悪役天才道術士の憤怒 破滅確定だった転生悪役、隠された才能で原作を蹂躙する   作:稲荷竜

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第96話 大江山の夕暮れ

 氷邑(ひむら)梅雪(ばいせつ)が到着したころ、大江山(おおえやま)は夕暮れ時に差し掛かっていた。

 

 蝉の声は茅蜩(ひぐらし)の声へと切り替わっていた。

 差し込む夕暮れが、青々とした葉をつけている山の木々の影を長く長く、根っこの混じった土の地面へと落としている。

 

 その中で──

 

「のこった! のこった! のこったぁ!」

「グウウウオオオオオ!!!」

 

 巨大な金属塊と、青毛の傷跡だらけの熊が、組み合って相撲をとっていた。

 

「なんだこれは」

 

 その時梅雪の口から漏れたのはものすごい『素』の感想である。

 

 とはいえ、背景はなんとなく想像が及ぶところではあった。

 

 金属塊──阿修羅(あしゅら)が完全に趣味に走って相撲をとり始めたのでもない限り、おそらく、唐突に現れた『強者』たる熊を留めるべく、こうして戦っているのであろう。

 

 だがまったく趣味抜きでやっている様子にも見えないので、役割をこなしつつ趣味で相撲という手段を選んだんだろうなあ、というところまで梅雪には理解が及ぶ。

 

 だが、理解が及ぶことと、実際に見て呆然とするかどうかは別問題である。

 

 梅雪としては先ほどまで、海神(かいしん)なる神性と戦い、しかも一時はその(しもべ)に落とされるという屈辱を()んだ。

 これはただ屈辱というばかりではなく、梅雪の我の強さなくばそのまま支配され、醜い海洋生物めいた姿に変えられて配下どもに攻撃を仕掛けていた可能性さえ孕む窮地であった。

 

 その後、大辺の度重なる判断ミスと、それを帳消しにするような豪運(ごううん)を乗り越え、『完全に支配下に置いたと思ったイバラキに叛逆されて殺される』という、たぶん大辺にとって最大の屈辱であろう死をプレゼントすることは叶ったが……

 

 先の戦い、まさしく死闘であった。

 

 で、その陰で配下が熊と相撲している……

 

(力が抜けるというか、げんなりするというか……)

 

 とはいえ、この熊に乱入されたらどうなるかわからなかったのも事実。

 

『中の人』知識においても、この熊はあくまでも大江山の守護者であり、イバラキ配下でもなく、大辺の支配もきっと受けていないのであろう。

 ゲームでは海神の信者スキルの付与は人属性ユニットにしか通じないので、その見立てで正しいと思われる。

 

 だが、大江山の守護者として、イバラキとともに討伐隊を撃退していたという過去が、この熊にはある。

 

 だから梅雪が熊に『敵』とみなされる可能性は充分にあり、しかもこの熊は強いので、ここで熊を足止めするというのは、よほど愚かな指揮官でない限りは評価すべき働きである。

 

 が、それはそれとして、心の奥底から溢れ出る『何してんだコイツ』感。

 

「……これは、勝負が終わるまで待たねばならんか? 献策せよ、イバラキ」

 

 梅雪が現在傍に引き連れているのは……

 ウメ。

 彦一(ひこいち)および七星(ななほし)家家臣団。

 そしてイバラキ含む『酒呑童子(しゅてんどうじ)』の残党である。

 

 そういえば七星(おり)をアシュリーに任せたままだったな、ということを思い出す梅雪だったが、七星家家臣団も状況がわけわからんすぎて忘れている様子なので、語らないこととする。

 たぶん阿修羅のコクピット内でアシュリーと一緒に相撲中であろうと思われる。

 

「献策ってもなぁ……」

 

 イバラキもさすがに困り果てた様子だった。

 

 しかしここで『できない』と言わないのが彼女の性分である。

 子供めいた矮躯が、大辺に着せられたエロゲーみたいな巫女装束で、巨大金属塊と熊の相撲現場になんのためらいもなく進んで行った。

 

「おい、熊」

 

 イバラキが話しかけると、相撲に夢中であった熊が、傷のない方の目を向ける。

 一瞬、『誰?』みたいな間があり……

 

 その動揺は、拮抗していた勝負を動かした。

 

「のこったァ!」

 

 もはや『のこった』しかしゃべれないのではないか、と危惧するほど残った残ったうるさい阿修羅が、ひときわ大きな気炎を上げる。

 同時、熊の腰あたりの毛皮を掴み、腰を切りながら横に放るように投げ飛ばす。

 上手投げであった。

 

