「──それでさ、ノノミちゃんは先生のことどう思う?」
対策委員会本部の机でいつものようにだらけていたホシノが問いかける。急な質問に戸惑った様子のノノミは、あごに人差し指を当て、少し考えながら答えた。
「うーんと、そうですね☆ なんだか、思ったより普通だなって感じです♪」
別に悪い意味じゃないですよと、両手を小さく振って否定しながら言うノノミに、ホシノはぐで~とした態勢のまま同意を示す。
「だよねぇ。確かにシッテムの箱? とかいうオーパーツを使った指揮は、凄い戦闘が楽になったけどさ、あの連邦生徒会長の残した奥の手って割には、普通だよねぇ」
口数も少ないしね、と付け加えるホシノに、いつものようにニコニコしながらノノミが言う。
「でも、私は嫌いじゃないですよ。借金のことを聞いても手伝ってくれますし、しっかりやろうって気持ちは伝わってきますから」
「確かにね~。でも、銃声を聞くたびビクってするのは辞めてほしいかな。銃声でビックリする先生にビックリしちゃうんだよね」
「いいじゃないですか。あそこは可愛いポイントです☆」
そういうノノミに、ホシノは軽く笑いながらからかう。
「うへ~、ノノミちゃんにも春が来ちゃったかぁ~。え~ん、おじさんは寂しいよ」
「大丈夫ですよ、ホシノ先輩。私は皆と離れる気はありませんから」
穏やかながら、決して変わることのないだろうと確信できるほど、思いのこもった言葉。それに、ホシノは嬉しいような、少し寂しいような顔を浮かべた。
気を取り直すように、ホシノがのびをする。
「まぁ、おじさんは先生に関してはもうちょっと観察したいかなぁ。……一応、ノノミちゃんも注意はしててね」
のびの途中で、普段より真剣な顔になって呟く。冗談ではないことを察したノノミは不思議そうな顔でホシノに聞いた。
「先生をですか? 私には悪い人には見えませんでしたが」
「おじさんもそう思ってるんだけどね」
そこでホシノは一度言葉を切り、届かぬ過去を見るような目で、少し悲し気に言った。
「……目、がね。私の、よく知ってるものに似てたんだ」
「目、ですか……?」
ピンときていないノノミに、ホシノは誤魔化すように笑った。
「まぁ、そんなに心配しなくていいよ。多分大丈夫だと思うしね。ところでさ、ノノミちゃんは猫ってどう思う? ……野良猫って、飼えたりするのかな」
「野良猫ですか? えっと、野良猫はですね──」
さっきよりも更に真剣な顔で野良猫を飼うことを検討するホシノに、ノノミは思わず笑ってしまう。こういうところが、この先輩はかわいいのだ。
穏やかな午後の昼下がり。和気あいあいとした野良猫会議は、結局シロコ達が戻ってくるまで続いた。
▼▼▼▼▼
原作介入にあたって、私は2つの目標を立てた。
アビドスの皆の安全性を上げることと、借金の完済だ。正直、戦闘自体をなくしたいが、ゲマトリアとカイザーに目をつけられている以上回避は難しいだろう。
その状態で、私ができることとは一体なんだ。
もっと具体的に考えよう。安全性を上げるためにできることは……出来得るかぎりの戦闘の回避。それと、ホシノだ。ホシノが自由に動ける状況にしたい。それにあわせて、他の勢力の手も借りれたらベストだろう。
借金の完済。……これは、真っ当な手段では不可能だ。誰かから借りるか? ……無理だな。よしんばできたとしても、それは9億の借金が9億分の恩に代わるだけだ。一生かかっても返せるものではない。そして彼女たちは、恩を無視できる人種じゃないだろう。
やはり、カイザー側からどうにかするしかないな。カイザーの理事め、あいつ、2章終了後はどっかに左遷されるまで落ちぶれてるくせに面倒な……。
……ん? いや、ちょっと待てよ……。
カイザーの理事であるあいつが失脚したのは何故か。あいつがこれまでずっと清廉潔白だったはずはないのに。……今回の事件をもみ消せなかったからだ。……何故もみ消せないのか。あいつは今まではそうしてきたはずだ。
……生徒の誘拐という事件を隠せなかったからだ。
被害者であるセリカ、ホシノがいて、それを超法規的組織かつ連邦生徒会直轄のシャーレが事実だと認めたからだ。
──つまり、シャーレの権力は想像以上に大きい。
ならば、私がカイザーの不正に関して、何らかの証拠を得た時点で、あいつの命運は私が握ることになる。
