アビドスへ
ブルーアーカイブ。そのゲームを、私はプレイしたことがある。一時期熱中し、当時の最新章であるカルバノグの兎2章まで約1か月ほどで読破した。
そこまでいくと私の熱意も落ち着きを得て、しばらく触っていなかったのだが、あの時あそこまで熱中していて良かったと、私は今更ながらに感じている。
「──それで、あなたがシャーレの先生なの?」
目の前に立つ少女が問いかける。
特徴的な青いマフラー、白銀の髪、そこからぴょこんと飛び出る狼耳。
私の目の前に立つ少女は、まぎれもなく砂狼シロコだった。
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いつからこうなったのかと言われたら、気付いたらとしか言いようがない。
大学が休みだからと、惰眠を
私は当然のように、キヴォトスにいた。
そこからの出来事は、正直あまり覚えていない。私が目の前の
その翌日になって、私はようやく現状を正しく認識し始めた。
……いや、体はとっくに分かっていた。
聞いたことがない、空気をつんざく銃声、爆発音、体を揺らす衝撃と漂ってくる硝煙の香り。そのどれもが、私のちんけな想像力を越えていた。
分かっていなかったのは頭だ。理解を拒んだ、ともいえるだろう。瞳に映るあまりに非現実的な光景の数々は、私から現実感というものを根こそぎ奪っていったのだ。
そうして私は “シャーレの先生” になった。
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私は今、シロコに先導されながらアビドス本校を歩いていた。
前を歩くシロコの背中は、思ったよりも小さい。155cmくらいだろうか。画面上ではあまり意識していなかったが、約20cmの差は結構大きい。
それに、尻尾が生えていない。狼耳はあるのに。一体どういう構造なのだろう。実はあの狼耳も、耳じゃなくて髪型だったりするのだろうか。
「……なに?」
シロコが振り返って尋ねてくる。大きな耳がピクピクしていた。若干不機嫌そうだ。
「……いや、別に」
そっと目線を外し、とりあえずはぐらかす。異性との会話は苦手だ。うまくいった記憶がほとんどない。
「……そう」
また前を向いて歩き始めたシロコに対し、初対面のくせに
気まずい沈黙のなか、行き場をなくした私の目は周囲に向けられる。
アビドス高校、掃除されていないわけではないのだろうが、手が回り切っていないのが明白だ。どこもかしこもボロボロ。一部の廊下は砂に埋もれ、グラウンドは不要になった物を置く物置場と化している。
劣化し、茶色く変色した部活勧誘の紙、明かりの灯らない教室。かつてを感じさせる大きな校舎には、今や二人分の足音が響くだけだった。
それでも彼女たちは、この学校を必死になって守っている。
そのことに、私はどこか感慨深い感情を抱いた。
アビドス対策委員会本部は、一つの小さな教室だった。その周囲は他と比べ、若干綺麗になっている。
そこで私は、ホシノ、ノノミ、アヤネ、セリカと初めて顔を合わせた。
「──もしかして……シャーレの先生ですか!?」
シロコが紹介する前に、アヤネが気付いた。
一応シャーレにあったスーツを着ているとはいえ、大学生の私は結構若く見えただろうに、よく気付くものだ。……いや、そういえばこの世界に男性はロボットとケモ市民しかいないのか。
なんにせよ、自己紹介が苦手な私にとって、相手が勝手に気付いてくれるのいうのはありがたい。
軽く頷いて、そのまま軽く自己紹介しようとした私を、両手を合わせて嬉しそうなノノミの声が遮った。
「わぁ、ついに支援要請が受理されたんですね! よかったですね、アヤネちゃん!」
「はい! これでやっと弾薬などの補充ができます!」
そのまま、私を置いてどんどん話が進んでいく。よほど切羽詰まっていたのだろう、思った以上に喜ばれた。……こうまで喜ばれると気まずさを感じる。私はバイト経験すらない一般大学生だ。正直言って、あまり上手くやる自信はない。
なんにせよ、対策委員会の皆には受け入れられたようだ。まぁ、こちらを
「……」
あ、シロコが起こしにいった。おもいっきし体を揺すっている。案外容赦がない。まぁ、仲の良さ故のあれなのだろう。
他の対策委員会のメンバーに関しても、やはり画面上の時とは多少異なる印象を抱いた。イラストの差だろうか。2次元の時よりアヤネは可愛く見えるし、ホシノの雰囲気は思ったより緩くない。
と、そんな時、バンッ! バババババ! という、ここ最近で急速に聴きなれた銃声が聞こえてきた。原作の流れを考えるに、おそらくヘルメット団の襲撃だ。