 一瞬、気を逸らされた熊はその投げに対応できない。

 ふわりと巨体が浮かび上がるとそのまま投げ捨てられ……熊の体が空中で半回転一捻りほどして、地面へと倒れ込んだ。

 

 ずずううん……という重々しい音が響き渡り、阿修羅が残心のあと、土俵入りポーズをし、四股を踏んだ。

 

 そのタイミングで梅雪が金属(つぶて)を阿修羅の頭にぶつける。

 

 ガイィィンという音がして……

 

「あ痛ぁ!? 誰だ!? このオレ様の勝利の余韻を邪魔…………」

 

 阿修羅は赤いモノアイを備えた、まんまるフォルムの黒い金属塊である。

 肥大した両腕を持つフォルムは無骨そのものだというのに、声音とモノアイの動き、微動作だけでかなり感情表現をする。

 

 今、阿修羅から読み取れる感情を一言で述べるならば、『やべっ』だろう。

 

 阿修羅のモノアイの先には、微笑む氷邑梅雪がいる。

 

「ずいぶんお楽しみだったようだなァ、アシュリー……いや、阿修羅よ」

「えっと、あの、その……こいつは、梅雪の兄貴も、みなさんもおそろいで……ハハハハ……」

「さて、まずは貴様の功を労おうではないか。この戦いにおける無視できぬ不確定要素たる熊を、その身一つで押し留めた武功、地味ながら比類ないものである。凡百の阿呆指揮官が認めずとも、この俺はその武功を認めよう」

「だろ!?」

「だが」

 

 そこで梅雪はちらりと熊へ視線を向ける。

 

 熊は倒れた状態でのそっと体を起こし、そこにイバラキが何事かを説明しているところであった。

 ……熊のはず、なのだが。どうにもイバラキにされている話を理解している様子がある。

 かなり高い知性を持っているのだろう。相撲をする姿にはそこまでの知性は感じ取れなかったが……

 

 梅雪は阿修羅へ視線を戻す。

 

「周囲の様子も気付かず相撲に興じるのは、いただけんなァ。特に、この俺が傍に来たこともわからぬ熱中っぷり。貴様はこの山に何をしに来た? 相撲か?」

「……兄貴をお守りするためです」

「そうか。では、『それ』を忘れて趣味に興じた者が、この俺にすべきことはわかるな?」

「……」

 

 阿修羅がまずは両膝をそろえて正座の姿勢になる。

 そして肥大した両腕を地面について、続いて額も地面にこすりつけた。

 

「すいませんでしたァ!」

「よろしい。……見たか山猿ども。この俺に侍れば、何を説明されずとも、あのように自然に土下座ができるようになるのだ。ゆめゆめ励めよ。この俺の直参に猿はいらん。人になれるよう、まずはその汚い身なりからどうにかしてやる」

 

「嫌すぎる……」

 

 イバラキがつぶやく。

 

 しかし梅雪、今日は集団土下座と阿修羅の単品土下座を見ることができてご満悦なので、聞かなかったことにしてやる。

 

「……さて、『アメノハバキリ』の回収は完了。『酒呑童子』の討伐も成功。もはやこのような山に用事はないな。帰るか」

 

 ついでにこの山を支配下に置いてしまおうとか、あるいは七星家の連中の出方次第ではこの山で殺してしまおうとか、そういう陰謀もあったが……

 

 前者、この山の処遇については、今、七星家の見ている前で支配への欲求を見せない方がよさそうだと判断した。

 開発をする前提ならば家に持ち帰った方がいい案件であり、この山はなんとなくどこの領主のものでもない緩衝地帯であることが自然と思われている。

 

 さらに『酒呑童子』が片付いたにもかかわらず、七星家の方からこの山の処遇について持ちかけられる様子もない。

 

 なのでここは触れず、後日、実効支配してしまおうと梅雪は考えた。

 

 一番の障害になるだろう熊とは、イバラキがある程度の対話可能な様子である。

 加えて、あとから七星家がなんやかんや言っても、少なくとも侍大将の彦一が、梅雪の意見抜きで大江山を七星家の物とするのを認めないであろうとも思える。

 

 そして、その七星家との付き合いについてだが……

 

「さて、侍大将彦一および、七星家家臣団に告ぐ。アメノハバキリの奪還および酒呑童子、海神の巫女討伐、すべて貴様らの功績とせよ」

 

