているのに、ようやく気付いた。

 

 折れながら、『父』であろうとあがいている。

 ……だが、一度折れた人間は、二度と奇跡を信じられないのだろう。それが、銀雪の結論なのだろう。

 

 梅雪とて、『俺の身には奇跡が起きるぞ』と思って行動しているわけではない。

 だが、信じている。自分の才能は、努力は、どのような困難を前にしてもくじけることはないと。運命、クソ喰らえと、そう思っている。

 

 だから、あきらめない。

 いかなる苦境でも、『負ける』という選択肢を前に、足を止めたりはしない。

 

 それは若さだ。

 小さな絶望を積み重ねて成長し、大きな絶望を前に一度でも足を止めてしまえば、ここまで己の可能性を信じることはできない。

 

 ……いつか、神器ヨモツヒラサカの勾玉が、言っていた。

『世界を救うのは、いつだって少年少女だった』。

 

 それは、『大人は普通に観測できる普通の危機に対処するのに手いっぱいで、誰もが与太話と思うような馬鹿げた危機に真剣に向き合う余裕があるのは、少年少女ぐらいである』という意味──でも、あるのだろう。

 

 だがそれ以上に、大人には奇跡を起こせないという意味も、あったのかもしれない。

 

 まったく折れず、まったく奇跡を疑わずに大人になれる者なんて、そうそういない。

 そして、奇跡は、奇跡を疑うことなく、その上で人事を尽くす者の前にしか姿を見せないのだ。

 

「梅雪、私は、現実的なことを、成し遂げてみせよう。……奇跡が必要だというならば、お前の奇跡に期待する。……それしかできない、弱い父だ。すまない」

「いえ。……それはきっと、大人の強さなのでしょう」

「……」

「現実的な問題に、現実的に対処をする人たちが、この世界を安定させているのです。……それは卑下することのない、立派な役割だと、私は思います」

「……そうか。……お前にそう言われてしまっては、後ろ向きなことは言えないな」

「ええ。前向きに、頑張っていただきます。何せ、これより──」

 

 いよいよ、(さくら)を殺す。

 イワナガの予言を覆し、イワナガを殺す。

 

 それはつまり。

 

「──決戦です。どうしようもない破滅、どうしようもない運命、どうしようもない悲劇的結末。それらを根斬りにする。神の知識と、人の身で、すべて、斬り捨てるのですから」

 

 人の決意が、運命を動かす。

 

 ゆえに、氷邑梅雪が決意を口にしたそのタイミングで届けられた『声』は。

 

「……少し、お待ちを」

 

 風。

 

 梅雪が氷邑邸を出る時に『風にささやけ』と述べたのは、比喩ではない。

 何分超長距離であるから常に拾っているわけではないが、定時には氷邑家の様子を風によって拾うことを心がけていた。

 

 精度も良くはない。

 届くまで時間がかかる。

 

 だが、何かあれば、届く。

 

 その風が──

 

「…………」

 

 夕山(ゆうやま)の部屋に備え付けられた小さなシナツ像に向けてかけられた言葉を、届ける。

 

 その言葉は……

 

「…………帝都、襲撃?」

 

 驚くべき言葉を、確かに梅雪の耳に届けた。

 

 

 帝都、蒸気塔──

 

 軍議の間には帝を始めとした、現在の帝都首脳が集められていた。

 

 議題となっているのは、軍議台の上に乗せられた手紙だ。

 

 美しい文字で書かれた、そのさして長くない手紙。

 

 それは、手紙ならではの言い回しを除けば、このような内容だった。

 

『これより、天下統一を開始いたします。

 そのために、まずは──

 

 ──帝の命を、頂戴します。』

 

 

 ……これより語られるのは、梅雪に『風の噂』が届くより、数日前のこと。

 

 冗談のような、宣戦布告と……

 

 そこから始まる、帝家勃興以降最大規模となる、クサナギ大陸の危機の、話。

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