異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない 作:飯テロ大魔神
また火を灯す。
自分の魔力を、指先に集めて。
この世界には精霊の気配が薄く、呼びかけても応えてくれない。
仕方なく、自らの魔力を削る。
燃え上がる炎が、赤く地面を照らし、冷えた空気を少しずつ追い払っていく。
彼は、今日も少し離れた場所に座っていた。
その距離が、嫌ではなかった。
けれど、ほんの少しだけ――寂しさ、のようなものを感じていた。
彼はときどき、奇妙なことをする。
私の行動をじっと観察し、真似をしてくる。
けれど、それは“学習”のようにも見えて、
私に敵意を抱く様子も、支配しようという意図も見えなかった。
ただ、私のやることを見て、何かを考え、そして倣う。
それが、私には不思議でならなかった。
今日の昼間、彼は毒見のような仕草で、見知らぬ実を持ち帰っていたようだ。
あれは食べ物ではない、そう感じた。
けれど、使い道はあるかもしれないと、私も内心で思っていた。
……同じ発想をしているのか?
まさか。言葉も通じないのに。
でも、彼の魂の色は相変わらず穏やかだった。
だからこそ、私の中の“距離”も、少しずつ揺らぎ始めていた。
焚き火の揺らぎを見つめながら、彼の方を盗み見る。
彼は、少しうつむいたまま、ぼそりと何かを口にした。
「……クラクなってきたな……」
その瞬間、私は心臓を掴まれたような気がした。
耳が“その音”を捉えた。
それは、私たちの言葉で――
『kuraku(クラク)』。
“心を開いて”、
“心を通わせたいと願うときに紡ぐ、祈りの言葉”。
古くから伝わるその音は、
儀式でも、契りの場でも、深い心を交わすときにだけ口にされる。
軽々しく使う言葉ではない。
けれど今、彼の口から――たまたま、無意識に紡がれたであろう音が、
あまりにもその言葉に重なっていた。
私は、思わず口にしてしまった。
「……クラ、ク……?」
彼がこちらを見る。
私は、咄嗟に視線を逸らした。
ばかみたいだ。私は何をしているのだ。
でも、どうしても、口が勝手に動いてしまった。
“偶然”――きっと、それだけのこと。
それでも私は、胸の奥がざわつくのを止められなかった。
たまたま、彼の世界の言葉と、私の世界の言葉が、音として重なっただけ。
それなのに、まるでこの森の静寂の中に、一粒だけ落ちてきた雫のように、
その言葉が、心の奥深くに波紋を広げていく。
ありえない。意味のあるはずがない。
けれど――
私は、今夜、この静かな火を囲みながら、
その音を、耳の奥で何度も反芻していた。
「kuraku」。
この言葉に、
私はまだ触れてはいけない、記憶の扉を、かすかに叩かれたような気がした。
火は静かに燃えていた。
彼も、私も、言葉を交わさないまま、夜を迎えていた。
でもその沈黙は、昨日よりも少しだけ、温かく感じられた。
──音は、ただの音。
それでも、今宵の“kuraku”は――たとえ彼の本意はわからずとも、
私の心はそれを、確かに受け取っていた。