「それはッ!」

 

 言葉の意味にすぐさま気付いたらしい彦一が、獅子のごとき面相で吠え掛かるように声を発する。

 

 梅雪は片手を上げて続く言葉を止めさせた。

 

「ではたずねよう。貴様は七星家にどのように報告するつもりだ? まさか『遅刻のせいで指揮権を奪われ、そのまま氷邑梅雪に命じられるがままに戦い、窮地も梅雪に救われ、最後におこぼれでアメノハバキリをいただきました』と言うのか?」

 

「それが、すべき報告にて!」

 

「くだらん。誠実、至極どうでもいい」

 

「しかしッ!」

 

「まあ聞け。氷邑家として、当主銀雪(ぎんせつ)と協議の上で決定したことを告げよう。氷邑家はこれ以上の功績を望んでおらん。わかるか? 『遠慮申し上げる』ではないぞ。『望んでおらん』のだ」

 

「……御三家の、均衡のためにございますか」

 

「頭が回る男との話は楽でいい。だが、阿呆面さらす有象無象も見受けられるゆえに説明してやるか。……先の帝都騒乱において、どこぞの御三家がやらかしたな。そして、七星家縁者であった元家老は、名誉の戦死か、はたまた賊の当然辿るべき末路を辿っただけなのか、微妙な状態にある。そこで、貴様らが血眼になってアメノハバキリ奪還を狙ったわけだが……」

 

 この大江山(こう)は、名誉のための進軍であった。

 

 どうしようもなく堕ちてしまった家はしょうがないとして、まだどちらに転ぶかわからない七星家は、名誉のために、侍大将と後継者の織をもこの進軍に組み込んだのである。

 

 ……裏の事実はどうあれ、世間はそう見る。

 

「ここでまた氷邑家が功を立ててみよ。世間は貴様らを侮る。加えて、我らが帝より危険視されることにもつながろう。であれば氷邑家としては、どこぞの家はもうしょうがないが、残る七星家には、帝の両輪としてその神輿を支えることを望むというわけよ」

 

 とはいえ、七星家が梅雪のお眼鏡に適わず、殲滅やむなしとなった場合には、そのままの勢いで帝にも反旗を翻す予定であった。

 もちろんその旨、銀雪は承知済みである。

 

 だが……

 

 七星家の侍大将彦一が誠実で頭のいい強者であったこと。

 そして土壇場であったとはいえ、七星家家臣団が梅雪に命を預ける覚悟を見せたこと。

 

 その二点を以て、梅雪は七星家を生かしてやってもいいと結論づけた。

 

「この俺は、神輿に乗って貴様らの活躍を見届けたのみよ。……おい阿修羅、七星織はどうなっている?」

 

「オレの中でのびてます!」

 

「……幸い、後継者殿も何も見ていない様子。もしも記憶違いがあった場合、そちらでどうにかせよ。いいな」

「……しかし、その流れにしますと……」

 

 彦一が言い淀む。

 何を言おうとしたか察して、梅雪は鼻で笑った。

 

「酒呑童子は全員殺した」

「……」

「どうせ山賊の顔なんぞ、多少身綺麗にして、言葉遣いを改めさせれば、誰もわからん。貴様らが確定情報をばらさぬ限りな」

「確認を」

「許す」

「その者……イバラキ、我らが縁者である義重を殺したか否か、いかに」

 

 イバラキが『そいつ誰?』というような顔をする。

 

 梅雪は、ゲームで知っていた義重の特徴を説明する。

 と、イバラキは……

 

「ああ、あいつか。そうだよ、オレが殺した」

 

 その言葉の末尾についた「ふんっ」と鼻を鳴らす声は、あまりにも挑発的であった。

『何が悪い?』と言いたげだ。……実際、そうなのだろう。イバラキは梅雪の配下となった。しかしそれは、『偉そうなサムライが嫌い』という本性が変わったことを意味しない。梅雪が今のところ特例になっている、というだけのことだ。

 

 彦一は、獅子のごとき面相で、真っ直ぐにイバラキを見て、問う。

 

「……義重は、貴様から剣を守ろうとしたのか、それとも……剣を奪おうとしたか、いかに」

「オレぁ、剣の突き立った台座に向かう男を背中から刺したんだぜ」

「……なるほど」

 

 実のところ、彦一は、現場の状況と、義重の傷の特徴を聞いた時から、気付いていたことがあった。

 いや、それは彦一のみならず、七星家の多くの者が気付いていただろう。

 

