悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
外──
そこは
まず、古風な武家屋敷が黒い西洋風の城になっている。
さらに夜中、屋敷の四方で焚かれたあまりにも大きな篝火が数キロ先までも煌々と照らしており……
氷邑
アシュリーがいて、イバラキがいて、はるがいる。
そして梅雪と桜がいた。
梅雪の姿は銀髪碧眼に戻っている。
桜はぼんやりと立っている。手には名刀を握ってはいるものの、その手つきは握り方を忘れたかのようにこわばっていた。ただ単に『重い棒を保持している』という握り方。間違いなく、桜の中から
剣桜鬼譚・異聞内で敗北すると、敗者はそれまで積み上げたすべてを失う。
レベルもスキルも。……鍛え上げた人生そのものが、無へと還る。
それはある意味で『死』以上の死だった。
このまま放逐してもいいぐらいの、終わりだった。
が、もちろん、そのように甘いことをする氷邑梅雪ではない。
「改めて、遺言を聞いてやる」
あとは首を刎ねるだけの段になり梅雪がそのように言うのは、油断・慢心──なくは、ない。
しかしそれ以上に、万感の思いだった。
氷邑梅雪。
『中の人』が入り己の運命を知ってから、ずっと、ずっと、ずっとずっとずっとずっと、ずっと、『主人公』を殺そうとしてきた。
最初は己を待ち受ける『死』の運命を覆すため、運命の象徴たる主人公を殺すという動機だった。
それは生き続けるうち、主人公──桜と実際に接するうち、『主人公を殺す』から、『こいつを殺す』へと変貌を遂げた。
形を変え、重さを変えながら抱き続けた目標が、ようやく叶う。
それは氷邑梅雪をして感傷を抱かせる『すべての終わり』だった。
だから、遺言ぐらいは語らせたい。
『これ』を長らく殺そうとし続け、そうして死ぬのだから。
桜は──
「──悔しいな」
そう言った。心の底から、思っていそうだった。
でも、笑っていた。顔は晴れやかだった。
屈辱を
だから晴れやかな顔をされると少しばかり引っかかる。けれど……
桜は確かに、こちらを向いていた。
その心に『死んでしまう。でも……』というものは感じ取れなかった。
だから、よしとした。
「氷邑梅雪。私を殺したあと、あなたはどうするの?」
「貴様らにめちゃくちゃにされた
「そうじゃなくって──あなた、『敵』が必要な人でしょう」
「……」
「私以上の敵はきっと、あなたの前に現れない。私はそれが、不安だよ。だから、悔しい。あなたを殺してあげられなかったことが、本当に、悔しいんだ」
桜は心の底から梅雪を思いやっていて、梅雪の願いを汲んでいた。
そして梅雪をキレさせることを避ける意思がなかった。
だから、口に出してしまう。
「あなた、すごく寂しがりやだから」
「……」
「
「思い上がるな」
寂しがりや。
否定はしない。氷邑梅雪は自己を客観的に認識できる。その結果、非常に腹立たしいことではあるが、寂しがりやと言われても、否定できない面が確かにないこともなかった。
そして、その『寂しさ』を埋められるのは、家族ではなく、仲間でもなく、『敵』であることも、わかっていた。
氷邑梅雪には敵が必要だった。もっと言えば『目標』が必要だった。それも『政治の安定』とか、『民心の慰撫』とか、そういったものではない。『倒せる敵』という意味での目標が必要だった。
……結局のところ。
梅雪は努力ができない。
敵がいないと燃えないのだ。それも、絶妙に勝てそうでなかなか勝てない敵が、必要だった。
『中の人』が入る前の氷邑梅雪は、すべてを敵とみなしていたけれど、それらをわからせてやろうというモチベーションには欠けていた。
それは、傲慢で偉そうな態度からは窺いにくいが、その当時の氷邑梅雪が、とっくに、すべてに対して白旗をあげ、敗北宣言をしていたからだ。『絶対に敵わない』と心の底から思い込んでいたからだ。そして、勝てなくても死なないと、理解していた──誤解していたからだ。
『中の人』が入る以前の氷邑梅雪にとっての敵とは、『社会』だった。
武家社会。剣士優遇社会。この社会というのは、『こういう社会を司る存在がいて、それを倒せば倒れます』というようなものではない。
たとえば父・銀雪を倒す意思を持ち、倒せる実力があったとして、そうしたところで武家社会は倒れない。相手が父ではなく帝であっても、同じだ。
氷邑梅雪は煽り文句妄想男である。無言の人の内部から発せられる自分への罵倒を勝手に想像して補完しキレるどうしようもない男だ。
だからこそ、父や帝を倒せたところで、『それ』がなくならないことを確信していた。武家社会の常識を覆すような『道士が強い剣士に勝利する』という大事変を起こしたところで、剣士優遇社会で育った者たちが、本気で道士の自分におもねることはない。
