一般大学生先生   作:メタルウーパ

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ごめん。ハナコはちょっと浅いかも。


ミカ

 ミサキとのあの一件以降、更にアリウススクワッドと距離が開くかと思えば、何故か逆に少し縮まった。最近の若い子の考えはよく分からないものだ。

 

 そして今日は、トリニティの監視の仕事である。

 アリウスはその成り立ちからして、トリニティに強い執着を持っている。日頃からトリニティに関する情報収集は盛んだが、今回はいつもとは少し違う。

 

 そう、アズサだ。アリウスにとっては、送り込んだスパイである。彼女は、アリウスにとってとんでもない奥の手であるが、同時に強い懸念材料でもあった。

 だからこそ、彼女の監視は常に行われてきた。それが、我々の今回の仕事になったわけだ。

 

 アズサは、やはり補修授業部になったらしい。そしてどうやら、私の代わりは連邦生徒会の子になったようだ。私と同じようにトリニティとの関わりが薄く、なおかつ原作のようにトリニティの複雑な退学の手続きをある程度省略するための人材としては、妥当なところだろう。

 

 そして、これはチャンスだ。今回の監視任務は、アズサと二人っきりで会えるまたとないチャンスである。補習授業部の合宿所が、トリニティの別館にふさわしい広さを誇っていたことも良かった。

 人数の少ないアリウススクワッドでは、この広さをカバーするためには一人単位で動かなければならない。

 

 そして、アズサと会うことができればもうこちらのものだ。アズサのセイア襲撃には間に合わなかったが、それゆえに切れる手札が生まれた。

 

(だから、本当はアズサと会いたかったんだけどな)

 

 午前3時の、別館を囲む暗い森の中で、私は目の前の生徒に向かってそう思った。

 

「いい夜ですね、先生。あなたがいなければ、もっと素晴らしいものだったでしょうが」

 

 浦和ハナコ。ピンクの長髪。発達しすぎた体。そして、トリニティという凄まじい学園においてトップクラスに頭脳明晰な少女が、明るい月を背景に、私の前に立っていた。

 

「……どうしてここが分かった」

 

 私が今いる場所は、別館からそう離れていないとはいえ偶然で来るような場所ではない。

 ……というか、なんでスクール水着なんだ。凄まじい胸部装甲が無駄に強調されている。私は胸の大きさを重視するほうではないが、否が応でも目に留めさせられる。

 

「言うわけがないでしょう」

 

 そう言ったハナコの顔は、嫌悪に染まっていた。そして、彼女は自分の体を掻き抱く。

 

「……ヒフミちゃんは貴方のことを気にしていました。ですが、やはり貴方にそんな価値はなさそうですね」

 

 彼女の目には、まぎれもない侮蔑と諦観が浮かんでいた。

 ……なるほど。これは確かに、腹が立つ。

 

「凄いな。最近の子には対話するという機能がないらしい。これでは、今までまともなコミュニケーションが取れてこなかったのだろうな」

 

 そう吐き捨てた私に、ハナコの眉がピクリと動く。

 

「へぇ? 性欲に支配された脳みそでよく喋りますね。生徒に対し邪な目を向けたことに対する謝罪はないのでしょうか。相手を思いやり、適切な対応をすることはコミュニケーションの基本だと思うのですが。まぁ、貴方のような生徒を性欲でしか見ることのできない人物にとっては、理解できないものかもしれませんね」

 

 私の眉がピクリと動く。

 

「自意識過剰の一言に尽きるな。私は一切君を邪な目で見たことはない。そして、相手を思いやってする適切な対応というのが先ほどの言動だというのなら、私は驚嘆せざるを得ない。私はだいぶトリニティ自治区で過ごしたが、ここだけ文化が違うのかな?」

 

 ハナコの口の端がピクリと震えた。

 

「全然一言に尽きてないじゃないですか。教養の浅さが透けて見えますね。そして、この場において貴方が邪な目かどうかを判断するのは私です。貴方がどういう意識でもって私を見たかは証明できませんが、私が貴方の視線をどう感じたかは証言できる。ここにあるのは、私が貴方の視線を不快に感じたという事実だけです。やっていないと言えばどんな犯罪でも無かったことになると思ってる子供ですか貴方は」

 

 私の口の端がピクリと震えた。

 

