悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第322話 世界呑 二

 滅びかけた世界があった。

 

 草は枯れ、大地は割れ、風は毒を孕み、水は腐った。そこらで火が荒れ狂い、世界そのものが、そこに住まう生き物を殺し尽くそうと牙を剥いた。

 その世界では神さえも狂った。大自然それぞれを司る神たち。時間を、空間を、運命を操る神たち。すべてが狂い、怨嗟と憎悪、そして耐えがたき、しかし何を欲しているかもわからないような渇望を抱え、苦しみ、呻き、暴れた。

 

 そうして世界は壊れた。

 

 だから、その世界で生きる人々を助けるために、移住先を探した。

 

 自分たちでも生きていけそうな、異世界を探した──

 

 ──けれど。

 

 ほんの少しばかりの迷いは、『彼』の内側にもあった。

 

『彼』は他者の願いを背負って叶えるだけの存在だった。

 ただしそれは、自我が未熟なまま、力を得て、世間からは『大人』と扱われる年齢になってしまっただけのこと。

『彼』はただ、自我の成熟に人よりもずっとずっと長い時間が必要なだけだった。世間に関わっていくべきだと思っていたけれど、関わり方を一つしか知らないだけだった。

 

 願望器になること。

 

 ランプの魔人。

 

 他者の願いを全部叶えた時に、ようやく自由になる存在。

 

『彼』はなんとなく、自分をそういうものだと思っていた。だから、願いを叶え続け……

 

 ……道半ばで、眠った。

 

 眠っただけだ。次に起きた時にはまた歩き出せる。そうしたら、背負った願いを叶えることができる。

 ……でも。

 

 願いは、叶わなくなることがある。

 

 欲しいものは、この世からなくなることがある。

 

 でも、一度存在したものが、完全になくなったかどうかなんて、確かめようがない。

 

 だから『彼』は歩み続け……

 

 ……そうしてようやく、終着した。

 

 

 もはや『彼』が生かすべき人は、どこにもいない。一片の可能性も残さず、消え去った。

 世界まるごと、消えてしまったのだから。

 

 

 (さくら)は涙があふれていることに気付いた。

 

 涙の意味はわからない。だから、視界を歪める邪魔な水を、袖で強引にぬぐった。

 見据える。

 

 その先には氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)

 

 異世界を喰った男。

 

「……不思議な気分だ」

 

 銀髪碧眼の、背の高い男だった。

 

 今は、真っ白になっている。

 

 一切の色素が抜け落ちた髪、瞳。

 服装も変わっていた。トーガのような一枚布を体に巻き付けた装い。それもまた白い。

 

 右手には剣を持っている。長い、両刃の剣。翼のような刃。

 左手には何も持っておらず、開かれたその手は顎のあたりに添えられていた。

 

 彼は天を見ている。桜から完全に視線を外している。

 

 だが、斬りかかることができなかった。

 

 斬りかかるべき場所が、どこにもなかった。

 

 今、氷邑梅雪は、桜を完全に超越している。

 

「俺の心にはいつでも、満たされぬ部分があった。夜、眠る時。信頼できる者をそばに侍らせた時。あるいは──愚か者どもの予想をはるかに超える滑稽な言動に頭を打たれ、思考を真っ白にした時。どういった時でも『ぼやける』ことのない場所が、内側にあった。どれほど緩もうと思っても、緊張が解けない部位が、心の中に必ず、あった」

 

 梅雪の目が、桜の方を向く。

 

 ……方向を、向いただけだった。目は、桜を捉えていない。焦点は桜のはるか遠くに結ばれている。

 

「今、心が緩み、真の安らぎを覚えている。……他者の存在を煩わしく感じぬ者。頭が足りず悩みを抱き得ぬ者。……真の安息を生まれつきにか、歩みの中でか、知る者。そいつらは、このような心境に至れたのだな」

 

 完全に、桜のことなど眼中になかった。

 

 世界丸ごと呑み込んだ。

 純粋神威として取り込んだ。

 

 その結果、梅雪の精神性は、神になってしまっている。

 

「そろそろ『外』も良い頃合いであろう。……貴様を殺して、この結界を出るとするか」

 

