悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
あるいはそれは、剣聖シンコウの影響なのかもしれない。
そのぐらい当人にとってはムカつくことではあるのだが、氷邑梅雪と剣聖シンコウは似ている。最初から性質に似たところがあったのか、それとも、梅雪がシンコウの剣を盗みとる過程でその心構えまでも身に着けてしまったのか、今となってはもはや、わからないことではあるけれど。
また、
桜は他者の願いを受けて戦う少女だ。だからこそ、シンコウの願いの内側にある欲望までも、受け止めてしまったのかもしれない。
あるいは、元々、桜の大本の人格に、シンコウに似たところがあった、というのも、あながちこじつけとも思えないほどには、信憑性のあることだ。
ようするに、この二人──
──互いに互いを全力で殺すと決めた戦いでもなお、最初は遊ぶ。
梅雪は道術を展開しない。
桜は不死身でゴリ押しをしない。
次の瞬間には互いの命の灯を吹き消すと決めたこの戦いにおいて、二人はまず、剣術比べから入った。
桜の初太刀。
力を籠めやすいように。
一撃ですべてを両断できるように。
受けてのカウンターなど許さない。初太刀で両断する。これは、桜が剣聖との組手の中で編み出した『すべての攻撃にカウンターを放ってくる相手』への最適解であり、不死者たる桜との相性から、幾度も幾度も好んで使われた構えからの一撃だった。
その一撃の速度、雷霆のごとし。
だがそれを受ける氷邑梅雪、『雷斬り』の伝説を持つ者を父祖とする氷邑家の者である。
雷速の初太刀を受けない。外さない。
ぬるりとした軌道で差し出した剣を雷の速度に差し込み、軌道を曲げさせる。
凄まじい速度で一定の方向に進むものほど、横からの力に弱くなる。
雷速の初太刀、美味しい獲物である。どこか蛇のように生物的な軌道の太刀筋を置いておけば、『必ず自分を両断しに来る太刀』は勝手に引っかかる。
氷邑梅雪は剣士として桜の足元にも及ばない。
風を使い速度の底上げをし、風を使い相手の動きを触れているかのように読む──拳法において
だが、剣士とは、先読みをされても、途中で振っている最中の太刀筋さえ変えてのける超常の者だ。
これの太刀に合わせるとくれば、相手に迷いなく振り切らせる細かなブラフが必須。
剣士が腕力と動体視力だけでやってのけることを、道士の梅雪はいくつもの仕掛けと欺瞞、そして心理誘導などの剣術以外の技術を総動員して行わねばならない。
それが、道士という弱者の戦い方だ。
道士という弱者が、強者の初太刀を逸らして、地に落とした。
強者はしかし、すぐさま刃を返す。全体重、全膂力を込めた『振り切る一撃』さえも、腕力で真反対の方向に切り返してみせる。この理不尽こそが、剣士という生物の神髄である。
道士はかくも弱者である、が。
それは、弱みを見せることを表さない。
「ずいぶん読みやすい太刀筋だな桜ァ! 単純な頭の中身がそのまま剣に表れているぞ!」
「言ったな!」
切り返された太刀をさらに逸らし煽る梅雪に、桜はさらに膂力と技術によって太刀筋を無理な方向へと変える。
剣が合わさる。速度に比して、あまりにも小さな音を立てながら。
音とはエネルギーのロスである。『ドカンという大地を揺らす踏み込み』『相手の体、あるいは刃を叩いた時に出るギィィン! という激しい金属音』。それらすべてエネルギーが散ってしまっているということ。愛神光流の剣術使いは、そんなもったいないことはしない。
すべてのエネルギーが、体を巡り、相手を殺すためだけに回っていく。
二人の中で、エネルギーが回り続け、増え続けていく。
剣戟は激しさを増し、速度を増す。
それに比して不気味なほど音が出ない。衝撃が散らない。
氷邑邸、中庭──
普段、氷邑梅雪が剣術の鍛錬をするこの場所。
異世界転移術式・
