悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第310話 花鳥風月雪月花 一

 異界の騎士ルウは、床を見下ろしていた。

 

「…………」

 

 暗殺者(アサシン)ロキの死体は、そこにある。

 

 黄金龍(ゴルディオン・ドラゴン)内部。コックピットへ続く回廊。

 信号を受け取りこの場所に飛んで来たルウは、自分が戦うことになる相手について、知っていた。

 あのイバラキが──意地っ張りで、プライドが高く、悪辣で、底意地の悪い、あのイバラキが、サトコという外部の傭兵に、自分という異世界勇者側だった者を救援に寄越すよう要求したことで、重要度の高さはわかっていたし、あのロキが相手であれば、それは自分の加勢が必要だとも思った。

 

 わかって来て、即時対応した。

 異界の騎士ルウが放り込まれる戦場は、いつもそういうものだ。一瞬でも対応を迷えば死ぬ。自分だけではない。自分が背負った多くが死ぬ。

 だから、ためらうことは許されない。相手がどのような強敵であっても。相手が──恩師であっても。

 

(……あなたを殺すのは、二度目になりますね)

 

 ルウは心の中で、ロキに語り掛ける。

 殺した……『トドメを刺した』のはルウではなかったが、かつて、黒い鎧に自我を乗っ取られたロキを、『異世界勇者』や『魔法使い』とともに倒したことはあった。

 

 ロキは、ルウにとって師匠にあたる人物だ。

 

 まずロキが異世界勇者を拾い、異世界勇者がその冒険の中で、まだ幼かったルウを拾った。

 ルウは魔法剣士だが、最初からなんでもできる天才型というわけではない。しかし、異世界勇者は天才型で、そして、人の気持ちがわからないせいか、指導はあまりうまくなかった。

 そういった時、ルウに剣技の基本や常識などを教育したのが、ロキということになる。

 

 一度『術理の基礎』がわかれば、あとは目がいいので色々な技能をぐんぐんと吸収できた。けれど、その『術理の基礎』を理解する際には、いつだってロキの助けがあった。

 

 このゴブリンには本当にいろいろなことを教わった。

 

 だから、ルウは迷わず戦い、再び、彼を殺した。

 

 死体はそこにある。血は流れていない。アンデッド化でもしていたのだろう。

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)陣営になると決意したあの日、自分以外の四天王と斬り合う覚悟もしていた。

 とはいえ、魔法使いヴィヴィアナは『機会があれば殺しておいた方がいい』と思うような人格だったし、姫も……その精神性の危険度で言えば、異世界勇者やヴィヴィアナをしのぐだろう。

 あのお方は根本的に『復讐者』なのだ。すべてを憎悪している。夢を追う者が夢を追える熱意を持っていることを恨み、誰かを守りたい者が誰かを守る強さを持っていることを憎み、世界を良くしたい者が世界をよくする知恵を持っていることを(そね)む。

 自他に対し強い憎悪を持つ亡国の姫──それでも、姫というアイデンティティを持つお方。王になれないまま潰え、歩き続けたところで行く先に玉座のない王族。

 

 つくづく思う。異世界勇者と姫との旅路の先には『すべての破滅』しかなく、彼女らの通る道には死体しか残らない。

 だから、元の主人に敵対したことに後悔はない。

 

 とはいえ……

 

 一時は、主人の道が間違っていると感じつつも、それに殉じることにしたのもまた、事実なのだ。

 希望はまったくないではなかった。だが、それ以上に、忠義があった。

 世界を救うという大いなる目標を達成できるのは異世界勇者以外にあり得ないと考えていた。彼が失敗するならば、誰も成功できないと思っていた。

 だからこそ異世界まで旅をして、異世界の人間たちに向けて侵略行為を行った。それが唯一、自分たちの世界を救うためにできることだと信じたからだ。

 

 けれど最初の敗北から六百年後のこの時代に復活し……

 

 ルウは、目標に見切りをつけた。

 この道の先には破滅しかなく、主人たる異世界勇者が通る道が長いほど、多くの死者が出るものと、そう判断したのだ。

 

 だが、ロキは主人に忠義を尽くしたらしい。

 その生きざまに羨ましさを覚えてしまうのは、人命軽視の、浪漫のみの思考だろうか?