 賊から神器の剣を守るために、剣と賊のあいだに立ちはだかったならば、前から刺された傷がつくはずである。

 

 だが、傷はどう見ても後ろからのものであった。

 つまり、守ろうとしたのではなく、奪おうとしたところを背後から刺されたか、賊を前に逃げようとして後ろから斬られたか……どちらにせよ、名家の武士が神器の間で死ぬ姿としては、あまりにも情けないと言わざるを得ない。

 

「で、どうするよ?」

 

 たずねるイバラキはあまりにも挑発的だ。

 

 義重の最期の姿がどうであれ、義重は七星家の縁者であり、その縁者を殺したのがイバラキという事実に変わりはない。

 であれば、七星家侍大将としては、仇討ちの必要性が生じる。それが武士としての道理である。

 

 ゆえに彦一は、こう返した。

 

「酒呑童子は死んだ」

「はんっ……そうかい」

「ただ、ゆめゆめ忘れるなかれ。この決定は、我らを救った梅雪殿への、ひいては氷邑家への報恩としてのものである。……貴様らが働いた悪事の数々、貴様らが犠牲にした無辜(むこ)の民の無念。この彦一、許されるならば貴様の首を以て晴らしたき所存……!」

「じゃあ、やれば?」

「山に引きこもっていた時ならばいざ知らず、今、目の前にいる状況において、ここから貴様らを皆殺しにすること、造作もない。しかし、七星家は氷邑家には勝てぬ」

「……」

「お家の存続のため、氷邑家郎党に手出しをせぬ。それが、私の決断だ。ただし、貴様らがまた山賊に戻るようであれば、この彦一、何をおいても討伐に向かう」

 

 それは敗者の捨てセリフと切り捨てるには、あまりにも濃密な『真』がこもり過ぎていた。

 殺意はなかった。威圧するような響きもなかった。ただ、そうすると決めているというだけの言葉。……それだけに恫喝されるよりも、ぞっとする死の予感が薫っている。

 

「……くだらねぇ」

 

 むしろ鼻で笑うようにしたイバラキの言葉の方に、敗者の響きがあった。

 

 梅雪もまた鼻で笑う。

 ただしそれは、『それもそれで面白い』という感情の滲むものであった。

 

「では、話もまとまったところで、帰るとするか。……阿修羅、七星織を叩き出して俺を中に乗せろ。一人ぐらい余分に乗るスペースはあるのであろう?」

 

 するとパカッと阿修羅の頭部ハッチが開いて、アシュリーが顔をのぞかせる。

 

「だ、だめですよ! えっち!」

 

「……主人の命令を放っておいて相撲に興じた家臣が、『嫌』を言えると思うてか? 第一、この俺が『そうする』と告げたことを『嫌』と言われて引き下がると思ったか?」

 

 この場の全員の心が『絶対引き下がらなさそう』と一つになった。

 

 梅雪は繰り返す。

 

「仏の顔でさえ三度までと言う。では、二度目の命令だが……俺を乗せろ」

 

 アシュリーはまだ抵抗を考えている。

 

 だが、集まる注目の中に、一個、とんでもないものを発見する。

 

 ウメだ。

 

 ウメがこちらを見ている。ものすごい目で見ている。

 刀の柄に手がかかっている。

 

 あれは何? どういう顔? 命令に逆らうなら殺す? 一緒に乗ったら殺す?

 わからない。だが、とにかく恐ろしい……梅雪より恐ろしいかもしれない。

 

 熊と相撲をとっていた時より、海産物っぽいのの相手をしていた時より、濃密に『死』の気配がする……

 

 この状況で、アシュリーの生存本能は、こういう返事を選んだ。

 

「わかりました……」

 

 梅雪は満足げにうなずく。

 ウメは相変わらずすごい顔でアシュリーを見ていたが……

 

 梅雪の命令に従う者を斬ることはできないのだろう。とても名残惜しそうに刀の柄から手を離していた。

 

 こうしてアシュリー、大江山に巣食う『海』とはまったく別なところで、死の危機を乗り越える。

 

 アシュリーとウメのやりとりに気付かぬまま、梅雪以下元酒呑童子と七星家家臣団は、帰路に就くこととなった。

 

 大江山行、これにて終了、だが……

 

 家に帰るまでが、進軍である。

そろそろストック尽きるので、この章終わったら時間稼ぎにside掲載しようかどうしようか

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