悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
ウメは遣わされた先で、惨事を目撃した。
そこは帝都より東、
帝が出撃し、
ウメは
帝の救助のためだ。
正しくは、梅雪に『恐らく、俺たちが
梅雪視点で『九十九州から帝内地域に戻る直前に上がった光の柱』の正体は、まあ爆発系の何かなんだろうなという程度にしかわからなかったし、そこに帝が出撃しているということも知らなかった。
ただ情報を繋ぎ合わせれば『異世界勇者・
そこで梅雪は、帝の救助を懐刀のウメに命じた。
桜殺害にかまけてばかりではなく、ちゃんと帝の身命も案じていましたよ、というアリバイ作りのためだった。
かつて帝都騒乱の際に大活躍をした『英雄』の一人であるウメが出向けば帝や帝内地域の臣民も悪い顔はできないだろう、あとあの爆発で帝が死んでいたら無駄足だし、あの爆発で死んでないなら多少放っておいてもまあ大丈夫だろう、ぐらいの感じでウメが遣わされたわけだが……
ドデカ湖の様相は、ウメの想像を超えていた。
現実世界になおせば滋賀県から福井県までまるまる湖という規模のドデカ湖が、まるごと干上がっていた。
湖底も抉れ、完全に乾き切っている。
そして、その底に、一団がいた。
帝たちである。
そばには帝都火撃隊の蒸気甲冑……の、残骸と思しきものがあり、目をこらせば、それなりの数の生き残りが、蒸気甲冑に寄りそうように休んでいるのがわかった。
「発見。湖底。剣士でも上り下りの出来ない深さ。設備と救援が必要」
ウメがささやくと、風がそのつぶやきを拾う。
さすがに超巨大湖であるドデカ湖は、剣士といえど一足で上り下りできる深さではない。おまけに爆発の影響で抉れ、さらにその深さが増しているとなればなおさらだ。
ウメはその場で待機し、梅雪からの救助隊が来るのを待つこととなる。
……そのウメの元へ、近付く人物がいた。
その人物は──
「ねぇ、どれがこの大陸の支配者?」
──そうするのが当然、とばかりにウメに問いかけた。
相手に敵意はなかった。
だが、ウメは居合の姿勢をとった。
その人物を、ウメは知らない。
容姿にも、心当たりがない。
その人物は女性だった。真っ白で、儚げだった。細くて、手足が長くて、腰の位置が高かった。歩き方が武人ではなく貴人のそれだった。
背は今のウメよりは高くない。華奢で繊細。ガラス細工を思わせる硬質さと鋭さ、そしてうっかり触れ方を間違えばすぐに壊れてしまいそうな儚さを感じさせる。
真っ白い、髪の長い──足首にまで届くほど長い、白いドレス姿の女性。
ただ、その人物の目が、彼女の印象を『儚い』で終わらせてくれなかった。
簡単に言うと『キマッている』のだ。白目が大きい。瞳も白いが、ギラギラ輝いている。目を見開いている風ではないのに、カッと音が聞こえそうなぐらいの眼光を放っている。
その人物の腰には一振りの剣があった。
西洋剣だ。鞘はなく、腰に巻いている白いベルトに鍔を引っかけて吊っている。腰の位置は高い女性だけれど、刃が長くて、地面にこすりそうになっていた。
その剣は幅があり、重そうで、華奢な女性が振り回せそうなサイズではなかった。
だが、脅威だった。
ウメをして、相手に敵意がないのに警戒してしまうほどの、脅威だった。
何より、こうして間合いに入られるまで接近に気付かなかったことが、脅威を裏付けているではないか。
何者か。
……いや。
(ここで斬る)
何者であろうが関係ない。
この時点でウメは、主人・梅雪と桜との戦いがどうなったのかをまだ知らない。勝利は疑っていないものの、まだ途中なのか、それとも終わっているのか、あるいは未だに剣桜鬼譚・異聞の中にいるのか、それを知らない。
だから未確認の脅威は自分で排除すべきだと判断した。
白い女性は口元を笑ませた。
楽しそうな表情であるのはわかるのに、中にある感情がまったくわからなかった。
「あら、生意気な犬っころ。あたくしの質問に刃で答える気? シンプルでいいわ。でも、今はそういう気分じゃないの。あとにしてくださる?」
「……」
「あたくしの言葉が通じていないのかしら? 妖魔になった時に、この世界にアジャストされたと思うのだけれど──ああ、まあいいわ。もうわかったから。湖底のアレがこの大陸の支配者ね。ふぅん。なかなかいい男じゃない。使えそうだわ」
「何者」
ウメは目的を切り替えた。
この未確認の脅威は排除できない。
相手に戦う気があれば倒すことは可能だが、こちらがしかければあっさりと逃走し、これに逃走されれば自分では追いつけないことがわかった。
だから情報を引き出す。
白い女は、小さく収縮した眼球をウメに向けた。
「マナーの教育を小さなころから受けてきたのよね」
「…………」
「その中に、あたくしに『何者』と問いかけてきた相手へ対応する方法は入っていなかったわ。だってありえないシチュエーションなんですもの。王族を知らない相手など、あたくしの国のマナーは存在を認めなくってよ」
「……」
「やぁね、冗談よ、冗談。国が滅びてからはそういうシチュエーションもずいぶん経験したわ。だからあたくしの勇者様から教えてもらった答え方をしてあげる。『人に名前を尋ねる時は、まず、自分から名乗れ』って、こういう場合は言うのでしょう?」
「…………」
「名乗りなさいよ。お前の名前に興味があるわ」