 多くを殺す侵略行為は許されることではない。だが、許されることではなく、最後に破滅しかないのだろうなと思うからこそ、それは忠誠に酔える道なのではないかと、そう思えるのも、事実だった。

 

 ルウは、ロキの死体を見る。

 

 生命の胎動を感じないアンデッド。

 すでに朽ちて動かない、ただの肉の塊。

 

 ルウは──

 

 イバラキに、声をかけた。

 

「この遺体は跡形もなく焼き捨てるのがいいだろう」

 

 イバラキは何かを計算していたが、それをピタリと止めて、一瞬だけ目を泳がせた。

 

「そいつは、するつもりだったがよ。てめぇからその提案が出るとはな」

「ロキは死んでも『何か』をする。死体を遺して蘇生でもされては敵わない」

「……」

「私の方が、あなたたちより、ロキのことを知っている。そして……私の立つ戦場で、『感傷に浸る』という選択が許されるものは、稀だった」

「そうかい」

「場があれば、私が焼こう。この中で私より『火力』が出る者はいないだろう」

 

 ルウの立つ戦場はいつでも煮詰まっていて、いつでも過酷だった。

 

 誰もかれもが、どうにもならなくなるまで、戦場の手綱を握っていたがった。暴れ馬にしがみついているようにしか見えなくとも、その手綱を手放さないことが、騎手としての誇りであり、だいたいの場合、誇り以外が残らないような戦場ばかりだった。

 

 誇りは、最期の最後にしか、手放されない。

 尻に火が点こうが、足元からじわじわ腐り果てようが、その手が利く限り、誰もが誇りを手放したがらなかった。

 

 そうして最悪の最悪、もう、手の中に誇りを握っておくことさえできなくなった時、ルウは放り込まれる。

 してきたことは、いつでも、愚か者の尻拭いだ。

 

 だから、よく知っている。

 

 誇り。情。そういうもののせいでした、『戦闘行為としては非合理な選択』のせいで、思わぬ危機が後から後から噴出することを。

 

 ロキの死体を跡形もなく破壊せず、綺麗なまま、とっておく──これは、ルウにとって感傷的な判断であり、死体を辱めないという誇りある決断だ。

 だからこそ、ロキはそこを突くだろう。

 誇りと感傷が、誰もが『戦場とはいえ、これぐらいは許されるだろう』と掌に握りこみたがる宝であり、そのせいで片手がふさがって死んでいく者がいることを、ロキはよく知っているのだから。

 

「ああ、少し待て。小田原城の『焼き場』があるはずだ。そこまで運んでやろう。自分の体に爆薬の一つも仕込んでるかもしれねえからな」

 

 焼き場──つまり火葬場は、他の施設よりも熱や衝撃に強い造りになっている。

 

 ルウはイバラキのその態度を見て、笑った。

 

 イバラキは不服そうにジロリとルウをにらみつけ、「なんだ」と述べた。

 

「……いや。恐らく、ロキはあなたたちとそれほど多くの時間を過ごしてはいないのだろうが。それでも、そこまで警戒されているのだなと思っただけだ」

 

 イバラキは、フンッと鼻から息を吐き、

 

「ああ、警戒してもし足りねえクソ野郎だったよ」

 

 その評価にルウは笑う。

 

 思えば、ロキはいつもこうやって、敵からこそ評価される男だった。

 

 そのことが懐かしく──

 

 ──こんな感傷に浸るなんて、怒られるかな、と。ルウはもはや物言わぬゴブリンの亡骸を見て、思った。

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