異世界で目を覚ましたら、言葉が通じないエルフと2人きりでした。しかもお互い別の世界から来たとか、聞いてない   作:飯テロ大魔神

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第8話《音が、交差した》(エルフ視点)

彼の声は、よく通る。

低くて柔らかく、けれど芯がある。

私はいつも、それを“音”として聴いていた。

 

意味のない音。

ただの、空気の震え。

 

けれど――今日は、違った。

 

 

 

森を歩いていた。

木々の間に、かすかな光が差し込んでいた。

肌を撫でる風は、いつもより少しだけあたたかく感じた。

 

彼の歩幅は、最近少しずつ私に合ってきている。

その不器用な優しさを、私はまだうまく受け取れていないけれど……

悪い気はしなかった。

 

 

 

不意に、彼が立ち止まった。

 

その視線の先――ぽつんと生えた木の枝に、赤い実がぶら下がっていた。

見覚えがある。

 

この世界で、はじめて“知っているもの”を見た。

 

私の世界にもあった果実。

甘く、少し酸っぱくて、優しい香りのする果実。

 

 

 

そのときだった。

 

彼が、ぽつりと呟いた。

 

 

 

「……りんご……」

 

 

 

一瞬、鼓動が止まった気がした。

耳に届いた“その音”が、私の中の何かを撃ち抜いた。

 

音だった。

確かに、ただの音だった。

 

けれど――それは、私の中に“意味”として、届いた。

 

 

 

あの果実の名前。

“私も知っている音”だった。

 

意味のある音が、彼の口から出た。

たった一言で、彼が“私の知る世界”のどこかを見ていたのだと感じた。

 

 

 

思わず、口にしていた。

 

「……リンゴ……?」

 

息を呑むようにして言葉がこぼれた。

自分でも驚くほど、自然に。

 

彼が振り返る。

目が合う。

瞳が、私を見ていた。

言葉ではない。けれど、確かに“通じ合った”気がした。

 

 

 

彼がもう一度、同じ音を口にする。

 

「……りんご?」

 

私は――頷けなかった。

言葉が詰まって、動けなかった。

けれど、その音に導かれるように、また口にしていた。

 

「……リンゴ……」

 

 

 

繰り返される、その音。

ふたりのあいだに流れる、同じ旋律。

 

この世界に来てから、初めて“ひとつの言葉”が通じた。

ただの偶然かもしれない。

でも、私は……その偶然を信じたかった。

 

 

 

彼が、赤い実を一つ、手に取って近づいてくる。

 

私は、差し出されたそれを――迷いながらも、両手で受け取った。

 

懐かしい手触り。

やさしい香り。

確かに、“あの世界”のりんごだった。

 

どうして、ここにあるの?

なぜ、彼がその名を知っていたの?

 

わからない。

けれど、涙が出そうになる。

 

ずっと孤独だったこの世界で、たったひとつ、言葉が届いた。

それだけで、十分すぎる奇跡だった。

 

 

 

私は、目を閉じて、その音をもう一度つぶやいた。

 

「……リンゴ……」

 

心の奥に刻むように、そっと、静かに。

 

 

 

彼もまた、同じように返す。

 

「……りんご」

 

それはまるで、呼吸のように自然で、

この世界の空気が、ふたりを優しく包んでくれたような気がした。

 

 

 

言葉は、交わせない。

それでも、いま――私たちは、たしかに繋がった。

 

ひとつの果実を通して。

たったひとつの音を通して。

 

 

 

……そして私は、彼の手を見つめた。

 

名も呼べないその手。

けれど、そのぬくもりだけは、心に残った。

 

“違う世界”から来たふたりが、

“この世界”で初めて交わした言葉。

 

それは、どんな魔法よりも、美しかった。

 

 

 

──りんご。

その音が、風のように、ふたりのあいだをすり抜けていった。

 

でも今はもう、風ではなく、“言葉”として。

確かに、ここにあった。

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