悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第308話 帝都決戦 八

 数多の飛礫(つぶて)、爆発、落下物、落とし穴──

 

 それらを回避しながら、暗殺者(アサシン)は考える。

 

 この罠の密度。

 自分が来てから仕掛けられたものではない。

 

 そして……

 この罠の密度。

 他の場所に同じぐらいの罠密度の通路は存在しない。

 

 密度が物語るのは、『自分をこの通路に誘い込む予定だったこと』『自分が来ることをかなり事前に予想していたこと』だった。

 

 だが、そう考えると一つ不可解な点がある。

 

 ここは黄金龍(ゴルディオン・ドラゴン)のブリッジにつながる最後の道のはずだ。

 直線ではないが一本道。つまり……

 

 入る時にも、自分はここを通った。

 

 だというのに入る時にはなかった罠が仕掛けられている。

『ここを通る』は簡単に予想できるとしよう。『自分が来る』も、予測できるとしよう。

 だが、『入る時にはなかった、この高密度の罠を、出る時に仕掛け終えていること』だけは不可能だ。

 

 もしもそれが可能だとすれば──

 

「──内部通路の切り替え」

 

 通路の向こう、常に一定の距離を保つように逃げながらこちらを見るイバラキが、ニヤリと笑った。

 正解らしい。

 

 ようするに、トロッコのレールだ。

 

 自分が来る前に通ったのを『ルートA』とするならば、自分がブリッジに入ったあと、なんらかの操作で、ブリッジにつながるルートを『ルートB』に切り替えた。

 それは黄金龍に最初から備わっていた機能か?

 黄金龍を『城』と考えれば、侵入者対策の罠というのはあり得る。

 

 ……だが、イバラキの顔と、直感が否定している。

 

 黄金龍は六百年前にも存在し、事前に調査した『クサナギ大陸要注意兵器』の一つに入れていた。

 結局、当時は人型兵器としての側面を表すこともなく、ただ『城』としてのみの脅威であったにすぎないが……

 

 この城は、あくまでも『対巨人』。

 人間大の侵入者への対策をしていない。

 

 であれば人型兵器になったから急に『対・人間大侵入者対策』の機能が現れたというよりも、暗殺者(じぶん)への対策として、イバラキらが『そうした』と考えるべきだろう。

 

 どのように?

 

「……なるほどなるほど。二人がかりかと思いきや、三人がかりでございましたか」

 

 外で黄金龍を修理している、機構甲冑。

 あの九十九州での決戦の場にいた機構甲冑とは別型だが、長い戦いの経験から、中身が同じであることはわかる。恐らく、あの九十九州におけるラミア型の機構甲冑。あれのパイロットが、黄金龍の内部構造もいじっている。

 

 つまり、

 

「黄金龍はここにあり、氷邑(ひむら)銀雪(ぎんせつ)なる御三家の者は領都屋敷の守護を。はる様はここにおり、イバラキ様も同様。機工甲冑乗りは黄金龍の周囲で修理活動。そして、氷邑梅雪(ばいせつ)は我が主と戦いを続けており、獣人の従者もそこにいる。九十九州勢は恐らく『入管センター』を越えられない──」

 

 それは、

 

「──そちらの『大駒』は、これで打ち止めですな」

 

 九十九州帰還勢。

 その全員の所在がはっきりした。

 

 主人たる(さくら)の帝都侵攻について、帝都にある『大駒』、帝内地域にいる『注意すべき要素』は短い時間ではあったが、あらかた洗い出した。

 その上で一応は『勝利』の算段を整えたわけだが、ここに九十九州からの帰還者が加わり、これの位置がはっきりしないとなると、勝率が下がる。

 

 しかし暗殺者は、九十九州帰還者の所在を確定させた。

 

 情報を得ればやりようが増える。

 

 暗殺者は、黄金龍からの脱出を目標に据えた。

 だがその前に、可能であれば、達成しておくべき目標が一つある。

 

 それは、イバラキの殺害だ。

 

 戦況がこじれて、多くの者が混乱する中で、統制がとれている上に『相手の心を読む指揮官』に率いられた部隊というのは脅威になる。

 イバラキは『将帥(しょうすい)』の器ではない。だが、現場指揮官の器である。

 混乱を深めて相手の民心の動揺を誘い、それによって相手の将帥のリソースを割かせ、兵力の割り振りという戦略をグダグダにするという目的で行動している暗殺者にとって、『戦略は定まらないが、とにかく自分の部隊がやるべきことを自分で見つけ、階級という鎖に囚われずにその場その場で最適な行動をとれる現場指揮官』は、もっとも邪魔な存在だ。

 

 だから、イバラキはここで殺す。

 殺せずとも、最低限、黄金龍から出られないよう心理的負荷をかける。

 

 尤も……

 

(イバラキ様もそれはわかっておいででしょうな。……であるのに、姿を晒す。こちらの眼前に姿を現し続ける。その意図は……)

 

 相手もまた、最低限、自分をここに釘付けにしようとしている。

 そして目視で見失わないように、視界に入れている──見失った結果、どこかに潜んで氷邑はるのいなくなったブリッジに戻られないよう警戒している。

 そしてこちらの動きを『イバラキを追う』という一つに絞らせる。

 

 様々な効果が見込める。

 だが、それらは……

 

「あなたの意図は、我が全速力を振り切れなければ、無意味ですな」

 

 暗殺者は加速した。

 

 外部からの横入りの警戒を捨て、目の前の目標に集中することとした。

 少なくとも、今、この瞬間は、まだ所在のつかめていない帝都の大駒も、ここには来ないはずだという予想である。

 

