悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第315話 氾濫の主人殲滅戦 五

 手順。

 

 (さくら)にも、『想定している手順』というものがある。

 

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が『三手で詰む』と述べて設計した通りの手順で桜に仕掛けているように、桜側にも、対梅雪用に想定している手順というものがあった。

 

 穴山家から奪った超・攻撃型武者機甲甲冑『楯無(たてなし)』もまた、梅雪用に用意していた『手順』であり、こんな場所で使う予定ではなかった。

 桜は戦争の用意は全然していないが、対・梅雪の用意には気を遣っている。

 それは『おめかし』だった。自分に殺意という感情を向け、その殺意に自分もまた殺意を向ける相思相愛の関係だからこそ、その相手との戦い(デート)には精一杯のおめかしをしたい。そのために略奪した機甲甲冑こそが『楯無』であり、この姿は梅雪と一対一の時に見せる『とっておき』のはずだった。

 

 だが、あらかじめ決めていた手順というものは、往々にしてその通りには進まないものだ。

 特に互いが互いの裏をかき、相手に隙を作り、相手の予定を乱し、力を発揮させず、こちらの力だけは十全に発揮し、相手を殺そうとするタイプのデートにおいて、相手の手順は乱すものなので、まず事前準備の通りにはならない。

 

 桜もそれはわかっている。

 が、とっておきのおめかしを、望まないタイミングでさせられた桜は、不満を覚えた。

 

 なので、

 

「悪いけど、ここからは八つ当たりになるよ!」

 

 平和な帝都を戦乱に包んだ侵略者の八つ当たりが始まる。

 

 楯無。

 ミカヅチの加護を得ることが前提の穴山家。武家であるから剣士が当主であることもまた、前提である。

 だというのにその切り札として前進たる家から奪い去り家宝とした楯無という機甲甲冑には、多くの機甲甲冑が持ちえない二つの大きな特徴がある。

 

 一つはもちろん、剣士でも装備可能であること。

 騎兵が装備した方が十全に力を発揮できるのは間違いない。だが、剣士の邪魔にならず、強化する。そのために、脚甲、手甲、そして八枚のシールドのみという防御力を考えない造りになっている。

 防御力は肉体そのものを頼る。なぜなら、装備者は剣士だから。

 鋼の装甲で覆うよりも、肉体の方が強い。それが、クサナギ大陸における剣士という人種である。

 

 もう一つ。

 ミカヅチの力で強化されること。

 

 通常の騎兵は、ミカヅチの放つ雷気を受けると行動不能になる。

 しかし楯無だけは違う。帯電することで速度を増し、威力を増していく。

 移動は雷速となり、付属する八枚の(ブレード)が光の速度で荒れ狂う。

 輝ける嵐と化した楯無を止められる者はおらず、そもそも、追いつける者もいない──

 

 ──普通は、いない。

 

「させんぞ」

 

 だがしかし、恐山(おそれざん)学園都市荒夜連(こうやれん)のエースとして活動するイタコのサトコ。そのとっておきの所持妖魔である異界の騎士ルウもまた、雷を操り、その身を雷そのものとする技術を扱う。

 黄金の雷と化した桜と、黒い稲妻と化したルウが、ぴかりぴかりと瞬き、ぶつかり合う。

 

 二人が何をしているか目で捉えられる者は、荒夜連の乙女たちの中にはいなかった。

 ぶつかり合った時にまき散らされる雷と、大地を揺らす衝撃のみが、この二人の戦いの凄まじさを物語る。

 

 激突。

 

 黄金の雷と、黒い稲妻がぶつかり、鍔迫り合いが始まる。

 

 そこでようやく、荒夜連の乙女たちにも、二人の姿が見えるようになった。

 

「不思議なことが起きてるね。ルウ、あなた、ちょっと速すぎる」

 

 桜の言葉は、氷邑邸での戦いを経ての感想だった。

 

 ルウには『制限』がかかっている。

 

 詳しいメカニズムを桜は知らない。だが、雷速戦闘についてこられる出力を、ルウは発揮できない。これは事実だ。

 ルウの出力はどうしてもサトコが注いだ神威量に依存する。長らくサトコと戦ううちに、出力上限はだんだん上がっていった。だが、やはり、自由であった時の全力には及ばない。

 