「被害者意識というのはこれだから面倒だ。冤罪が生じる場面をこの目で見られて感激だよ。そもそも、この場にスクール水着で来ている時点で、君の発言には何の意味もない。君は知らないかもしれないが、キヴォトスでは水着で外を出歩くことは恥ずかしいことなんだよ。今の君は、俗にいう痴女だ」

 

 相手が何か言い返す前に、話を続ける。

 

「その恰好をしておいて、君が被害者ヅラして他人を判断するのは、あまりに傲慢じゃないか。面倒な子だと言われた経験はないか? 少なくとも私は今、君のことをこの上なく面倒だと思っている」

 

 そこまで言った時点で、私はハナコの様子に気づいた。面倒な子というのは、思ったよりも地雷だったらしい。

 笑顔のまま、ブチ切れているハナコが言った。

 

「……私、貴方のことが嫌いです」

 

「そうだね。私もまったくの同意見だ」

 

 無言になった私とハナコの間を、冷たい風が通り抜ける。

 それを合図に、私はハナコに背を向けた。今日はもう、このまま帰ろう。ハナコに勘付(かんづ)かれた以上、アズサと二人で会うというミッションは難易度が高すぎる。

 

「なんで────」

 

 遠くで、ハナコが何か呟いた気がした。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 結局、私はハナコと会ったことを誰にも報告しなかった。

 アリウス自治区での私の地位は非常に低い。この間のミサキとの一件ですら、何故お(とが)めなしなのか分からないくらいだ。これ以上の失敗の露見は、出来得る限り避けたい。

 

「──先生、行くぞ。早く支度しろ」

 

 どうやら今日も仕事らしい。アリウススクワッドは、やはりアリウス自治区の中でも非常に優秀なのだろう。今のところ、毎日仕事が割り振られている。しかしこれでも、シャーレにいた頃より休めているというが、闇の深いところだ。

 

 サオリの呼びかけに答えて、すぐに部屋を出る。支度といっても、私に必要なものは『シッテムの箱』くらいだ。一度、護身用に拳銃の一つでも携帯しようかと考えたことはあるが、流石にちょっと厳しかった。

 キヴォトス基準で製造された銃は、人間の私が扱うにはあまりにも不向きだった。まず、単純にすごく重い。そして、反動がしゃれにならない。銃の威力が高すぎて、反動だけで私のほうが天国に片足踏み入れることになる。

 逆に、私でも扱えるほどに軽く、威力の低いものは、そもそも護身用にならない。生徒にとっては蚊にさされた程度の衝撃だ。

 

 そんなわけで、私の武装といえるのはシッテムの箱のみである。いいんだ。アロナがいるだけでお釣りがくるから。

 

 

 私が集合場所についた時には、既に全員集まっていた。私の到着を確認したサオリの先導で、アリウス自治区の外に向かう。どうやら今日は、仕事内容を先に説明されないタイプらしい。

 

 グネグネ曲がる道を歩きながら、私はサオリについていく。もう何度もアリウス自治区と外を行き来したはずだが、未だに自分一人では通れない。なんだ、一定周期で内部構造が変わるカタコンベって。ダンジョンかよ。薄暗く陰気なカタコンベは、実際の時間以上に長く感じた。

 

 そうして、陽の下に出る。あまりの眩しさに、私は右腕で太陽を隠した。しかし、この瞬間はいつだって安心感を感じる。やはり、人間には太陽光が必要なのだろう。

 そんな時、朽ちた柱の陰から、にゅっと影が出てきた。

 

「も~、遅いよっ! 私が何時間待ったと思ってるの! ……って、誰? その人。聞いてないんだけど」

 

 ──なるほど。今日はミカと会う日だったのか。

 そう理解し、私の頭は回りだす。どうする、私はここでどうするのが正解だ? 

