悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
現実の氷邑邸。
大量に落ちて来る異界のモノども。
上空から降り注ぐ
それが、ピタリと止まった。
「……
大量の臣民を避難させた新設・氷邑邸の中庭で、氷邑
周囲には異界のモノどもの死体が大量に積みあがっていた。
それを氷邑家武士団が次々と集め、焼き払っている。
あたりには異様なニオイが立ち込めていた。
銀雪は着物をはだけ、全身に汗をまみれさせながら、ふうと息をつく。
時刻は深夜に差し掛かっている。数時間続けた、無限に湧き出るモノどもとの戦い。上空で飛び回る
──とはいえ、無限の中の数%は、やはり無限に違いない。
休まる間のなかった戦いにふと訪れたインターバル。
氾濫の主人・異世界勇者桜が『どこか』へ消えた。梅雪が『連れ去った』のだと、銀雪は理解した。
すなわち、決戦の時が近い、ということだ。
異界のモノどもの死体を燃料に燃え上がる火の中はまばゆいぐらいだった。
邸の四方に固められた『無限の死体』の山は、昼間のように氷邑邸中庭を煌々と照らしている。
まるで狂言の野外舞台を思わせる、どこか幽玄たるその明るさの中……
しずしずと、銀雪のもとへ歩いて来る女がいた。
その女は、豪奢な巫女装束を身に纏い、顔を半ばまでベールで隠している。
瑞々しく魅惑的な唇が軽く笑みの形に曲がっているのを、銀雪は捉えた。
「イワナガ、貴様か」
銀雪の声は静かだった。待ちわびた『殺す』と決めた相手が来た。その高揚は表には一切表れていない。
一方でイワナガの歩みもまた静かだった。
定められた拍数で、定められた歩調で、定められた人の元へ向かうかのようだった。狂言の舞台。能や狂言といったものは、人を一時の幽玄へと誘う。イワナガの存在、歩み、動きの一つ一つには、この世の人をこの世なざらる場所へ誘い込むような、何かがあった。
「お久しぶりです。銀雪様」
イワナガは一礼した。
……ここには、氷邑銀雪がいる。
氷邑家家臣団がいる。
そして、氷邑銀雪から、殺すと決められている。
だというのに、ノコノコ現れる。
それは余裕の表れだった。いかようにしても自分が害されることがないという確信からの行動に違いなかった。
『なぜか』斬ることのできない存在。イワナガ。
神の一種ということらしい。『予言を届けるだけで無害』──そんなふうに自分のことを表現したイワナガだったが、そんなことがあるものか、と銀雪は思う。
ただの言葉でも、大いなる害をもたらすことはできる。
口は
その禍の元で、どれだけ
その禍を恐れるあまり、どれだけの時間、自分は息子に何もしてやれなかったか。
「貴様を出迎えてやる義理はないな」
銀雪は服もはだけたまま、剣を片手にイワナガに向き合った。
イワナガは微笑みを崩さない。
「今再び、銀雪様に関係する予言が顕れましたもので。お伝えに参ったのです」
「そいつは違うだろう?」
「……何が、でございましょうか?」
「そもそも、貴様に予言を告げる権能などない」
「……」
「貴様にできるのは、そうやって言葉で人を引っ掻き回して、意味深に立ち振る舞うことだけだ。……まあ、百歩譲って、予言は可能だとしよう。ただしそれは、長らく人の世を見てきたがゆえの経験則の賜物であって、権能ではない」
「…………」
「しかも三種の神器にまつわることのみ予言可能? 違うな。それは、三種の神器という、これに関わる者の行動原理がわかりやすく、滅多に表に出ないがゆえに、予言を乱す変数が少ないものを絡めることで、人の行動の範囲を絞り、予言の的中率を上げているだけのことだ。つまり貴様の予言は、予言でもなんでもない。雰囲気と口ぶりで他者にそう信じさせるだけの、インチキ占いだよ」
「信じようが、信じまいが、構いませぬ。わたくしの予言は、事実、予言ですので」
「わからないようだから教えてやろう。状況がこちら有利になったと見て、引っ掻き回すために『予言』を告げに来た。その行動がもう、貴様をインチキ占い師だと示しているんだよ」
「……」
「だがね、不死不滅の存在が、そのようにチョロチョロと出て来て、耳元でささやいて来るというのは、なかなかどうして、イラつくことだ。今後もそのように絡まれてはかなわん。なので──」
銀雪が愛刀家宝・
その切っ先から銀光が出て、深夜の空を切り裂いた。
……それだけだ。
イワナガは銀雪の行動に不可解さを覚えた。
だが、それだけだった。
もしも、イワナガが弱者であり、不死不滅の存在でなければ、『何かをしたが何もなかった』という事実を前に、『自分ではわからない何かが、知らないところで起こっているかもしれない』と想像できたことだろう。
あるいは、銀雪の合図からタイムラグを経て何かが起こると思えたかもしれない。
すなわちすぐに逃げるという選択をできた。
「──ネタバラシ、と言うのだったかな」
銀雪が近付いて来る。
