悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する 作:稲荷竜
ファンディスクが始まったと
思えばそれがすべての始まりだったのかもしれない。
「
「あの祠、壊しちゃったね」
何かが始まったのは
氷邑梅雪と元
七星
急に祠を壊した扱いをされて牛太郎は戸惑った。何せ祠を壊した記憶などなかったからだ。
しかし話を聞いてみれば、この二人は七星家秘伝・大規模監視道術
この二人は実母の織と違って感情が顔に出にくく、また、行動もどこか奇矯で何を考えているか牛太郎をして全然わからないのだが、その二人が急に氷邑家に泊まっている牛太郎の寝室に来て、周囲をぐるぐる回りながら変なことを言い始めたのである。
それが『お前あの祠壊したんか』であった。
「あの祠が壊れたら大変なことになるよ……」
「だってあの祠だもんね……」
糸編と布編の言いたいことを紐解くのは牛太郎でもかなり大変なわけだが、しばらく話を聞いていると、別に壊したのは牛太郎ではないし、その祠が壊れて何がどう大変なのか、この双子は全然知らなかった。
ただその祠の監視が父・氷邑梅雪から申し付けられたものであり、ちょーうぜーとか思いながらやっつけ仕事でたまに見てたら、なんか目を離してる隙に盛大に壊れてた、てへぺろ、というのがこの双子の言いたいことだった。
なお、なぜ牛太郎に言ったのかは不明だったが……
「たぶんこのあと、パパに呼び出されるね」
「呼び出されるね、かわいそうに……」
双子がそう言ったわりとすぐあと、部屋に入って来たのは奈津の弟にして将来の氷邑家当主にあたる
なお氷邑家の血はとても強いのか、母の髪色は様々、人種も獣人だったり
ちなみに牛太郎の髪は黒く、父とも母とも似ていない。帝の血筋(牛太郎の母は、現在の帝の姉にあたる)にはたまにあることらしいのだが、カラフルな髪を持つ一族の中で真っ黒い髪の持ち主が産まれることは、割とあるそうだ。なんでも『色が混ざった』とかいう現象らしい。
かくして銀髪碧眼包囲網に朝駆けをされた牛太郎は、一番わかりやすい説明をしてくれる正雪からこのような話を聞かされた。
「シアとフアの見たものについて、父・氷邑梅雪より、牛太郎
正雪は当主としての教育を受けているのだが、母親が侍従長のウメであるせいか、どことなく執事っぽい、人にへりくだるような様子がある。
かくして牛太郎は、なんか大変そうだが、何が大変なのかいまいちよくわからない理由で、氷邑梅雪に呼び出されることとなった。
牛太郎十二歳の春の話である。
◆
「知っての通り、クサナギ大陸は異界とつながりやすい。我が祖母
当主の間は基本的に当主と一対一で話す場所である。
基本的には畳敷きの二から三畳程度の部屋であり、奥に当主が座り、手前に呼ばれた者が座り、膝を突き合わせるように内緒話をするのがこういう部屋の用途だ。
が、氷邑家の当主の間は変わった構造で、なぜかテーブルがあり、すごい背もたれとひじ掛けのある椅子に梅雪が真っ黒な装束で座っている。
そしてテーブルがあるのでティーセットもあり(?)、一対一ではなく、今、梅雪と
奈津などはどうしたらいいかわからず居心地が悪そうだった。
……あるいは最近ちょっと牛太郎との距離感を測りかねていたところに、肘がくっつきそうな場所に呼ばれて、照れているのかもしれない。
牛太郎が十二歳ということは、奈津も十二歳。だんだんと幼いころのようにはいかなくなる年齢であった。
「牛太郎。……では、このクサナギ大陸で、最も強い霊場はどこか、わかるか?」
「
「その通りだ。七星家の祖が四国に張ったと言われている『氾濫の主人と四天王を封じ込める結界』は……まあ結果的にはザルもいいところではあったが……あの霊場から異界のモノが湧き出すのを封じていた。だが、その要である祠が壊された」
「……」
「同時、各地で異界とつながる穴が増え始めたことが発見された──クソ! 嫌になるな! ファンディスクのあらすじを語らされるというのは!」
「……あの、梅雪様……?」
「……取り乱した。ともあれ、死国の祠を直さねばならない。だが、私は別なものに備える必要がある。そこで……七星牛太郎。お前に、武功の機会をというわけだ」
「……」
「死国の祠は、『初動』だ。あそこを基点にすべてが始まる。それゆえに、まあ、最初はレベルの低い敵しか出ないが──ともあれ、重要な役割になる。そのような責務を負えぬと言うならば、配慮はしよう。どうだ、行くか?」
七星牛太郎。
未だ幼名である。
母が己をあまりに寵愛したもので、帝家のならいに従い、幼名をつけられた。
現在十二歳。成人は来年であり、来年には新たな名を名乗ることとなる。
つまり、今、与えられた機会が、牛太郎として最後の、武功を挙げる機会。
……経験を積み……
氷邑梅雪に、心から納得してもらって、奈津を迎え入れる。
そのためのチャンスが、与えられている。
……とはいえ、家同士のことだ。
このまま牛太郎が安全な場所に引きこもっていたとしても、梅雪は結局、奈津と自分との結婚を認めるだろう。
だがそれは、『梅雪の掌の上に永住する』ということでもある。
……そのような不自由を、奈津にさせたくない。
牛太郎は、深々と頭を下げた。
「拝命します。武功の機会を与えてくださった恩に、必ずや報いましょう」
「よく言った。……それで、奈津をこの場に同席させた理由だが」
