歴代最強と謳われた騎士を現代最強の騎士達が逃してくれない   作:鉄の掟

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プロローグ 【フクロウの騎士】

 

 

 

 

 

 最後の記憶は空に浮かぶ赤い月だった。

 

 その記憶は第二次大魔戦争と呼ばれる人と魔物との間で行われた大規模な戦争の最中、俺と共に一騎当千の活躍を挙げていた戦友の死を見た直後の事。

 

 数万の魔物の軍勢を従え王都へと進軍していた魔物の長は、王都の盾と呼ばれる【揺るぎ無きベースメント城砦】に苦戦していた。

 そして戦争が長引く事一ヶ月、魔物の長は禁じられた魔法である【ブラッド・ムーン】を使い、魔物達を更なる化け物へと変えた

 

 それにより人間側は見る見る内に数を減らし、俺の戦友も山の様に巨大化したトロールの手の中で握り潰された。

 度重なる戦闘で疲弊していた俺は戦友が殺されるのを黙って見つめ、その直後には眼前に迫るトロールの棍棒によって意識を失った。

 

 その時の絶望感や悲壮感は今でも俺を蝕み続けている。

 何故あそこで剣を振るえなかったのか、何故戦友は背後に迫るトロールの手に気付かなかった俺を庇って死んだのか。

 比類無き絶望に立ち尽くしたその時から俺の心の奥底には多くの深い傷が刻まれた。

 

 次に目が覚めたのは第二次大魔戦争が終結してから、どれだけの時間が経ったか分からない程の眠りの後だった。

 薄目を開けた俺の視界には緑豊かな森が広がっていて、導かれる様に俺は目を開く。

 

「……」

 

 涼しく優しい風に靡く木々のざわめきが耳を通り抜ける。

 遠くには川のせせらぎが心地良い水の音を立て、空は澄み切った青色に染まっている。

 

 信じられない目の前の光景に思わず目を擦る。

 しかしどれだけ目を擦っても景色は変わらずそこにあり、余りにも最後の記憶とかけ離れた穏やかな景色に俺は目から熱い涙が溢れるのを感じた。

 

「……此処は?」

 

 ひとしきり感動を噛み締めた後に辺りを見渡すと、どうやら俺は小さな小屋の中のベッドに横たわっていた様だ。

 つまり俺が見ていた景色はベッドの目の前にある窓から見ていた事になり、大きく左右に開かれた窓からは今でも優しい風が吹き込んでいた。

 

 窓から見える景色に惹かれて、ベッドから起きあがろうとした俺はある違和感を感じた。

 頭から足の先まで俺の体は包帯でミイラの様に覆われていたのだ。

 しかし俺を覆うその包帯はまるで新品同然の見た目で、まるでついさっきに巻かれたといっても過言では無い。

 

 それに俺が横たわるこのベッドも、この小さな小屋も何処と無く人の気配を残している。

 食器が置かれたテーブルや紫色のローブが背もたれにかけられた椅子、そして極め付けは俺が寝るベッドのサイドテーブルに置かれたパンと水だ。

 

「……」

 

 触って確かめてみたがどう考えても腐っていたり古くなったりはしていない。

 まるでさっきここに置かれたかの様にとても美味そうなパンだ。

 

 気付けば俺はパンを口に運んでいた。

 口の中に広がる暴力的な味に俺は堪らず貪りつく様にパンを平らげた。

 そしてコップに注がれた水を一気に飲み干し、ふぅと溜息を吐くとようやく脳が目覚めた感覚に包まれた。

 

「……取り敢えずこの小屋の主に礼を言わないとな、それから現状の確認と装備の更新をしなければ」

 

 ベッドから降りた俺はまだ少しふらつく足取りで、小屋の扉の方へと歩く。

 全身を覆う包帯を外そうかとも思ったが、包帯の巻き方が上手い為、動くのに支障は無い。

 まぁ強いて言えば股間の辺りだけやけに包帯が多く巻かれている事が気になるが。

 

 小屋の扉の取っ手に手を掛け力を込めて押し外に出た俺は、そのまま一歩二歩と歩き視界一杯に広がる森に立ち尽くした。

 小鳥の歌声や風の音、何処までも広がる澄み切った青空は余りにも俺の最後の記憶とはかけ離れ過ぎていて、またもや俺の目頭は熱くなる。

 

 今この時に死んでも悔いはない。

 そう思える程に目の前の景色は美しく、それと同時に俺がやってきた事は報われたのかと思った。

 血の匂いと焼ける死体の死臭、そして森に響き渡る悲鳴と怒号。

 終わらない悪夢の様な戦いの日々は終わったのだと、俺は目の前の景色に本気で信じ込む。

 

