ヘルメット団の雇い主は、カイザーの社員の一人だった。カイザーの理事まで辿り着けないよう、他にも多くの人間を間に挟んでいるのだろう。
しかし、理事と会う約束自体は、案外すんなりと取り付けられた。おそらく、こうなる可能性も想定済みだったのだろう。
実際、電話を切って数分もしないうちに、カイザー側からの迎えの車が届いた。
正直、これには大分助けられた。車には、カイザーのお抱えらしい医者が乗っていたからだ。やはり本職が治療してくれたほうが安心感が凄い。
腕の傷は、貫通したと思っていたが、弾がまだ残っていたらしい。貫通したほうがひどい傷になるので、運がいいと言われた。
凄腕の医師なのだろう。車内で私に麻酔をぶっさし、弾を取り除いて縫合までしてくれた。
これで変に化膿したり、破傷風になったりすることはないはずだ。
あくまでこれは応急処置であり、後で病院にいくのは確実だと言われたが。
ぐるぐるに巻かれた包帯を隠すように、ジャケットを着る。向こうにバレているとはいえ、見た目を取り繕うのは初対面の人に会う時の礼儀だ。
「到着いたしました。こちらへどうぞ」
辿り着いたのは、バカでかいビルの前だった。40階層はあるだろう。
安心を求めるかのように、『シッテムの箱』を軽くなでる。傷一つないそのすべすべとした手触りに、私は多少落ち着きを取り戻した。
そのまま運転手の人に連れられ、エレベーターで最上階へ上がる。最上階で長い廊下を歩いた先に、その部屋はあった。
「よく来たな、先生。さぁ、座ってくれ」
部屋の中では、画面でよく見たカイザーの理事が、堂々と立っていた。
私は促されるまま、ふかふかの椅子に座る。めっちゃふかふかだ。シャーレにも一つ欲しい。
座ってしまうと、立っている理事がより大きく見えた。これも交渉術の一つなんだろうか。
ちら、と周囲を盗み見る。私を案内してくれていた運転手は、いつのまにか二人のゴツい護衛に代わっていた。完全武装だ。威圧感がハンパじゃない。
「さて、シャーレの先生。私と話したいことがあるんだって?」
カイザーは余裕綽綽だ。私の体の貧弱さを知っているからこそ、ここから巻き返すことなどできないと確信しているのだろう。
実際、私の力では不可能だ。だからこそ、こうして理事と対面する状況が作れた。
「……もう、疲れた」
今の私の、正直な感想だ。疲れた。本当に。
理事との会話に付き合う気すら起きないほどに。
──もうこの時点で、私の目的は達成していた。
「ん? どうしたのかね?」
懐から『大人のカード』を取り出す。キヴォトスに来て、気付いたら手元にあったこのカード。
その真価を、見せる時が来た。
「──」
掛け声すら、必要なかった。
私を守るように現れた4人分のホログラムは、瞬時に2人の護衛を気絶させ、理事の体を抑え込んでいた。
「な、なんだそれはっ?!」
腕を捻りあげられ、床に顔を押し付けられている理事が叫ぶ。
私はそれを無視して、呼び出された生徒達を観察していた。どういう原理なのだろうか。ホログラムにしか見えない半透明の体は、確かな実体をもってカイザーを制圧していた。
……おそらく、呼び出したのはアビドスの皆だ。しかし、いまいち確信がもてない。顔はしっかり見えているはずなのに、うまく認識ができないのだ。
本人たちが既に存在しているからだろうか? ……まぁ、明らかに異常な現象だし、何があっても不思議ではない。
おい! 離せ! と叫ぶ理事を放置して、私は理事のパソコンに『シッテムの箱』をケーブルでつなげる。
──真っ黒な画面だったパソコンが、ブゥゥンという低い音と起動した。
そこまで確認して、私は理事のもとへ戻る。後はアロナが上手く証拠を集めてくれるだろう。
「理事。お前の不正の証拠はもう手に入れた。バラされたくなかったらアビドスの借金をお前が払え。9億くらい、お前なら余裕だろ」
単刀直入に言う。正直もう頭が限界だ。ふらふらする。
ヘルメット団との時に、血を流しすぎた。
「……先生、この私を脅迫する気か?」
「気じゃなくてもうしてるんだよ。9億払うか、矯正局にぶち込まれるか、好きなほうを選べ。……お前レベルの奴なら、一生牢屋生活かもな」
脅しをかける。こいつなら、冗談じゃなくそのくらいはしてそうだ。
理事は、少し悩んで、問いかけてきた。
「……アビドスの借金の肩代わり。本当にそれだけだな」
「いや、今後アビドスに手を出さないことも追加だ」
確認をしてくれて助かった。もう、そこまで頭が回っていない。
「……わかった。離せ」
理事を抑えていた生徒に向けて頷く。
生徒は全員、霞むように消えていった。……全員消えるのか。ちょっとミスったな。
理事がゆっくりと立ち上がった時、ちょうど携帯が鳴った。
「なんだ。私は今忙しい。手短にしろ」
こいつ、目の前に脅迫相手がいるってのに、躊躇なく電話に出やがった。舐めているのか、肝が太いのか。
十数秒で、理事はピッと電話を切った。本当に手短にさせたらしい。
「何の電話だ?」
「──いや、何。ちょっとしたことだよ」
若干イラっとした。こいつには、脅迫されてる自覚がないのか?
