悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第40話 帝都騒乱・序の二

『大名や大商人、それにいかにも神官といった風体の子供がいたら、さらえ』

 

 その破落戸(ごろつき)が受けていた依頼はその程度のものだった。

 

 この破落戸は帝都各所で起きている民衆蜂起とは無関係である。

 

 もしかしたら依頼者がなんらかの手引きをしているのかもしれないが、だとしても、破落戸には無関係な話である。

 とにかく金を持ってそうな子供をさらえばいいだけなのだ。しかも、さらった子供は好きにしていい。好きにしていい上に、依頼の金までくれるのだから、こんなに美味しい話もなかった。

 

 この破落戸は、落ちぶれた大名であった。

 

 帝のおわす帝内(ていない)地域以外、特に東北などにおいてはすでに戦乱が始まっている。

 こういった大都会にいる者にとっては『野蛮な小勢力同士の小競り合い』などと扱われているが、そこには国があり、人がおり、それゆえに誇りと家の命脈とを懸けた争いがある。

 

 争いがあれば当然勝者が出て、勝者の栄光の陰には敗者がいるものだ。

 

 だが、敗者はすなわち弱者というわけでもない。

 

 また、国同士の戦いという状況においては弱者であったとしても、状況を変えれば強者たりうることもできる。

 

 大名家として剣士と剣士を掛け合わせた果てに生まれた剣士たるこの男もまた、十人ほどの小勢力を率いた山賊業には適性があったようで、かなりの数の行商人をその護衛ごと殺したし、大名家に遣わされた討伐隊をも、山中という戦場を十全に用い、討伐隊の隊長などは一騎打ちによって倒している。

 

 家人や歴史、名も知らぬ大勢の民を背負う戦いではどうにも(はら)()わらなかった。

 だが自由気ままに、今日のメシのために、何も背負わず暴れまわるというのは気が楽で……なんというか、身が軽い、そのような感慨さえ抱いていた。

 

 その七尺(二m一〇cm)あまりの巨大な体。それに見合う太い筋肉。荒々しい面相を口元だけ隠す、上へ突き上げるような牙を生やした獣の面頬(めんぼお)

 さらに手にしたものは六尺(一八〇cm)の金棒であり、昨今の男の呼び名は金棒の銘と同様『城壁割り』。その剛力と破壊力、そして歯向かった者を一撃で挽肉に変える強力すぎる一撃によって恐れられた、東北の大山賊である。

 

 つまるところ、万が一にも、子供になどは敗北しようがない、実力があり、ためらいがない、そういう男。

 配下どもも才はあるが品性が伴わず家を追い出された大名家出身者など、実力はもとよりそのためらいのなさには一目置かれる外道ども。

 特に弱い者を相手どる時などは十全以上の力を発揮する、暴力に飢えた鬼畜たちである。

 

 それが。

 

「なんなんだ、お前は」

 

 恐れていた。

 

 声に震えが混じるのをどうしようもなく止められなかった。

 

 一瞬……

 

 声をかけた。相手が刀を抜いた。

 それから一瞬で、周囲を囲ませていた部下たちが、竜巻に巻き上げられて上空へと飛ばされ、落ちた。

 

 比喩でもなんでもなく自然災害である。

 

 だが信じがたいことに、このガキはその自然災害を予見していた。……否、このガキの手によって自然災害は起こされたのだ。

 

 さすがに驚き、呆然とした。

 それは、子供でも刃物さえあれば『城壁割り』を殺せるぐらいの隙──

 

 だが。

 

 その隙を見逃して、ガキはこんなふうに言ったのだ。

 

『構えろ。一対一にしてやったぞ』

 

 なんなんだ、という言葉も口から漏れようものだった。

 意味がわからない。どうしてもっとも安全な手段によって決めないのか。『城壁割り』が呆然としているあいだに決めればよかったのに。それか、最初の竜巻で『城壁割り』もろともに吹き飛ばせばよかったのに。それをせず──一対一?