 ぼやけたままの梅雪が、無造作に剣を振った。

 

 まだまだ間合いの外。梅雪の身長と、今の彼の剣でも、五歩分はある距離──

 

 ──だが、届いた。

 

 桜は梅雪の剣を受ける。

 

 受けきれない。

 

 師匠から授かった名刀『桜花(おうか)』は、桜の剣術に耐えきれる硬度を持つ。名刀としての特殊能力は『持ち主の心が折れない限り、折れない』というもの。ただ丈夫なだけの刀。

 

 だから折れなかった。

 

 けれど、押し込まれて、峰が体に食い込む。

 

 梅雪が剣に力を込めた。

 

 桜は、己の刀の峰で両断されて死んだ。

 

 すぐさま蘇生。

 一瞬、宙に浮いた刀を手にとる。

 

 梅雪が、二の太刀をすでに放っている。

 

 戦闘は、静かに、いつの間にか、始まっていた。

 ……いや。

 

 戦闘でさえ、なかった。

 

 梅雪による『処理』が、始まっていた。

 

(衝撃を流せない! そんな暇がない──圧倒的な、速度と力!)

 

 二の太刀も過たず桜を殺す。

 

 蘇生。三の太刀はついに刀で受けきれず、あっさりと桜の脳天を割り、股下まで切断した。

 

 切創はあまりにも滑らかで、放っておいても切断面をくっつけておけば、また吸い付きそうなほどだった。

 だが、桜の印象はひと太刀ごとに『消し飛ばされている』という感覚に近い。自分を構築する神威が一回斬られるごとに信じられないほどの量、こそぎ落とされているのがわかる。

 

 強い。

 

 圧倒的に、強い。

 

 現に、梅雪は一歩も動いていない。技術も何もない手振りで剣を振っているだけだった。

 使う必要がないのだ。

 

 ……たとえば剣士のような強者にとって、『剣術』を使うのは、相手が同格か、格上である場合のみ。

 多くの場合、剣士は剣術を使わず、ただ雑に剣を振るだけで、相手を殺せる。

 

 今の梅雪と桜の基礎的な力量の差は、剣士と、神威を大して持たない一般人とに近い。

 

 このままでは処理される。

 桜は手も足も出ず、殺され続ける。

 これが、『世界』を丸ごと喰らった氷邑梅雪の力量。

 世界を喰らうまでに成長した梅雪の、必殺の一手──

 

(──でも)

 

 殺されながら、桜は思う。

 

 死ぬのは怖くはなかった。自分がこの世界から消えてなくなることにも、その過程にある痛みや苦しみにも、恐怖も焦りも覚えない。

 他者の願い──師匠たる剣聖の願い。それに、氷邑梅雪への報復を企図する人たちの願い。それに、自分自身で抱けた殺意(ねがい)。それが未達で終わることをリアルに想像して……それでも、未達で終わることに、そこまでの恐怖も焦りも、なかった。

 

(でも……!)

 

 桜が本気で『まずい』と思っているのは、自分の死の可能性が高まっていることに対してでは、なかった。

 

 桜が、認められないのは。悔しいのは。焦っているのは。このままじゃまずいと思っている、その理由は……

 

「でも、梅雪! そんなに圧倒的な力で私を追い詰めてるのに──なんで、そんなにつまんなさそうなの!?」

 

 圧倒的優位で、あそこまで呆けた顔を、梅雪がしていること。

 桜の焦りは、それが理由だった。

 

「氷邑梅雪は、もっともっと、楽しそうに敵を追い詰めなきゃダメでしょ!? 自分の策略がはまって圧倒的優位になって、あとはもう殺すだけってなったら、徹底的に煽り倒すのが氷邑梅雪でしょ!?」

 

 実際、それを二度、やられている。

 

 満足して逃げることは許さん。お前の情けない敗北姿を絵物語にしてばらまいてやる──

 

 ──策略の果て、戦いの果てに勝利を確定させた氷邑梅雪は、生き生きしていた。

 楽しそうだった。

 

 だっていうのに今の梅雪は、今にもあくびをしそうなほど飽きた顔をしていた。

 動きだって、雑だ。……まるっきり、強者の戦い方。

 

 そうじゃない。

 氷邑梅雪は、そうじゃない。

 

 そうじゃないけれど──

 

 ──今の桜は、圧倒的弱者で、梅雪に声を届けることも、できない。

 

 神の視座を持つ者に蹂躙されるだけの人間でしかない桜の声は、届かない。

 

 神に声を届けるなら、資格を示さねばならない。

 

 ……どうやって?