この速度を捉えきれる者が見たならば、二人の動きは舞いのようだった。相手の手を取ったままステップを踏む社交ダンス。ただし合わさっているのは手ではなく刃で、どちらかが踏み違えた瞬間にどちらかが振り落とされて死ぬ極限のダンス。
くるくると衝撃が回り、二人が回る。
止まることなく加速する。刃がぴたりとくっついたようになる。どれほど動きを早めても、二人は刃でつながったままだった。
二人とも、理解している。
この刃が離れた瞬間──
距離ができた瞬間──
ぴたりと寄り添う時間が終わった瞬間──
──すべてを出しての殺し合いが、始まる。
「楽しいね、梅雪」
桜の声は喜びに満ちている。
泣きそうだった。でも、穏やかな表情だった。
今この瞬間におきていることがかけがえのない奇跡だと理解している、そういう顔だった。
「ふん」
梅雪は言葉で答えず鼻を鳴らすにとどまった。
言葉を紡ごうとすれば、きっと、桜に同意してしまう。
楽しかった。技のすべてを出し切れる。『技を比べよう』ではない。『殺し合おう』という場。うっかり相手を上回って殺してしまっても後腐れないし、うっかり相手に上回られてしまい殺されてしまってもどこか納得してしまう、そういう空気での剣術の比べ合い。
……楽しくないはずがなかった。
己が必死に努力したものを、人と比べ合えること。
それは紛れもなく、人生における数少ない真の喜びのうち一つだ。
ただし。
出し切った、満足した──だけでは、足りない。
二人ともが、思っている。
『出し切って、満足して──
──勝ちたい』
勝ちたい。
殺したい。
この殺意を成就させたい。この殺意に応えたい。
邪魔者を消したい。消すことこそが存在意義。
剣を相手の命に滑り込ませること。それ以外、もう、何もかもが、消え去っている。
主人公は背負うべきものを忘れた。
悪役令息は己の所有物たちのことを忘れた。
互いに互い以外が見えなくなった瞬間──
──刃と刃を繋ぎ合っての、ダンスの時間は終わった。
ギンッ。
小さな音が鳴って、互いの刃が離れる。
遠心力に引き裂かれるように互いの距離が離れる。
「我が四天王」
桜の呼びかけに応えて、『影』が湧き出す。
異界の暗殺者、ゴブリンのロキが、鎧と盾と剣を手にそこにいた。
異界の騎士ルウが、二振りの剣を手に駆け出した。
異界の魔法使いヴィヴィアナが、空で何かの術式を展開し始める。
異界の姫はそこにはいなかった。ただ、この世界に増えた気配が、姫の存在を梅雪に感じ取らせる。
進歩に進歩を重ねた梅雪の
ゆえに煽り厨氷邑梅雪、ニヤリと笑って、己の影より持ち駒を顕す。
「
全身機甲甲冑の男が出て、大剣を以て異界の暗殺者ロキに斬りかかる。
体格に合った弓を装備した少女が出て、ルウの進路に爆ぜる矢を放ち、止める。
そして。
「出て来い、術式技師──マサキ」
梅雪の影は、梅雪が自ら剣で斬った者を顕す。
そして
ただし、その姿は……
中空に浮かぶ、黒い蓮華。
その中央に人間の上半身が生えている。
梅雪が斬ったのは、雪女ではなく、マサキである。
術式の天才マサキが生涯をかけて造り出した最高の術式、天上天下。その起動後に、術式と同時に、マサキを斬っている。
異界の魔法使いヴィヴィアナの意識が、術式と合一化したマサキへ向く。
マサキを内包した蓮華。その花びらが、一枚、開く。
「残り六枚」
天上天下。
一定範囲のすべての人間を妖魔と合一化させる術式。
蓮の花が開き切ったその時、東北にゾンビパンデミックを起こさせる、最強最悪のムービー銃。発動と同時にエンディングに到達してしまう、主人公であっても回避不可能な術式──
「──残り六枚でエンディングだ。さあ、このバッドエンドを止めてみせろ、主人公!」
梅雪もまた桜本体に斬りかかる。
桜も笑い、それを受ける。
剣桜鬼譚・異聞。
エンディングまであと六──
──五枚。