一般大学生先生   作:メタルウーパ

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話し合い1

 気付いた時、私の体は柔らかいものに包まれていた。

 光を感じ、(まぶた)を開く。鉛のように重い。どこか甘い匂いがする。私は、ピンク色の布団に寝かせられていた。

 酷く重い体を何とか起こし、大きめのヘッドボードに体を預けて一息つく。両手、両足、キチンと付いてる。知らないうちに、患者服のような白い服に着替えさせられていた。

 

 とりあえず体の状態を把握し、周囲を見渡す。机の上に置かれた、8時を指す目覚まし時計。部屋の隅に置かれたキャットフードと、砂場、ゲージ。

 古くビリビリに破けたのを、セロハンテープで無理矢理修復したアビドス砂祭りのポスター。壁に飾られている手紙。小さいクジラの飾り物と、写真立てにあるツーショット写真。

 

 ……ここは、ホシノの部屋だ。

 

 そこまで考え、とりあえずベッドから下りようとした時、この部屋にある唯一のドアがガチャっと開く。

 そこから入ってきたホシノと目が合って、ビタッと二人とも動きを止めた。

 

 ホシノはドアノブに手をかけたまま、私は片足をベッドから下ろそうとした態勢のまま、気まずい沈黙が部屋に流れる。

 

「……おはよう、先生」

 

「……おはよう」

 

 口火はホシノが切ってくれた。その流れのまま、空中で浮いたままだった足を地面につける。そこに体重を載せた瞬間。

 

「──い゛っ!」

 

 接地した足から、体全体に電流が流れるような痛みが走った。

 私の声にホシノがぎょっとし、急いで駆け寄ってくる。

 

「っちょっ! 先生、何してんの?!」

 

 そう言いながら、ホシノは私の体を再度ベッドに収納した。ベッドの柔らかさに、痺れるような痛みがじんわりと消えていく。

 ……は? 何でだ? 何で()()んだ? 

 

「……先生、まだ治りきってないから、安静にしてて」

 

 そうジト目で言うホシノに、私は混乱したまま頷く。

 その様子を見たホシノは、ごそごそとカバンを漁って紙とシャーペンを取り出すと、近くにあった学習椅子をコロコロと転がして座った。

 

「じゃあ先生、意識ははっきりしてる? 自分の名前とか、今までのこととか覚えてる?」

 

 何故か痛覚が戻っているのは後回しにして、とりあえず無言で頷く。それを見たホシノはよし、と言って紙に何か書き込んだ。

 

「熱っぽさとか、体に痛みはある?」

 

 ──なるほど、問診か。そう理解した私は、さくさくとホシノの質問に答えていった。簡単なものだったのだろう、5分くらいで問診は終わった。

 

「ホ──小鳥遊さん。こういうのって普通、医者がやるんじゃないか?」

 

 一瞬、かつてのようにホシノと呼びそうになってしまった。彼女はきっと、それを嫌がるだろう。

 ホシノは私の質問に、気まずげに目を逸らした。

 

「……ホシノでいいよ。お医者さんについては、今はちょっと難しい。……とりあえず、今までの経緯を説明するよ」

 

 そうして私はホシノの話を聞く。どうやら、私が刺されてから丸1日ほど経ったらしい。

 

 ホシノの話では、私が刺された後どこからともなく黒服が現れたという。黒服はブラックマーケットまでワープを繋げ、ホシノはそこで一人のロボットと出会った。

 

「“運転手”って言ってた。その人が、ブラックマーケットで一番腕の良い医者を紹介してくれたんだ」

 

 ……運転手。最後に会ったのは、ミレニアムから脱出の時か。そこまで時間が経っているわけじゃないのに、遥か昔のことのように感じる。

 酷く懐かしい気持ちだ。元気にしているのだろうか。

 

「そこで、とりあえず一命は取り留めた。で、そのまま入院してたんだけど……先生、指名手配されてるから」

 

 ……なるほど。それで、ホシノの家まで逃げてきたのか。

 

「ありがとう。おかげで助かったよ」

 

 そこで、会話が終わる。

 ……気まずい。正直、なんでホシノが助けてくれるのか分からないし、私とホシノの関係性的にそれをスッと聞くのも(はばか)られる。

 結果として、ホシノが入ってきた時と同じような沈黙が広がった。

 

「……とりあえず、動けるようになるまでここにいなよ。別に、おじさんは気にしないから」

 

 私としては、その厚意に甘えるしか選択肢がない。

 私が頷くのを確認したホシノは、そのまま部屋から出ていった。

 

 一人きりになった部屋で、私はほっと一息つく。知らず知らずのうちに大分緊張していたようだ。体全体を覆うダルさを今になって自覚する。

 

 私はこれからどうするべきなのか。考えようとして、諦めた。兎にも角にも、体を治さなければ始まらない。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 部屋から出ていったホシノは、数分もかからずに戻ってきた。

 その両手には、一口大に切られたリンゴとヨーグルトがある。ホシノはそれらをローテーブルに置くとまた立ち上がり、追加で焼いた食パンとオレンジジュースを持ってきた。

 コップやヨーグルトの取り皿を並べながら、ホシノが言う。

 

「先生、何なら食べれる? とりあえず胃腸に優しそうなのと、主食になるやつを持ってきたけど……」

 

 その様子に、私はちょっと驚く。別に普通のことではあるのだが、こう、なんというか、人の家に来てるんだなという実感が急にしてきて、若干居心地が悪い。

 