そうのんきに考えている私を後目に、サッと皆の空気が変わる。流石に手馴れているのだろう。日常から戦闘への切り替えがあまりにスムーズだ。そのままテキパキと動き始める。
その様子に若干気圧されながらも、私は声をかけた。
「私も一緒に戦う。戦闘の指揮をとらせてほしい」
だいぶ声が震えた。怖いものは怖い、そのくらいは許してほしい。
もちろん、皆は反対したが、なんとか指揮をとらせてもらうことになった。シャーレの先生という
──実を言うと、これが私の初戦闘である。シャーレに行くまでの戦闘は私が関与することもなく生徒が勝利したし、シャーレについてから私は、極力戦闘を避けていたからだ。
しかし、この期に及んで、これ以上戦闘から逃げるわけにもいかないだろう。ゲームの通りに行くならば、私にはこれから多くの戦闘に巻き込まれる。望むと望まざると関わらずだ。そもそもこんな世界観で、ずっと戦わないでいることなど不可能に近い。
そこにおいて、今回はまたとない機会である。相手はよくいるチンピラ集団のヘルメット団だし、何より味方にホシノがいる。キヴォトスにおける最強格の一人だ。ここまで安全性が高い状態で戦闘できる機会は滅多にない。
私はここで、『シッテムの箱』の能力を試すことにした。
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結論から言って、『シッテムの箱』は非常に有用だった。
元が単なる大学生である私に、指揮能力などまったくない。一応シャーレで軽く座学はしていたが、まったく形になっていなかった。
しかし、そんなことすらひっくり返す能力が『シッテムの箱』にはあった。アロナによって、相手の人数、居場所、構成、相性全部丸わかりなのはあまりにもチートすぎる。私はもう、アロナに頭があがらない。
その後、私は対策委員会の抱える問題、即ち、約9億もの借金について打ち明けられた。もとから知っていたものではあるが、いざこうして目の前に、貴重な青春を、自らの時間と労力の大半を借金返済へ捧げなければならない人間を見ると、その重さを実感する。
──返せるわけがない。
その言葉を、私はどうにか飲み込んだ。
そうして、私の日々はアビドスとシャーレを往復するものに変わっていった。
──ホシノと一緒に、パトロールに出かけた。普段の、わざとらしいまでにほわほわした雰囲気と、戦闘時の、圧倒的強者としての威圧感。その狭間に垣間見える、野良猫への可愛らしい対応や、とても純粋な海の生き物への興味。私は、知っているからこそ、この小さな背中に乗っているものを思わずにはいられなかった。
──ラーメン屋で働くセリカを見かけた。彼女はこの限界状況にあるアビドスで、それでも必死に前を向いていた。それは周囲にも伝わるのだろう。彼女はアビドスの市民から、とても慕われていた。私はそれを、非常に尊いと思う。
──サイクリングをしていたシロコと、話したことがあった。彼女は少し天然だった。この、ふとした瞬間に暗い未来が、不安が襲うアビドスで、彼女の天然さは癒しになっていた。
──ノノミは、いつも穏やかだった。ネフティスに関係する彼女は、その複雑な立場に何も感じていないわけがない。それでも彼女は、アビドス対策委員会の皆に、惜しみない愛情を注いでいた。周囲に対する気遣いを欠かさない彼女は、対策委員会の確かな支えになっていた。
──アヤネの仕事を、手伝ったことがある。しかし、日々を緩慢に生きていた一大学生では
……私は、私がもつ、他に対する絶対的優位である原作知識をいかすため、できるだけ原作の先生と同じ動きをしようと考えていた。この、結構だいぶ終わった世界観の中で、原作知識は私の命綱となりうる。
私のこれまでの行動に対して、そして私が『先生』となってしまった事実に対して、バタフライエフェクトがどれほど生じるのかは分からないが、それでも、原作先生をなぞる方が安全性は高いはずだ。
──それがただの言い訳でしかないことに、私はとっくに気付いていた。
この先、彼女たちは大変な目に遭う。セリカは誘拐され、紫関ラーメンは爆発し、ホシノの身はゲマトリアの手に落ちる。最終的にハッピーエンドで終わるとしても、誰もが危険な道をたどり、借金すらまったく消えてなくなりはしない。
……これからの彼女たちの青春に、借金という二文字が一生ついて回るのだ。
はたしてそれは、本当にハッピーエンドだと言えるのか。
私は気付いたらここにいた。何の脈絡もなく、不自然なほど自然に、私はブルーアーカイブの原作知識をもって、キヴォトスにいた。──そこに意味があるのならば。
──私は原作介入をすることを決心した。