あいつの不正について何らかの証拠を得て、それをネタに脅迫する。超大企業たるカイザーの理事だ。自前の資産だけで9億程度ゆうにもっているだろう。
……いける。そもそも、汚い手を使ったのは向こうが先だ。文句を言われる筋合いもない。なんなら、借金が消えたことを確認したあとで連邦生徒会にタレこんでもいい。
計画ができた。成功率なんかはわからん。所詮、労働経験もない大学生の浅知恵である。
それでも、賭ける価値はあると思う。とりあえずは──
「──アロナ、『便利屋68』の連絡先が知りたい。調べてくれないか」
「了解しました!」
……数時間後には、アロナは既に仕事を終えていた。流石というほかない。便利屋は常に仕事を探していることもあるだろうが、それを差し引いても優秀だ。
「ふふん! 私はスーパーアロナちゃんですよ! このくらい、お茶の子さいさいです!」
おもっくそドヤ顔で言われた。
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早速電話を掛ける。こういった陰謀? 画策? するのは初めてなので、心臓がドキドキしてくる。
「──はい、便利屋68の陸八魔です」
「仕事の依頼がしたい」
「仕事っ! ……こほん、どういった内容でしょう?」
電話越しでも喜びが伝わってくる。どんだけ仕事に飢えていたんだアルちゃん。
「護衛だ。ただし、バレないように護衛してほしい」
「……なるほど。ではまず、依頼主であるあなたの名前と、護衛対象について……──」
──電話を切る。
これで、とりあえずセリカの安全は確保できた。便利屋の皆はトンチキ集団だが、実力は確かだ。それに、カイザーより先に便利屋に依頼することで、のちのち便利屋とアビドスが敵対する状況は
後は、何かしらカイザーの不正の証拠を掴めればいいのだが……。
「──先生、なんでセリカさんに秘密にするんですか?」
どうやらアロナにも聞かれていたらしい。不思議そうな顔で聞いてきた。
「セリカに護衛がいるとばれたら、相手は標的を変えるかもしれない。それに、セリカに狙われていることを明かして、余計な不安を与えたくない。……彼女は、もう既に抱え込みすぎている」
5人しかいない学校、9億もの借金。月に788万もの利息を払わなければ、その学校さえ失ってしまう状況。たった15歳の少女に抱えきれるものではない。対策委員会の皆がいなければ、とっくの昔に潰れていただろう。……そしてそれは、他の4人も同様だ。
「────」
アロナは、無言でこちらを見ていた。
「ちなみにアロナ、カイザーPMCにハッキングできたりしない?」
「う~ん、大企業なだけあって防御が硬いですねぇ。権限の高いパソコンに有線接続できたら余裕なんですけど……」
いかに優秀なアロナといえど、そう簡単にはいかせてもらえないらしい。
▼▼▼▼▼
私は夜のアビドスを歩いていた。
アビドスには、人口のせいか、もしくは砂のせいか、タクシーがない。原作先生が行き倒れるまで歩いていたのもそれが理由だろう。だから私も、こうして毎日タクシーが拾えるところに入るまで歩くはめになっている。
便利屋に電話してから、今日で3日が経った。いつまで依頼するのかわからないので、日当で支払っている。もちろん自費だ。シャーレの給料が良くて助かった。
今のところ、特に問題は起こっていない。ハルカが謎に爆発させて、アビドスでのヘルメット団に対するヘイトが高まっているくらいだ。完全に濡れ衣なのだが、そもそも不良をするなという話である。
それでも、そのうち襲われるのは確かだ。
自分の頬を叩いて気合を入れた瞬間
ゴッッ!!
私は、頭に強い衝撃をくらって気絶した。
「──ぐはっ!」
激痛。体が転がる。腹が痛い。無意識に声が漏れ出る。
意識が急速に回復する。痛い。全力で腹を蹴られたようだ。頬が冷たい。コンクリートか? ──動けない。縛られている。
目を開ける。明るさに一瞬目が眩んだが、状況がつかめてきた。
どうやら私は、ヘルメット団に誘拐されたらしい。
「おい、目は覚めたか」
一人だけ赤い服を着たカタカタヘルメット団の子が声をかけてきた。こいつがリーダーか? 目だけでそちらを向く。フルフェイスメットだ、顔も見えない。
「…………」
とりあえず黙る。状況把握が先だ。下手に口は開けない。
──視界の端に何かしら積まれているのが見える。どこかの工場か?