 とりあえずヨーグルトとリンゴを選ぶ。私はベッドから動けないので、皿ごと手渡ししてもらった。どうやら、腕を動かして飲み食いするのは問題なくできるようだ。相変わらず味はしないが。

 

 私が一人でも食べれているのを確認したホシノは、テーブルに残された食パンを手に取る。彼女はマーマレード派らしい。なかなか良いところを突く。

 

 二人で、黙々と朝食を食べる。……こうやってすぐに沈黙が広がるのは、どうにかしたほうが良いのだろうか。

 いや、朝食は別にわいわいと食べるものじゃないな。

 

「…………」

 

「…………」

 

 一言も喋ることなく朝食が終わった。ベッドの上から、ホシノが食器を片付けているのを眺める。……私も何かしたい衝動に駆られる。

 迷惑をかけているという実感がして、申し訳ない気持ちで胸がいっぱいだ。動けない自分が恨めしかった。

 

 

 片付けが済んだ後も、なかなかホシノが動こうとしない。

 

「……学校に行かなくていいのか?」

 

 耐えきれず、口を挟んでしまった。

 それにホシノは微妙な顔をし、改めて学習椅子に座る。

 

「いや~、流石に先生を放っておけないでしょ。だって先生、一人でトイレまで行ける?」

 

 ぐぅの音も出なかった。確かに、私では漏らすか、激痛を覚悟で行くしかない。というか、激痛を覚悟しても途中で力尽きるだろう。

 ……ホシノにトイレまで介添えしてもらうしかないのか。

 

 無言で項垂れる私の様子に、ホシノは少し笑って、雰囲気を(ただ)す。

 

「──じゃあ先生。話を、しようか」

 

 その眼は、どこまでも真っすぐだった。

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

「とりあえず、先生が起きたことは運転手さんとかに共有した。そのうちお見舞いに来ると思う」

 

 ホシノからは、いつもの柔らかな雰囲気が消え去っていた。

 

「──先生。私は、先生が絶望していたのを知ってる」

 

 急な話の切り出しに、私は少し困惑する。何の話だ? 確かに、この世界で心が折られることは何度かあったが、それはホシノの預かり知らぬ話だ。

 そんな私を、ホシノは真っすぐと見つめて。

 

「──()()()()。シャーレには、防犯カメラがついているから」

 

 その言葉の意味を理解するまで、数秒かかった。

 

「は?」

 

 え、いや、ちょっと待ってくれ。見られた? 見られたのかあれが?! 

 急速に私の顔から血の気が引いていく。監視カメラの存在など、まったく気が付かなかった。

 ヤバい。あんなもの、本当に狂人のそれでしかない。

 混乱する私に、ホシノははっきりと告げる。

 

「私は、先生のことが好きじゃない。セリカちゃんは傷ついたし、他にも色々、罪を犯した」

 

 その言葉に、私の頭が一瞬で冷静になる。

 ……そうだ。だから私は、その罰を受け入れなければならない。何を言われても、私には反抗する権利がない。

 

「──それでも、借金を失くしてくれたことには感謝してるし……それに、連邦生徒会長が頼ったのは、私たちが不甲斐なかったからだと思うから。……知らなかったでは済まされないと、思うから」

 

 そこでホシノは一度言葉を切って、私に頭を下げた。

 

「──ごめんなさい。貴方を、こんな世界に呼び出して。……私たちの問題に、巻き込んでしまって。……本当に、ごめんなさい」

 

 目の前でそう言い切るホシノに、私は、別に君のせいじゃないと言おうと思って──

 

「──じゃあ帰してくれよ」

 

 無意識に、私の口が動いていた。

 

「なぁ、謝るんなら帰してくれよ。元の世界に戻してくれよ。……なぁ、なぁ!?」

 

 怒声が響く。全力で自分の足に拳を振り下ろす。隠していたはずの感情が、(こら)え切れなかった怒りが、私の体を支配していた。

 

「なんで俺だったんだ!? 俺じゃないといけない理由でもあったのかっ?!」

 

 何度も、何度も叫んだ喉は、いつの間にか、か細い声を出していた。

 目を閉じた、暗い瞼の裏側に、家族の顔が思い浮かぶ。

 

「……なぁ、帰してくれ。それだけでいい、それだけでいいんだ。……俺を、自分の家に帰らせてくれ」

 

 開けた目は、涙でぼやけ。どうしようもなくなって、私は両手で顔を覆った。

 

「──()()()()()()()

 

 その声は、あまりにも悲痛だった。

 

「俺がいなくなったら、俺の家族はどうしたらいい? 大切な家族なんだ。老後を、俺が支えてあげないといけないんだ。──ここまで育ててくれた恩を、俺はどうやって返したらいい?」

 

 俺は、泣いていた。

 

「優しい人たちなんだ。きっと、今も俺を探してる。……一目でいいんだ」

 

 優しいあの人たちは、きっと自分を責めてしまう。……多分、俺が見つかるまでずっと。

 

「頼む。……もう一度だけ、家族に会わせてくれ……っ」

 

 そうして、俯いて声もなく泣き続ける私に、苦しそうなホシノの声がかかる。

 

「……ごめん。私には、どうにもできない」

 

 それだけ言って、ホシノはそっと部屋から出ていった。

 

 

 誰もいない部屋で、分かり切っていた答えが、何度も回答したはずの事実が、私の心に重くのしかかっていた。

 




地雷処理(起爆)

明日続きを投稿します。
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