「それより、君の提案についてだ。──いいだろう。私がアビドスの借金を全額返済しておこう。そして、今後アビドスに手を出さないことも誓おう。……ただし、アビドス砂漠の調査は続けさせてもらう」
「……駄目だ。その調査も凍結させろ」
アビドスの砂漠。あれは駄目だ。あの船をカイザーが手に入れたら、何が起こるか分かったもんじゃない。
「……ふん、譲歩してやる。ただし、私が譲るのはここまでだ。これ以上は一切譲らない。その代わり、こちらからも条件がある」
「……不正の証拠は渡さんぞ」
それを渡したら、お前絶対裏切るだろ。
「それはいい。どうせバックアップは取ってあるのだろう。それに、信用できん」
「私の条件は、説得だ。アビドス校と砂漠については、私の協力者のほうが積極的でね。そっちの説得は君がしろ」
……黒服か。完全に失念していた。
今の体調で相手にしたくはないが、これはどっちにしろ避けては通れない道だろう。これが条件というのは、逆に都合がいいと考えるべきだ。
「わかった。それでいこう」
「──その必要はありませんよ」
私と理事が、バッと部屋の入口を見る。そこには、相変わらず不気味な笑顔を張り付けた黒服が立っていた。
「初めまして、『先生』。私は、ゲマトリアに所属しています、『黒服』です。どうぞ、よろしくお願いします」
判別不明の顔、ただ立っているだけでわかる異質な雰囲気。——あぁ、こいつは私と格が違う。
「……黒、服」
無言なのに、凄まじい圧を感じる。落ち着け。相手の雰囲気に飲み込まれるな。
「先生。私たちは観察者であり、探求者であり、研究者です。貴方と敵対する気はありません。──それどころか、私たちはあなたに興味を持っています」
なんだこいつは。急に意味不明なことを言い出した。
「貴方という『不可解な存在』、明らかなオーパーツであり、この世の真理に最も近い『シッテムの箱』、そして何より、オーパーツとすら言えない明らかな
「──先生、私たちの仲間になりませんか?」
「断る」
考える間もなく、即答していた。お前らとはできるだけ関わりたくもない。
「……そうですか。しかし、私たちはいつでも歓迎しますよ」
嫌だっつってんだろ。
「それより、本当にお前もアビドスから手を引くんだな?」
「ええ、まぁ。これまで
何を言っているんだこいつは。しかし、黒服がこんなちんけな嘘をつくやつではないことを知っている。だからこそめんどくさいのだが、信用してもいいだろう。というか、するしかない。
理事と黒服に背をむけて、パソコンに繋いでいた『シッテムの箱』を回収し、部屋の出口へ向かう。
すれ違いざまに、理事が話しかけてきた。
「裏切るなよ。そうした場合どうなるか、お前にもわかっているだろう。……プレジデントは、私ほど甘くないぞ」
「あぁ、知ってるよ。約束は守る」
「これでお前も、共犯者だな!」
ハハハと理事が笑う。確かに、生徒会直轄のシャーレの先生が犯罪者とは、とんだジョークだ。
……もう、後には引けない。これで私も、理事の同類だ。
「そのカードは諸刃の剣です。どうか、お体に気をつけて」
黒服のそんな言葉を最後に、私はドアを閉めた。
そして、私は廊下に蹲る。
フッ、フッという浅い呼吸を繰り返す。心臓が痛い。破裂しそうだ。血管の流れるドクドクという音が耳の中で反響する。
そのくせ、貧血の時みたく頭がふらふらする。吐き気がきつい。
原因は分かっている。大人のカードだ。
あれで呼び出した生徒を消した辺りから、体に違和感を感じていた。
ブルアカでの『大人のカード』を思い出す。
「生と時間を削るもの」。当時は、クレジットカードという形を通じて、課金やらに対するメタファーにしているのだと思っていた。
しかしどうやら、この世界ではその在り方のとおり、使用するのに何かを支払う必要があるのだろう。
十分ほど蹲ったあと、私は歩き出した。
アビドスに帰ろう。