異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない   作:飯テロ大魔神

6 / 12
第6話《風の音が告げたこと》(エルフ視点)

 

また火を灯す。

 

自分の魔力を、指先に集めて。

この世界には精霊の気配が薄く、呼びかけても応えてくれない。

 

仕方なく、自らの魔力を削る。

燃え上がる炎が、赤く地面を照らし、冷えた空気を少しずつ追い払っていく。

 

彼は、今日も少し離れた場所に座っていた。

 

その距離が、嫌ではなかった。

けれど、ほんの少しだけ――寂しさ、のようなものを感じていた。

 

 

 

彼はときどき、奇妙なことをする。

 

私の行動をじっと観察し、真似をしてくる。

けれど、それは“学習”のようにも見えて、

私に敵意を抱く様子も、支配しようという意図も見えなかった。

 

ただ、私のやることを見て、何かを考え、そして倣う。

 

それが、私には不思議でならなかった。

 

 

 

今日の昼間、彼は毒見のような仕草で、見知らぬ実を持ち帰っていたようだ。

あれは食べ物ではない、そう感じた。

けれど、使い道はあるかもしれないと、私も内心で思っていた。

 

……同じ発想をしているのか?

まさか。言葉も通じないのに。

 

でも、彼の魂の色は相変わらず穏やかだった。

 

だからこそ、私の中の“距離”も、少しずつ揺らぎ始めていた。

 

 

 

焚き火の揺らぎを見つめながら、彼の方を盗み見る。

彼は、少しうつむいたまま、ぼそりと何かを口にした。

 

「……クラクなってきたな……」

 

その瞬間、私は心臓を掴まれたような気がした。

 

耳が“その音”を捉えた。

それは、私たちの言葉で――

 

『kuraku(クラク)』。

“心を開いて”、

“心を通わせたいと願うときに紡ぐ、祈りの言葉”。

 

古くから伝わるその音は、

儀式でも、契りの場でも、深い心を交わすときにだけ口にされる。

軽々しく使う言葉ではない。

 

けれど今、彼の口から――たまたま、無意識に紡がれたであろう音が、

あまりにもその言葉に重なっていた。

 

私は、思わず口にしてしまった。

 

「……クラ、ク……?」

 

 

 

彼がこちらを見る。

私は、咄嗟に視線を逸らした。

 

ばかみたいだ。私は何をしているのだ。

 

でも、どうしても、口が勝手に動いてしまった。

 

“偶然”――きっと、それだけのこと。

 

それでも私は、胸の奥がざわつくのを止められなかった。

 

 

 

たまたま、彼の世界の言葉と、私の世界の言葉が、音として重なっただけ。

 

それなのに、まるでこの森の静寂の中に、一粒だけ落ちてきた雫のように、

その言葉が、心の奥深くに波紋を広げていく。

 

ありえない。意味のあるはずがない。

 

けれど――

 

私は、今夜、この静かな火を囲みながら、

その音を、耳の奥で何度も反芻していた。

 

「kuraku」。

 

この言葉に、

私はまだ触れてはいけない、記憶の扉を、かすかに叩かれたような気がした。

 

 

 

火は静かに燃えていた。

彼も、私も、言葉を交わさないまま、夜を迎えていた。

 

でもその沈黙は、昨日よりも少しだけ、温かく感じられた。

 

 

 

 

──音は、ただの音。

 

それでも、今宵の“kuraku”は――たとえ彼の本意はわからずとも、

私の心はそれを、確かに受け取っていた。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。