 

『城壁割り』はあまりのことに驚いた。驚いて、呆然とした。

 そして『呆然』が過ぎさると、次に訪れたのは、怒りであった。

 

「……舐めやがって」

 

 ぎちぎちと、金棒を握る手に力がこもる。

 大人の握り拳よりなお太い金属の持ち手が、握力だけで軋み始める。

 

 怒りによって制御を失った剣士の握力。

 

「舐めやがって」

 

『城壁割り』は、己が尾庭(おにわ)博継(ひろつぐ)という名であった時のことを思い出していた。

 小国とはいえ古くからあった東北の雄。

 まさか山賊に身を落とすとは思わなかったころ、この城下を、そこに住まう民を、そして信頼できる家人たちを守らんと、才能にあぐらをかかず、鍛錬を繰り返し、立派な大名になるべく勉学を重ねた日々……

 

 しかし、戦乱の中に立つ大名というのは、みな、当たり前に努力をしている。

 使命感、あって当たり前。背負うもの、あって当たり前。精進、して当たり前。

 

 それでも負ける時は負ける。それこそが戦国のならい。

 

 尾庭博継は努力と精進を重ね、負けた。

 家臣たちに逃がされ、生き延びた。

 生き延びて、再びお家を興そうとした。だが、できずに月日が流れ、いつしか、資金稼ぎのための山賊業が、本職になっていた。

 

 確かに、(こころざし)を失い、野盗に身をやつした。

 だが……

 

「俺はまだ、ガキに舐められるほど捨てちゃいねぇんだよ……」

 

 積み上げたものはこの体にまだ宿っている。

 

 敗北はしたものの、この平和な帝内(ていない)からは遠い東北の地で戦乱を経験した。

 

 ゆえに、

 

「こんな場所で平和ボケしたガキに、そこまで舐められるいわれはねぇ!」

 

 大男が激する。

 それは声だけで人の心臓を握りつぶすほどの重圧である。獣の吠える声とはきっとこんなものなのだろうと、肉食の猛獣を見たことがない者さえ思う。それほどの、魂よりの、殺意のこもった叫び。

 

 だが氷邑梅雪、それを鼻で笑う。

 

「ならば名乗れよ下郎」

 

 涼やかにして傲慢な声だった。

 

 思わず、獣と化した男の目に、理性の光が戻るような、冴え冴えとした冷や水。

 

「弱者を狙ったつもりの名もなき野盗を舐めるなというのは無理があるだろう? 俺の知る貴様は、子供三人を集団で囲み、必勝の気持ちでいて、しかしそれがあっさり裏切られ、一対一の場を用意してやったのに、ビビッて立ち尽くすだけの、薄汚い下郎だ」

「……」

「許す。名乗ってみせよ。貴様はどこの出身で、何を経験し、いかにしてそこに立つ? 貴様の外道に御大層な理由はあるのかもしれん。だが、俺はそれを知らん。聞かせよ。己がただの下郎ではないと言うのなら。この俺に負ける者よ、その首の価値を語れ」

 

 その時、尾庭博継の心の中で、『何か』が打ち砕かれた。

 

『それ』は彼が家を失ってからずっと心の一番上で蓋をしていた何かだった。

 

 ──戦で負け、領地を失い、かつて目指した理想は灰燼(かいじん)と成り果てた。

 ──あの青々とした山を覚えている。あの景色こそが我が家。我が所領。

 ──領民と家人とで盛り立てていくべき父祖伝来の地。

 ──そう心に誓って、若き日、努力を重ねた。

 

 ──だが、通じなかった。

 

 ──自分以上の才覚の者が、自分以上に努力をし、自分以上の土地を根拠に、自分以上の兵を集めた。ゆえに、負けて、あの青々とした山は炎に包まれ、消え果てた。

 ──妻子は殺され、家臣が討ち死にする中、彼は『それ』を心の一番上に押し込まれた。

 