「あ」

 

 ふと、背後から呟く様な声が聞こえる。

 振り返るとそこにはまだ年端もいかない様な白いワンピースを着た白髪の長髪に白い目の少女が、足元に小さな手斧と薪を転がし立っていた。

 まるで純白の天使とも思えるその見た目に一瞬目が奪われるが、直ぐに俺は出来るだけ威圧感を出さない様に気を付けながらその少女に話しかけた。

 

「……君は?」

 

 俺がそう問いかけると、少女は両手で顔を覆い静かに泣き出してしまった。

 慌てた俺は自分の格好を思い出し、直ぐに顔に巻かれた包帯を外す。

 

「すまない、驚かしてしまった様だ。

 安心してくれ、怪しい者ではない」

 

 少女は俺がそう言っても泣くのを辞めず、しかしその場から逃げ出す訳でもなく、ただ何処か安心した様な雰囲気のまま泣き続ける。

 居心地の悪さを感じた俺は小屋の中に戻ろうとしたが、その少女は「お待ち下さい」とぐずり声で言うと、両目から流れる涙を手の平で一生懸命に拭いた。

 

「お見苦しい姿をお見せしてすみません……お目覚めになられたのですね」

 

 少女はまだ目尻に涙の溜まった顔で俺の方を向きそう言った。

 

「あ、あぁついさっきだが……それで君は誰か聞いてもいいか?」

 

「あ、そうですね失礼しました……私は【イル】と申します」

 

 白い少女、もといイルはそう言うと深々と頭を下げた。

 

「お目覚めを心よりお待ちしておりました、【フクロウの騎士様】」

 

「……そうか、俺が誰だか知っていたのか」

 

「勿論でございます、貴方様を知らない者など何処にも居りませんよ」

 

 かつての第二次大魔戦争において、人間の中には類稀な戦いの才能を持つ人間が少数ながら存在した。

 そして身分も階級も違ったその才能ある人間達を、王都はその権力を使って集め、【騎士】と呼ばれる称号を授けた。

 

 その称号は一般的には最上級の名誉であるとされ、王都の警護団や冒険者と呼ばれる者達の間では、正に奪い合い競い合うかの様に騎士の称号を得る為、我先にと魔物達の集団の中に飛び込んでいった。

 

 しかしその称号は呪いでもあった。

 騎士の称号を与えられた者は俺の様に終わらない戦場の悪夢から抜け出せず、戦争が終結するか死ぬまで逃げ出す事は許されない。

 

 そしてただ剣の扱いが上手いだけで魔物と戦ったことすらなかった俺は、ある時魔物の集団に囲まれた親友を守る為に死に物狂いで戦った。

 その時、俺は神の悪戯か一人で魔物の集団を全滅させてしまった、そうしてしまったのだ。

 その噂は森火事の様に広まり、直ぐに俺は王都に呼び出されると騎士の称号を与えられた。

 

 その時に授けられた俺の称号が【フクロウの騎士】だ。

 騎士はそれぞれ動物の名前に例えられる。

 例えばオオカミの騎士ヤギの騎士とかそんな具合にだ。

 

 そうしてフクロウの騎士となった俺は両親や親友に別れを告げる時間も与えられず、その日の内に戦場の最前線に連れて行かれた。

 それからは生きる為に強くなるしかなかった、生き残る為に殺すしかなかったのだ。

 魔物の使う魔法により操られた戦友を斬り殺し、まだ息のある友を見捨てて撤退した事もある。

 俺にとって騎士という称号は、人を地獄に突き落とす悪魔の手と何ら変わらない。

 騎士の称号など何の意味も無いのだ。

 

「君が俺を助けてくれたのか?」

 

「それは少々語弊がありますね……」

 

 そう言うとイルは顎に手を当て考える様な仕草を取った。

 

「私は貴方様が目覚めるまで身の回りのお世話と警護を任されました、ですので厳密に言えば私が貴方様を助けた訳ではありません」

 

「この包帯は君がやった物ではないのか?」

 

「はい。 貴方様の深く開いた傷口を縫合し、長い時間を掛けて薬を調合し施されたのは【ヘビの騎士】です」

 

「……聞いた事の無い騎士名だな」

 

「無理もありません、貴方様は約1年の間眠りに続けていたのですから」

 

「……何だと?」

 

 イルの口から飛び出た信じられない言葉に、俺は頭がグラグラと揺れる様な感覚に襲われた。

 

 ヘビの騎士という名前の人物に対してでは無い。

 俺が騎士の全ての名を知っている訳はなく、ただ俺が知らない間に騎士になった人物なのだろう。

 そしてどうやら俺の傷を治療してくれた人物でもあるらしい。

 素性の知らぬヘビの騎士について気になる部分はあるが、その事については後でゆっくりと考えるとしよう。

 

 それよりも、だ。

 1年間俺は眠りっぱなしだったとイルは言った。

 あの最後の記憶から既に1年が経過していると言う事は、第二次大魔戦争は終結しだと言う事なのか? 

