異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない 作:飯テロ大魔神
三日目の朝は、少しだけ寒かった。
明確な季節感は分からない。
けれど、空気の密度や木々のざわめき、肌をかすめる風の温度が、昨日とは違う“気配”を含んでいた。
この世界の天候の周期も、気候のルールも分からない。
それでも、なんとなく――今日は、何かが起きそうな気がしていた。
彼女の姿は、また少し離れた場所にあった。
地面に膝をつき、何かを拾い上げている。
細長い、しなやかな枝。
昨日のそれよりも、手にしっくりと馴染みそうな形状だ。
私は思う。
きっと、彼女は賢い。
理屈ではなく、感覚で環境を読んでいるのだろう。
そして、私は――
未だにこの世界と元いた世界の明確な違いすら把握できていない。
……情けない、と思った。
けれど、それと同じくらいに、“置いていかれる”ような不安が胸に広がった。
この世界において、私はただの人間だ。
魔法も使えず、言葉も通じず、見知らぬものを見極める術もない。
じゃあ、自分には何ができる?
私は、問い続けている。
朝の探索の途中、彼女が私の方をちらりと見た。
ほんの一瞬、視線が交差した。
その目に宿るのは、もはや敵意ではない。
けれど、安心でも信頼でもない。
ただ、観察。
私は、観察されている。
それが、少し可笑しくて、少し寂しい。
昼を過ぎた頃、斜面の岩場で果実のようなものを見つけた。
見た目は柿に似ているが、匂いはまったく違う。
彼女は軽く手をかざし、ひと呼吸おいてからそれを摘み取った。
私もそれに倣う。
彼女は食べなかった。
なら、私も食べない。
ただ、懐の中へ入れ、念のために持ち帰る。
「使えるかもしれない」という視点だけは、忘れないようにしたい。
そして――夜が近づいてくる。
今日もまた、焚き火の準備をする彼女を、私は少し離れた位置から眺める。
風が冷たく、火が恋しい。
けれど、私は彼女に近づかない。
それは、“紳士的であろう”という意思ではなく、
自分の存在が彼女にとって負担であってほしくないという、ただの自己防衛だ。
……そう、私は弱いのだ。
それを、認める勇気くらいはある。
焚き火が灯り、あたたかな色が空気を染める。
彼女の横顔が、炎の明滅で浮かび上がる。
私はふと、目を逸らしながら、ぽつりと呟いた。
「……暗くなってきたな」
それは、ただの独り言だった。
誰に向けたわけでもない。
この世界では、話し相手などいないのだから。
でも、その時だった。
「……クラ、ク……?」
彼女の声が、風に乗って届いた気がした。
顔を上げると、彼女がこちらを見ていた。
目を見開き、驚いたような表情で。
「……ん?今、なにか…?」
もちろん、答えは返ってこない。
彼女はすぐに視線を逸らし、火を見つめ直した。
その瞳に、わずかな動揺があった。
私は、言葉を失った。
なにかが、通じた……?
いや、気のせいかもしれない。
音が似ていただけ。偶然だ。
そう、自分に言い聞かせながらも――心は、妙な高鳴りを覚えていた。
初めて、彼女から“返事らしきもの”が返ってきた。
たった一言、たった一音。
それだけのことで、世界が少し違って見えた。
“何かが通じるかもしれない”
そんな希望が、確かに、心に灯った気がした。
──夜の森は静かだった。
けれど、今夜だけは、風の音が少しだけ違って聞こえた。