悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第321話 世界呑 一

 花開く。

 

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)の放った『影』──恐山(おそれざん)学園都市荒夜連(こうやれん)で長年陰湿な復讐達成を狙ってきた術式開発の天才・マサキ。それと融合した天上天下(てんじょうてんげ)の術式が、今、花開こうとしている。

 

 七枚ある花弁が一枚開き、二枚開き、そして三枚目が開いた。

 すべての花弁が開き切った時、この黒い(はす)の見た目をした術式──天上天下(てんじょうてんげ)は完成する。

 

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)本編において、この天上天下が完成すると東北ゾンビパンデミックというバッドエンドに直行する。

 それは主人公でさえも対抗しようのない強制力を放つエンディング。東北のすべての人類が妖魔・妖怪と融合し、自我を失い、ただマサキの望みを叶えるだけの軍隊となる。

 

 ではこの結界──

 

 ──ゲーム剣桜鬼譚を再現した異世界転移術式、剣桜鬼譚・異聞においてはどうなるか?

 

 少なくとも、『主人公』……(さくら)にはわからない。この術式の名も効果も、わからない。

 ただ、桜は考える。

 

(ヴィヴィアナが反応した。ということは、あれはとんでもない術式──だいたい、梅雪がいかにも『必殺』っていう感じで出したやつが、とんでもなくないはずがない。見た感じ、花弁が開いたら完成する。なら……その前に砕く!)

 

 桜は決意し、影から軍勢を出す。

 それは噴き出すように現れた無数の黒い兵だった。これまで桜が願いを背負った者たち。桜とともに歩み、しかし道半ばで命尽きた者ども。主人公が『背負う』と誓ったその願いが、主人公の歩みを支えるために今、口なき命亡き者として噴出した。

 

 質こそ先に出した四天王──のうち三人──よりはるかに劣るが、その数は圧倒的である。

 

 だが。

 

 桜が対する氷邑梅雪、一人軍勢である。

 

「アレのまずさに気付いたのは褒めてやろう──」

 

 梅雪が氷の(つぶて)を孕んだ嵐を発する。

 際限なく桜の影より湧き出す『影』ども。主人とともに願いを叶えるために出た黒い兵たちが、一瞬で吹き散らされる。

 

「──だが、貴様にアレを止める余裕はないぞ、桜ァ!」

 

 梅雪本体が斬りかかってくる。

 

 桜は一瞬遅れて、梅雪の剣に剣を合わせた。

 愛神光(あいしんひかり)流同士の斬り合いが再び始まる。

 

 桜は奥歯を噛みしめた。

 

(まずい。私と梅雪の剣術勝負は決着がつかないのがさっきまでの斬り合いでわかってる。梅雪は時間を稼げばいいだけだから、このままだと、アレが花開く……!)

 

 桜は経験したことのない焦りが腹の底から湧き出していることに気付いた。

 それは紛れもなく、『後のない、負けられない戦い』に挑む者の心情だ。当事者意識、と言い換えてもいい。誰かの願いを叶えるための戦いではなく、自分の願いを──梅雪の殺害という願いを叶えるための戦い。しかも、これで負ければもう『次』はないという戦いをしているからこそ、生じた願い。

 

 この剣桜鬼譚・異聞のせいで思い知らされ、焦らされ、熟成させられた殺意(おもい)。それが成就されないかもしれない。その状況は桜にこれまで感じたことのない感情を次々と感じさせた。

 

 梅雪は優位の状況でただ『負けない』ようにすればいい。

 だが、桜の方は、梅雪の妨害を潜り抜けた上で、空で開く黒い蓮を壊さねばならない。

 

 圧倒的不利の状況。

 

「しかし、だ」

 

 超高速の斬り合いの中で梅雪の声がゆっくりと響く。

 斬り合いの速度から考えれば、あまりにものんびりとした、焦らすような、嬲るような、梅雪らしい声だった。

 

「このまま、貴様をしのぎ切れば、俺の勝ち。なるほど戦略的優位とはそういうものであり、この状況を作り出した俺の手腕だ。だが、しかし……それではつまらんなァ?」

 

 ギィン!

 

 梅雪が剣を弾く──剣を、弾く。音を立てて。エネルギーロスして。

 愛神光流の達人同士の斬り合いに、そのような無駄は存在しない。互いのエネルギーを回し合い、どんどん加速していく。

 その流派の斬り合いの中で音を立てて剣を弾き、距離をとる。

 

 距離をとった上で、剣を下ろし、顎をしゃくって上空の黒い蓮を示し……

 

「やってみていいぞ」

「……はい?」

「アレを壊してみるといい。挑戦する権利ぐらいはくれてやろう」

 

 何を言っているのか、わからなかった。

 

(梅雪らしいと言えばらしい? ここまで状況を詰んでみすみすチャンスを相手に与える? でも煽るためならそういうこともしそう──つまり、アレはまともな手段じゃ壊せない。実際、ヴィヴィアナが壊せてない……)

 

