一般大学生先生   作:メタルウーパ

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セイア

 その日から、私はアリウス自治区で生活することになった。

 部屋は向こうが用意してくれた。大量にある廃墟の中の一つ、その二階部分である。壁が半分崩壊しており、隙間風というには強すぎる風が私をよく襲った。

 こういった廃墟に住んでいるのは私だけではない。むしろ、廃墟に住んでいる生徒の方が多い。廃墟ではないまともな住居に住めるのは、アリウススクワッドのような一部の特権階級だけだった。

 このようにわざと階級差をつくることで、生徒間の競争心を駆り立てているのだろう。

 食事もまた他の生徒同様、完全配給制だった。この自治区は常に戦時中みたいなものなので、当然なのかもしれない。

 

 

 あの日以降、私の行く範囲では、暴力を使用した教育は行われていない。ベアトリーチェがそんな配慮をするわけがないので、おそらく生徒達の判断だ。確かに、毎回あんな邪魔をされてはたまったものではない。

 

「先生。次はこっちだ」

 

 サオリに呼ばれて、そちらの方へ向かう。私はベアトリーチェの指示で、ずっとアリウススクワッドと行動を共にしていた。今日は、物資の買い出しである。勿論、ブラックマーケットだ。安心・安全とはいかないが、金さえ払えば大抵のものは手に入る。

 

「…………」

 

 ふと、ミサキと目が合う。と思った瞬間に逸らされた。

 私はここで、しっかりとハブられていた。サオリ以外と会話したことがない。そして、そのサオリとの会話も必要最低限だ。

 

 4人固まって動くアリウススクワッドから、2、3歩離れてついていく。あの空間に割り込める気がしないし、する気もない。彼女たちは、一つの家族のようなものだから。

 

 

 ──そう、4人だ。アリウススクワッドは、私の目の前に4人しかいない。

 私は、アズサがセイアを襲撃し、トリニティに編入するのに間に合わなかった。まぁ、最初から間に合うとは思っていなかったのだが、もし間に合っていたならば、アズサと連携して上手い事できたかもしれない。……いや、無理だな。どうせアズサともまともに会話できなかっただろう。

 

 そんなことをつらつらと考えていると、気付けば目の前にミサキが立っていた。特徴的な死んだ目つきと、痛々しい自傷を隠す包帯が目につく。

 

 不思議に思い、奥に立つ残された3人を見る。表情を見る限り、彼女たちも困惑しているようだ。といっても、仮面に隠されたアツコの表情は分からないのだが。

 

「……?」

 

 何かしただろろうか。ミサキとは今まで話したこともなかったと思うが、まさか、時々謎に目が合ったことについて何か言われるのだろうか。あれに関しては、私に別に落ち度はないと思っていた。

 

 ミサキは何も言わずに、私の前に立って私を見てくる。どうするのが正解なのか分からず、とりあえず私も止まる。気まずい。

 サオリ達も、どうするべきか迷っているようだ。

 じっとミサキの顔を見ていると、かすかに口元が動き始めた。一体何の用なのか。

 

「──先生。私、()()()()()()()()()()()()()

 

「は?」

 

 思わず、間抜けな声が出た。人間は予想外の出来事に弱いらしい。しかし、急に何を言ってるんだこいつは。殺す? 私が? なんで? 

 

「──だって先生は、()()()()()()()()()でしょ?」

 

 そう、首をかしげて不思議そうな顔をするミサキに、私は今度こそ、何の言葉も出なかった。

 

 思考が停止する。

 

「──ッ!」

 

 ふと気づくと、目の前にサオリが両手を広げて立っていた。その綺麗な顔は、焦りと恐怖で歪んでいる。まるで何か(おぞ)ましいものを見たかのようだ。

 同時に気づく。アツコから拳銃が突きつけられていた。視界の奥で、その長大な狙撃銃を構えるヒヨリの姿も見える。

 

 まるで意味が分からなかった。とりあえず、無抵抗を示すために両手を上げる。

 そんな私の様子を見て、サオリに庇われるように立っていたミサキは、クルリと私に背を向けた。

 他の皆もゆっくりと銃を下ろし、私を警戒しながらそろそろとミサキについていく。

 

「……可哀想な人」

 

 そう、最後にミサキが呟いた気がした。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 目を開けると、私は見知らぬ場所に立っていた。

 いや、知ってはいる。訪れたことがないだけだ。

 ここは、ティーパーティーだ。

 

 そう、認識するとともに、私は誰かがいることに気づく。低い背丈、黄金の髪、ピンと尖るキツネ耳。

 ──なるほど、私は夢を見ているのか。

 確かに、もはや常態化してしまった頭痛と眠気、吐き気や感情の激化を感じない。

 

「いやに落ち着いているね、先生」

 

 そう声をかけてきたセイアの顔は、私が毎日見るものと同じだった。どうやら彼女は、またもや心が折れたらしい。

 

「はは、君からもそう見えるのか。事実ではあるが、しかし、なるほど。自己紹介どころか会ったこともない人間から、まるでよく知っているかのように振舞われるのは、ひどく奇妙な思いがするね」