イワナガには『逃げる』という選択肢がない。ただ悠然と出迎える。それは、占い師として長く生きた経験によるものだ。
たとえば誇りを重んじる武士が敵前逃亡したと知れれば、武士としての人生が終わるように。
占い師が神秘性のない行動をとり、その神秘がただのツギハギの衣にしかすぎないと看破されてしまえば、占い師として終わってしまう。
イワナガが悠然としているのは、占い師として生きてきた期間が長いがゆえの、職業病のようなものだった。
ここで逃げては己の予言を信じさせる雰囲気が損なわれるという、一種の生存戦略だったのだ。
彼女がここで逃げなかったのは、占い師として正しかった。
ただし……
……生死を分ける場を前にした生物として、正しくなかった。
「第一段階、不死者の誘因」
銀雪の間合いまであと一歩というところで、イワナガはようやく、長らく感じていなかった感覚が己の中に走るのを知った。
だが、それがどういったものなのか思い出すまでに時間がかかった。
「第二段階、不死者の閉じ込め。──貴様、気付かなかったか? もう貴様らは、帝内地域から出ることができない、ということに」
「……」
なんの段階の話をしているのか、イワナガにはわからない。
それが、イツクシマ神社総大将毛利モトナリの大規模道術の話だとは、わからない。
梅雪より協力を依頼され、不死者殺しの知識を伝授されたモトナリは、その知識を組み込んだ道術を開発した。
モトナリは、たとえばマサキなどと比べてしまうと、術式開発の天才、とは呼べないだろう。彼女の術式はすべて古代術式の改造、ダウンサイジング化を施したものを、力任せに運用している。それだけのものである。
桜を地に墜とした術式は、桜を地に墜とすためのものではなかった。
それは不死者殺しのための術式だった。
だが、その術式は、桜の『軍神札』によって無効化されている。
平泉の『すべてを黄金に変える藤原黄金林檎』さえも無効にしてしまう軍神札。これにより効果を失わない術式は存在しない。
だから、初めから二つ、同じ術式が同時に起動されていた。
それに勘付かせないよう、氷邑梅雪は、軍神札使用をトリガーに桜を
イツクシマの毛利モトナリは特段の才能がある存在ではない。
ただ永遠に若く美しいままの愛される愛玩動物。そういう呪いを受けて生き続けた不死者である。
だが、彼女には生きた年数に見合うだけの知識と経験、そして何より狡猾さがあった。
狡猾ならぬ者が、砂賊や異界のひしめく
その性質が
そうならなかったのは、彼女にヒーローがいたからだ。
狡猾さは、善性、世界の悪を祓う目的で発揮されれば、『備え』『慎重さ』と呼ばれる。
モトナリの慎重さが、たった今、その術式を完成させた。
銀雪の合図で起動するその術式は、『水の流れ』『彼岸と此岸を分かつもの』を祀るイツクシマの巫女たちにとって、本懐とも言える効果を発揮する。
異世界転生者・ニニギによる、異世界転生術式。
「おめでとう、イワナガ」
不死者とは、その生態に『不死』が刻まれている。
あるいは神とは、その存在に『不滅』が刻まれている。
ならば──
──転生させてただの人間にしてしまえば、その生態は、人間なりのものになる。
イワナガは、己が人間にされていることに、その一瞬で気付いた。
そして己の体の様子も把握する。クサナギ大陸において、人は『剣士』『道士』『騎兵』『それ以外』になって生まれる。イワナガは己の肉体が剣士になっていることに気付いた。そして、前世が神であるがゆえに、『しばらく人間に生まれ変わったとは気付けないほど強い剣士』であることにも気づいた。
であれば、ここからの離脱は可能。
……可能性はある。あるのだ。相手が氷邑銀雪でも、可能性がある。そのぐらいの、屈強な剣士としてイワナガはその身がこの場にあるのを理解した。
だが、
「ニニギ神が君をお待ちだ」
「……………………え?」
逃亡を決意した刹那、告げられたその名は。
イワナガの動きを、完全に、止めた。
一刀両断。
銀舞志奈津が振り下ろされ、イワナガの体を左右に分かつ線が刻まれた。
イワナガはしかし、己の生命が終わったことに気付かぬまま、問いかけた。
「ニニギ様が、わたくしを、待っていてくださるの? 姉を選び、わたくしを捨てた、あのお方が」
「事情は知らない。だが、ニニギ神は君を忘れてはいなかったようだと、梅雪──当代のニニギから聞いている」
「……」
「君たちが本当に愛し合う男女なのであれば、ともにいるべきだ。それは、この地上にあっては、得難い幸福なのだから」
イワナガが崩れ落ち、その体が両断される。
死体が残った。肉と骨と内臓と血がこぼれる死体だ。
それは神ではなかった。それは、からくりでもなかった。それは、定命のモノ──人の死体だった。
不死者はここに断たれた。
残る不死者は、あと一人。
「……少し休むか。事後処理も大変だろうから」
銀雪はため息をつく。
すでに彼の中で、この戦いは終わっていた。
我が子の勝利、疑うよしもない。