気付いた時、私の体は柔らかいものに包まれていた。
光を感じ、
酷く重い体を何とか起こし、大きめのヘッドボードに体を預けて一息つく。両手、両足、キチンと付いてる。知らないうちに、患者服のような白い服に着替えさせられていた。
とりあえず体の状態を把握し、周囲を見渡す。机の上に置かれた、8時を指す目覚まし時計。部屋の隅に置かれたキャットフードと、砂場、ゲージ。
古くビリビリに破けたのを、セロハンテープで無理矢理修復したアビドス砂祭りのポスター。壁に飾られている手紙。小さいクジラの飾り物と、写真立てにあるツーショット写真。
……ここは、ホシノの部屋だ。
そこまで考え、とりあえずベッドから下りようとした時、この部屋にある唯一のドアがガチャっと開く。
そこから入ってきたホシノと目が合って、ビタッと二人とも動きを止めた。
ホシノはドアノブに手をかけたまま、私は片足をベッドから下ろそうとした態勢のまま、気まずい沈黙が部屋に流れる。
「……おはよう、先生」
「……おはよう」
口火はホシノが切ってくれた。その流れのまま、空中で浮いたままだった足を地面につける。そこに体重を載せた瞬間。
「──い゛っ!」
接地した足から、体全体に電流が流れるような痛みが走った。
私の声にホシノがぎょっとし、急いで駆け寄ってくる。
「っちょっ! 先生、何してんの?!」
そう言いながら、ホシノは私の体を再度ベッドに収納した。ベッドの柔らかさに、痺れるような痛みがじんわりと消えていく。
……は? 何でだ? 何で
「……先生、まだ治りきってないから、安静にしてて」
そうジト目で言うホシノに、私は混乱したまま頷く。
その様子を見たホシノは、ごそごそとカバンを漁って紙とシャーペンを取り出すと、近くにあった学習椅子をコロコロと転がして座った。
「じゃあ先生、意識ははっきりしてる? 自分の名前とか、今までのこととか覚えてる?」
何故か痛覚が戻っているのは後回しにして、とりあえず無言で頷く。それを見たホシノはよし、と言って紙に何か書き込んだ。
「熱っぽさとか、体に痛みはある?」
──なるほど、問診か。そう理解した私は、さくさくとホシノの質問に答えていった。簡単なものだったのだろう、5分くらいで問診は終わった。
「ホ──小鳥遊さん。こういうのって普通、医者がやるんじゃないか?」
一瞬、かつてのようにホシノと呼びそうになってしまった。彼女はきっと、それを嫌がるだろう。
ホシノは私の質問に、気まずげに目を逸らした。
「……ホシノでいいよ。お医者さんについては、今はちょっと難しい。……とりあえず、今までの経緯を説明するよ」
そうして私はホシノの話を聞く。どうやら、私が刺されてから丸1日ほど経ったらしい。
ホシノの話では、私が刺された後どこからともなく黒服が現れたという。黒服はブラックマーケットまでワープを繋げ、ホシノはそこで一人のロボットと出会った。
「“運転手”って言ってた。その人が、ブラックマーケットで一番腕の良い医者を紹介してくれたんだ」
……運転手。最後に会ったのは、ミレニアムから脱出の時か。そこまで時間が経っているわけじゃないのに、遥か昔のことのように感じる。
酷く懐かしい気持ちだ。元気にしているのだろうか。
「そこで、とりあえず一命は取り留めた。で、そのまま入院してたんだけど……先生、指名手配されてるから」
……なるほど。それで、ホシノの家まで逃げてきたのか。
「ありがとう。おかげで助かったよ」
そこで、会話が終わる。
……気まずい。正直、なんでホシノが助けてくれるのか分からないし、私とホシノの関係性的にそれをスッと聞くのも
結果として、ホシノが入ってきた時と同じような沈黙が広がった。
「……とりあえず、動けるようになるまでここにいなよ。別に、おじさんは気にしないから」
私としては、その厚意に甘えるしか選択肢がない。
私が頷くのを確認したホシノは、そのまま部屋から出ていった。
一人きりになった部屋で、私はほっと一息つく。知らず知らずのうちに大分緊張していたようだ。体全体を覆うダルさを今になって自覚する。
私はこれからどうするべきなのか。考えようとして、諦めた。兎にも角にも、体を治さなければ始まらない。
▼▼▼▼▼
部屋から出ていったホシノは、数分もかからずに戻ってきた。
その両手には、一口大に切られたリンゴとヨーグルトがある。ホシノはそれらをローテーブルに置くとまた立ち上がり、追加で焼いた食パンとオレンジジュースを持ってきた。
コップやヨーグルトの取り皿を並べながら、ホシノが言う。
「先生、何なら食べれる? とりあえず胃腸に優しそうなのと、主食になるやつを持ってきたけど……」
その様子に、私はちょっと驚く。別に普通のことではあるのだが、こう、なんというか、人の家に来てるんだなという実感が急にしてきて、若干居心地が悪い。
