悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第49話 帝都騒乱・急の五

 火炎そのものとなった男が、叫んでいる。

 

「綺麗な服を着て! 綺麗な顔をして! 剣士の才能まである! そういう幸せなガキはなぁ、不幸な目に遭わなきゃならないんだよお!」

 

 断たれた右腕。傷口から噴き出した炎が伸び、薙ぎ払われる。

 

 ウメは血振りをし、刀を鞘に納めた。

 

 それから、迫りくる火炎を見切り、かわしながら、考えるのだ。

 

 ──自分は幸せなのか?

 

 言うまでもなくウメは奴隷であった。

 奴隷は、それはもちろん、大名や、町民に比べれば不幸なのだろう。

 

 あと、獣人だ。

 

 獣人、とはいえウメの見た目は人間に近い。

 本来の獣人はもっと、鼻がとがっていたり、全身毛むくじゃらだったり、手から鋭い爪が生えていたり、(かかと)からつま先までが長かったり、そういう形状をしている。

 しかしウメは人間に獣の耳としっぽが生えている程度。身体能力は高いが、獣人からは獣人と認められない、人間からは人間と認められない。そういう生き物であった。

 

 両方の世界に居場所がないのだろう。ウメは物心つく前には山に捨てられていた。

 

 そして、狼に育てられた。

 

 言葉がたどたどしいのは、言葉の学習を済ませるべき幼児期に、獣の言葉以外を知らずに過ごしたからだ。脳機能の問題で、一定の時期に人の言葉を学習できないと、なかなかしゃべることができなくなる。ウメはそういう状態だった。

 

 そして、ある日山狩りで、親であった狼は殺され……

 

 氷邑家に拾われた。

 

 奴隷としての人生の開始である。

 

 最初は『人の決まり』になじめなかった。しかし、ウメには天性の適応力があったのか、なじむまでにはそうそう時間はかからなかった。

 

 親である狼を殺された恨み、のようなものもない。

 

 育ての親から教わったのは生き延びることのみである。親も愛情ではなく、ウメのごとき変わった者がいれば群れの生存率が上がると判断して育て、受け入れただけである。

 野生は生存に対しシビアだ。

 仲間を見捨てることをしない、などという美徳は人間の生み出した物語にしかすぎない。野生は容赦がない。

 生き残るためには昨日まで共に育った親兄弟でさえ見殺しにするし、もっとも生存に適した者を生かすためには、時に群れのリーダーさえその命を投げ出す。

 

 氷邑家郎党という強力な群れに襲撃された時、ウメの親が選んだ『生き残らせるべき者』が、氷邑家郎党に形の近いウメであった。それだけのことなのだ。

 

 そして奴隷として、人の生き方と人の言葉を覚え……

 

 ある日、剣聖にさらわれる。

 

 奴隷として氷邑家に迎え入れられた日から、自分は群れのリーダーにはなれないとウメは判断していた。

 ゆえに主人におもねるだけである。自分を連れ出した剣聖シンコウが弱ければリーダーにとって代わることもありえたかもしれないが、シンコウは強かった。今でもまだ、勝てないだろう。

 あの女は本来、ウメらが『戦う』という選択肢を思い浮かべる相手でさえないのだ。

 おそらくクサナギ大陸でも最上位の強者であり、アレが本気で殺す気になれば、梅雪(ばいせつ)でさえも一瞬も生き残れなかった。

 

 その強者に逆らえるわけもなく、ひたすら剣術を詰め込まれ……

 

 そして、梅雪によって奪還された。

 

 その時の感動は、生まれて初めて抱いた『人間のような感情』だっただろう。

 端的に言えば主人を決めたということ、だろうか。

 獣として生き残るためには、主人など変えて当たり前。忠誠だの『一君(いちくん)に殉じる』だのは、偉い人間が自分に都合よく流布している美談にしかすぎない。生き残るのが優先に決まっているのに、人間は美談で生物の本能を歪めるおかしな生き物なのだ。

 

 自分がその『おかしな生き物』にされた。

 

 片腕を失いながら、自分なんかに執着する美しい少年の姿は、そうしてウメに焼き付いた。

 

 ゆえに、ウメは、幸福なのか?