手首と足首は縛られ、そのうえで腕ごと体にぐるぐる巻きだ。少なくとも俺では
「──返事しろよ!」
もう一度衝撃。こいつ、また腹を蹴ってきやがった。良いところに入ったのか、えぐられるような激痛に襲われる。胃がひっくり返るようだ。
嘔吐感を抑えきれず、私は思わず吐き出した。
……吐瀉物が口の端に残って気持ち悪い。
「お前、『シャーレの先生』だよな?」
コクコクと頷く。腹が痛くてまともに呼吸ができない。内臓が傷ついているんじゃないかと不安に襲われる。痛い、怖い、恐ろしい。なんでこいつは、躊躇なく人を全力で蹴れるんだ。
「あんたもさぁ、運が悪いよな。いや、自業自得か? なんにせよ、可哀想な奴だよ」
「──ぐっっ!!」
体重の乗った足が肩を襲う。狙っているのか、ちょうど肩と腕の関節部分に、グリグリと体重を掛けられる。痛い、痛い。ピチ、ピチと筋肉の千切れている音が聞こえる。
「あんたさぁ、最近こそこそと嗅ぎまわってたんだろ? 上の人たちはお怒りだったぜ、そりゃあもうぶち切れだ」
顔からさっと血の気が引く。バレてたのか。しかもこんなに早いとは、カイザーの力を舐めていた。
「……君たちの、目的は何だ」
痛みと驚愕でまとまらない頭の中で、どうにか少しでも情報を得ようとする。そんな私の言葉に、ヘルメット団のリーダーが一瞬で不機嫌になったのがわかった。
「……先生さぁ、すごい脆いんだって? カイザーの連中から聞いたよ。銃弾一発で大怪我になるってよ」
──本当かどうか、試してみよっか。
私とヘルメット団しかいない工場に、パン! という軽い音が響いた。
「ぐっ、ぐあぁぁぁぁ!!!! あぁぁぁぁ!!!!」
軽い言葉とともに放たれた弾丸は、私の右腕を貫通していた。
「おぉ~、マジじゃん。こんなちゃちな拳銃一発で、腕に穴あけれんだ」
言葉がうまく耳に入らない。思考が赤く染まる。痛い、痛い、焼けるように痛い! 絶叫のし過ぎで喉が枯れる。呼吸がうまくできない。
血、血がヤバい。腕からの出血が全然止まらない! 怖い、痛い、帰りたい!
──なんで、俺はこんな目に……っ!
上から声が降ってくる。
「先生さぁ、『裏』を舐めすぎだよ。カイザーが何年裏の世界を牛耳ってるかわかってんの? そんな貧弱な体でさぁ、キヴォトスに来てからまだ一か月も経ってないのに、もう首突っ込んで」
本気で上手くいくと思ってたの? と、その言葉に、私は何も返せなかった。
私は、舐めていた。原作知識があるからと、まともにこの世界に向き合ってはなかったのではないか。
原作介入に、やましい気持ちが一切なかったと断言できるのか。所詮は物語のなかの問題だと軽視していなかったか。
華麗に問題を解決して、アビドスの皆にもっと近づこうという下心は本当になかったのか。
……バレていた。見透かされていた。この世界は、そんな甘いものじゃない。
「シャーレはさぁ、権力を持ちすぎなんだよ。なんだよ超法規的組織って。おかげで裏社会の連中は
「今回のことは授業料だ。裏を舐めるな。二度と首を突っ込もうなんて考えるな。──なぁ、仲良くしようぜ? あたしたちは必要悪だ。表じゃ上手く生きていけないやつなんてザラにいる。裏はそんな奴らにとって大切な居場所なんだよ」
「今回のことは水に流してさ。先生は危ない目に遭わなくて嬉しい。うちらもシャーレにビビる必要がなくなって嬉しい。な? 互いにWIN-WINの関係ってやつさ」
……そうなのかもしれない。腕が痛い。血が流れすぎたのか、頭が霞がかったようにぼんやりする。
──プルプルプル
「はい、もしもし。……あぁ、そっちもうまくいったか。アビドスっつっても大したことねぇな」
バッと意識が覚醒する。無理やりにでも上半身を起こしてリーダーを見る。
「おい! あの子たちに何をした!?」
「あぁ? おまえと一緒だよ。まぁ、向こうは誘拐しただけだけどな。というかそっちがもともとの仕事だ」
──セリカか。落ち着け。セリカには便利屋がついている。それに私より圧倒的に頑丈だ。今集中するべきは私のことだ。
ひとつ、深く息を吐く。……落ち着いたら、腕の痛みをより感じてしまった。ふざけんなクソが。
「君たちの雇い主と話がしたい」
リーダーの子がゆっくりとこちらを振り向く。顔は見えなくとも、彼女が私を警戒したのが分かった。
「……理由は?」
「WIN-WINの関係になるんだろ。シャーレの代表は私だ。察するに、君たちの雇い主が裏社会の代表。本当にWIN-WINの関係になるんなら、代表同士で話し合わなくてどうする」
ビビるな。余裕を見せろ。交渉の基本は、まず相手と対等になることだ。