 上空ではヴィヴィアナが黒い蓮の破壊を試みている。

 桜の影は生前の性能を有する。だが、その思考能力には枷がかかる──主人の願いという名の枷。仲間という名の鎖。

 仲間とは、仲間を害さないものだ。桜の影は桜に危害を加えることができない。

 

 桜はヴィヴィアナのことを知らない。名前は知っている。だいたい、どのような人かを知っているだけだ。ヴィヴィアナと過ごした思い出もなければ、彼女からどのような願いを託されたかも覚えていない。

 

 だが、覚えている──ヴィヴィアナの本領は、他者の迷惑を顧みない時こそ発揮されると。

 

「ヴィヴィアナ」

 

 小さく名をつぶやく。

 

 それだけで、影から湧き出したヴィヴィアナには、すべての意図が伝わる。

 

 巨大な──

 

 ──巨大な、白い光が、天に広がった。

 

 それは、異世界だった。

 

 異世界が空に広がる。

 

 剣桜鬼譚・異聞は異世界転移術式。だがしかし、世界を一個創造するのは梅雪の、というより、人間の領分を超えている。

 だからこの結界は世界と世界の狭間、ほんの狭い隙間に存在する。

 

 ゆえに、他の異世界とつながりやすい。

 

 九十九州(きゅうじゅうきゅうしゅう)でヴィヴィアナ本体が行ったような準備もいらず、異世界を呼び出すことが可能となる。

 

 枷を解かれたヴィヴィアナは、世界丸ごと落下させて、この場のすべてを滅ぼし尽くすという方法での、『天上天下』破壊を試みた。

 

 天上天下はマサキの術式。

 しかしそのマサキが出ているのは梅雪の術。

 なので梅雪を殺せば天上天下は止まる。あまりにも簡単に考えた結果、ヴィヴィアナは最強最大の一撃、『異世界墜とし』を慣行したのであった。

 

 異世界が落ちて来る。

 

 天上天下の完成よりはるかに早い。

 

 かくして立場は逆転する。『天上天下が開き切る前に桜がなんとかしなければならない』という状況から、『異世界が落ちる前に梅雪がなんとかしなければいけない』というものへ……

 

「やはり使ったな」

 

 だがしかし、ヴィヴィアナが異世界を落とす術を使うということ、梅雪にとっては既知である。

 

 すでに一度見た時、梅雪はあの術を細かく分析し終えている。

 

 ……そもそも。

 剣桜鬼譚・異聞内とはいえ、不死の桜を殺し切ることは難しい。

 

 天上天下は『一定範囲内の妖魔と人間とを融合させる術式』──つまり、一定範囲内に妖魔が桜しかいない状況において、完成後に起こる現象は、桜と梅雪の融合である。

 

 桜は知らない。

 桜は剣桜鬼譚・異聞をクリアした。だが、コンプリートしていない。

 数あるエンディングの中から、もっともたどり着きやすい『全国統一エンド』にたどり着いただけ。道中すべてのイベントを余さずクリアしたわけではなかった。

 

 そもそも、天上天下の効果は発動した瞬間にエンディングだ。

 これが東北ゾンビパンデミックを起こすというのは、何度も周回し、いくつものエンディングを見ることができるプレイヤーだからこそ観測可能。

 

 剣桜鬼譚・異聞はゲーム世界に転移してそこで決着をつける術式ではあるが、それは『プレイヤーになる』とは根本的に違うのだ。

 

 その情報アドバンテージが、桜に勘違いをさせた。

 

 天上天下は発動したら終わる術式である。

 ……が、今、この状況で発動した場合、終わるのは梅雪の方である。

 

 桜と融合というクソキショい末路を迎える。それどころか、二人が同一の存在になれば、決着をつけることができず、二人は一人の存在として、永遠をこの術式内で過ごすことになる。

 到底受け入れがたい、想像するだけで気持ちの悪い結末である。

 

 だから梅雪は、桜がヴィヴィアナを出した瞬間にプランを決めていた。

 

 異世界墜とし──

 

 ──堕ちきるその前。転移中のその瞬間。

 

 その異世界は、神威の塊である。

 

 すなわち。

 

「貴様らの世界、まるごと俺のリソースにしてやる。──神喰(かっくらい)

 

 異世界を、喰う。

 

 不死者を倒す手段はいくつかある。

 

 異世界転生術式によって、人にして殺す。

 

 特定の方法・道具を用いて封印する。

 

 そして……

 

 その神威が散逸しきるまで、超猛攻、超エネルギーで消し飛ばし続ける。

 

 梅雪の愛刀の刀身が伸び、巨大な青白い蛇となって、異世界に喰らいつく。

 

「お前の名は、この時のために『そう』だったのだな。世界を喰らえ、世界呑(せかいのみ)凍蛇(いてはば)!」

 

 蛇の顎は相手に合わせて巨大に巨大に肥大していく。

 上下に開いた顎は堕ちてくる、空を塞ぐような世界そのものを丸呑みできるほどに広がる。

 

 そして──

 

 ──世界は、梅雪の手の中に。

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