 人は……魔物に勝てたのか? 

 

「大丈夫ですか? 顔色が優れない様ですが……まだ寝ていらした方が」

 

「構わない、それよりも第二次大魔戦争はどうなった? 勝敗は……王都は無事か?」

 

「……」

 

 イルは俺の問いに顔に影を残して下を向く。

 想像を超えた最悪の考えが俺の脳裏をよぎる。

 

「……第二次大魔戦争は魔物の長が撤退した事により、人間側の勝利で幕を閉じました」

 

「……何の冗談だ、奴等が撤退などする訳がない」

 

 魔物の長は禁じられた魔法であるブラッド・ムーンを使ってでも人間を根絶やしにしようと襲って来た。

 奴は例え最後の一人になっても人を殺しにやって来る、俺が奴らに憎悪を向ける様に、奴らもまた人に憎悪を向けているのだから。

 

「……お話を変えて申し訳ないのですがフクロウの騎士様、禁じられた魔法であるブラッド・ムーンについてどうお考えですか?」

 

「魔物を凶暴化、もしくは巨大化させる魔法だ。

 赤い月が空に登ってから魔物達は恐ろしく強くなった、それを引き起こしたのがブラッド・ムーンだろう」

 

 俺の言葉にイルの顔には更に影が落ちる。

 まるで救いようがなくどうしようも出来ない現実に直面したかの様に、イルは俺と目線を合わせない。

 ただじっと下を向くだけだ、まるで何も出来ない自分を許せないかの様に。

 

「……貴方様が眠っていた約1年の間、王都では魔物の魔法の研究が進み、魔物の長が使用したブラッド・ムーンの解析も進められていました」

 

「……そうか」

 

「研究は難航していました、何せ【禁じられた】と名がつく程の魔法ですから。

 しかしブラッド・ムーンの解析は王都に住まう【オオワシの騎士】によってなされました」

 

 ヘビの騎士に続き、オオワシの騎士……。

 イルの口から知らない騎士の名前が出る度、俺は王都に対して強い怒りが込み上げるのを感じた。

 

「約3ヶ月前にオオワシの騎士と王都の魔法研究者が出した結論……それはブラッド・ムーンが【人を魔物化させる魔法】というものでした」

 

「……は?」

 

 イルの言葉は俺の理解を超えていた。

 魔物の長が撤退したと言う話に比べ、それは余りにも俺の想像からかけ離れ過ぎた物だったからだ。

 

 辛うじて俺を支えていた両足は力を失い、俺は短い草が生い茂る土の地面へと倒れる様に座り込んだ。

 

「! も、申し訳ありません! やはりまだこの様な話を出来る状態では」

 

「いや…………大丈夫だ、続けてくれ」

 

 イルは先程の落ち着いた口調から一転、人が変わったかの様に大きな声と強い口調で俺の方へ駆け寄る。

 

 しかし俺が駆け寄るイルに対してそう言うと、イルは俺の肩に手を触れる寸前で動きを止め、今にも泣き出しそうな顔で俺の目の前に立ち尽くした。

 

「……本当によろしいのですか」

 

「あぁ……少し驚いただけさ」

 

「とても私にはそうは見えません……やはり休まれては」

 

「真実を知りたいのだ、死んでいった友の為にも……どんな事実でも俺は知る必要がある」

 

 俺がそう言った時のイルの顔は俺からは見えなかったが、何処か悲しげで寂しげな表情をしている事は雰囲気から察する事が出来た。

 きっと彼女も大切な誰かをあの戦争で失ったのだろう、話したくない気持ちも痛いほどわかる。

 あんなものを思い出す事は本当は嫌な筈だ。

 

 しかし俺は彼女の優しさに甘えてでもそれを知りたい。

 それこそが無惨に死んでいった戦友達へのせめてもの弔いだと信じたいからだ。

 

「ブラッド・ムーンの解析が完了した後、そんな筈は無いと意を唱える者が多く現れました。

 どの人も第二次大魔戦争で子を亡くした親です、そこで王都の魔法研究者は実験を行う事にしました」

 

「実験?」

 

