私はベアトリーチェの部屋に来ていた。ここにくるのは、最初に顔合わせして以来だ。相変わらず、どことなく嫌な空気の漂う場所である。
「──ふぅん、なるほどね。それでわざわざ戻ってきたわけね」
「えぇ、マダム。どっちにしろ、聖園ミカがいなくなってしまいましたので。現在、こちらからも蒼森ミネの行方を追っています」
そう、サオリが報告を締めくくる。私は、両腕を縛られ、膝立ちを強要させられていた。
ベアトリーチェの目が、ちらりとこちらを向く。
「聖園ミカの反応的に、情報が真実の可能性はある程度高いでしょうね。……別に、百合園セイアの生存はどうでもいいわ。たとえ死んでいなかったとしても、蒼森ミネが付きっ切りになるほどの傷が与えてあるなら、たいして変わらないでしょう」
「それは、確かに……」
「アズサは、アリウスに戻ってくるなら再教育しなさい。ただの勘違いなら、一度だけ許してあげましょう。でも、もし裏切っていたのなら──処分しなさい。命令に従わない子なんて必要ないわ。勿論、貴方がやるのよ、サオリ」
そう言って、ベアトリーチェはその異形の顔を、醜く歪ませ笑う。こいつは本当に、性根が終わってるな。
そんなベアトリーチェに、サオリは唇を血がでるほど噛みしめながら、無言で頷いた。
そして、ベアトリーチェと私の目が合う。
「それで、貴方はどうやって知ったのか、吐く気はある? 今ならまだ、許してあげないこともないわ」
嗜虐的な笑みとともに、彼女は私に問いかけた。
……どうする、ここで何も答えなければ、悲惨なことになるのは間違いない。ベアトリーチェは、喜々として私を拷問にかけるだろう。かといって、アロナのように原作知識を信じてくれるとは思えない。
「……」
汗が頬を伝う。ベアトリーチェと私の目は合ったままだ。極度の緊張感が、私の体を包み込んでいた。
重苦しい沈黙が、私の肩にのしかかってくる。そして、ベアトリーチェが口を開こうとした瞬間、私は言った。
「……シッテムの箱の力だ」
私は、嘘をついた。
「シッテムの箱には、登録されている生徒のバイタルが分かる機能がついている。私はそれで、セイアの生存を知った」
もはや、これしかなかった。シッテムの箱は私にしか扱えず、そして、その私でも底が知れないほどのオーパーツだ。こんな機能があっても不思議ではないだろう。
ベアトリーチェにシッテムの箱が使えない以上、これは悪魔の証明になる。
そんな私の決意は──
「アッハハハッ!!!」
──一瞬で笑い飛ばされた。
「ねぇ、私はね、貴方をアリウスに受け入れるにあたって、これまでの貴方の行動全てを黒服から聞いたわ」
口元を扇子で隠し、それでもなお笑っていることが分かる声音で、ベアトリーチェは告げる。
「貴方は、このキヴォトスで、肌身離さずずっとシッテムの箱と共にあった」
私は笑われる意味が分からず、あいまいに頷く。確かに、私はずっとシッテムの箱と共にあった。シッテムの箱は、私の最後の生命線である。
「──つまり貴方は、カイザーの手先に襲われたときですら、シッテムの箱を持っていた」
頷き、その瞬間、私はベアトリーチェの言いたいことを理解した。
……ベアトリーチェの顔が、これ以上ないほど醜悪な笑みを象った。
「貴方は今、アビドスでの事件の際に、
「……あぁ」
その声は、かつてないほど低く。私は、自らの失敗を悟った。体が、心が沈んでいく。深く、深く。
「『私は、生徒が火炙りになっているのを、お金のために見捨てました』。復唱しなさい」
静かな部屋に、ただベアトリーチェの声だけが響く。
アリウススクワッドすら誰も動かない中、ベアトリーチェが自分の扇子で私の頬を叩いて言った。
「復唱しなさい。そうしたら、貴方のことはこの場だけで許してあげる」
愉悦を載せた声で、ベアトリーチェは告げる。
私は、まるで深海にいるかのように重たく感じる中、顔を上げた。
……これは、アビドスの校庭の時とは違う。あの時は、結果だった。知らないうちに、不運にも、偶然にも、ああなってしまったというだけだった。
しかし、これを言うと、あれは前提になってしまう。知っていて、必然に、当然に、
……ハハ。流石に、脱帽せざるを得ない。これほどまで的確に、私の傷を抉り、突き刺すとは。
物音一つしない、静かな部屋。ベアトリーチェがじっと見つめてくる中、私は口を開いた。
「私は、……っ!」
声が詰まる。しかし、ここで拒否し、拷問などされたらどうなる。痛みはいい。慣れてなんか欠片もないが、それでもまだ耐えられる。
しかし、拷問を受けたら、──私は、動けなくなる。
まだ終わっていないのだ。エデン条約は、まだ結ばれていない。墜落する飛行艇、火に包まれる古聖堂。湧き出てくるミメシス達。
私がそれに対処することが、できなくなってしまう。それは、許容できるものではない。
もしそれで、生徒に被害が出たのなら、私は一生自分を許せないだろう。──一体何のために、ここまで頑張ってきたのかと。
思考が空回りする。呼吸が荒れる。
言いたくない。絶対に言いたくない。言ってしまえば、私はきっと、二度と『先生』を名乗れなくなる。──私が、どれだけあっても捨てなかった、最後の一線。『先生』という存在意義を、捨てることになってしまう。
それは、何もない私にとって、死と同じだ。
──だから私は、歯を食いしばって、前を向いた。
「私はっ、『
私はベアトリーチェの目を真っすぐ見ながら、心のままに、全力で吠えた。
「……へぇ、そう。いいわ。地下に連れて行きなさい」
そんな私を見て、ベアトリーチェは笑みを消し、冷ややかな声で命じた。
「愚かね。そんな主張に、何の意味もないというのに」
ベアトリーチェの言葉に私は内心頷く。私はきっと、愚かなのだろう。こんなものに必死で
だが、それでも、そこには確かに意味があるのだと、私は思った。
スッと現れた見知らぬアリウス生が、無理やり私を立たせ、歩かせる。
私の頬を、地下の冷たい風が撫でていた。
……あとはもう、賭けだ。ごめん、アロナ。後を頼む。