 

 ただ雑に剣を振るだけで、流すことも返すこともできずに桜を殺す梅雪に、どうやって、資格を示す? ここからどのようにして、彼を振り向かせる?

 

 何もできない。

 無力な者は、強者に対し、何もできない──

 

(──違う)

 

 桜は、知っている。

 無力でありながら強者と対等どころか、強者からさえ畏怖と羨望を向けられていた存在を、知っている。

 

 その人は剣士でも、道士でも、騎兵でもなかった。

 クサナギ大陸における『戦う者』の資格を持ち合わせていなかった。

 

 だが、戦い続けた。……まさしく、身一つで。

 あの人ならば、ただ、人の身に宿した術理だけで、神さえも斬ってのけただろう。

 

 剣聖シンコウ。

 

 その最後の弟子が、『相手が圧倒的強者だから』という理由で折れてはならない。

 

 ……今まで、なかったことだ。

 桜は常に強者の側だった。何もかも、なんとなく、できてしまった。

 人の願いを背負うのは、才能がありすぎて人生に目標を見いだせない桜が、この世で生きていく方法にしかすぎなかった。

 

 だが、今、才能も、実力もまったく及ばない強者に相対して、ようやく、わかった。

 

(ギリギリまで力を尽くしても敵わない理不尽な強敵に出逢った時、人は、『あきらめる』ことができる。でも、それでも、あきらめきれない夢がある時は……)

 

 命を懸けて。

 それまでの人生をすべて注ぎ込んで。

 邪魔なもの、自分のものではない荷物の一切合切を、捨てるどころか、燃料に変えて──

 

「──成長しなきゃいけない」

 

 無理にでも、一団飛ばしで、戦いの中で、成長をしなければならない。

 

 氷邑梅雪の太刀筋は、あくまでも飽いたものだった。

 雑な一撃。でも、速度と威力で、相手の対応を詰む、絶対的強者の一撃。

 

 袈裟懸けと逆風(さかかぜ)が同時に来るように錯覚する。すでに、袈裟懸けは桜の体を引き裂いている。だが速度があまりにも過剰で、体が死を認識する前に、次の太刀(さつい)が半ばまで迫っている。

 

 受け流せない速度と威力で相手を圧倒する。

 これはまさしく、桜が研ぎすましていた対愛神光(あいしんひかり)流開祖・剣聖シンコウ戦術だった。

 

 それを自分がするのの数倍、数十倍、数百倍かもしれない規模でやられている。

 

 師匠でさえ対応できないだろう。

 

 だが……

 

 チッ。

 

 梅雪の剣が、桜の剣をかすめた。

 桜は刀の鎬で、わずかに梅雪の剣を逸らすことに成功した。

 

 しかし、両断される。

 

 チッ。

 

 次の太刀。また、鎬でかすめる。

 両断される。だが、両断されながら、次の太刀への対応ができる。

 

「チッ」

 

 それは剣と剣が擦れる音に混じって聞こえた、氷邑梅雪の舌打ちだった。

 

『簡単に処理できる作業が存外面倒くさい』と感じた時に思わず出る舌打ち。

 桜の成長は、自分の死を避ける段階まではまだ届いていない。だが、梅雪の舌打ちを引き出すに至る。

 

 太刀が、重なる。

 

 命が、削られていく。

 

(三十回)

 

 桜は自分の命の残りを意識した。

 今までどれほど追い詰められようとも数字に直したことはなかった。

 だが、今は、数字として、意識する。

 

(二十九回)

 

 この数字が尽きる前に成長しきらなければ、梅雪はただ、力で雑に桜を処理する。

 

 我慢ならない──以上に。

 ムカつく──以上に。

 

(氷邑梅雪は、楽しそうじゃなきゃ、だめだよ)

