悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
それが、『降参するか否か』という問いかけに対する答えだった。
だからルウは、黒い二刀で応戦した。
フラガラッハ。主人から賜った二振りの剣。
剣聖シンコウから取り戻し、再びわが手に戻ったこの剣で──かつての仲間と斬り結ぶ。
ルウの自己分析。今の自分の出力は、『全盛期』の八割ほどだ。
サトコからはかなりの神威を注がれてはいるが、今いるこの場所は、自分という使い魔の主人であるサトコとの
サトコと重ねた戦いでの強化、加えること、サトコの術者としての成長。それらを加味しても、八割に届く程度。それが、ルウの自己分析だった。
一方で暗殺者の出力は、全盛期同士でやれば、ルウには及ばない。
だが暗殺者との殺し合いにおいて、ルウは暗殺者に圧勝できるヴィジョンが浮かばない。
力比べでは今の状態でも負けないだろう。
だが、殺し合いではわからない。暗殺者は、そういう相手だった。
(なるほど──)
戦いながら、暗殺者の戦力分析の解像度を上げていく。
(──剣術、型通りで厚みのある、歴史を感じさせる洗練具合。腕力。見た目・魔力量から感じるものよりやや強い。認識の修正が必要。速度も同様。何より、予想したより体重そのものが重い。『勇者の鎧』の重量か)
盾剣術と二刀術。
両手にそれぞれ武器・防具を持つという点は共通だが、やはり動きは違う。
流派同士の相性という点においては、盾剣術の方がルウの二刀術よりやや有利か。ルウの剣術は中・遠距離からの投擲で相手の隙を作るが、その投擲という『足がかり』があの盾を前には通用しない。なので、氷邑家の剣術を相手にした時同様のやりにくさがある。
「容赦がありませんな、ルウ!」
楽しそうな声音。軽口。
だが恐らくきっと、なんらかの戦術的意味がある。この
加えて、常に複数の目標を持ち、その目標の優先順位を瞬時に入れ替えながら、重要度と達成可能性のバランスを見つつ、一瞬ごとに違った目的で行動してくる。
この男の思考を読むことは不可能だ。
この男の剣術は単なる剣術ではない。その剣術には、彼の脳内で計算された結果弾き出される『目標』が大きく関わっており、尋常の知能で彼が瞬時に切り替える『今の目標』を読み切ることは不可能。
そもそも、ルウは細かいことをチクチク考えるのがあまり得意ではない。
「イバラキ──」
戦いながら背後に声をかける。
見ている余裕はない。
だが、そこにいるのはわかる──自分がこのランクの戦いに噛めないのは理解しているであろうに、逃げずにそこにいるのが、わかる。意図は、わからない。
「──己の身は、己で守れるか」
「オレを舐めんな」
「そうか。失礼した」
ルウは『暗殺者を倒す』ことに注力した。
速度を上げる。
背後を守るという意図があった時にはできなかったこと──立ち位置を替える。運足。戦闘において重要な『フットワーク』という要素が、ルウの動きに加わった。
そのフットワークは地面を素早く移動するだけのものではない。広くはない通路、三人も並べばいっぱいになってしまう横幅。同じぐらいの縦幅。それらを十全に使って、縦横無尽に奔る。
その速度は黒い雷霆も同然だった。クサナギ大陸において雷とは光である。『消える』ではない。『目に残る』。残像、否、残光。ルウの姿は霞まない。ただ尾を牽き、いつまでも対戦者の目を焼く黒い光であった。
だがその速度をもってしても暗殺者の防御を崩し切れない。
ルウの思考に『考え』が過ぎる。
(時間は
……わからない、と断じていても、不自然な行動を見れば、その意図を想像しようとしてしまう。そういう機能が、どうしようもなく、知的生命体にはあった。
後ろから
どのような状況でも最後まで目標を諦めない。
呪いの装備を着せられ、国家に絶対の忠誠を誓わされ、自由意思を奪われ、主人との敵対を強いられた時でさえ、その状態で主人の敵をことごとく暗殺せしめた。
その男が『諦めて、死なないためだけに、亀のように身を固める』のはいかにも不自然だ。
