一般大学生先生   作:メタルウーパ

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ちょっと忙しくなってきました。


side ホシノ

 先生と初めて会った日のことは、今でもよく覚えている。

 シロコちゃんが先生を連れてきた時、私は確かに目を奪われたのだ。先生のその瞳に。

 

 ──仲間だと思った。

 

 その、あまりにも暗い、深い地の底のような瞳。絶望と、諦観と、恨みが、これ以上ないほど混ざり切った、濁った眼。

 ……私が毎日、鏡の前で見る眼。

 

 だから、私は──。

 

 

 先生は、よく分からない人だった。見た目上からは私とあまり離れた年齢ではないと思ったが、先生の纏う雰囲気が、その予想を揺らがせていた。

 それに、不思議な能力を持っていた。先生は『シッテムの箱』と呼んでいたのだったか。失踪してしまった連邦生徒会長が与えたのであろうそのオーパーツによって、私たちの戦闘は酷く簡単になった。……皆の被弾も物資の消費も減ると、アヤネちゃんと二人で喜んだものだ。

 

 私は先生とよくパトロールへ行った。おそらく、アビドスで一番先生と一緒に居たのは私だろう。

 私は先生の目的が知りたかった。……純粋に助けに来たと信じれるほど、私はもう大人に期待を持てていなかったからだ。

 

 それに、眼のこともある。私は、先生のその眼がどこに向いているのかを知りたかった。

 同類だからこそ分かる。いざという時、先生は何が何でも目的を達成しようとするだろう。……私が、ユメ先輩の真実を追わずにはいれないように。もし、先生のその眼が私たちに向くようなら、私も覚悟を決めなければならない。

 

 だから私は、先生をよく見ていた。

 

 無口な人だった。単純に、コミュニケーションがあまり得意ではないのだろう。何かあった時はよく、困ったように笑って誤魔化していた。

 それでも、「砂ばかりでは気が滅入るから」と観葉植物を持ってきたり、お菓子を差し入れしてくれたり。歩み寄ろうとしてくれているのは伝わってきていた。

 

 穏やかな人だった。動物にもわかるのだろう。先生のそばには、よく野良猫が来ていた。二人で、この子はスコティッシュだ、マンチカンだと、推理大会をしていたのを憶えている。

 そのくせハウスダストアレルギーで、猫が来た後は大抵鼻を破壊されていた。

 

 優しい人だった。シロコちゃんの無茶なサイクリングにへろへろになるまで付き合ったり、アヤネちゃんの仕事を手伝ったり。戦闘の度に、こっちが不安になるくらい顔を青くする。そんなに心配しなくても大丈夫だということを、セリカちゃんが何度も力説していた。心配されるのが照れ臭かったのだろう。

 

 

 先生と過ごすにつれ、私の警戒心は解けていった。

 ……それが、間違いだったのだろうか。

 

 ──セリカちゃんと先生が誘拐された。

 そう、アヤネちゃんから聞いた時、私は頭が真っ白になった。

 

 全力で、学校に向かう。私が着いた時にはアヤネちゃんが凄まじい勢いでパソコンを操作していた。

 シロコちゃんとノノミちゃんが到着した十数分後には、アヤネちゃんは二人の誘拐先を大まかながらも突き止めていた。

 

 その情報のもと、私たちは二手に分かれて捜索を行った。私とノノミちゃんはセリカちゃんを探しに。シロコちゃんは先生を探しに行った。

 

 そして、私たちは見た。

 夜の闇を切り裂くような赤い光と、鼓膜を震わす轟音。そして、倒壊する建物。辿り着いた時にはもう、そこは一面瓦礫の山だった。

 

 そこかしこで救助が行われている中、私たちも必死になってセリカちゃんを探した。

 残り火を消し、瓦礫を除き。その先に、彼女はいた。

 

 ──私はその姿を、一生忘れることはない。

 

 最寄りの病院に救急搬送し、そこで、血相を変えて走ってきたシロコちゃんと合流した。

 ……先生は、まだ見つからないらしい。

 

 

 セリカちゃんの命に別状がないことを確認した私たちは爆破現場に戻り、シロコちゃんは先生の捜索を再開した。

 未だ瓦礫の山に残っていたヘルメット団の連中を手あたり次第叩きのめし、たくさんの事情聴取の結果、私たちは黒幕がカイザーであることを知る。

 私たちは、一度学校に戻ることにした。カイザーに殴り込むには、武器も弾薬も足りなかったからだ。シロコちゃんの捜索も切り上げた。誘拐されたであろう痕跡はあるのに、どれだけ探しても先生が見つからないからだ。

 ……嫌な予感がしていた。

 

 

 アビドスでアヤネちゃんを中心にカイザーへの襲撃計画を立てている時、来客があった。

 

 彼女たちは、便利屋を名乗った。

 聞き覚えのないその名に、私たちは完全武装で校庭に出る。皆、気が立っていた。もう誰も傷つけさせないと覚悟を決めていた私に、先頭に立つ彼女は迷うことなく土下座をした。

 

 あまりの事態に困惑する私たちを他所に、彼女はそのまま説明を始める。

 アルと名乗るその子は依頼を受け、セリカちゃんが誘拐されるのをわざと見逃すことで、カタカタヘルメット団の本拠地を特定し、襲ったらしい。

 その際、彼女の率いる便利屋の一人の爆弾と、積み重なった不運によってあの事件が起こった。

 

