異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない   作:飯テロ大魔神

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第2話《コミュニケーションの基本は挨拶》(エルフ視点)

風が、違っていた。

 

触れた草の葉も、木の幹も、どこか知らない匂いがした。

この世界の空気は、私の知るものとは“異質”だった。

 

――ここは、どこ?

 

あの瞬間から、すべてが曖昧になった。

何が起きたのか、どうして自分がこの場所にいるのか、記憶ははっきりしているのに、辿れない。

足元の土の感触、肌に刺さる湿度、そして――

 

何より、精霊たちの声が、しない。

 

耳を澄ましても、呼びかけても、気配が掠ることすらない。

まるで、“この世界”には、彼らが存在していないかのようだった。

 

私は、膝を抱えたまましばらく動けなかった。

恐怖ではない。

ただ、理解できないことが多すぎて、判断がつかなかった。

 

 

 

そのとき、気配を感じた。

背後――こちらを、じっと見つめる誰かの視線。

 

私はゆっくりと振り返る。

そこに、ひとりの人間がいた。

 

黒い髪。黒い瞳。

その姿を見た瞬間、心がざわめいた。

 

私の世界にも、人間はいた。

けれど、その者たちは――こんな色ではなかった。

この黒は、知らない。

そして、この空気に満ちた違和感のなかで、なお“異質”な存在として、その男はそこにいた。

 

 

 

警戒心が高まる。

魔力を練り、すぐに術式を展開できるように意識を尖らせる。

 

だが、彼は、ゆっくりと両手を上げただけだった。

武器も構えず、威圧もせず、ただ……何かを伝えようとしているようだった。

 

「こんにちは……」

 

――言葉を、発した?

 

意味は、わからない。

けれど、その声色は鋭さとは無縁だった。

音の響きに、敵意は感じない。

 

さらに何かを語りかけてきたが、私には意味が分からなかった。

ただ、彼が“伝えよう”としていることだけは、分かった。

――不思議なことに。

 

 

 

しばらく、互いに動かず時間が過ぎた。

 

私は彼の様子を観察しながら、少し離れて歩き出す。

ここにいても何も解決しない。まずは、水と安全な場所を探さなければ。

 

気配を探ると、微かに湿った風が感じられた。

この地に満ちる力は不明瞭だが、私は自分の感覚を信じて谷を下る。

背後からついてくる気配。彼が追ってきたことに、少しだけ安堵した自分がいた。

 

 

 

水源を見つけたとき、私はまず手をかざし、魔力の流れを探った。

毒や異物は……ない。

指先で掬い、ひと口だけ飲む。

喉を潤しながら、彼の反応を見る。

 

しばらくして、彼も水を飲んだ。

まるで――私の行動を、真似るように。

 

次に、地面に生える実を見つける。

見覚えのない形だったが、感覚として“食べられる”と確信した。

一口食べ、毒性がないことを確認する。

すると、また彼が同じように動いた。

 

なぜ、私の行動を――?

 

まるで、“信じようとしている”かのような態度だった。

 

 

 

太陽が傾き始め、私は自然と落ち枝を拾っていた。

この世界に、どんな獣が潜んでいるか分からない。

光は、魔除けにも、心の支えにもなる。

 

声を発してみる――けれど、返ってこない。

精霊たちは、やはりいない。

 

私は、自らの魔力を集中させ、指先から小さな炎を灯す。

焚き火が少しずつ火を噴き、静かに燃え始めた。

 

それを見た彼は、一瞬だけ驚いた顔をしていた。

当然だ。魔法の概念など知らない人間なのだろう――

 

と、思いかけて、少し迷った。

 

彼は、この世界の住人なのか?

それとも……私と同じように、“異なる場所”から来たのではないか?

 

なぜなら、彼の魂の色――それはあまりに、穏やかすぎた。

 

 

 

夜。焚き火を挟んで、私は距離を保ったまま腰を下ろした。

疲れていた。けれど、目は閉じなかった。

 

彼も、火から少し離れた場所に座った。

 

その姿が、どこか滑稽だった。

まるで、私を避けているかのように、こちらを見ない。

私は、寒さに耐えかねて上着を脱ぎ、肩に羽織った。

 

すると、彼はさらに視線を逸らした。

 

……嫌われた?

不快だったのか?

それとも、私の行動に何か問題があったのか?

 

不安が過るが――

 

……違う。

彼の魂の色は、変わっていなかった。

拒絶や怒りの色ではなく、むしろ、優しく、触れてはいけないような気配を纏っていた。

 

この感覚は、初めてのものだった。

 

 

 

言葉は、通じない。

文化も、価値観も、何ひとつ共有できていない。

 

それでも、彼の行動には、誠実さがあった。

――きっと、悪い人ではない。

そう“感じてしまう”自分に、戸惑いながらも。

 

 

 

火が揺れる。

風が枝を鳴らす。

夜が、深く、降りてくる。

 

言葉のないまま、私たちの夜は過ぎていった。

けれど――ほんの少しだけ、心が緩んでいた。

 

これは“信頼”なのだろうか。

それとも、ただの錯覚か。

 

答えは、まだ出ない。

 

でも。

 

この人間の魂の色が、あの世界で見たどの色よりも美しいと――

それだけは、確かだった。

 

 

 

──こうして、

言葉も、名前も知らぬまま。

私と彼の旅が、始まった。

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