だが、『様子を見る』などということはしない。
ならばこそ、攻め手の速度を速める。
ルウの剣が躍る。
同時複数方向から足を止めた暗殺者を狙い撃つ、黒い雷霆。
だが暗殺者は剣で、盾で、時に鎧で受ける。
ルウの剣は暗殺者の装備を抜けない。硬度があるのはもちろんだが、それ以上に、巧い。剣が一番威力を発揮する場所をずらされ、角度をずらされ、タイミングをずらされる。
振った感触はそのすべてが相手を一刀両断できるぐらいの会心のものなのに、当たった瞬間の手ごたえは、まるで振り方を失敗してしまったかのような不整合感。気持ち悪く、相手にストレスを与える。紛れもなく達人の技だった。
この防御を抜くには、さらに速度を上げるか、相手が集中を乱すのを待ち、大技を仕掛けるしかない。
速度は──これで打ち止めだ。通路がもう少し広ければ加速も可能だが、この狭い場所ではこれ以上の速度を出すのは難しい。
前後には距離があるものの、加速のためとはいえ一瞬でもこの暗殺者を視界から外したくない。外した一瞬で何をしてくるかわからない不気味さが、この男にはあった。
(──意図。わからん。だがこれから起こることは、氷邑はるの合流だ。それ以外にはない)
相手側の増援が来る可能性もある、か?
……
新たに外部から侵入したのでルウは知っているが、今、黄金龍内部は一本道に変えられている。
つまりどこから侵入しようとも、ブリッジに入るのは、この場所を通らなければならない。
そもそもの話、無軌道に降り注ぐスタンピードの連中以外の増援など、本当にあり得るか?
……やはり意図はわからない。
時間を稼いで暗殺者が有利になるようなことが起きるようにも、思われない。
ただ単純に自分たちをここで足止めする目的で防御を固めているだけだろうか……
ルウが悩んでいる間に、氷邑はるが合流する。
暗殺者の動きには、変わりがない。
ためらいが生まれる──本当に、倒してしまっていいのか? この防御はなんなのか。時間稼ぎか。だとしたら、なんのために……
暗殺者の盾が、はるによって弾き飛ばされた。
剣が、ルウによって叩き折られた。
鎧にも深い裂傷が刻まれている。
だが行動は起こらない。『逃げる』ことをしない。『攻めに転じる』機会をみすみす逸した。賭けに出るべきタイミングはあったし、賭けの結果、ここを脱することができる可能性も充分にあったように、ルウには感じられる。だが、それをしなかった、なぜか──
──ついに、暗殺者が倒れる。
その首に、ルウとはるの剣を突き付けられて、暗殺者は、静かにこちらを見上げるだけだった。
何も言わない。
……なぜ、ルウも、はるさえも、剣を止めてしまっているのか。
それは、どちらも、暗殺者が『みすみす、防御を固め、死までの時間を引き延ばすだけの、無駄にしか思えないあがきをしたこと』に、裏の意図があるのではないかと感じているからだ。
トドメを刺すことで、何かよくないことが起こるのではないか──暗殺者のあまりにも静かな表情に、そんな可能性を感じてしまっているからだ。
この嘘つきな口からでも、何か、彼の意図を察するためのヒントが紡がれないか──そう、思ってしまっているからだ。
「あえて、断言するぜ」
……だが、その考えを打ち切るように、イバラキが声を発する。
「こいつには、もう、何もねえ。防御を固めて抵抗しなかったのも、『何か、あるんじゃないか』と思わせるための仕掛けだ。だから、ここでこいつを殺す方向で間違いはねえよ。ためらうな」
「だが、死ねば、我が主の元へ行く」
そう、氷邑
暗殺者は死ねば間違いなく桜の影となるだろう。ルウは、己の影を見たことで、それを確信していた。
しかしイバラキは鼻で笑う。
「
ルウはためらう。
だが、はるはためらわなかった。
暗殺者は最後まで何も言わず、静かな顔を浮かべたまま、その首を断たれ……絶命した。
あまりにもあっさりとしたその散り際に、『何か、ここで死ぬことに意味があったのではないか』という不安がわき起こる。
それはルウのみではなく、はるもそうらしい。
「……本当に、ここで殺すのが正解でしたか?」
