悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第312話 氾濫の主人殲滅戦 二

 時を少し遡り、帝内(ていない)地域襲撃の報を『風の噂』で知った直後。

 九十九州(きゅうじゅうきゅうしゅう)から出たすぐあとの氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)は、苦々しい顔をして、呟いた。

 

「……一応、備えは万全にしておくべきか……」

 

 これまでの──『中の人』が入る前の梅雪であれば、今の状況で『帝内地域に氾濫(スタンピード)の主人が攻めてきました!』などと言われれば、キレて全速力で戻っただろう。

 だが今の梅雪は『備える』ことの大事さを知っている。

 

 それでもなお苦々しい顔になってしまうのは、二つ、理由があった。

 

 一つはもちろん、我慢がいくらか利くようになったとはいえ、生来の性格が大幅に変わったわけではないので、『(さくら)ごときのために、この俺が万全な準備などしてやるのは、虫唾が走る』という想いがあるからだった。

 必要なのはわかっている。万全に殺すためにも、用意は周到にしなければならない。……わかっている。だが、あの気持ち悪い、厄介な女のために、労力を割かねばならない状況というのが、そもそも不愉快なのだ。

 梅雪にとって桜は『自分の家に出た害虫』であり、害虫を殺さねば安眠できないが、そもそも害虫のために時間をとらされ、用意をしなければいけない状況そのものが不快である。

 なので、顔が苦々しい。

 

 そしてもう一つ。

 

 九十九州──クサナギ大陸南端(実際にはかなり西よりの場所にあるが)と言われるあの魔境から出て、これから大陸中央の帝内地域に戻るわけだ。

 その際には、必ず通ることになる場所がある。

 

 万全を期すのであれば、その『必ず通る場所』に立ち寄って、備えねばならない。

 しかし、そこには、梅雪が苦手としている……祖母がいる。

 

 入雲(いるも)狂巫女(くるいみこ)大社。

 総本山イツクシマ。

 

 あの水の(やしろ)にいる祖母は、戦力として確保しておきたい。

 あの人はクサナギ大陸を異界から守る、特に中国(なかくに)地方を守ること力を尽くしているから、動けない可能性が高い。

 しかし、その下にいる巫女軍だけでも、かなりの戦力だ。

 

 これの確保をする努力を放棄して素通りするのは、あまりにも、『出来るはずの用意を欠いた』状態である。

 なので、行くしかない。負けなど想像するのも腹が立つが、もしも負けた時に、『やっぱりイツクシマの毛利(もうり)に救援を要請しておけばよかった……』などと思ってしまう状況になったら、死んでも死にきれない。

 

 かくのごとく、桜のためにそこまでしてやるのが業腹(ごうばら)である上に、またあの祖母時空に行かねばならないというのが、梅雪の苦々しい顔の理由であった。

 

「お兄様、どうされたのですか」

 

 父がそこにいるので、はるの態度は大人びていた。

 九十九州での暴走が嘘のようだ。やはり、はるは清楚でかわいらしい妹である。

 

 ……帝内地域が、氾濫の主人の侵攻を受けている。

『風の噂』は超長距離から断片的な声を届けさせるだけの術だ。だから詳しい状況まではわからない。わからないからこそ、万全で挑まねば、すべてが失われる可能性がある──そう想定して動かねばならない。

 

 氷邑梅雪の『すべて』。

 

 かつてそれは、『己一人』だった。

 だが、今は、大事なもの、手放したくないものが、増えすぎた。

 増えすぎて、流浪も出来ない。もはや氷邑梅雪の人生には『拠点』が不可欠だった。守るべきものが増えて、失えないものが増えた。

 だから独力だけではどうにもならないかもしれない状況というのは、必ず発生する。

 そういう時に、『人に頭を下げて力を貸してもらう』という行動が……

 

(とれる。今の俺は、大事なもののために、やりたくもないことが、出来る)

 

 心の中で言葉にすると、覚悟が同時に決まる気がした。

 その協力要請は屈辱ではなかった。心の中で言葉にしてしまうと、何をためらっていたのかわからないほど、当たり前で、自然な、『当主としての選択』だった。

 

(とはいえ、桜ごときに煩わされる状況にムカつくのは変わりない……あの害虫、ついに人の家にまで出たな……いいだろう。これを機に、巣まで綺麗に駆除してやるわ!)

 

 梅雪はどす黒い殺意を秘めて、イツクシマへ向かう。

 桜の完全なる撃滅のため、イツクシマの毛利モトナリへと助力を乞うために……

 

 

「わらわも出陣しましょう。しかし、条件があります」

 

 唐突な訪問だったがあっさりと本殿に通され、毛利モトナリとの面談が適った。

 

 あまりにも揉めなくて少し怖いぐらいだ。

 

 梅雪はやはり、広い畳敷きの部屋、その中にある、他より一段高いスペースで、モトナリと向かい合わせに座らされていた。

 大人数を収容できるはずのこのスペースには今、モトナリと梅雪の二人しかいない。

 巫女たちはおろか、梅雪の郎党さえも、ここに入ることを禁じられてしまった。

 

 この時点で何を話されるのか不安で仕方なかった。

 いや、政治的に不平等な条約を結ばされそうで不安という話ではなく……

 

(こいつ、俺にどんな孫仕草を要求するつもりだ……?)