「……」
「あーなんだ、その……行くか? 行かなくてもいいぞ」
「行きます」
奈津の声は固かったが、反応は早かった。
最初から準備していた返事、という様子だった。
梅雪はため息をついたあと、牛太郎を見る。
笑顔だったが、目がまったく笑っていなかった。
「おい、奈津を死なせたら許さんぞ。七星家もろとも滅ぼしてやる」
「梅雪様」
夕山が『おいおい』って感じで言った。
梅雪はコホンと咳ばらいをする。……なるほど、夕山がなぜ同席しているのか牛太郎にはわからなかったが、『こういうこと』のために梅雪が外部のストッパーとして起用したのだな、と理解できた。
「……貴様ら──」呼び方が『かつての梅雪』だった。「──の実力には多大なる不安が残る。正直なところ、ひよっこもひよっこ、交通系電子マネーの存在も知らず都会の駅の切符売り場の前で立ち往生する田舎者のように頼りない……」
何を言っているのか牛太郎にはわからないが、とても不安ですという意味だというのはわかった。
「ヨイチでもつけてやろうかとも思った。……しかし、未熟なことは、試練を与えぬ理由にはならん」
「……」
「……成長の機会を奪うのは、残酷なことだ。若者には命を賭して旅する機会が与えられていい。もちろん、『機会』だ。望まぬ者に強制するものではないが──わかっている。引き留めはせん」
「……はい」
「本心では引き留めたいと思っている。それを知った上で、なお行くか」
「行きます」
牛太郎は奈津を見た。
奈津もまた、牛太郎を見ていた。
二人は、うなずき合った。
言葉はいらなかったし、最近あった『年相応のわだかまり』も、この瞬間には消えていた。
梅雪は舌打ちをした。
「見せつけるな、親の前で」
「梅雪様、兄上も同じことを思っていたと思います」
夕山の兄も、たいそう夕山を溺愛していたと評判である。
というか今も夕山関連の人たちは、夕山をめちゃくちゃに溺愛している。
梅雪は「ぐぬぬ」と悪役みたいに唸った。
「……いやお待ちください夕山様。私は別に、帝の前であなたと何かを見せつけたことはないのでは?」
「私の記憶にはあります。そして私の絵物語にも……」
「妄想ではないか! ……ええと、なんの話だったか……真面目な話に夕山を同席させたのは失敗だったか……」
たぶん失敗だろうなと牛太郎は思ったが、現帝の妹にして氷邑家筆頭奥方を前にしてそんなことを言わないほど社会性のない男でもなかった。
梅雪は咳ばらいをした。今日は喉の調子が悪いのかもしれない。
「……牛太郎、奈津。私は、お前たちを信じて待つことにする」
「はい」
「……が、それは『救援を求められても手を出さない』という意味ではない。いつでも頭の中に、『逃げる』という選択肢を残しておけ。そして、助けを求める相手がいることを、覚えておけ。……お前たちは、半人前だ。失敗をしたら、その尻拭いは私がする。そのことを、忘れるな」
「では、ますます失敗できません」
「そうなるだろうとは思った。だが、覚えておけ。意地を張るな。……とはいえ」
梅雪は、奈津を見た。
奈津は梅雪を見ておらず、テーブルの上を見ていた。
梅雪はため息をついた。
「意地も徹せずして、己の人生とは呼べんものだよな」
「……」
「若い者に大人の忠告が届かんことは、最近になって身に染みる。それでも言うゆえに、覚えておけ。お前たちは、孤独ではない。……牛太郎。奈津が熱くなれば止めてくれ。頼んだぞ」
「は」
「……これ以上は蛇足になりそうだ。若者の旅立ちに年寄りの言葉は少ない方がいい。……身軽で行け。死なない限りは、どうにかなる」
それで梅雪は、本当に牛太郎と奈津を送り出すようだった。
当主の間を出て、奈津がまず言った。
「なんで私より牛太郎が冷静みたいな感じなの!? おかしくない!?」
「おかしくは、ないよ」
「そ、そんな染み入るように言わなくても……」
「でも、おかしくは、ないんだ」
おかしくは、なかった。
牛太郎と奈津、どっちが熱くなるかと言われれば、誰に聞いても奈津の方を指さす。
「それより、奈津が普通にしてくれて、僕は嬉しいよ」
「今までも普通だったけど!?」
「明らかに普通じゃなかったよ」
「普通だったけど!?」
「明らかに、普通じゃ、なかったよ」
廊下で対面しそうになるとめちゃくちゃ不自然な機動で踵を返されたりした。
まあ、奈津が照れている──こちらを意識しているだろうというのが、牛太郎にはわかったけれど。
奈津は少しだけ大人になって、これまでのように牛太郎に甘えなくなった。
代わりに少しだけ大人しくなり、淑女のようになった。
牛太郎は──どうだろう。
鍛えている。『最強』からその娘をもらうために。
けれど何か変わったことがあるかどうかは、自分ではわからない。
あるいは何も変わっていないのかもしれない。
それはきっと、これからの旅でわかるだろう。
今は……
「奈津、楽しみだね」
今は。
初めて負わされた責任と、与えられた挑戦する機会を、楽しもう。
牛太郎は自分たちの未来を見つめてみた。
まだ明けたばかりの人生には暗闇が広がっている。
でも、閉塞感はなかったし──
──誰かの掌の上で転がされている感じも、しない。
この先に定められた物語はない。
そのことが何より自由で、喜ばしく感じた。
これで完結です。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。