 

 認められない。

 それは……

 

(あなたの願いは、楽しんで私を殺すことでしょう。全身全霊を尽くした相手に、自分も全身全霊を尽くして、そして実力で上回って、大喜びで私をコケにすることでしょう)

 

 願いを背負って歩く主人公は、宿敵の願いさえ背負っていた。

 

 だから──

 

(……残り、十二──十回)

 

 ──主人公は成長する。

 

 もとより剣聖を驚かせるほどの成長速度を誇った桜。なんら意識もせず、ただ教えられたことをし、目の前の苦境を解決するうちに、桜は愛神光流の剣術を皆伝まで修得し、神威の使い方を覚え、集団指揮を覚えた。

 

 何もかもを吸収し、何もかもを己の血肉に変える主人公。

 ただ過ごすだけで成長し続けるその存在が今、意識して、無理をして、二段飛ばしで己を高めようとしている。

 

(残り五回)

 

 梅雪の剣はすでに、桜の剣をかすめなかった。

 

 残り五回。そこから数字を減らすのに、四合の剣戟が必要だった。

 

(残り四回)

 

 まだ強敵相手にあがいているだけだ。

 まだ、『一撃入れればそちらの勝ちとしましょう』と言っている時の師匠との戦いのようなものだ。圧倒的格上にどう一矢報いるかの戦い。殺されないことを最優先にしながら、粘り強く隙を窺う。

 でも大抵、隙を窺っているうちに、粘れなくなる。だって相手の方が、格上だから。

 

(残り三回)

 

 それでも。

 

「──思い出してきたぞ」

 

 氷邑梅雪の焦点が、桜に合い始める。

 退屈に緩んでいた口角が上がり始める。

 

 踏み込みが始まる。その場から動かず、雑に手先で剣を振っていた梅雪の太刀筋に、腰が入り始める。

 

「強すぎる力は、どうにもこの俺をしてハイにならせるらしい。ハイも極まって虚脱、といったところか。……まったく、腑抜けた剣を振るってしまったものだ」

 

(残り二回)

 

「ここまで丁寧にすべてを整え、最後、自らの失態で、すべてをくだらない終わりにするところであった。……桜。二度と言わんから聞いておけ──」

 

(残り、一回)

 

「──よくぞ、俺を引き戻した」

 

 踏み込み。

 腹の底、丹田(たんでん)以外がすべて(きょ)となるような動き。動きの『意』が完璧に隠され、上段から脳天を目指して振られた剣が途中で伸びあがるように桜の喉を目指す。

 

 速度も力も最初と変わりない。

 

 桜の方も、速度や力が上がったわけではない。

 

 だが、対応できる。

 

 見えている。どれほどの速度でも、どれほどの力でも、雑に振るった剣ならば、見える。見えて、返せる。

 一回一回に命を失う可能性のあるギリギリの見切り。だが、できる。一回一回、死ぬ覚悟で、細い糸を手繰るようにして相手の手を読み、剣を合わせ、その剣から得た力を己の内側で回す。

 

 愛神光流は、開祖の目を焼いた神を斬るための流派。

 その太刀筋はもとより、圧倒的弱者の身で、圧倒的強者を斬るために存在する。

 

「ようやく、追いついた」

 

 それは『今の』梅雪に追いついた、という意味だった。

 何より、『今までの』梅雪に追いついた、という意味でもあった。

 

「私は今まで、師匠の流派を使えてなかったんだね」

 

 愛神光流の真の奥義は、強者に生まれついた者には使えない。

 

 氷邑梅雪が今まで桜と渡り合うことができていたのは、梅雪は真の奥義を体得しており、桜には体得できていなかったからだった。

 

 桜と梅雪、二人の剣が合わさっている。

 まだ、力は発生していない。

 

 ただ鎬と鎬をぴたりとくっつけるようにして、剣を挟んで見つめ合っている。

 

「残り一回か」

 

 氷邑梅雪の言葉だった。

 彼の眼は、桜の残る神威量を正確に把握していた。

 

「そうだね」

 

 桜も誤魔化す気はなかった。

 

 梅雪が顎を上げ、鼻で嗤う。

 