 

「こいつは、シャーレの先生を名乗るマダムの客人だ。マダムの命令で、今は私たちと行動を共にしている。無視してくれていい」

 

「ふ~ん、そうなんだ。まぁ別に、どうでもいっか☆」

 

 必死に考える私を他所に、話は進む。……ミカに、セイアのことを打ち明けるべきなのか。

 

「それで、現状の補習授業部の動向と、今後のこちらの動きだが——」

 

「いいよ、細かいことは任せる。私は最終的にゲヘナを潰せるならそれでいいから。あっでも、ナギちゃんには勝手に手を出さないでね。ナギちゃんを襲撃するときは、必ず私の指揮下にいて。……セイアちゃんの時も、そうすればよかったな」

 

 最初の軽薄な言葉と反するように、深く、暗いミカの瞳。……そこに込められた感情を、私は否応なく理解する。理解してしまう。いや、私に理解できないはずがないのだ。その感情は、もはや決してなくならないほどに、私の心に刻みこまれている。

 

「……アズサは、マダムと、そして私の指示に従ったに過ぎない。恨むなら、私を恨め」

 

 ミカと同じくらい、暗いサオリの声。彼女もまた、言葉にならないほどに心が傷ついている。……家族同然の仲間に、同じ生徒の襲撃を命じ、あまつさえ殺させてしまうのは、一体どれほどの苦痛だろうか。

 

 だから、その言葉は、一切何ら考えることなく、本当に思わず、口からこぼしてしまった。

 打算も何もなく。……まるで、そうすることで、私が救われるかのように。

 

「──()()()()()()()()()()()()

 

 その言葉の反応は、劇的だった。ザッと空気が変わる。ミカとサオリだけではない。この場にいる全員の視線が一気に、私へと向けられた。

 

「──何言ってるの? 何も知らない部外者のくせに」

 

 そう言うミカの瞳には光がなく。あぁ、私は地雷を踏んだんだな、と理解した。

 だんだんと力の籠っていくミカの右手に、次に下手なことを言ったら今度こそミカに殺されることを悟った。その空気を感じ取った私が何も言えないでいるうちに、サオリが言った。

 

「アズサは、自分が百合園セイアのヘイローを破壊したと言った。お前は、アズサが嘘をついているというのか?」

 

 サオリの声は冷静だった。その声からは、感情は読み取れない。

 しかし、そうか。つまりはそういうことになる。セイアの生存とアズサの裏切りは、今この場においては同じ意味をもつ。

 ──あぁ、だが、それでも。

 

「何度でも言おう。百合園セイアは生きている。疑うというのなら、蒼森ミネを探せ。彼女が看病をしているはずだ」

 

 そう、ぶちまけた。

 その瞬間、ミカの顔色が変わる。そして、止める間もなく私たちに背を向けて走りだした。凄まじいスピードだ。おそらく、何か思い当たる節でもあったのだろう。

 

 ……そして私は、銃を突きつけられて、両手を挙げていた。

 

「止めなくて良かったのか?」

 

 そう(うそぶ)く私に、銃を突きつけたままサオリは言う。

 

「今止めたところで、アレは隙を見て探しに行くだろう。そういう人種だ。それよりもお前だ。歩け」

 

 そう言われ、私は両手を挙げたままくるりと振り返る。背中に拳銃の冷たさを感じながら、カタコンベへ戻っていった。

 

 ……きっと、ミカはセイアを見つけ出すだろう。彼女は愚かであってもバカではない。これまでの行いは消えてなくならないとしても、彼女は友人のためなら、一切を惜しまない。

 ならば、私はどうするべきか。

 

「……お前が、さっき言ったことは本当なのか」

 

 靴音だけが響いていたカタコンベに、そう、小さく呟いたサオリの声が反響した。

 

「本当だって言えば、君は信じるのか?」

 

 サオリの意図が分からず、私は聞き返す。

 

「……いや、そうだな。すまない」

 

 そう、サオリは小声で返す。背後に立つサオリの顔は、私からは見えなかった。

 サオリは、切り替えるようにハキハキと言う。

 

「これからお前をマダムの元へ連れていく。お前がどうやってそれを知ったのか、虚言だとしても、お前が私たちの邪魔をしたことには変わらない。今度こそ、お前には何らかの処分が下るだろう。覚悟しておけ」

 

 そう言って、私の背中を銃口で小突いて歩かせる。

 ……私はきっと、浅はかだったのだろう。もう、なるようにしかならない。

 

 しかしそれでも、私の心に後悔はなかった。

 




先生はあまり意識していませんが現在の先生は、『アビドスで生徒を病院送りにした危険人物』であり、『ミレニアムから背丈の小さい1年生(アリス)を誘拐した指名手配犯』であり、『大切な友人(ヒフミ)に心労を与えている』という点で、最初からハナコの好感度はマイナスに突っ込んでいます。
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