悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
その初夜に家人が『あーだめだめむりむり近すぎます顔が近すぎます(以下不明瞭な甲高い声や叫び声)』というのを聞き、すわ氷邑梅雪が夕山に狼藉を働いたか、と夕山の護衛・ムラクモが初夜に突撃するという事態もあったものの、どうにかこうにか、一年内には妊娠が発覚した。
かくして生まれた第一子は珠のような女の子で、その名は『
これは梅雪が溺愛する妹、はるにちなんだ名であり、なおかつ、梅雪がその少年時代の数々の戦いで常に身近に感じ続け、その風の権能により梅雪を助け続けた『
名付け親は伝統的にその子にとっての祖父、この場合は氷邑
同じぐらいの時期──梅雪よりやや遅い──に
なお、この翌年に梅雪とウメとの間にも子供が生まれ、そちらが男子であったため、氷邑家の当主となるべく教育を受けることになる。
かくして第一子にして氷邑家次世代長子の奈津は当主を望まれるでもなく、幼いころから自領、七星領、そして『ひ孫の顔を見せておくれ』と梅雪の"祖母"である
その『国際経験』が彼女の感性を育てたのかどうかは知らないが、奈津は六歳になるころにはもう、頭角を現し始めていた。
梅雪以来と言われる癇癪の才能である。
これが梅雪の時ほど問題視されなかったのには三つの理由があった。
一つは奈津が当主候補ではなかったこと。
もう一つは奈津が剣士であること──梅雪が利かん坊で問題視されたのは、彼が道士であることが少なからず影響していた。剣士の場合、しかも当主候補の男子であった場合、梅雪ぐらいの癇癪であれば『当主の自覚がおありだ』などと褒められることもある。
そして最後の一つが、牛太郎の存在だった。
牛太郎は父親の『忠義者の資質』──ようするに『尻に敷かれる才能』を大いに受け継いでいた。
六歳のころにはもう十歳児ぐらいの体格だった牛太郎は、年齢なりにちまっこい奈津のわがままを聞き、にこにこ受け止め、いさめ、あるいは癇癪に体を張って付き合った。
そうすると奈津も収まる。
父・梅雪は牛太郎の穏やかにして粘り強く、冷静なる姿を『七星彦一に並ぶ者となるだろう』と大絶賛し、実の子のようにかわいがった。
そんなふうに育ち、そろそろ正式な婚約も見え始めた奈津が十歳のある日。
奈津は、牛太郎にこんな告白をした。
『
牛太郎から『こんなことがありました』と彦一に報告がいき、その彦一から梅雪にそのまま報告があった。
そして梅雪はこの『選択肢が見える』という発言をまったく軽く扱わなかった。
梅雪はかつて運命の女神ヴィヴィアナの力を
ヴィヴィアナは他者に選択肢表示権能を与えて勇者化することができる権能の持ち主であり、この話は梅雪は知らないが、勇者粗製乱造が原因で女神から降ろされた者でもあった。
選択肢は、選択を誤れば死ぬ。
代わりに選択を誤らない限りは通常死ぬ状況であっても生存を拾うことができるが、平和な世の中にあってはリスクが高いことに変わりはない。
梅雪の中にあるニニギの知識も、この選択肢をどうこうする術は知らなかった。
ニニギが研究していたのはあくまでもクサナギ大陸についてであり、異世界の運命の女神の権能まではどうすることもできなかったのだ。
かくして牛太郎の実直さと彦一の真面目さ、梅雪の経験が、奈津の身に起きた事態の深刻さを見誤らせなかった。
……氷邑梅雪を始め、世界の誰も知らないことだが。
選択肢の
ヴィヴィアナはすでに死んでいるが、運命の女神が決めた『ある程度美味しそうになったら勇者に任命する』という運命は、女神が女神であった事実があるならば覆らない。
神と人とではそもそも『時間』という概念に対する認識が違う。人にとって時間は不可逆であり、過去から未来へ進むもの。しかし神にとっては、上から見下ろし、好きな場所に介入可能なものであった。
かくして過去に片付けた厄介ごとが見事に花開く。
氷邑梅雪の前には二つの選択肢があった。
一つは『選択肢が表れる状況に決して陥らないよう、奈津を安全な場所に留め置くこと』。
そしてもう一つが、『選択肢が表れた時に対処可能なように、危機における対処法を学び、あわよくば選択肢の
氷邑梅雪は我が子に対してやや過保護なところがある父親だった。
同世代や梅雪より上の世代からすると信じがたいが、子世代から見る氷邑梅雪は『子供に甘く、あまり己の意思を見せず、やや我が子を管理しようとしすぎるきらいのある親』なのだ。
その親が、一番上の娘である奈津に、どの道を選ばせるか。
……その時に氷邑梅雪の頭の中によぎったのは、かつて、ニニギに対して話した己の言葉だった。
『未来』は、『過去』に面倒を見てもらうほど、弱くはない。
わかっている。だが、ことが我が子となると、かつて己の放った言葉は理想論が過ぎるように思われてならなかった。あれは、我が子というものへの愛の深さを知らない若輩の身だからこそ口にできた理想であり、我が子がいる状態でもう一度同じことを言えと要求されれば、あまりにも苦しい。そういうものだ。
けれど、今なお、それが『理想』であることは、疑いようもない。
そうあるべきだ。『過去』となった自分は、『未来』を信じ、問題解決をゆだね、面倒で地味なところを請け負うだけであるべきだと、そう思う。
そう思うのに、自覚していたよりもずっと深かった『身内への情』が、梅雪の理想への道のりに立ちふさがっている……
だいたい、娘はまだ十歳だ。
十歳の子供にそんな危険な冒険などさせていられない。
では──
──自分がクサナギ大陸を漫遊したあの時。
果たして、何歳だったか。
……氷邑梅雪は、苦渋の決断を迫られ、かつてないほど悩み──
──結局、決められなかった。
だから、試すことにした。
それは紛れもなく、梅雪の不器用な、最後の、『過去』として『未来』を信じるための、悪あがきにしか過ぎなかった。