この女は梅雪であり、剣聖シンコウであり、そして異世界勇者桜だった。
自分のルールで動いていて、それを絶対に曲げない。コミュニケーションをとるためには、ある程度、相手のルールを尊重してそれに合わせなければならない。そういう相手。
ウメは合わせることにした。
「ウメ」
「ふぅん。簡素で素朴で平民らしくていい名前じゃない。気に入ったわ。あたくしはアナスタシア。滅びたとはいえ最古たる我が国家も、異世界人にはわからないわよね。じゃあこう名乗るのがいいのかしら? 『
「…………」
「でもあたくしの勇者様はもういないのだから、四天王というのもふさわしくないのよね」
「……いない?」
「妖魔って結局のところ、『執着』を核にして魔力が集まった生命体なのよね。あたくしの勇者様の執着先である世界がまるまる呑まれてしまって、勇者様は存在を維持できなくなったわ。まあもともと、もうほとんど残りかすみたいな状態だったけれど。知っているわよね、たぶん。勇者様の分霊が封印の向こうに送り出されたこと」
「……」
「無口ねお前。でも、あたくし、話を遮られるのが好きじゃないから、好ましいわよ。便利な執事も消えて、頭のおかしい元女神も消えて、生真面目でつまんない従者も消えて、勇者様も消えて、退屈だから、あたくしも封印を抜けることにしたの。そしたらなんか大騒ぎしてるじゃない? 気になって色々調べちゃったわ」
「……何が、目的」
「祖国の復興」
「……」
「ああ誤解しないでちょうだい。あたくしはもともと、力による侵攻には反対っていう立場なの。ただ、立場上、亡国の臣民のために動かなければならないでしょう? あたくしは、あたくしの臣民に対して責任がありますからね。ヴィヴィアナの趣味に付き合ってあげたけど、もともとそんなにやる気がないっていうか。小さなころから──あたくしが小さなころからのお友達でなければ、あんな頭のおかしな女神崩れ、さっさと滅していたところだとも思うわ。あいつの被害に遭われたこの世界の方々にはお詫び申し上げます」
「…………祖国の復興、どうする、つもり」
「お前、言葉がうまくないのね。けれど問題はないわ。あたくしはこの世界のみなさんと仲良くするつもりだから。お前の発言の意図も汲んであげる。国っていうのはね、つまり、あたくしの血筋よ。そこに権力が添加されることによって、血筋に民衆が跪く。それが国家というものね」
「……」
「だから、あたくしはこの世界で婿探しをするのよ」
「…………?」
「ミカドだったかしら? あれ、なかなかいいわね。あたくしの夫にしてやってもいいわ。でも他にも権力のありそうないい男はまだまだいるでしょう? 少し探してみようかと思って。だから──」
そこで、ウメは思わず、アナスタシアから距離をとった。
危険があればそこに飛び込む度胸と、その『危険』の中で脱力し、『危険』に対処する実力がある。
そのウメが思わず距離をとったのは……
殺意とも敵意とも違う、これまでに経験したことのない威圧感。
「──あたくしの邪魔をすることは許しません」
さもなくば、どうするか。
邪魔をしたら殺すぞ、でもない。邪魔をするならここで戦う、でもない。
ただ許さない。
ただ許さないというだけで、他者を威圧せしめる。
自分が許さないことは、許されないという──世界が許さないという、その天然な傲慢さ。そうして、傲慢な発言をしてもなんだか納得してしまうぐらいの、骨身についた高貴さ。
ウメは相手の実力が、わからなかった。
弱いのか強いのか、殺し合いになれば勝つのか負けるのか、この相手に対するのに必要なのは『軍』か『個』か、何もわからない。
剣士ならば向かい合えば力量がわかる。だがこの相手は強さの基準が違いすぎてわからない──
──四天王アナスタシア。
斬りかかってみれば意外とあっさり片付く可能性はある。だというのに斬りかかることを体が選んでくれない。……これまでに経験のない恐ろしさを持った相手だった。
「それからお前、あたくしの供回りにしてやってもいいわ」
「……」
「ちょうど身の回りの世話をする子が欲しいと思っていたところなの」
それはウメにとって迷う誘いだった。
この詳細不明の、恐ろしいのか恐ろしくないのかもわからない脅威。これについて動向を観察することは、梅雪のためになるかもしれない。
だが一方で、今ここで梅雪から離れて間諜をするのも、本当に梅雪のためになるかわからない。
迷った。
だが、返事は一秒も経たずに口から出ていた。
「断る」
「そう? 残念ね。あたくしが誘ってあげるなんて、人生に二度もないのに」
アナスタシアは『誘ったのに来てくれなくて残念』ではなく、『こんな二度とない素晴らしいチャンスを自ら断るなんて、お前の今後の人生が残念』という意味で語った。
その瞬間、ウメの価値がアナスタシアの中で落ちたのだろう。
アナスタシアは何も言わずに消えた。……本当に『消えた』のだ。ウメの目をして、どう消えたのかがわからなかった。
「…………」
あの幽霊みたいな、しかし幽霊と言うには存在感のありすぎる女──
──のちのち、クサナギ大陸の脅威となるかもしれない。
そう思いつつも、ウメはあの相手とのやりとりが終わったことに安堵していた。
なんていうか……
苦手なタイプだった。従者として、従えないぐらいには。
やっぱり主人は、梅雪がいい。