『どうか、お逃げください。卑怯と言われようと、惰弱と言われようと、若様のいらっしゃる限り、尾庭家は潰えませぬ。我ら家臣一同、あなた様の生存のみが望みでございます』

 

 それは『愛』であった。

 まぎれもなく愛。忠義という名の愛。ただただ年若い後継を、愛される、努力を重ねた真っ直ぐな若者を生かしたいという、老臣一同の最期の願いであった。

 

(でも、本当は)

 

 家を潰されたあの時、妻子と家臣を失ったあの時……

 

(俺は、ともに死にたかったのだな)

 

 父は堂々と名乗りをあげ、敵将との戦いの中で死んでいった。

 父が『それ』をする陰で逃がされたことが、ずっと引っかかっている。

 

 命は大事か?

 もちろん、大事だ。

 

 でも。

 

(どうにも俺は、本当のところ、命よりも……)

 

 誇りを重んじる性質(タチ)だったらしい。

 

 その誇りを懸けた戦いが今、急に、ここに降って湧いた。

 目の前の子供が冷然と呼び覚ました熱い思いがたぎっている。

 

 ……何も知らない子供が、野盗には名乗るべき名もなかろうと馬鹿にするためだけに誘っただけ、かもしれないが。

 

 それでも、直感が訴えかけてくる。

 

 ここしかない。

 名乗りを上げての一騎打ちをする機会など、もう、ここしかない。

 

 山賊の頭領『城壁割り』は、濁っていた瞳を澄ませ、声を発する。

 

 そこには先ほどまであった、獣めいた雰囲気はない。

 朗々と発せられるその声は──

 

「……我が祖、帝の祖への饗応(きょうおう)の褒美として東北に一領を与えられし豪農。のちに剣士の才を認められ当時の大名のもとへ仕官し、一族となる。一族となりしあとには剣士の才を活かし山々を切り開き、多くの者の住まう地を作り、その功績を以て領地を広げた。先の『東北百鬼夜行の乱』において先陣を切り、多くの妖怪どもを打ち倒す。それから三代、我が父博房(ひろふさ)は隣領最上(もがみ)家との戦により、堂々たる一騎打ちの末敗北。家は燃え尽きた。だが……」

 

 男が金棒を振り上げる。

 それは金棒術ではなく、剣術の構え。

 父祖より巨体を誇るこの一族が編み出した剣術は、大上段に構え、相手が間合いと認識するはるか遠間より急接近し、一撃で脳天から両断するを神髄にして奥義とする。

 

「我が名、十三代尾庭流継承者にして、尾庭家が後継、博継がここにいる! 尾庭家はまだ潰えず! いざこの一戦にて名を遺さん!」

 

 それは大名武士の名乗りであった。

 獣畜生にはできぬこと。獣畜生には宿りようのない誇りが博継の全身に充溢していた。もはや、薄汚い身なりであろうが、彼をただの山賊と思う者はいないだろう。

 

 梅雪は……

 

 左手を差し出す。

 

 すると、そこにウメが自分の刀の柄を取らせた。

 

「我が家」

 

 すらり、と刀を抜く。

 

 右に一刀、左に一刀。

 

「野盗に名乗るは惜しい名家なれど、貴様の名乗りが見事ゆえ、応じてやろう。我が家の祖は帝の祖とともに旅をした者である。その名声クサナギ大陸に(あまね)く広がり、開祖道雪(どうせつ)を知らぬ者、この地上に一人たりともおらず」

 

 ゆったりとした足取りで、博継に近づいていく。

 

「その功枚挙に(いとま)なし。されど、クサナギ大陸統一と氾濫(スタンピード)の討伐の功、比類なく天地に響き渡る。我らはその後も帝の盾として『魔境』を常ににらみ、先の『海異(かいい)襲来』においては、我が祖父桜雪(おうせつ)、百を超える海魔(かいま)を単身にて討伐せしめる」

 

 七歩の間合いで足を止める。

 