 

 その言葉に、私は驚く。私は一言も発していないのだが、まさか心を読まれたのだろうか。

 

「私が読み取れるのは表層部分のみだがね。それでも、君のような一般人からしたら、あるいは人生を賭けるに値するほど魅力的なモノなのかもしれないが」

 

 そう言って、セイアは一口だけ紅茶を飲む。

 いつの間にか、目の前には私の分の紅茶と茶菓子が用意されていた。

 私が流されるまま席に座るのを確認したセイアは、ゆっくりと口を開く。

 

「さて、それでは本題に入ろう。きっと君は、この会話を忘れてしまうのだろうが、そのうえなお、私は自らの口を開かなければならない」

 

 そう言うセイアの顔には、悲しみがあふれていた。まぁ、分かる。アズサの背負わされた苦難は、その悲しみに見合うだけのモノである。

 そんなことを考える私に、何かをこらえるかのように、セイアの瞳が細くなる。

 

「……先生。どうか、全てを捨てて、普通の生活に戻ってほしい」

 

「……ん?」

 

 完全に予想外のことだった。私が、普通の生活に戻る? いまいち意味が掴めない。

 そんな私に、セイアは更に言葉を重ねる。

 

「先生を取り巻く現状の問題については、私ができ得る限りの支援をする。住居や資金、指名手配のことすら、私がどうにかしてみせる」

 

 その言葉には、心から私を案じる気持ちがあった。そしてそれが事実なら、確かにこれ以上ないほどの助けではある。しかし、どうしてそこまでするのだろうか。私とセイアには、一切の関わりがないはずだが。

 

「……あまりにも、見ていられないからだよ。君の未来には、絶望しかない」

 

 低く、呻くように吐き出すセイア。

 しかし、そう言われても、私にはあまりピンとこない。絶望もなにも、私には今の時点で希望の欠片すら見えていない。もっとこう、具体的に分からないものだろうか。こういった手合いの話は、どうにも迂遠すぎる。

 

「……そうだね。それは確かに私の抱えるはっきりとした問題だろう。ミカにもよく言われたよ。だから、はっきりと言おう。──君は死ぬ。どうしようもないほどあっさりと。その身に抱いた、かすかな願いの一つすら叶えることなく。まるで路傍の石かのように。君は無意味に、無価値に、無残に死ぬ」

 

 そう言って、セイアは私からそっと目を逸らした。……そんなにも、醜いものだったのか、私の死に様は。ある程度、覚悟していたものだったが。

 

 しかし、それでも──

 

「──あぁ、そうだろうね。君は変わらない。変わることができない。……知っては、いたはずなのに、それでも私には、何もせずにはいられなかった」

 

 そう言ってセイアは、静かに少しだけ、涙を流す。

 ……この子はきっと、とても優しい子なのだろう。見ず知らずの相手の不幸に、これほどまでに涙を流すことができる。その優しさは彼女の長所であり、そしてこれまで幾度となく、彼女自身を傷つけてきたに違いない。

 

「……君が泣く必要はないよ、セイア。これは私の選択で、私の行動の結果で、私の罪だ。私の未来に、君が責任を感じる必要など一切ないし、誰もそれを望んでいない」

 

「……わかっていたよ、君がそう言うことは。先生という役割に縛られた君は、もはや自分を曲げられないし、この会話も、目覚めとともに忘れ去られることだろう。……私たちがそうしてしまった」

 

 そう言って、セイアは泣き腫らして赤くなった瞳で、私の右手を見る。そこには、夢の中でさえも手放せない、鈍く光るシッテムの箱があった。

 ……目の前に、心が折れて絶望した生徒がいる。こんな私のために、悲しんでくれる生徒がいる。だから、まぁ、私も先生としての振る舞いをしよう。疲れ切ってしまった生徒に寄り添うくらいは、出来損ないな私でもできるだろうから。

 

「大丈夫だよ、セイア。未来は、誰にも決めることはできない。それを、私は身をもって知っている。この先どうなろうとも、君には一切責任なんてない。……今はただ、ゆっくりと休むといい。どんな記憶も、絶望も、時間は全てを押し流してくれる。そうして、いつか歩き出せばいいんだ。君の周りには、君を助けたいと想う友人がたくさんいるのだから」

 

「……先生、私は……」

 

 不安そうなセイアの声に、私はかすかに笑顔を返す。久しぶりの笑顔は、思ったよりも不細工なものになってしまった。

 意識が少しずつ重くなっていく。きっと、目覚めの時が近いのだろう。だから、最後にしっかりと伝えよう。セイアと話すことができるのは、おそらくこれが最後だから。

 

「──それにね、セイア。目の前に、私を思って泣いてくれる子がいる。それだけで、私はとても救われたよ。……ありがとう」

 

 そう言って、私の意識は闇のなかに落ちていく。

 最後のセイアは、一体どんな表情をしていたのだろうか。……もう、思い出すことはできない。

 

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