殺しはした。だが、疑問が残っているようで、その解消のためい、イバラキへ問いかける。
イバラキは「間違いねえよ」とつまらなさそうに鼻を鳴らす。
「というか──
イバラキは、この言葉を言うためだけに、あえて危険地帯でカカシのように立ち続けた。
あの状況から暗殺者が抜け出すことは不可能だった。
それでもなお、『消化不良感』『何か、まだ手を残しているのではないかという不安感』、そういうものを抱かせる。自分の死後に、こちらの心理に負荷をかけるための、ただのダラダラダした時間稼ぎのような戦いぶり。あの最期の防戦一方は、そういうものだった。
……かく言うイバラキだって、不安がある。
何か見過ごしているのではないか。何か、あいつの策略にハマッているのではないか──
あいつは強かった。ルウとは因縁の対決でもあっただろう。はるとの間にも、何かがあったはずだ。
その強者の幕引きとしてはあまりにも凡庸な最期。普通に考えれば『勝てそうもないが、とりあえず命を守るために防戦一方になり、そのまま逆転の目もなく、当たり前に殺された』としか思えない最期──
──だというのに、『あの、暗殺者』というだけで、『あいつが、あんなに
だからこそ、『断言』する必要があった。
はるとルウという大きな戦力をここに釘付けにさせないためにも、『暗殺者の脅威は終わった』と、断じる必要があった。
その『断じる』ことへの信頼を増させるために、最期の最後まで、つぶさに暗殺者を見て、その分析の結果である、という文脈を作ってから断じた。
それでもなお、『何かを遺しているのかもしれない』と思わされる……
暗殺者がこちらの思考・心理に与える負荷は、完全に消せない。
痛み分けどころか、相手が本当に──否、死んでいる。死んでいるとしてこの負荷を遺すのだから、七対三ぐらいで、相手の勝ち、といったところだ。
「すっきりとしない決着でした」
はるの言葉に、イバラキは笑う。
「『それ』もあいつの狙いです」
最後まで剣を交え、互いに攻めながら殺し合いを行えば、はるやルウはもう少し『すっきり』したことだろう。
死ぬしかないなら、徹底的に、相手のパフォーマンスを落とす。
己の命さえ利用して、敵に仕掛けを遺す。
そう考えれば、いかにも暗殺者らしい最期だった。が……
(まあ、オレだけは、あいつが『何か』をしていた場合に備えてなきゃならねえだろうな)
断じて見せて、こちら側の『大駒』の思考負荷・心理負荷を減らし……
代わりに『もしも、何かしていた場合』の対策は、こちらで練る。
それが指揮官の戦い方だとイバラキは決定した。
「……ともあれ、黄金龍を狙う脅威はなくなりました」イバラキは軍師として話をする。「お二人には主人・梅雪の救援へ向かっていただきたい」
「領都屋敷ではなく?」
はるが問う。
イバラキは、うなずく。
「領都屋敷の守護は銀雪様を信じましょう。それよりも、根源を断つべきです。……異世界勇者・桜を殺す。そうすればすべて解決します」
今、起こっているスタンピードも、桜が死ねば止めることができるようになるだろう。
あるいは神威切れを狙ってもいいのだが……
(……不自然なまでの莫大な神威なんだよな。明らかに梅雪の数十倍はありやがる。単純に鍛えてこの神威量になったってよりは、何か仕掛けがある感じだが……)
神威切れは、狙えないだろうと、イバラキの直感は言っていた。
どういった仕掛けかわからないが桜の神威は尽きることがない。
あるいはその『仕掛け』を探すのも『やるべきこと』の一つかもしれないが、その解決法は、桜と直接戦っている連中のほうが発見しやすいだろう。
「黄金龍への侵入者が出る確率は低いでしょう。アシュリーだけでも対応可能と判断し、私は下へ降ります。お二人は、帝都へ」
イバラキが方針を指示し、はるとルウは、うなずく。
かくして『まだ、何かあるのではないか』という不安を残しつつも、暗殺者の脅威を退けることに成功はした。
仮に何か残されていても……
桜を殺せば、すべてが終わる。
帝都決戦もいよいよ大詰め。
あとは、桜を殺すのみだ──