「……今の状況わかってんのか? お前に選択肢はない。あたしたちに、お前の頼みを聞く義理もない」
そうだ。本当にその通り。だからこそ私は、今あるものを全力で使うしかない。
「──君らこそ、シャーレを舐めすぎじゃないか?」
「は?」
じっと、リーダーの子を見据える。
「シャーレは超法規的組織だ。そして、私はもう君たちを知っている。……その気になれば、君たち全員を矯正局に叩きこんで、二度と表に出れないようにできる」
ハッと鼻で笑われる。完全に舐められているようだ。
「顔も知らねぇ癖に、でけぇホラ吹くじゃねぇか」
「──できる。君ら、カタカタヘルメット団だろ。私なら、カタカタヘルメット団を一度でも名乗った奴を全員矯正局に送ってやる。……なんなら、ヘルメット団丸ごとでもいい」
これが事実かどうかはどうでもいい。ほんの少しでも相手に「あるかも」と思わせれれば、相手はその可能性を無視できなくなる。
実際、私の断言にも多少の効果はあったようで、リーダーの後ろにいるヘルメット団たちから、少し動揺の声が漏れ出る。
「で、できるわけねぇ! うちらが一体何人いると思ってんだ!」
喉の奥から何かせりあがってくるくる感覚がある。ペッと吐き出したそれは、赤い色をしていた。
……やっぱこれ内臓もどっか傷ついてんだろ。少しでも早く終わらせなければ。
「だから言っただろ、シャーレを舐めすぎだと。おかしいと思わなかったのか。君たちの雇い主は、シャーレを相当警戒してるんだろ? なのに、こんな暴力という直接的な手段にでた。──報復が、怖くないからだ」
「……あたしらが、捨て駒にされてるって言いたいのか」
「君たちが俺を脅迫し、裏の怖さを教え、契約を取り付ける。そのあとで、カイザーは君たちの情報を私に渡し、それで互いに手打ちにする。どうせそんなとこだ」
「もしそんなことになったらっ、あたしらはカイザーのことをゲロるぞ!」
「証拠はあるのか? それにもし証拠があっても、カイザーはシャーレさえ抑えれれば、その程度もみ消せるだけの自信があるんだろう。実際、今までそうしてきたはずだ」
「そ、そんな……わけ……」
100%推論だ。しかし、ここでは即座に反論されないことが大きなアドバンテージになる。
後ろの子たちのざわめきが止まらない。リーダーの声もどんどん小さくなっていく。大分揺れているようだ。
だからここで、ダメ押しをする。
「なぁ、よく考えてみろ。私はシャーレの代表だ」
「……そうだな?」
ピンときてないなこいつ。
「そう、裏の恐れるシャーレの代表だ。そんなやつに、恩を売れるチャンスだぞ? そして私は、恩を忘れない」
「将来、君たちが捨て駒にされたとしても、シャーレで保護することもできる。なんなら、真っ当な就職先も紹介しよう」
おお~! と声があがる。そうだろう。不良で将来が不安じゃない奴なんて、よほどのバカしかいない。誰だって、未知なる未来に恐れを抱いている。
彼女たちの心は、完全にこちら側に傾いていた。
ゆっくりと、リーダーの子が近づいてくる。どうやら縄を解いてくれるようだ。
急いで他の子たちも、私の腕に応急処置をしてくる。早くしてくれ、もうあまり感覚がない。
「……一応、でけぇ血管や神経は傷つけないように撃った。早くまともな医療を受けたほうがいいのは変わんねぇがな」
どこか申し訳なさそうなリーダーの態度。これが、本来のこの子の性格なのだろう。
だから私は、これが一番嫌だろうと、感謝を伝えてやった。
「そうか、ありがとう」
「……あぁ」
目を逸らしながら、リーダーの子が頷く。罪悪感でも感じているのだろう。私も腕を撃たれたのだ。このくらいは甘んじて受け入れてくれ。
リーダーの子が、私に携帯を差し出す。
「今、カイザーの方に電話をかけてる。後はそっちで話し合ってくれ」
そういって立ち去ろうとしていたが、何故か急に戻ってきた。
「……あんたの恩うんぬんの話。結局はあんたの胸先三寸だ。あんたがあたしらを見捨てようと、もうあたしらにはどうにもできない。…………だから、信じてるぞ。…………あと、腕、撃って悪かったな」
そう、最後に小声で言って、彼女は去っていった。
「……はは」
自嘲する。そこには、私の心の醜さだけが残されていた。
電話中、ヘルメット団の子が私の私物を返してくれた。携帯、財布、カバン、『シッテムの箱』、その他もろもろ。
……どうやっても携帯の電源がつかない。誘拐の拍子にイカれたようだ。財布も確認したが、中に入れていたお札は全部消えていた。
……まぁ、『シッテムの箱』が無事だっただけ良しとしよう。