 その予想には根拠もある。『そいつ』は弱者を見捨てない性格だから、この状況であれば、地上に落ちたスタンピードの異界の者どもを放置できないだろうという見立てだ。

 

 根拠はある。

 ……『イバラキが地上に降りているだろう』という予想にも、根拠はあった。

 

(賭け、になりますな)

 

 イバラキが地上に降りているであろう──これは、能力を根拠とした予想だ。

 一方で、『あいつ』が弱者を見捨てず、地上の混乱を制するのに注力するだろう──というのは、性格を根拠とした予想だ。

 

 予想の根拠が『誰の行動への予想なのか』で変わる。

 これは自分の中に『希望的観測』がある時の心の動きだ。

 

 だが、性格か、能力か、その複合か……ここまで混沌とした状況ですべてを読み切ることは、暗殺者にも不可能だ。

 だから賭けになる。……戦いというのは、どこかで賭けるべき時が来る。特に、無勢の立場で多勢に挑む時には、そうなる。

 それでも弱者は乱数を減らさねばならない。出来得る限りの準備を整え、可能な限りの予測をして、乱数を減らす。本来、乱数というのは強者にこそ微笑むのだ。だから暗殺者は事前準備を怠らず、情報収集を怠らない。

 

 不安要素としては、自分が戻った時、すでに主人・桜が軍事行動を開始していたことだろう。

 

 後手に回った。準備は不足していた。

 それがどう出るか。

 

 どう出るにせよ──

 

 ──ここで、全力でイバラキを殺すのが、この状況における最適解であることは、ゆるぎない。

 

 暗殺者の加速により、イバラキとの距離が縮まる。

 通り過ぎた背後でワイヤートラップが発動し、数多の金属飛礫(つぶて)が爆ぜた。

 頭上から爆発が起きる。その下を潜り抜ければ、移動の風圧で爆風が散っていく。

 落とし穴が『ぼこり』と口を開けた。重量感知式ダストシュート。恐らく落ちた先には数多の致死の罠が存在し、終点はどこかの檻か何かだろう。関係ない。すでに落とし穴が口を開いた時には、暗殺者の体はそこをはるか後方にしている。

 

 イバラキに、切っ先が届くまで、あと一瞬。

 

 ……暗殺者は、悪い予感を覚えた。

 

 いつも、そうだ。

 かつて自分が、ここではない世界で死んだ時。……いや、死を決意した時。

 

 主人により追い詰められた国家が、偽の招待状で招き、主人に呪いの装備を着せようとした時。

 あの時と同じ感覚がある。

 戦術で勝っていた。戦略では『大国』を相手には勝ちようもなかったから、局所的勝利を重ね、現場を──兵の、民の動揺と恐慌を誘い、上層を動かざるを得ないよう追い詰めた。

 

 弱者の戦いだ。それに慣れている。

 

 だが、弱者の戦いをし、勝利を重ねていると、よりくっきりと強く感じられるのが、『有利な立場の者は、本当に、有利な立場なのだ』という、当たり前のことだ。

 

 戦術で勝っていても、戦略で詰まれる。

 戦略をどうにか跳ねのけられたとしても、外交で、政治で、相手は『世界』を味方につける。

 

 自分が犠牲にならなければいけない政治的な状況が、『勇者の鎧』という『意思を奪う呪いの装備』を受け取った時にはあった。

 

 ……その時と同じ、『うまくやってはいるが、詰まれている』という予感が、ある。

 

 イバラキに、切っ先が届く距離。

 

 あとはこの剣を突き出せばいい。

 だから暗殺者はそうした。

 

 それで戦術目標は達成できるはずだった。

 

 ……だが。

 悪い予感が外れた試しというのが、暗殺者には、なかった。

 

 ──黒い雷霆(らいてい)が、自分とイバラキとの間に割り込む。

 

 それは雷のような速度で飛来する、一人のダークエルフだった。

 

 剣を受けられる。

 受けられるだけでは済まない。

 反撃をされる。

 

 強引に突き進めば、命と引き換えにイバラキを殺し得るか?

 ……ダメだ、と判断するまで一瞬もかからない。

 

 暗殺者は、知っているのだ。

『そいつ』の放り込まれる戦場はいつも苦境であり、『そいつ』の戦いはいつでも『負け戦』から始まった。

 その上で、『そいつ』は、多くを生かした。

 

『そいつ』は剣も魔法も侵攻も守備もできるが……

『そいつ』の性質が最も好むのは、己より弱い者を守るための戦いなのだ。

 

『そいつ』は──

 

 ……暗殺者は、距離をとり、足を止める。

 それしか、なかった。

 

 もう一歩のところでイバラキを守った『そいつ』と向かい合う。

『そいつ』もまた、足を止めて、暗殺者を見て、

 

「昔馴染みのよしみで問おう。──降参し、捕虜となるか」

 

 生真面目そのものの、女の声。

 あまりにも懐かしい。暗殺者は思わず、笑った。

 

「相変わらず律儀なことで。あなたは、完全にそちら側のようですな。──我らが騎士、ルウ」

 

 かつて、氾濫(スタンピード)四天王と呼ばれた者がいた。

 

 異界の暗殺者ロキ。

 異界の魔法使いヴィヴィアナ。

 異界の姫アナスタシア。

 そして──異界の騎士ルウ。

 

 主人の話では氷邑領都屋敷の戦いで剣を交えたとのことで、そいつの出現を警戒はしていた。

 だが、そいつは弱者を見捨てられない。だから、下で異界の者の対処に当たっているだろうと予想した。

 

 かくして、予想はことごとく外れる。

 

 暗殺者はあと一歩のところで、かつての仲間に阻まれた。

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