とりあえずヨーグルトとリンゴを選ぶ。私はベッドから動けないので、皿ごと手渡ししてもらった。どうやら、腕を動かして飲み食いするのは問題なくできるようだ。相変わらず味はしないが。
私が一人でも食べれているのを確認したホシノは、テーブルに残された食パンを手に取る。彼女はマーマレード派らしい。なかなか良いところを突く。
二人で、黙々と朝食を食べる。……こうやってすぐに沈黙が広がるのは、どうにかしたほうが良いのだろうか。
いや、朝食は別にわいわいと食べるものじゃないな。
「…………」
「…………」
一言も喋ることなく朝食が終わった。ベッドの上から、ホシノが食器を片付けているのを眺める。……私も何かしたい衝動に駆られる。
迷惑をかけているという実感がして、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。動けない自分が恨めしかった。
片付けが済んだ後も、なかなかホシノが動こうとしない。
「……学校に行かなくていいのか?」
耐えきれず、口を挟んでしまった。
それにホシノは微妙な顔をし、改めて学習椅子に座る。
「いや~、流石に先生を放っておけないでしょ。だって先生、一人でトイレまで行ける?」
ぐぅの音も出なかった。確かに、私では漏らすか、激痛を覚悟で行くしかない。というか、激痛を覚悟しても途中で力尽きるだろう。
……ホシノにトイレまで介添えしてもらうしかないのか。
無言で項垂れる私の様子に、ホシノは少し笑って、雰囲気を
「──じゃあ先生。話を、しようか」
その眼は、どこまでも真っすぐだった。
▼▼▼▼▼
「とりあえず、先生が起きたことは運転手さんとかに共有した。そのうちお見舞いに来ると思う」
ホシノからは、いつもの柔らかな雰囲気が消え去っていた。
「──先生。私は、先生が絶望していたのを知ってる」
急な話の切り出しに、私は少し困惑する。何の話だ? 確かに、この世界で心が折られることは何度かあったが、それはホシノの預かり知らぬ話だ。
そんな私を、ホシノは真っすぐと見つめて。
「──
その言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。
「は?」
え、いや、ちょっと待ってくれ。見られた? 見られたのかあれが?!
急速に私の顔から血の気が引いていく。監視カメラの存在など、まったく気が付かなかった。
ヤバい。あんなもの、本当に狂人のそれでしかない。
混乱する私に、ホシノははっきりと告げる。
「私は、先生のことが好きじゃない。セリカちゃんは傷ついたし、他にも色々、罪を犯した」
その言葉に、私の頭が一瞬で冷静になる。
……そうだ。だから私は、その罰を受け入れなければならない。何を言われても、私には反抗する権利がない。
「──それでも、借金を失くしてくれたことには感謝してるし……それに、連邦生徒会長が頼ったのは、私たちが不甲斐なかったからだと思うから。……知らなかったでは済まされないと、思うから」
そこでホシノは一度言葉を切って、私に頭を下げた。
「──ごめんなさい。貴方を、こんな世界に呼び出して。……私たちの問題に、巻き込んでしまって。……本当に、ごめんなさい」
目の前でそう言い切るホシノに、私は、別に君のせいじゃないと言おうと思って──
「──じゃあ帰してくれよ」
無意識に、私の口が動いていた。
「なぁ、謝るんなら帰してくれよ。元の世界に戻してくれよ。……なぁ、なぁ!?」
怒声が響く。全力で自分の足に拳を振り下ろす。隠していたはずの感情が、
「なんで俺だったんだ!? 俺じゃないといけない理由でもあったのかっ?!」
何度も、何度も叫んだ喉は、いつの間にか、か細い声を出していた。
目を閉じた、暗い瞼の裏側に、家族の顔が思い浮かぶ。
「……なぁ、帰してくれ。それだけでいい、それだけでいいんだ。……俺を、自分の家に帰らせてくれ」
開けた目は、涙でぼやけ。どうしようもなくなって、私は両手で顔を覆った。
「──
その声は、あまりにも悲痛だった。
「俺がいなくなったら、俺の家族はどうしたらいい? 大切な家族なんだ。老後を、俺が支えてあげないといけないんだ。──ここまで育ててくれた恩を、俺はどうやって返したらいい?」
俺は、泣いていた。
「優しい人たちなんだ。きっと、今も俺を探してる。……一目でいいんだ」
優しいあの人たちは、きっと自分を責めてしまう。……多分、俺が見つかるまでずっと。
「頼む。……もう一度だけ、家族に会わせてくれ……っ」
そうして、俯いて声もなく泣き続ける私に、苦しそうなホシノの声がかかる。
「……ごめん。私には、どうにもできない」
それだけ言って、ホシノはそっと部屋から出ていった。
誰もいない部屋で、分かり切っていた答えが、何度も回答したはずの事実が、私の心に重くのしかかっていた。
地雷処理(起爆)
明日続きを投稿します。