催眠アプリが勝手にインストールされるも、無視を決め続けた太田。最初こそ、アンインストールしてもすぐに再インストールされる状態に辟易していたが、それこそ送り主の思うツボだと考えた彼は、シカトすることに決めたのである。そんな彼は、ある日の学校の帰り道で――
「お前さぁ、いい加減使えよ催眠アプリぃ!!」
蝙蝠の翼を生やした不審者に詰め寄られていた。
「えっと、いきなり何ですか?」
「お前から漂う陰キャオーラを見て、魔法で催眠アプリを入れてやったってのに……。何で削除を繰り返すんだよ!」
太田の目の前にいるこの男。短く整えられた濡烏色の髪と、見る者が見ればため息を漏らすような美貌、そして何より蝙蝠の翼と山羊の角が生えていた。詰め寄られて困っているフリをしながらも、太田は思考する。
「(淫魔って奴かな。男の淫魔って人間の女に接近すると思ってたんだけど。てかやっぱり陰キャオーラ漂ってたのかぁ……。そっかぁ……)」
目の前の淫魔が催眠アプリを太田のスマホに勝手に入れた下手人らしい。しかし、テクニック派の彼はどうしても譲れない点があった為、言い返すことにした。
「催眠アプリで女の人と性行為するとか、虚しくなりません?」
「は?」
「創作の世界というか、漫画とかアニメならまだ分かるんですよ。そういうシチュエーションが好みな人も居ますし、正直エ□漫画とかで抜く時にそういう展開にお世話になった事もあります」
ですけどね、と太田は真剣な顔で語る。その勢いに淫魔は呑まれてしまう。
「この現実世界でそれやったら、僕としては負けな感じがして使う気にならないんですよねぇ。適当な美人に催眠掛けて、自分で設定した言葉を喋らせたり行為させたりって、人形で抜くのとどう違うんです?」
そう締め括るのだが、淫魔は俯きプルプルと震えだす。やがて目を赤く光らせ、目つきと爪が鋭くなっていく。
「人間如きが……! 下等生物の中でも女に恵まれない劣等種が、淫魔の俺様に説教だぁ……!?」
「あ、やっべ」
淫魔の手首の周りに魔法陣が現れる。顔に青筋を浮かべながら、その手を太田に向けた。
「男側の性欲エネルギーと、女側のレ○プされた事による絶望エネルギーを吸収してやろうかと思ったが、止めだ。テメェの生命力そのものを吸い取ってやるよ! 文字どおり枯れるまでなぁ!」
「っ、三十六計逃げるにしかず!」
背中を向けて太田は走り出すが、運動不足な彼にとって全速力でも、淫魔からすれば遅かった。
「死ねやぁぁぁ!!」
「あ、うあぁぁぁぁぁ!!」
太田の目の前に、光が迫った。
太田と同じクラスに、学級委員長を務める女子生徒がいた。名は
「(このエリアは学校の登下校ルートで人も多い。そんな中で魔の反応があるなんて!)」
桃色を基調とした対魔忍用のスーツを纏い、風の如く走る彼女。ボディラインがくっきりと出る姿は下手すると目立ちそうだが、スーツ自体に認識阻害の術式が組み込まれている。特殊能力を持たない一般人がその姿を見ることはまず叶わない。
「(いた! って、あそこに居るのは太田君!?)」
同級生が淫魔から逃げている姿に一瞬戸惑う。彼がクラスから避けられているのは知っていた。魔なる者たちは、人間の負の感情に呼び寄せられると言う。彼の学校での境遇が淫魔を呼び寄せてしまったのだろう。
「(まずい、淫魔は人から様々な力を奪う存在! ましてや男淫魔が人間の男を狙うとしたら、生命力そのもの! 吸い取られたら死んじゃう!)」
少しでも走る速度を上げようとするも、彼女は既に自身の限界速度を出している。これ以上は上げられない。
「あ、うあぁぁぁぁぁ!!」
「っ! 駄目ぇぇぇぇぇ!」
百花が制止の声を上げるも届かず、淫魔の攻撃が太田に命中した。
「あ、あぁ、そんな……!」
「くっひっひっひっ。想像以上の生命力だ。ガキとは思えねえ量だぜ。……あ? 其処に居るのは対魔忍か?」
淫魔はニヤリと笑みを浮かべながら舌舐めずりをし、百花へ視線を向ける。クラスメイトが淫魔の被害に遭ったという事実が彼女を動揺させたが、目の前の敵を放置しては危険だと判断し、刀を構える。
「せめて、太田君の仇を!」
「ひゃひゃひゃ! 人間の力を吸い取った俺様に勝てるかよ!」
尖った舌をだらりと出しながら下衆な笑いを上げる淫魔。彼から放たれるオーラは確かに強くなっている。だが退く事は出来ない。百花が刀を強く握った、その時だった。
「勝手に殺さないでくれるかなぁ」
声が聞こえた。土煙が晴れたそこに居たのは――
「「いや誰!?」」
伸びている前髪の隙間から見える綺麗な瞳。輪郭からして童顔。サイズが合わずダボダボとなった制服を着た、太田であった。
「生命力=カロリー」な理論。太田は、痩せれば可愛い系男子としてそれなりにモテます。