「遺言があれば聞いてやろう」

「こっちも聞いてあげるけど」

「どうやら貴様は実力差を把握できていないらしい。削られに削られ切った神威が、まさか残りの命の数以外に影響しないとでも思っているのか? 神威任せの強引な剣術も、不死を前提とした捨て身の剣法も、今の貴様には使えん──命が一つしかない弱者に成り下がった貴様は、俺には勝てん。貴様は圧倒的に、『弱者』に不慣れゆえにだ」

「……」

「俺が一体、いつから『弱者』に甘んじてきたと思っている」

「…………」

「生まれつきだ。……強者たれと願われて産まれ、強者たらずに失望された。比べられるのはいつでも、圧倒的な強者。相手はすべて、才覚に恵まれた強者。『俺には何もなかった』などと、自分に酔う発言はせんがな。……あった。あったからこそ、苦しんだ。この目が。この神威量が。この俺の才覚が──俺の持っているものすべてが、この世界では『強者の条件』を満たさなかった」

 

 たとえば、現代日本で暗殺者の才能があったとしよう。

 活かせる場所はあるのかもしれない。だが、多くの者は、その場所を発見さえできない。

『世界のどこかに、その才能が活きる場所がある』などというのは、当人にとってはなんの慰めにもならない。

 

 今、いる世界。自分が『いるべきだ』と思える世界。自分の夢に続いている、自分の居場所で発揮できない才覚など、ないも同然だ。

 

 ないも同然なのに、自分に才覚があることだけが、わかってしまう。

 活かせない場所で、活かせない才能が自分に備わっていることが、わかってしまう。

 

 ……だから、あきらめきれず、しがみつく。

 今、持っている貴重な才能(もの)が、きっと、ここでも役立つのではないかと思い……

 それが役立たない世界を責めるばかりで、止まってしまう。

 

 かつて、氷邑梅雪は、そうだった。

 

「だが、俺は、弱者であることを受け入れ、戦い続けた」

「……」

「年季が違うんだよ桜。貴様は今、初めて、己を弱者の側に置いた。だがな──そこは俺がずっといた場所だ。今さら弱者を始めたばかりの弱者にわかが、この俺に勝てると思ってか?」

「弱いことをそこまで自慢げに語れるのは、さすがだね」

「弱いことは、悪いことではないからな」

「……」

「『弱さ』を『悪』と断じていた頃もあった。その時の苦しみは未だに覚えている。弱いから周囲を責めた。弱いから常にイラついていた。自分が弱いということを受け入れる強さがなかった。……だが、受け入れるのに、強さなど、いらなかった」

「何が必要だったの?」

「考え方だ。『自分ではない誰かの視点』だ」

「……」

「そしてそれは本来、異世界から頭の中に誰かの知識が流れ込んでこなくとも、自分を大切にしてくれる誰かの言葉に耳を貸すことができたならば、誰でも得られるものだった」

「でもさ、心が弱いと、人の言葉に耳なんか貸せないよね」

「それはたしかに、そうだ。ゆえに、俺は死んだのだろう」

「……? それは、『この世界の梅雪』のこと?」

「そうだ。そして、本来辿るべきはずだった人生のことだ」

「……」

「決着をつけようか、『主人公』。弱さを認めた俺は、最強だぞ」

「……私は、あなたが楽しそうだと、やっぱり嬉しい」

「……」

「だから最後まで楽しそうでいてよね、梅雪。私は……あなたが楽しめるだけの強さを最後まで示すから」

「言ったな。……そこまで吐いたのだ。負けるなよ、桜」

「そっちこそ。最強とか言ったんだから、ここで負けるなんて、許されないよ」

 

 奇妙なことが起こっていた。

 互いに互いに声援を送っていた。

 だが、紛れもなく、桜が負けるとすれば相手は梅雪で、梅雪が負けるとすれば、相手は桜だった。

 

 互いに負けるなよと声援を送った者同士が、互いに殺そうと相手を見つめる。

 

 ほんのわずか──

 

 ──合わせた剣に力を先に込めたのは、どちらだったか。

 

 愛神光流の太刀が始まる。

 

 そして……

 

 決着がついた。

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