 私は思わず、彼女の背後を見る。

 目つきの鋭い子と大きなバッグを背負った子に庇われるように立つその子は、今にも吐きそうなくらい顔を青ざめていた。というか何度も吐いていた。焦点の合わない目で、ずっと謝罪を繰り返している。

 見てて可哀想になるくらいで──じゃあ、許せるのかと、頭の中で誰かが言った。私だった。

 

 

 そこまで考え、私は気付く。

 アルは、()()()()()()と言っていた。

 ──それはつまり、依頼主は前もって誘拐されるのを知っていて、そのうえでセリカちゃんを囮にしたということではないのか。

 

 怒りで、目の前が見えなくなりそうだった。

 

 

 目の前で土下座する彼女を締め上げてでも依頼人を吐かそうと思った時、その声はした。

 

「な、なにしてるんだ?!」

 

 そこには、誘拐されたはずの先生が無傷で走ってきていた。……()()()()()

 

「──先生、今まで何してたの?」

 

 その声は無意識に出て。

 後はもう、知っての通りだ。

 

 

 

 私はまた、大人に騙された。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 私は、初めて来るアリウス自治区で、中心部に向けて走っていた。

 私がここにいるのは、大切な友人であるヒフミちゃんを助けるためであり、とある男がここにいるためだ。

 

 ──先生。

 そう名乗るあの男は、私たちのアビドスから去った後も、重大事件を引き起こしていた。

 ミレニアムでの生徒誘拐、それにともなうシャーレからの除名処分。人呼ぶに、「連邦生徒会長一番の失策」。

 そう呼ばれるあの男に報いを受けさせるため、私はずっとあの男の行方を追っていた。

 

 

 彼と関わりがあったと思われる、元カタカタヘルメット団の生徒。彼と取引をし、今はカイザーの一営業職員にまで失脚した、元カイザー理事。ミレニアムの生徒。

 私は彼らと話し、時には襲撃をかけ、時には脅迫をして、情報を集めた。

 

 ヘルメット団は彼を誘拐し、()()()()()をした後、彼をカイザーに引き渡したらしい。

 そのお話し合いの内容は彼をよく思っていない私でさえ眉を(しか)めるものだったが、しかしそこから分かったのは、彼がちゃんとヘルメット団との約束を守ったことだけだった。

 ……私たちのことは、騙したくせに。

 

 カイザーのほうは、もう少し手ごたえがあった。

 失脚したくせに無駄にふてぶてしいそいつの話では、あの男は『大人のカード』と呼ばれる切り札を持っていたらしい。

 その力でもって、借金の完済とアビドス砂漠への調査を禁じたという。……なぜ、そんな取引をしたのだろうか。

 

 この取引において、最も利益を得たのは、私たちアビドスだ。確かに間接的にはあの男の利益になっているのかもしれないが、それならもっと簡単にできただろう。……情報が足りない。

 

 

 ミレニアムの生徒に話を聞いた。

 どうやら、最初はいたって普通だったらしい。私たちの時と同じ手口だ。しかも、誘拐した子は、その時別の事件によって酷く傷ついていたという。

 実際に、アリスという少女と少し話をした。流石に事件のことは聞かなかったが、それでも彼女の優しさや純粋さが伝わってくる。……こんな幼気な少女を、あの男は誘拐したのか。

 

 

 ……セリカちゃんが止めなければ、あの男がいるうちにシャーレを襲撃したのに。

 セリカちゃんもセリカちゃんだ。確かに跡も残らずに完治したが、それは運が良かっただけだ。それを、「借金がなくなったんなら逆に儲けもんよ!」とまで言って。

 

 あの子はそんなところがある。アビドスや私たちの益になると思えば、自分の身を軽視する傾向があるのだ。一体誰に似たのか。もし次も同じようなことをするなら、私は本気で説教をしなくちゃならない。

 

 

 ──そして私は、黒服と出会った。

 

 その口から、私は多くの事実を聞かされる。大人のカードの副作用。アリスというあの少女の正体、そして、シャーレの防犯カメラ。

 

 当然、最初は信じることなくその場で解散した。住所や職業が不定な以前に、その種族すら分からない生命体の言葉のどこを信じればいいのか。うさん臭さの塊のような存在だ。

 

 

 しかしそんな思いも、とある映像で変わる。

 あの男が誘拐事件を起こしシャーレから除籍させられた後、その行方の手がかりを探そうと連邦生徒会による捜査の手がシャーレに入った。

 その時に押収された、シャーレの休憩室にある防犯カメラに写っていたそれを、私は見た。

 

 

 ──絶望。

 その言葉を、彼は体現していた。音のない画面の向こうからさえ、その怒りが、悲しみが、発狂が私を貫く。……私は、彼が『先生』ではなく一人の人間だということを知った。

 

 

 

 そして今、私の目の前で二人の大人が向かい合っている。

 タキシードを着た、双頭の化物。そして、最初に会った時とは変わり果てた姿の先生。

 

 右手には分厚い包帯が巻かれ、その髪には、真っ白なものも多い。それと対比するように黒ずんだ隈と、底の見えない、あまりにも暗い目。

 血で濡れる口元と、私よりも細いガリガリの手首。

 その体には生気がなく。死体が動いていると言われても納得できるほど、彼は限界を迎えていた。

 

 それでもなお、生徒を救うと断言する彼の姿に、私は──。

 

「──先生」

 

 私は、彼を救いたいと思った。

 

 

 

 




救えなかったね。
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