悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

325 / 325
第317話 剣桜鬼譚・IF 二

 主人公・(さくら)の最初の障害として立ちふさがったのは、氷邑(ひむら)家だった。

 

()は初代の帝が御存命のころより『御三家』と呼ばれた名家。しかし先代当主を失い、後ろ盾であった帝も崩御(ほうぎょ)された今、傲慢にして悪逆なる当主が非道を横行させる悪しき家です」

 

 シンコウから氷邑家への評価は散々なものだったが、その散々さにはまったく『熱』がなかったのを、桜は不自然に感じた。

 もちろん、『ここ』ではない場所でシンコウの薫陶を受けた経験から感じる不自然さだ。

 シンコウが氷邑家について語る時には、もっと熱があった。言葉の上では散々に否定していても、その否定の言葉にさえ、愛があった。

 

 だが、今のシンコウの言葉は、罵倒であっても冷めている。

 なんの関心もない、というよりは、失望しきっている、というような。そういう冷たさがあった。

 

「我らの行うことは、侵略になります。しかし、侵略することで救われる人というのも、いるのです」

 

 氷邑家の場合に限り、その言葉は真実だろう。

 だけれどシンコウの口ぶりは巧妙というか、冷静に聞けばズルいと思える言い回しだった。

 

 最初に侵略する領土についてこんなことを言われれば、以降、ずるずると、どこかに侵略する時、相手の『侵略することで救われる事情』を探してしまう。

 自国の政治に対し、すべての民が納得しているということはないだろう。領主のせいで割りを喰ったり、被害に遭ったりする人は、このクサナギ大陸であれば、まあ、いないわけはないだろう。

 けれどそれ以上に、『現状』に不幸を感じていない人はたくさんいる。そういった人の『不幸ではない状態』を脅かすのが、侵略という行為だ。

 

 シンコウの物言いは、今後、主人公(プレイヤー)に、『相手の悪いところ探し』をさせる入口となるものだった。

 絶対的な正義はない。支持率十割の政権もない。どこかに絶対ある『悪』『不支持』の部分を探させ、それを理由に侵略行為の精神的ハードルを下げる。そういった巧妙、あるいは狡猾な計算のある言葉選び。兵法であり、軍略であった。

 

 そして、相手の悪を突き、正義を成すのは、気持ちがいい。

『侵略することで救われる人もいる』──シンコウの言葉は紛れもなくゲート・ドラッグのような役割を持っていた。

 

 つまりそこに、シンコウの目的が隠れている。

 

 桜はもちろん、察した。

 

「わかっています、師匠。……私は迷いません。必ず、虐げられている弱き人たちを、救ってみせます」

 

 この言葉にシンコウは誇らしいものを見るように口元を笑ませたし、トヨ(犬耳の獣人)は全面的な信頼を感じさせる目つきで桜を見てうなずいた。

 引き連れている『まつろわぬ民』たちも、決意と覚悟と、それから希望を秘めたまなざしで桜を見た。

 

 願いが、集まっている。

 彼女らの願いは、『強者の絶滅』だと桜は察した。

 

 紛れもない、土地を持たない、排斥された弱者の連合である。

 土地が欲しい。満足な食事が欲しい。擦り切れていない服が欲しい。それらはすべて、生存に直結するシリアスな望みであり、どこか根拠地を──魔境ではない、人里に根拠地を構えなければ得られないものではある。

 

 だが彼女らの目的はそこにはないのだ。

 彼女らが興味を示しているのは『強者を倒すこと』である。ついでに土地を手に入れ、その土地の文明も手に入れる。だがしかし、モチベーションの源、行動の火種は、うっすらと感じている『強者のせいで自分たちの現状がある』という恨みであり、それの解消のために、『倒してもいい強者を求め、それを倒す』ということを望んでいる。桜は、そう察した。

 

