異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない 作:飯テロ大魔神
風が、違っていた。
触れた草の葉も、木の幹も、どこか知らない匂いがした。
この世界の空気は、私の知るものとは“異質”だった。
――ここは、どこ?
あの瞬間から、すべてが曖昧になった。
何が起きたのか、どうして自分がこの場所にいるのか、記憶ははっきりしているのに、辿れない。
足元の土の感触、肌に刺さる湿度、そして――
何より、精霊たちの声が、しない。
耳を澄ましても、呼びかけても、気配が掠ることすらない。
まるで、“この世界”には、彼らが存在していないかのようだった。
私は、膝を抱えたまましばらく動けなかった。
恐怖ではない。
ただ、理解できないことが多すぎて、判断がつかなかった。
そのとき、気配を感じた。
背後――こちらを、じっと見つめる誰かの視線。
私はゆっくりと振り返る。
そこに、ひとりの人間がいた。
黒い髪。黒い瞳。
その姿を見た瞬間、心がざわめいた。
私の世界にも、人間はいた。
けれど、その者たちは――こんな色ではなかった。
この黒は、知らない。
そして、この空気に満ちた違和感のなかで、なお“異質”な存在として、その男はそこにいた。
警戒心が高まる。
魔力を練り、すぐに術式を展開できるように意識を尖らせる。
だが、彼は、ゆっくりと両手を上げただけだった。
武器も構えず、威圧もせず、ただ……何かを伝えようとしているようだった。
「こんにちは……」
――言葉を、発した?
意味は、わからない。
けれど、その声色は鋭さとは無縁だった。
音の響きに、敵意は感じない。
さらに何かを語りかけてきたが、私には意味が分からなかった。
ただ、彼が“伝えよう”としていることだけは、分かった。
――不思議なことに。
しばらく、互いに動かず時間が過ぎた。
私は彼の様子を観察しながら、少し離れて歩き出す。
ここにいても何も解決しない。まずは、水と安全な場所を探さなければ。
気配を探ると、微かに湿った風が感じられた。
この地に満ちる力は不明瞭だが、私は自分の感覚を信じて谷を下る。
背後からついてくる気配。彼が追ってきたことに、少しだけ安堵した自分がいた。
水源を見つけたとき、私はまず手をかざし、魔力の流れを探った。
毒や異物は……ない。
指先で掬い、ひと口だけ飲む。
喉を潤しながら、彼の反応を見る。
しばらくして、彼も水を飲んだ。
まるで――私の行動を、真似るように。
次に、地面に生える実を見つける。
見覚えのない形だったが、感覚として“食べられる”と確信した。
一口食べ、毒性がないことを確認する。
すると、また彼が同じように動いた。
なぜ、私の行動を――?
まるで、“信じようとしている”かのような態度だった。
太陽が傾き始め、私は自然と落ち枝を拾っていた。
この世界に、どんな獣が潜んでいるか分からない。
光は、魔除けにも、心の支えにもなる。
声を発してみる――けれど、返ってこない。
精霊たちは、やはりいない。
私は、自らの魔力を集中させ、指先から小さな炎を灯す。
焚き火が少しずつ火を噴き、静かに燃え始めた。
それを見た彼は、一瞬だけ驚いた顔をしていた。
当然だ。魔法の概念など知らない人間なのだろう――
と、思いかけて、少し迷った。
彼は、この世界の住人なのか?
それとも……私と同じように、“異なる場所”から来たのではないか?
なぜなら、彼の魂の色――それはあまりに、穏やかすぎた。
夜。焚き火を挟んで、私は距離を保ったまま腰を下ろした。
疲れていた。けれど、目は閉じなかった。
彼も、火から少し離れた場所に座った。
その姿が、どこか滑稽だった。
まるで、私を避けているかのように、こちらを見ない。
私は、寒さに耐えかねて上着を脱ぎ、肩に羽織った。
すると、彼はさらに視線を逸らした。
……嫌われた?
不快だったのか?
それとも、私の行動に何か問題があったのか?
不安が過るが――
……違う。
彼の魂の色は、変わっていなかった。
拒絶や怒りの色ではなく、むしろ、優しく、触れてはいけないような気配を纏っていた。
この感覚は、初めてのものだった。
言葉は、通じない。
文化も、価値観も、何ひとつ共有できていない。
それでも、彼の行動には、誠実さがあった。
――きっと、悪い人ではない。
そう“感じてしまう”自分に、戸惑いながらも。
火が揺れる。
風が枝を鳴らす。
夜が、深く、降りてくる。
言葉のないまま、私たちの夜は過ぎていった。
けれど――ほんの少しだけ、心が緩んでいた。
これは“信頼”なのだろうか。
それとも、ただの錯覚か。
答えは、まだ出ない。
でも。
この人間の魂の色が、あの世界で見たどの色よりも美しいと――
それだけは、確かだった。
──こうして、
言葉も、名前も知らぬまま。
私と彼の旅が、始まった。