面従腹背──心の中でこちらを馬鹿にし、その『一代限り』の道士の天下の中、耐えしのぐだけだろう。
……そもそもにして、当時の梅雪がどうやっても、父や帝に勝てないという現実問題もある。
だから梅雪は折れていた。
社会は倒せない。たとえ力があっても。そもそも力がない。本気で父や帝を害そうとしたところで、それを達成するまでの道のりはあまりにも長くて、しかも、ノーヒントだった。
それに、生きていけた。……破滅の未来を知る前の梅雪は、自分の命が危険に晒される可能性など、まったく考慮していなかった。名門の嫡男である。周囲の連中はムカつくが、生きていくのに不自由はないだろうと思っていた。『社会は倒すことができない』のと同じ理由で、『自分がいくら乱暴に振る舞っても、自分を害する者は現れない』と、そう判断していたのだ。
だが、未来を知った。
そして、『敵』を知った。
二つ、良いことがあった。
それは『自分には死ぬ未来がありうる』という知識を得られ、『このままではいけない』と強烈に思えたこと。
もう一つは、『中の人』が、主人公の実力について客観的には知らなかったこと、だ。
何せゲームプレイヤーは主人公を分身とする。基本的には『敵の立場から主人公を倒そうとした場合、どれほどの無理ゲーか』なんていうことを考えない。
だから氷邑梅雪は勘違いすることができた。ゲームでは序盤にクソみたいに殺されるやられ役だが、知識を得た自分が鍛えたならば、主人公を倒し得ると、勘違いできた。
勘違いというのは、努力を始めるうえで重要だ。
チョロいと思うからやってみようと思う。始める前から明らかに大変なことになど、挑みたいと思えない。
実際には、倒せなかった。
当時梅雪が考えていた範囲の努力では、倒せなかった。
梅雪が設計していた通りの人生では、及ばなかった。
帝都騒乱。大江山。ざぶざぶランド。クサナギ大陸を北上した旅。
そこで起こった予定していなかった対決。命懸けの勝負。……予想外の出会い。
それらがなければ、梅雪は今もって、主人公に及ばなかっただろう。
主人公を殺すという大きな目標しかないままでは、そもそも、途中で歩みを止めていたかもしれない。
その時々の敵が、梅雪に限界を超える機会をくれた。
……楽しかった。
『敵』がいてくれる旅は、確かに楽しかった。
目標を与えられてそれを達成する旅は──楽しかった。
寂しく、なかった。
腹立たしいけれど、事実だった。
でも。
「思い上がるな、主人公」
梅雪は繰り返した。
主人公は、首をかしげて、言葉を待っている。
「敵がいない人生が寂しいものであること、なるほど否定はせん。けれどな──いつまでも冒険をしていられるほど、俺の人生は暇ではない」
「……」
「俺には未来があり、責務がある。根なし草のようにふらついてばかりではいられんし、急に現れた『敵』に自ら対処してもいられん。俺は──氷邑家の当主だぞ。領地に留まり政治の采配を振るうことこそ、本来の役目だ」
「でも、その人生は、つまらない」
「つまらないことだろうが、必要ならばやる。面白い世界の危機や『敵』などは、俺よりもっと適任の者が挑めばいい」
「それは、誰?」
「未だ見ぬ我が子。そして、これから生まれる、俺から見て『子供』と呼べる者どもだ」
「……」
「桜、俺は、貴様を殺して、地味で大変な役割をこなし、目立たぬ退屈な現実を守る側へと回る。……ずいぶんと、わがままを許された。同じぐらい、未来を担う者たちがわがままに振る舞えるよう、俺はこの現実を守るのだ。それこそが、『生きて、大人になる』ということゆえにな」
「…………そっか」
「さらばだ、俺が意識し続けた竹馬の友よ。貴様を殺す動機は、恨み、怒り、無礼への懲罰──様々だが。こうして落ち着いてみれば、たった一つの言葉で言える」
「……」
「俺はこれから大人になるから、子供時代のオモチャはいらない。片付けることとする」
桜はぽかんとした。
それから、肩を揺らして笑った。
長く、笑い声は続いた。
周囲は静かだった。声のない笑いがよく響き、篝火の爆ぜる音と混じって音曲を奏でた。
桜は涙をぬぐって、梅雪を見上げた。
「……頑張ってね」
「言われるまでもない」
滑らかに梅雪の腕が動いた。
すべての力を失った主人公が斬り裂かれた。
不死は主人公の機能。
だが、彼女はすでに、ただの人間に生まれ変わっている。
侵略者から発し、その神威をこねて産まれ、記憶のないまま剣聖の薫陶を受けた不死身の化け物。侵略的外来種は……
クサナギ大陸で人間に生まれ変わり、死んだ。