 だから、氷邑家を倒しに行く。

 元名家。悪逆非道。弱者を、民を被害に遭わせている。

 こんなにみんなの心を一つにできる目標はない。初戦。土地をとる戦い。人を必ず殺すことになるだろう。恐ろしい。死ぬかもしれない。だが、そんなマイナスをぶっちぎるほどのモチベーションがある。相手が『悪の名家』であれば。

 

梅雪(ばいせつ)、今、行くよ)

 

 桜もまた、高いモチベーションを持っていた。

 氷邑家。その当主といえば梅雪。あの父親はすでに亡く、この世界では梅雪が家を支配しているらしい。

 どういった意図でこのような世界に自分を招いたかは知らないが、決戦の時の近さに、桜は高揚を覚えていた。

 

 道中、兄に手籠めにされかけた銀髪の少女──はるを味方に引き入れ、氷邑家をいよいよ殲滅する。

 

 ……だが。

 

 桜は、そこで、驚くことになる。

 

「ええい! 揃いも揃って弾除けにもならんゴミどもめ! この俺を誰と心得る!? 帝の祖の時代より帝に仕えし御三家! 氷邑家当主の梅雪なるぞ!? それを、貴様らごとき下賤の者らが、いったい──」

「──誰、君」

「──なんだ、貴様!」

「君は梅雪じゃない」

 

 氷邑梅雪は、氷邑梅雪ではなかった。

 確かにそういう名前の、そういう存在なのだろう。だが、言動が、力量が、桜の知る梅雪とはかけ離れすぎていた。

 

 燃え盛る屋敷。すでに部下の一人もない梅雪。

 紅蓮に染まった氷邑家中庭で、桜は、尻もちをついて何かを喚き散らす梅雪を見下ろす。

 

「梅雪は、そんなこと言わない。梅雪は、傲慢で、性格が悪くて、自己中心的で、でも、こんなふうにみっともない命乞いなんかしないし、御三家とかいう、誰かに与えられただけの立場を笠に着ようとしたりもしない。この状況でも、絶え間なく計算を巡らせて、こっちの隙をついて、なんとしても殺すっていう殺意が滲み出てる。君みたいに、怯えて、口汚く唾を飛ばして、小癪な時間稼ぎをして、増援が来る計算もないのに、ただただ死ぬまでの時間を引き延ばすような、そういう無駄なことをする人じゃないんだよ。梅雪を名乗る君は、誰なの? まさか、君が、氷邑梅雪のつもりなの? 同じ顔で、同じ声で、ちょっと成長した見た目なのは気になったけどさ。期待しちゃったじゃん。期待したんだよ。私は、再会を。また殺意を向けてもらうのを、期待したんだ。だっていうのに、何、それ? ねえ、私を殺せると欠片ほども思ってない男が、どうして私の前で氷邑梅雪を名乗るの? 不快だよ。本当に不愉快だ」

 

『氷邑梅雪』は、何も言えず、怯えた顔を桜に向けるだけだった。

 

 桜は、氷邑梅雪の四肢を斬り落とした。

 なんの抵抗もない、柔い肉だった。

 

 今の言動の全部が欺瞞で、こちらが甘い動きをした瞬間に襲い掛かられるという、楽しい妄想もしてみた。でも、妄想は現実にはならず、氷邑梅雪は、氷邑梅雪を名乗る謎のゴミだった。

 

 桜は、この梅雪のことを記憶から消すことにした。

 

 四肢を削いで、トドメを刺さずに振り返る。

 

 供として連れていた人たちは、何も言えず、桜を見ていた。

 一人、はるだけが、梅雪に近寄り、何かを言っていた。

 

 どうでもよかった。知らない人が、知らない人にかける言葉に、興味はない。

 

「……どこにいるんだろう、梅雪。何をするつもりなのかな」

 

 桜の興味は『本物の梅雪』に移った。

 彼が今、どこで、何をしているかはわからない。

 でも、今、桜がいるこの世界は、彼が、必殺を期して仕掛けたものだ。

 