 一方で桜はそもそも強かった。その上で、戦いの経験をあますところなく吸収し、神威量を増加させ、剣術を磨き上げ、その上で楯無まで装備している。

 この楯無は対・氷邑梅雪戦においてさえ必殺となりうる『おめかし』だ。サトコに使役されているにすぎないルウでは、速度も出力も、楯無を装備した桜には遠く及ばない。それが道理。

 

 だが、実際、及んでいる。

 

 速度は互角。出力も互角。

 

 桜は観察する──ルウ。姿は、以前、桜が見た時と変わっていない。

 黒天狗(ダークエルフ)。羽衣のような薄いものをまとい、背中からは羽根めいた黒い稲妻が出ている。

 褐色肌。均整のとれた手足の長い体つき。……身体も変わっていない。筋力量が増えたわけではなく、骨格が変わったというわけでもない。

 装備は、師匠(シンコウ)の持っていた黒い二刀。銘をフラガラッハという。もともと、ルウの持ち物であったらしい大小剣だ。その扱いの巧さは見ている。実際に、剣を合わせもした。

 

 多少の出力上限の向上はなんとなく感じるものの、微々たるものでしかない。

 そう、何が一番おかしいって、神威量の上限が低いままなのだ。

 感じ取れる上限に見合わない速度と力が発揮されている。だから、桜は混乱する。『そういうものだ』とわかっても、一瞬、感覚がおかしくなる。すべての速度、攻撃に『思ったより速い』『思ったより強い』という驚きがあり、それが、なんとも気持ち悪い。

 

(梅雪に力を注がれてる、みたいな話でもない──うん、間違いない。ルウは強くなってない。じゃあ、速度と力で互角なのは……)

 

 桜は、答えにたどり着いた。

 

「私が弱ってる」

「ご名答だ」

 

 楯無の出力向上を加味してこの程度であるならば、相当に弱っている。

 だが、弱っていることにまったく気付けなかった。ルウという存在と戦って、比較検討してようやく気付けた。

 

 桜が気付けたことに、ルウの方は驚いていない。

 

(これはバレてもいい仕掛けなんだ。弱っていると感じ取らせないことは、相手にとってどうでもいい、狙った効果じゃない、副次的効果)

 

 恐らく梅雪の『一手目』の影響だ。 

 桜に加わった重圧。『この場所に引き寄せる』効果。その次の効果が発動している。

 

(……放っておくとまずいな、これ。結界、結界かあ。どこかに基点があるはずなんだけど、巫女たちの祝詞(のりと)で基点の気配が全然わかんないや)

 

 今もまだ、スタジアムを取り囲むように、巫女軍団が祝詞を唱え続けている。

 あれは『一手目』のうち、ではない。壮大にして盛大な妨害(チャフ)だ。あの、普通に戦力として投入すればそれなりに苦戦しそうな巫女たちを、ただただ結界の基点を隠すための妨害役に使っている。

 

(本命は三つ。でも、『ついで』の効果だけでも必殺級──)

 

 祝詞による重圧の強化は、妨害のついで、一手目の結界のついで。

 荒夜連の投石による攻撃は、何か──桜は知らないが、妖魔封印のボール、それで封印するついで。投石・妖魔による足止めが、ついでなのだ。

 

 これらすべて、梅雪が組み上げた。

 桜のためのサプライズだ。

 

 しかも、途中で予定の急な変更をせざるを得なかった様子にも関わらず、ここまで桜を追い詰めるための手順を、即興で組み直してくれた。

 その指示に従って、多くの人が動いている。

 

 桜は氷邑梅雪が統率一男だったことを知らない。

 だが、梅雪の人格は知っている。あの人格で、これほどまでの人たちに協力してもらえるようになるには、一体どのぐらいの奇跡を積み上げ、どのぐらいの成長をしたのだろう?