 

 毛利モトナリは、氷邑梅雪の祖母を自認する異常者である。

 わかりやすい狐獣人なので梅雪とは縁もゆかりもない──と言いたいところなのだけれど、残念ながら、その血脈が梅雪につながっていることが、家系図で判明してしまっている。

 梅雪の母親である椿(つばき)の、五代前の親にあたるのだ。

 

 椿の名は抹消されているが、それは表向きの家系図の話。

『忘れっぽいので』ということでモトナリが直々につけていた家系図において、マジで椿の名前が確認できてしまった(砂賊(さぞく)糾合事変のお礼にうかがった時に見せられた)ので、かくして毛利モトナリは、梅雪にとって六代前の祖母にあたることが確定してしまったのである。

 

 結婚・出産サイクルが現代日本より早いクサナギ大陸。とはいえ、生きて六代前の先祖の顔を拝む機会というのは、そうそうない。

 だがそこで元気に三角耳を動かす、金色の狐獣人巫女は、十代半ばみたいな容姿のくせに、梅雪の六代前の血縁者なのである。意外と近くて、何か、嫌だった。

 

 その何か嫌な血縁者が、こんな要求を出してきた。

 

「わらわのことは、『おばあさま』とお呼びなさい」

「……それで、救援をしていただくための、詳しい条件を伺いましょう」

「わらわのことは、『おばあさま』とお呼びなさい。それが、条件です」

 

 聞かなかったことにしたかったが、できなくされてしまった。

 たったそれだけで毛利モトナリとその指揮下の巫女軍が協力してくれると思えば安いものではある。だが……

 

(いやそもそも、帝に救援を要請し、俺が総大将として駆け付けたのは、いくらクサナギ大陸のためとはいえ、立派に『恩』だろうに……名目上帝からの『恩』ではあるが、その『恩』を返すのに、襲撃されている帝内地域へと出陣するというのは、条件を付けられることではないはず……)

 

 理屈の上ではそうだが、そうは言っても、こうして救援を求めたならば、軽い上乗せぐらいはあるものという覚悟が、梅雪にはあった。

 

『恩返し』というのは、返すたびに少しずつ上乗せし、互いにラリーをしていくものではある。だがしかし、『おばあさまと呼べ』というのは……

 

(なんだ? 尊厳凌辱が趣味なのか? ゲームではキャラが薄い狐耳ロリババアのくせに、内側にそんな歪んだ欲望を秘めていたというのか?)

 

 だがしかし、梅雪はわかってしまうのだ。

 相手が尊厳凌辱を目的として、こちらを舐め腐った、冗談みたいな要求をしているのか。はたまた、真剣(マジ)なのか。

 

 舐められていればわかる。なぜなら、今までずっと、人が自分を舐めている想定で世の中を見てきたからだ。未熟な心の時には、別に舐めてもきてない人の内側に、自分を舐める『真の気持ち』を妄想したりしてキレてきたが、今では、当時の経験を活かして、簡易的かつ変則的な読心術としての使用が出来た。

 

 その上で断言出来た。

 

 この祖母、真剣(マジ)だ──

 

(救援要請を受ける代わりに『おばあさま』と呼べ!? なんだその……なんだそれは!? あ、あり得ていいのかこんなことが……こんな要求を真剣(マジ)でする女に、力を借りねばならんのか……? この要求は一度呑めばどんどんエスカレートしていく、その入り口に違いないぞ……? 桜を殺して、厄介な祖母を増やす結果になりかねん……だが……しかし……!)

 

 梅雪は汗が垂れるほど葛藤した。

 この要求はフット・イン・ザ・祖母テクニックの入り口だ。ここを許すと、あとはずるずる侵入され、いつの間にか祖母になられてしまう……

 いや血縁的には高祖母よりさらに上とはいえ、祖母であるのは間違いない。だがしかし、梅雪の中で、それを受け入れてはいけない、何かの一線が確かにあった。

 

 祖母にすべきか、それとも、毛利家の救援を捨てるべきか。

 

(………………クソ! 天秤に載せて比べる意味もないほど、圧倒的に救援を受けるべき状況ッ……! おのれ、おのれ、おのれ! この俺にこのような、究極の選択を押し付けて来るなど……許さん……許さんぞ……桜……!)

 

 全部帝都を襲撃した桜のせいにすることにした。

 

 梅雪は汗を引っ込め、頭を下げた。

 

「救援、よろしくお願いいたします。おばあさま」

「ええ、いいでしょう。祖母としましては、孫の危機には、たくさんのお小遣いをあげたくなるものです」

 

 かくして、不平等条約は結ばれた。

 

 梅雪は『何か』を譲り渡し、毛利家の救援を得た。

 その『何か』がなんなのか、それはまだ、はっきりとした形を持ってはいない……

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