 

 彼女は、『カドワカシ』の叫びに、こう応じる。

 

「ウメ、は、不幸」

 

 まぎれもなく不幸であった。

 

 言い訳の余地もないほど不幸であった。

 

 絶対的な自信を持って言えるほどの、絶望的なまでの不幸であった。

 

 それは、

 

「だって、これ以上の幸福が、ある、知ってる」

 

 欲するモノが手に入らないことを不幸と称するならば、不幸とはより上の幸福が見えた時に感じるものである。

 

 獣として生きていた時に、幸福だの不幸だの考えることはなかった。

 

 名もなき奴隷であったころに、幸福だの不幸だの考えることはなかった。

 

 人を不幸にするのは自分が手に入れていない幸福があるという実感だ。

 

「顔がいいならそれだけで幸福に決まってるだろうがあ!」

 

『カドワカシ』が猛る。

 彼こそが不幸の体現者。自身を世界で最も不幸だと思い込み続けることで、自分の不幸を免罪符(めんざいふ)に、幸福なすべてを踏み(にじ)って当たり前だと胸を張る、人型の呪い。

 

 しかし一方で、彼はホデミという神の加護を得る運勢と才覚があった。

 そして『幸福な者たち』を踏み躙るだけの実力があった。

 

 彼より不幸な者など、クサナギ大陸を見渡すまでもなく、帝都にだって、存在するだろう。

 

 ゆえに、不幸自慢のマウンティング合戦になど意味はない。

 幸福も不幸も他者の異論を許さぬ主観によって語られるものであり、幸福か不幸かなどという論争に答えなど出るはずがないのだ。

 

 だからウメがするのは不幸の比べ合いではない。

 

 やることは、『カドワカシ』とさほど変わらない。

 

「ウメの、幸せ、の、ため、死に、ください」

 

 名を上げろ、と彼は言った。

 そしてどうにも、目の前のコレは、名を上げるのに最適な強者である。

 

 コレの先に、あの人の妻になるという幸福がある。

 ゆえに踏み躙る。それだけの話。

 

 ウメは、腰の刀の柄、その頭を撫でるように触れる。

 

 ──居合(いあい)

 

 居合、抜刀術とも言われる、鞘から抜き放ちざまに相手を斬る技術。

 これは、戦闘の最中にわざわざ刀を鞘に戻してまで狙うほど、強力な技術なのか?

 

 否である。

 

 居合というのは、そもそも、納刀状態で不意の襲撃を受けた時、すでに抜刀している相手に対処するための緊急避難的な技術にしかすぎない。

 

 また、クサナギ大陸においては鞘に納めた刀を横に置いて、敵対に近い関係性の相手と、膝を突き合わせて向かい合うシチュエーションも存在する。

 そういう場においていざ抜刀となった時、相手より早く抜き、斬る──そういう用法ももちろんあるが、基本的に、いざ戦闘に入ってしまえば納めているより抜いている方が有利に決まっている。

 

 ではなぜ、ウメは一度抜いた刀を再び鞘に納めたのか?

 そして、距離があるうちに抜いてしまわないのか?

 

 その理由は単純。

 ウメは居合しかできないからだ。

 

 愛神光(あいしんひかり)流は、()(せん)を基本理念としている。

 その技術の大半は、相手に先手を許してからの反撃であり、居合という不意に抜刀状態の敵に襲われた際に使うべき技術は、愛神光流の基礎であった。

 

 片手で刀を振る時の小指の締め方、両手で刀を振るう時の()(うち)……刀を振るというのは無数の細かい技術の集大成であるが、ウメがどうにか剣聖シンコウから認められたのは、基礎たる抜刀術のみなのだ。

 

 ゲーム剣桜鬼譚(けんおうきたん)において、トヨという名で登場するウメは、剣聖から数々の技法を習い、それを修め、皆伝の資格を得ている。

 

 だがこのウメはほんのひと月程度しか剣聖の元で研鑽を積んでいない。

 ゆえに認められたのは居合のみ。

 もちろんただのひと月で一つの技術だけでも剣聖に認められるのは大した才能ではある。しかし、ゲームのトヨと比べてしまえば、技術的に未熟なところがあるのは無視できない事実であった。

 

 だが。

 

 その抜刀術は、剣聖が認めた技術である。

 

 幾多の殺し合いを経て剣術流派を興した天才が認めた、すなわち、実戦で充分に通用する技術──

 

「俺がっ! この世でっ! 一番不幸でっ! 一番かわいそうなんだよおおおおおお!!!」

 

『カドワカシ』の声とともに、炎がまき散らされる。

 それはただの火ではなく神の火。酸素がどう、燃焼率がどう、などというくだらない現実を鼻で笑う、燃やすと決めたものを必ず燃やす、神の火炎。

 

 しかし炎の壁に囲まれたウメの赤い瞳には、恐怖も緊張もない。

 

 理想的に落ちた肩。伸びた背筋。へその前に突き出された柄に、ほんの少し指先を触れさせるだけの、これから剣を抜くにしてはあまりにも柔らかな姿勢。

 

 迫りくる火炎をながめる。

 ねじ込める隙間を見つける。

 

 失敗すれば、燃え尽きる。

 

 だが、ウメには生存する自信があった。

 

 なぜなら──

 

「剣聖、もっと、厳しかった」

 

 ──あの剣の壁に、密度も迫力も、及ぶべくもない。

 