 だから、絶対に出逢える。

 

 桜は目を閉じ、胸に手を当てた。

 

「逢いたいな、梅雪」

 

 四肢を切り落とした『氷邑梅雪』のことなど完全になかったもののように扱う、その尋常でない様子に、ほとんどの者が恐怖に近い感情を抱いていた。

 だが、進む。

 

 桜のクサナギ大陸侵略は、進む。

 

 本物の氷邑梅雪に出逢うまで、止まらない。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

裏切り・絶望がテーマの同人ゲー世界で、全てぶっ壊す(作者:棘棘生命)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

ニッチな需要のあるゲーム世界で、鬱展開を破壊する話▼鬱を破壊した分、様々な種類の闇は主人公に降りかかるものとする▼※書籍化が決定し、現在進行中です。皆様いつもありがとうございます。


総合評価:15605/評価:8.88/連載:117話/更新日時:2026年06月14日(日) 19:00 小説情報

推しの少年漫画に転生した件(作者:暁刀魚)(オリジナル現代/冒険・バトル)

【書籍販売中】▼ 幸運にも、大好きだった少年漫画に転生した百鬼セオ。▼ 自身の前世知識を用いて、不幸になってしまったキャラの救済や、前世でさんざん妄想していた異能を実現するために奮闘することを決意する。▼ しかしセオは知らなかった。▼ 前世にてセオが死んだ後、この作品の続編とソシャゲが始まったこと。▼ そこでセオの知らない新しい設定が生えていたことを。▼ こ…


総合評価:19291/評価:8.51/連載:96話/更新日時:2026年05月17日(日) 20:07 小説情報

夢現世界の災凶姫~Disastress in the Parasomnias~(作者:サッドライプ)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

或いは異世界転移して閉じ込められた遺跡ダンジョンで意味深に封印されていた眠り姫を勝手に脳内彼女にしていちゃこらする妄想電波を毎日垂れ流していたら実は意識があったので全部聞かれていた話。▼「はい♪あなた様が言っていた恋人同士の睦み合い、全部ぜーんぶやりましょうね!!」「え゛」▼脱出不可能なダンジョンに放り出されてモンスターとバトるか可愛い美少女を眺めるかしかや…


総合評価:5591/評価:8.8/連載:43話/更新日時:2026年06月17日(水) 06:01 小説情報

【第1部完結】吾輩は猫である。前世で描いた鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画の世界に転生したので贖罪の為に魔女達を救って行こうと思う。(作者:あんみつ炙りカルビ)(オリジナルファンタジー/恋愛)

 吾輩、かつては人間だったが今は黒猫である。だが、何の因果か吾輩が書いていたスピンオフ漫画の世界に転生してしまったようだ。▼ だが、この世界は鬼畜リョナゲームのスピンオフ漫画であり、このままでは吾輩が書いたヒロイン達は見るも無惨な姿へと変わってしまう。▼ それは断じて許されない。吾輩が地獄への道を書いてしまったのならば、責任を取るしかない。▼ 吾輩は吾輩であ…


総合評価:12044/評価:8.77/連載:82話/更新日時:2026年06月16日(火) 12:05 小説情報

転生超越者は胸の穴を埋めたい(書籍版:転生程度で胸の穴は埋まらない)(作者:ニテーロン)(オリジナルファンタジー/冒険・バトル)

2026/2/23「次にくるライトノベル大賞2025」文庫部門三位を獲得しました!▼2025/11/25「このライトノベルがすごい!2026」新作文庫部門第二位を獲得しました!▼2025/1/10一巻発売しました!▼2025/6/10二巻発売しました!▼2025/9/10三巻発売しました!▼2026/3/10四巻発売しました!▼五巻、発売決定しました!▼邪神…


総合評価:41558/評価:9.33/連載:217話/更新日時:2026年06月01日(月) 18:04 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>