「はい、誠にブラッド・ムーンがその様な魔法であるかを人工的に再現する実験です。

 ですが非検体となった罪人達は、そのどれもがドロドロに溶けて死んでしまいました、結論から言えば……ブラッド・ムーンの発動には条件があったのです」

 

 そこまで言ってイルは言葉を止めた。

 まるでこの先を俺に伝えるのを酷く躊躇うかの様に。

 しかし俺が彼女の目を真っ直ぐ見つめ頷くと、涙を目に溜めながら続きを話し出した。

 

「……多くの者はやはりブラッド・ムーンが人を魔物に変える魔法では無いと思い込み、同時に王都の魔法研究者達を非難しました。

 死者を愚弄するような行いをしたと思われたからです、しかし……そこで自らが非検体がなると言い出した者が居りました」

 

「彼女、【オオワシの騎士】は自らブラッド・ムーンの犠牲になる事を決意し、反対の中それを押し切り、そして……彼女は証明しました。

 ブラッド・ムーンは誠に【人を魔物に変える魔法】だったのです」

 

「……何故それまでは成功せず、そのオオワシの騎士は成功したんだ?」

 

「……それは単純です」

 

 イルは様々な感情が籠った目で俺を見つめた。

 

「彼女が……強かったから、それだけです」

 

「……」

 

 イルの寂しげな声は美しい森に響く事無く消えていった。

 

 強さ……それは呪いだ。

 強いから逃げる事は許されない、強いから誰かに頼る事は許されない。

 きっとオオワシの騎士である彼女もその様な呪いを背負い、その呪いに魂を蝕まれてしまったのだろう。

 第二次大魔戦争での俺の様に。

 

 イルが嘘を言ってるとも思えない。

 ブラッド・ムーンが魔物を凶暴化する魔法では無く、人を魔物化させる魔法である事は分かった。

 しかし、それならば魔物の長があの場面でブラッド・ムーンを使用した目的は何だ? 

 そして禁じられた魔法を使って尚、撤退した理由とは……? 

 

「イル……君は魔物の長が撤退したと言った。

 しかし人間の殺戮を悦とする魔物の長が多くの魔物を率い、ベースメント城砦まで攻め込めたあの戦いを捨てる理由が俺は分からない」

 

「……フクロウの騎士様、貴方は真に強き騎士です。

 故に分からないのも無理はありません、しかし魔物の長が撤退した理由は何を隠そう魔物の長自らが話しています」

 

「……聞かしてくれ」

 

 イルは一瞬迷った様な表情をし、しかし次の瞬間には不思議と誇らしげな表情で話を続けた。

 

「……ブラッド・ムーンの発動後、最前線で戦い続けたフクロウの騎士様が居なくなった事を知り、魔物の長は戦場ヶ原の丘にて【つまらん】……ただその一言を残して撤退しました」

 

「恐らくフクロウの騎士様を魔物化させ自らの軍に加えようとし、それが失敗した事に対する一言だったと思われます」

 

 俺は今日何度目か分からない疑いの念をイルに抱く。

 しかし俺の疑いを晴らすかの様に、イルは服の内側からある一枚の新聞を取り出し俺の顔の前に差し出した。

 

 その新聞は何回も読み込まれた様に皺が多く、しかしある一文と写真の部分は新品同然に綺麗だった。

 それを受け取った俺はその一文を何度も目で追い読み返した。

 余りにもその一文が信じられなかったからだ。

 

「これは……本当なのか?」

 

 俺の問いにイルは頷く、まるで自分の事の様に誇らしげに。

 

「はい、貴方様は王都ではそう呼ばれているのですよ。

 戦争を終わらせた英雄であり、歴代最強の騎士……それが貴方【フクロウの騎士】なのです」

 

 イルは尊敬する様な眼差しと優しい母の様な笑みでそう言った。

 

 衝撃的な内容に俺の頭は遂に理解の限界を超え、俺は酷い目眩と共に柔らかい草のベッドの上に倒れ込んだ。

 遠くでイルの酷く慌てた様な声が聞こえるが俺の意識はだんだんと遠ざかり、そのまま俺は静かに目を閉じた。

 

その時の眠りに落ちる感覚は不思議な程深く、まるで世界の底に落っこちるかの様に俺は自らの意識を手放した。

 

 ……それにしても眠りに落ちる前、イルの声が慌て過ぎている様に聞こえたのはきっと気のせいだろう。

 

 

 

 

 




当小説の作者は非常に飽き性です。
それでも着いて来られる者のみ、更新を待ちなさい。
更新を待てない者はアズ○バンです。

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