異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない   作:飯テロ大魔神

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第11話《足音はひとつ、気持ちはふたつ》

森の空気は、今朝はいつもより少し柔らかく感じる。

濁っていた空が、わずかに明るさを帯びている様な。木々の間から漏れる光が、緑の輪郭を優しく撫でていた。

 

朝日が差し込むその中を、彼女は静かに歩いていた。

背筋を伸ばし、まっすぐ前だけを見つめて進む姿。

言葉ひとつ交わさないけれど、何かを考えている気配が背中から伝わってくる。

 

自分は、少しだけ後ろを歩いていた。

だけど今日は、ただ後ろをついていくだけじゃない。

昨日の夜、そう決めたのだ。

 

「……木の根が湿ってるな。昨夜は冷えたから、朝露かな?」

 

ぽつりと呟いた。

誰に向けた言葉でもなく、けれど確かに彼女に向けた音だった。

案の定、彼女は反応を見せなかった。振り返ることも、足を止めることもない。

 

――それでも、いい。

 

通じなくたって、言葉にしなければ何も始まらない。

昨日、彼女が“りんご”と返してくれたあの瞬間を、自分はきっと忘れない。

だからこそ、声にする価値がある。

 

 

 

森を進みながら、自分は観察を続けていた。

彼女の歩き方。立ち止まるタイミング。何に目を向け、何に耳を澄ませているのか。

 

――今日は、少し違う。

 

小さな起伏を越えるとき、足がほんの少し躓いた。

石を踏み外しかけた足元に、一瞬重心をかけ直す動きがあった。

 

体調が悪いのか――それとも、人間の自分とは、何か違うことがあるのか。

彼女の体の構造がどうなっているのか、自分にはわからない。

けれど、彼女が人知れず無理をしていることくらい、そろそろ気づけるようになってきた。

 

「……大丈夫か?」

 

思わず、口にしていた。

通じるわけもない。けれど、その声に、彼女がわずかにこちらを振り返る。

 

紅の瞳が、自分を見た。

いつものように無表情だけれど、その視線は――どこか、弱っているように見えた。

 

 

 

少し歩いた先で、自分は立ち止まり、来た道を振り返る。

昨日、ふたりが“言葉”を交わした場所。

言葉にならない音が、初めて意味を持った、あのりんごの丘。

 

「……戻ろうか。少し、休もう」

 

彼女の返事はなかった。けれど、次の一歩は、自分と同じ方向だった。

たったそれだけのことで、胸の奥がすっと軽くなった気がした。

 

 

 

 

 

 

丘へ戻ると、昨日の焚き火跡がまだ残っていた。

その中に、かすかにくすぶる火種を見つける。

 

しゃがみ込んで、指先で細い枝を集める。

火種に空気を送るたび、灰の奥から赤い光がゆらめく。

 

「……まだ、残っていてくれたんだな」

 

そう呟いた自分の声に、誰も応えない。

だけど、火は応えるように、ゆっくりとまた揺らぎ始めていた。

 

彼女は、少し離れた場所に腰を下ろしていた。

焚き火に近寄らないのは、彼女なりの“距離感”なのだろう。

それでも、ちらりとこちらを見て、そして目を伏せた。

 

――安心、してくれている。そう思った。

 

自分は彼女に近づかない。触れようともしない。

けれど、できる限りのことはしたいと思っている。

 

 

 

火が安定したのを確認すると、そっと立ち上がった。

 

「……ちょっと行ってくる」

 

伝わらなくても、知らせる。

自分がここにいて、あなたのために行動していることを。

 

 

 

 

 

 

森の奥へ入ると、風の音が少し変わった。

空気が湿り気を帯び、草の香りが濃くなる。

 

木々の隙間を縫うように歩いていると、やがて水音が耳に届いた。

 

そこには、透明な水が静かに流れる小川があった。

近づいて覗き込むと、小魚が数匹、滑るように泳いでいるのが見える。

手を水に浸すと、心地よい冷たさが広がった。

 

「……ここなら、いけるかもしれないな」

 

 

 

その近くには、小さな実が群れていた。

赤や紫、緑のような色。手にとって匂いを確かめ、口元に運びかけて――やめた。

毒があるかもしれない。けれど、昨日彼女が見極めていた実と似ている。

これなら、彼女が判別できるかもしれない。持ち帰って見てもらおう。

 

“言葉”ではなく、“行動”で伝える。

自分にできることは、それだけだ。

 

 

 

両手に抱えきれないほどの収穫を持って、再び丘へ戻る。

見上げた空には、朝より少し青みが混じっていた。

 

 

 

 

 

 

焚き火はまだ、ゆっくりと息をしていた。

 

彼女は、焚き火の光の中で、静かにこちらを見ていた。

自分は荷物をそっと地面に置いて、彼女に向かって言う。

 

「……ただいま」

 

意味なんて、通じない。

でも、その言葉は、自分の中でどうしても“必要”だった。

 

そのとき、彼女の瞳が、ふと揺れたように見えた。

 

それだけで、今日のすべてが報われたような気がした。

 

 

 

──言葉がなくても、想いはある。

声にすれば、誰かに届くかもしれない。

たとえ、それがどんなに遠くても――

 

 

 

今日もまた、ふたりの一日が、静かに暮れていくのだろう。

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