「我が名、氷邑銀雪が嫡子にして氷邑家後継、氷邑梅雪。尾庭家を終わらせる者である」

 

 その時に尾庭博継の総身がぶるりと震えたのは、恐怖でも屈辱でもなかった。

 

 まだ、家は終わっていないのだと。

 今、ようやく、この命を以て家が終わるのだと。

 

 誇りに誇りで応じられたがゆえの歓喜が、その巨体を震わせたのだ。

 

 華々しきもの、ここにあり。

 

 もはや尾庭博継の目に映るのは『手頃な獲物たる、金持ちそうなガキ』ではなかった。

 

 野盗に身を落とした尾庭博継に武士の誇りを思い出させ、それに応じた勇士である。

 

 ゆえに、声には喜びがにじむ。

 

「いざァ……!」

 

 金棒で天を衝くがごとく、高く高く構える。

 

「尋常に」

 

 対する梅雪の切っ先は地面を向いていた。

 だらりと力を抜いた立ち姿。……道中で見たことがある剣聖を思い出す。いつでも自然に立ち、自然に殺す。常在戦場の人生が顕れたような構え。

 

「勝負ゥゥゥゥ!!!」

 

 ゴンッ、という音は、尾庭博継が踏み込んだ音であった。

 

 巨体による圧倒的間合いと、その、ただでさえ圧倒的な、相手の認識する間合いよりはるか遠くから一瞬で距離を詰める踏み込み。尾庭家の剣術は言ってしまえばそれだけのものであり、ゆえにこそ速い。

 

 だが、対する梅雪の用いたのは完璧なカウンターである。

 

 速度、剛力何するものぞ。

 ただ流れに身を任せ相手に返すのみのこの技は、理論上、相手がいかに速く、いかに強くとも、まったく問題なく効果を発揮する。

 

 ……もっとも、自分を殺そうとする相手に身を任せるには、とんでもない(はら)の強さか、(くるい)が必要である。

 

 氷邑梅雪には、

 

「……『光断(ひかりたち)』改め──そうだなァ、『聖断(ひじりたち)』とでも名付けようか」

 

 肚も、狂も、ある。

 

「光栄に思えよ、尾庭博継。この俺が初めてこの技を振るったのが、貴様だ」

 

 尾庭博継と梅雪との位置が入れ替わっていた。

 互いに背中を向けるような姿。

 

 尾庭博継は巨大な金棒を振り下ろし終えている。

 それは帝都の石畳の上に、広く蜘蛛の巣状の(ひび)を入れていた。

 先端が沈めた石畳の深さは、おおよそ一尺(三十cm)にも及ぶだろうか。信じがたい剛力であった。

 

 仮に使ったのが『光断』であれば、この状況になった時点で失敗である。

 光断は相手の攻撃の威力をそのまま返す技。ゆえに発動が成功した時点で相手の攻撃はどのような破壊もできなくなる。完全に光断が成れば、目隠しを斬られることさえ起らない。

 

 だが、石畳に深い亀裂を入れる威力が残ってなお、梅雪には傷一つない。

 

 ゆえにこそ、これは梅雪の編み出した技なのである。

 

 代わり、尾庭博継の腹部には、深い、二本の刀傷があった。

 

 尾庭博継は、笑う。

 

「見事なり、氷邑梅雪。……礼を言う」

 

 そして、崩れ落ちていく。

 

 倒れ伏した巨体から、血があふれ出す。

 梅雪は己の刀を納め、ウメからあずかった刀を肩に担ぐようにして、「ふん」と鼻を鳴らした。

 

「当たり前だ愚か者。この俺を誰だと思っている」

 

 感謝に傲慢で返す。

 これこそが梅雪の性格である。が、ゆえに。

 

「俺は最強になる男だぞ」

 

 彼は最強を目指すのだ。

 最強とは、世界一の傲慢さえ許される者であると信ずるがゆえに。

そろそろストック尽きるので、この章終わったら時間稼ぎにside掲載しようかどうしようか

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