異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない 作:飯テロ大魔神
森の空気が、ほんの少しだけ柔らかい気がした。
空が少しだけ明るく、風の香りもどこか軽い。
けれどそれは、目の錯覚かもしれない。
私の身体が、確かに重かった。
魔力の流れが鈍っている――そう、身体が教えてくる。
自覚はあった。
連日続いた焚き火のための火の魔法。
彼が拾ってきた植物や実の毒性を見極める際に用いた感応の術式。
そして、ときおり覗いてしまう――彼の魂の色。
一つひとつは大した消耗ではない。
けれど、それらが少しずつ、確実に私の内側を削っていた。
今の私は、魔力が欠けている。
……方法はある。回復する手段も、場所も、知識もある。
けれど、それを今、行動に起こすつもりはなかった。
彼は、今日も私の少し後ろを歩いている。
以前よりも近く、でも絶妙な距離を保って、静かに足音を響かせている。
彼が、なにか声を発した。
まただ。
今朝から、彼はよく、独り言のように“音”を口にする。
最初は警戒した。
私の行動に何か意図を読み取ろうとしているのかと思った。
けれど――そうではないのだと、ようやく気づいてきた。
彼は、私に“何か”を伝えようとしている。
その音の意味は、まだわからない。
でも、耳は慣れてきた。
彼の声は、低くて柔らかい。ときおり、どこか寂しさを帯びている。
……だけど、それが、嫌じゃなかった。
立ち止まる私に、彼の足音もぴたりと止まる。
何も言わない。けれど、その“沈黙”の質が、少しずつ変わってきている気がする。
彼は、気づいているのだろう。
私の足取りが重いことに。
だからだろうか――
彼が、道を引き返した。
私は一瞬だけ驚いて、それからその背を追いかける。
何をしに行くのか、わからなかった。けれど、どこか不思議な安心があった。
今は彼を素直に信じられた。
◇
焚き火の場所に戻ったとき、私は静かに腰を下ろした。
体が言うことをきかないほどではない。けれど、魔力の底が見えかけていた。
火を灯すこと。
それすらも、今の私は躊躇していた。
けれど、焚き火の跡に彼が手を伸ばしたとき――
彼は、まだ残っていた小さな火種を見つけ、それを丁寧に育て始めた。
小さな枝を拾い、そっと風を送り、火を大きくしていく。
彼の手の中で、炎がまた命を持ち始めた。
……彼は、火を灯せないはずなのに。
どうして、そんなに優しく扱えるのだろう。
私は言葉を交わしていないのに、心の中に、静かな熱が灯るのを感じた。
そして彼は、何かを言って、森の奥へと歩き出した。
意味はわからない。けれど、その声音は――「心配しなくていい」と言っているように聞こえた。
私はその背を、また見送った。
◇
しばらくして、彼が戻ってきた。
腕には、小さな実と何かの葉。
濡れた手のひらが、冷たい水辺に触れたことを物語っていた。
「……ただいま」
彼が戻ってきて何か声を出した。
その音も、意味はわからない。けれど、私はほんの少しだけ、目を細めた。
彼の瞳が、私の様子を気にしているのが伝わってきた。
私は、何も言わなかった。
でも――彼の言葉は、確かに“音”を超えようとしていた。
彼も火のそばに座り、それを見届けて、私は静かに目を閉じる。
疲労と、微かな温もりと、火のぬくもり。
今だけは、この沈黙の中で、彼の声を思い出していた。
彼の発する音には、意味がある。
まだ私にはわからないけれど、いつかきっと――
それが“言葉”になる気がするのだ。
──ただの音だったはずのものが、
なぜだろう、今は少し、心に触れていた。
そして私は、小さく、声にならない声で呟いた。
「……ありがとう」
それは、届かなくてもよかった。
でも、自分の心が、今、確かにそう言いたかったから。