 

 感動で涙が出そうだった。間違いなく、この戦いには、氷邑梅雪の『すべて』がある。

 その『すべて』を、自分に向けてくれている。

 

「──嬉しいな、そこまで想ってくれて」

 

 ならばこちらも、出し惜しみはできない。

 梅雪にだけ見せたかったとっておきを、すでに一つ、切らされている。楯無。これを装備しなければ、ルウに出力で負けていただろう。

 

 けれど用意しているものはまだある。

 

 桜の手には、三枚の切り札があった。

 一つは『楯無』。

 あと二枚。梅雪に対して切りたい札だった。彼と向かい合って、一つ一つ、噛みしめるように披露したかった。

 

 けれど、今、彼の策を相手に、切ることにした。

 

 三枚の切り札の二枚目。

 完成させてはまずいだろう結界。基点がわからず、破壊もできそうにない、効果もまだ判然としない、発動前の段階でさえここまでの効果を発揮する、この結界──

 

 ──まずは、それを砕く。

 

 桜は砂賊糾合事変ののち、遠く、北陸に逃れた。

 その際に軍神領でまずは逗留し、そこでいくつかの試練を経て、あるものを手に入れていた。

 

 軍神札という名前のそれは──

 

 ──道術の効果を停止させる、イベントアイテム。

 

 北陸・軍神領にて、荒夜連を救った当時の梅雪が手に入れられなかったものだ。その理由は、『軍神が認めなかった』としか言えない。

 軍神札は藤原黄金林檎の効果を止めるために必要なアイテムであり、その入手方法は軍神の試練を乗り越えることにある。

 道術の効果を停止させる──つまり黄金林檎の『すべてを黄金にする力』を止めることで、その土地を支配下に置くことができるようになる。そういうアイテムだった。

 

 だが、梅雪がこれを手に入れるため試練に挑もうとしても、そもそも試練そのものが始まらなかった。

 なので、北陸軍神領は『通り抜ける』しかできなかったのである。

 

 フレーバー的には『超絶剣士である軍神が、剣の腕のみを比べ合うために、無粋な道術を封じるための札』とある。

 その効果は神器とも言われる黄金林檎の『黄金化効果』を完全に停止させるほどであり……

 

 毛利(もうり)モトナリによる大規模結界術式が、停止する。

 桜は己の身に力がみなぎり、このスタジアムに自分を縛り付けていた見えない力が消え去るのを感じた。

 

 空を見る。

 もう、昇れる。

 地上にいる荒夜連の乙女たちを無視して、梅雪に届く──

 

 ──梅雪が、桜を見下ろし、口角を上げて、嗤っている。

 

「三手目」

 

 ……梅雪には、とある予想があった。

 ミカヅチを桜が手に入れていた時点で、『ああ、やっぱりこいつは主人公なんだな』と思って、納得した。そういったナラティブが、桜の背後にはある。いわゆる主人公補正というものだ。それは確かに、あるのだろう。

 

 だから、きっと、軍神札も手に入れているのだろうなと思った。

 

 氷邑梅雪は道士である。

 風の加護と、肉体鍛錬によって剣士のように動いてはいるものの、その存在はあくまで道士だ。道術を停止させられては、満足に戦えない。少なくとも、桜のレベルにはついていけない。

 

 弱いから。

 

 だから、積み上げた。すべてが必殺の手順で、桜に、持っているかどうかも確証がない、『道術を停止させる札』という、貴重なアイテムを切らせることにした。

 

 それこそ、三手目だった。

 

 三手で詰む。

『詰む』とは?

 

「ようやく、理不尽なアイテムを警戒せずに貴様とやれる」

 

『詰む』。

 傲慢なる氷邑梅雪が『詰む』と表現するのは、『実力を十全に発揮しての一対一に持ち込む』ということに他ならない。

 

 梅雪の左右の手が、指を鉤状に曲げた形で、上下に合わせられる。

 それは、蛇の顎を模しているように見えた。

 だがそれは、ディスクタイプのゲームソフトを、箱からパソコンに移動させる時、落とさないよう、しかし、裏面に触れないように持つ、そういう構えだ。

 

 氷邑梅雪はこの世界のことを知り尽くしている。

 その知識に基づいて、最も警戒すべき手を桜が使ったのを確認した。

 

 ならばあとは、どのように一対一を組み上げるか。

 

 ……忌々しいことに、桜からの好意が自分に向いているのがわかる。

 だから、これが入る。

 

 好意参照式、異世界創造術式。

 

 剣桜鬼譚(けんおうきたん)・異聞。

 

 氷邑梅雪は、言う。

 

「New Gameだ。序盤でやられる噛ませの悪役と、主人公。どちらが勝つか、試してみようではないか」

 

 噛ませの悪役令息が、主人公に挑む。

 理不尽な運命の否定が、始まる。

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