 炎の壁の、隙間はそこに。

 

 小さな体をねじ込ませる。

 しっぽが焦げる。──だが生きている。

 髪が火の粉をまとう。──だが生きている。

 

 燃焼能力が高すぎる神の炎が災いして、火炎がウメの体に残らない。

 あるいはそれは、使い手の短気や未熟が原因なのかもしれない。

 

 まき散らされる火炎。なるほど大した殺意だ。だが──

 

 真に恐ろしい殺意とは、語り合っているのに次の瞬間には当たり前に必殺の一撃を放つ、美しい微笑である。

 

 炎の壁を超える。

 

 接敵。

 

「チィッ!」

 

『カドワカシ』が舌打ちをして、首を守ろうと腕を動かす。

 

 ……居合というのは強力な技術ではない。

 

『左の腰から放たれる』という都合上、軌道を読まれやすい。

 タイミングをずらす、逆手に持ち替えるなどの技術はもちろんあるが、刀が納まった鞘が左の腰にある以上、どうしても攻撃はそこから発するしかない。

 

 だが、一点、抜いた刀にはできないことができる。

 

 鞘走(さやばし)りと呼ばれるものだ。

 

 なぜ居合がたびたび『剣の速度』を取り沙汰されるのかと言えば、それは鞘走りがあるからだ。

 鞘走りというのは、言ってしまえばデコピンと同じ原理である。鞘の外側に刃を押し付けて力を溜め、抜き放つと同時に解放する。と、片手で振ったとは思えない初速が出る。こういう原理の技術だ。

 

 速度とは、何か?

 

 それすなわち、威力である。

 

 今度は間合いを読み違えない。

 怖気づいて踏み込みを浅くもしない。

 

 抜き放たれた刀は、防御に回した腕も、何もかもを燃やすはずの炎さえも斬り裂いて、『カドワカシ』の首を断った。

 

『カドワカシ』が、『信じられない』という顔で舞う。

 

 ウメは切っ先を相手の死体に向けたまま、柄を叩いて刀を回して血振りをする。

 

 残身(ざんしん)を兼ねた血振り──

 

 その眼前で、『カドワカシ』の死体が、炎に巻かれて燃え尽きていく。

 それは神の加護を宿した者特有の最期であった。

 

 ホデミはすっかり『カドワカシ』をその炎で食い尽くすと……

 

「……?」

 

 ウメは刀を鞘に納め、構える。

 

 炎がこちらを見ている気がしたのだ。

 

 だが、その視線は勘違いであったかのようにすぐになくなり、通常の炎よりも相当に早く『カドワカシ』の体は焼き尽くされ、骨も残らず消え失せた。

 

「君たちは」

 

 正面からかけられる声に向き直る。

 そこにはピンク色のパイロットスーツを着た、髪を一つ結びにした女性がいた。

 

 彼女の背後に、彼女のパイロットスーツと同じ色の蒸気甲冑が見える。

 コクピットが開いているところから見て、そこから降りてきたのが彼女であろう。

 

 女性は、問う。

 

「いったい、何者なんだ?」

 

 ボロボロで、顔も体も血がついていて、立っているのもやっとの女性……

 

 寝ていたいほど苦しいだろうに、それでもこうして名を尋ねるのは、彼女……桃井(もものい)なりの、援軍への礼儀であった。

 

 ウメは少し迷って、こう答える。

 

「氷邑家、剣士。ウメ」

「同じく氷邑家忍軍頭領、阿修羅(あしゅら)だァ!」

 

 威勢のいい声が続く。

 

 桃井は「そうか」とつぶやき、

 

「救援感謝する。その名、決して忘れず、帝へ上奏しよう」

 

 ……かくして、帝都南区の状況──

 

 被害。

 建物損壊多数。

 復興には数か月を要するものとみなされる。

 

 人的被害。

 巻き込まれた者多数。

 死者を含む数千人の負傷者が出たうえ、商店や家屋を失った者たちの金銭的被害も計り知れない。

 

 対応にあたった帝都火撃隊の状況──

 桃井、重傷。

 黒沢(くろさわ)、軽傷なれど他蒸気甲冑乗りの救援で疲労困憊。

 青田平(あおたたいら)、数週間意識の戻らぬ状態なれど、命に別状なし。

 白瀬(しらせ)、最終的に蒸気甲冑から降りて戦ったせいで全身に裂傷。なれど比較的軽傷。

 

 戦果。

 強敵剣士の討伐完遂。

 

 そして……

 

 氷邑家家臣、ウメと阿修羅によって、強敵『騎兵殺し』および『カドワカシ』討伐完了。

 

 これを以て、南区の状況は収束と成す。

そろそろストック尽きるので、この章終わったら時間稼ぎにside掲載しようかどうしようか

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