異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない   作:飯テロ大魔神

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第3話《距離と模倣》

朝、火はすでに消えていた。

 

燃え残った灰が地面をうっすらと染め、微かな煙の匂いが鼻腔をかすめる。

風のない森は静かで、夜の名残がまだ薄暗さを引きずっている。

 

私は、昨日と同じように、彼女の姿を探した。

少し離れた場所に、いた。

背を向けて、森の奥をじっと見つめている。

 

――あの背中が、逃げるでもなく、こちらに背を向けるでもなく、ただ“そこにいる”だけで、

どこか安心する自分がいた。

 

 

 

昨日は、奇妙な一日だった。

 

話は通じない。価値観も共有できない。

それでも、同じ水を飲み、同じ実を食べ、同じ焚き火を囲んだ。

 

ただそれだけのことが、妙に満ち足りていた。

 

……満ち足りていた、などと言えるほど、

自分は“誰かと何かを共にする”ことに飢えていたのかもしれない。

 

 

 

彼女がこちらに一瞥を向けた。

それはまるで、「来るのか?」とでも言いたげな視線だった。

 

私は、頷いたつもりで彼女の後を追う。

 

 

 

彼女はまた、迷いなく歩いていた。

地形や方角を見ているようには見えない。

けれど、どこか“感じている”ような歩き方だった。

 

私は彼女の視線や足取りの微細な変化を追いながら、

なるべく邪魔にならない距離を保つよう心がけた。

 

 

 

しばらくして、小さな流れのある場所に出た。

 

昨日と同じような湧き水。

それとも、あの源流に繋がっているのかもしれない。

 

彼女はためらいなく近づき、掌をかざして周囲の気配を確かめる。

それが“何かを探知している”行為であることは、もう見ていれば分かった。

 

毒性の有無、水の流れ、魔力的な何か。

理屈は分からないが、彼女の反応から“安全だ”ということは察せられる。

 

私は、彼女の動きを真似るように、水に手を伸ばした。

冷たく、澄んでいて、まるで硬水のようなきらめきが舌の上を滑る。

 

 

 

彼女の行動を“真似ている”という自覚はある。

だが、それは“依存”ではない――と、思いたかった。

 

自分も、何かを成したい。

彼女に守られているだけの存在ではなく、

彼女にとっての、何かの“役に立つ”存在でありたい。

 

そう思うのは、果たして傲慢なのだろうか。

それとも、ただの焦燥か。

 

 

 

その後、彼女が斜面に生えた枝を拾い、手に取っているのを見た。

何をするのか分からないが、それが“道具”である可能性に思い至る。

 

……杖?

もしくは武器としての代用品か。

いや、もしかすると魔力を媒介する何か?

 

“知っているようで、何も知らない”という実感が、また背筋を冷やす。

 

 

 

私は、森の中の他のものにも注意を払うようにした。

地面に生えたキノコは避けた。

虫がまったく寄っていない実は、どんなに見た目が美しくても触れなかった。

昨日とは違う種類の葉を食べようとしていた彼女に対しては、指を立てて小さく首を振った。

伝わらなかったかもしれない。けれど、少なくとも“何かを伝えようとしている”ことは、届いた気がした。

 

彼女の赤い瞳が、ほんのわずかだけ丸くなったように見えたのは――気のせい、かもしれない。

 

 

 

そうしてまた、夜が近づいてくる。

夕暮れの色が森を沈め、風が少しずつ冷たくなる。

 

彼女は、昨日と同じように火を起こした。

小さな声で呟くような、歌うような――

あれは、術式なのだろう。

 

そして、火が灯る。

 

 

 

私はまた、彼女から少し距離をとった場所に腰を下ろす。

同じ空間にいて、同じ時間を過ごしているのに、会話はない。

意思の疎通もできない。

それなのに――不思議と、寂しさはなかった。

 

……この距離感。

不思議な居心地の良さが、そこにはあった。

 

“誰かと一緒にいる”という感覚に、

こんなにも救われるとは思っていなかった。

 

 

 

火が、枝を焦がす音を立てている。

彼女の白銀の髪が、ゆらゆらと赤く染まりながら揺れていた。

 

ふと、思う。

 

彼女は、何を考えているのだろう。

この世界に来た理由は?

自分の存在を、どう見ているのだろうか。

 

……いや、まだそこまで考えるには、早すぎるか。

 

私は、肩をすくめ、空を見上げた。

 

 

 

夜が来る。

今日もまた、言葉のないまま、一日が終わる。

 

それでもいい。

少しずつ、少しずつでいい。

この距離を、心地よいものに育てていけるのなら――。

 

 

 

──これは、

沈黙の中で紡がれる、名前も知らないふたりの旅の記録。

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