アビドスまでの足は、カイザーが用意してくれていた。手厚い対応だ。素直にそれに甘える。
車に乗り込んですぐ、私は気絶するように眠ってしまった。
ハッと目を覚ます。ここはどこだ?
急いで状況確認をする。どうやらまだ、カイザーの車の中らしい。
意識がはっきりとしてくる。私は、敵の車の中で爆睡かましたのか。
……誘拐されたばっかりだというのに、私の意識の低さに恥ずかしくなる。穴があったら入りたい。
もう、アビドス校の近くまで来ていたようだ。運転手が、学校から少し離れたところで車を止める。
さすがに、カイザーの車でアビドス高等学校に乗り付けるのはNGらしい。まぁそんなの、癒着してますよ! って叫んでるようなもんだしな。
眠ったおかげで、頭も若干マシになってきた。車を降りて、学校まで歩いていく。
校門まで来た時、私の頭は一瞬止まった。
アルが、対策委員会の皆の前で土下座をしている。
ホシノは今にも撃ちそうな目でハルカを睨んでおり、ムツキとカヨコがそれから守るように立っていた。ハルカは顔面蒼白で、何も耳に入っていないようだった。
「な、何してるんだ?!」
慌てて、皆のもとに走り寄る。私の頭の中は疑問でいっぱいだった。
「──先生、今まで何してたの?」
ホシノの目がこちらを向く。体を射抜きそうな鋭い視線に気圧されるが、その瞬間に私は気付いた。
「……なぁ、セリカはどこだ?」
声が震える。認めたくない現実を前に、私の思考はぐちゃぐちゃになっていた。
「──全身打撲、一部の骨折、そして、背部全面に及ぶ深達性Ⅱ度熱傷。命に別状はありませんが、全治まで3か月はかかると診断されました」
アヤネが、私を見つめながら、固い声で現実を突きつける。
血の気が引いていく。私の中にあった何かがポキッと折れる音がした。
私は、自分がもう取返しのつかない所まで来たことを、明確に自覚した。
「私たちは、昨夜の時点で先生とセリカちゃんが誘拐されたことを確認しました。その後、二人の
「先生のほうは既にもぬけの殻となっていましたが、セリカちゃんのほうは……」
アヤネが顔をゆがめ、言葉を詰まらせる。その続きは、アルが引き取った。
「──全部、私の責任よ」
アルたちは、私の依頼通り、セリカにもばれないように尾行をしていたらしい。
そして、ヘルメット団による誘拐が起こり、彼女たちはそれに手を出さなかった。
──私の、依頼した通りに。
私の考えた計画とは、アビドス生徒の安全度を上げ、カイザーの不正の証拠を入手することである。
だから私は、この最初の事件で全てを終わらせようと考えていた。
ホシノに手を出される前であり、カイザー側がまだ本気を出しておらず、敵がヘルメット団だけのこの間に。
セリカがアビドス郊外の廃墟まで連れていかれたのを確認したアルたちは、そこを襲撃した。
戦闘自体は、そこまで苦戦するものではなかったらしい。ヘルメット団とカイザーがつながっている証拠も、発見できた。
……ただ、ヘルメット団はその廃墟に物資をため込んでいた。
ハルカは、いつものように建物に爆弾を設置して、爆発させた。それだけだ。
──そしてそれが、ため込まれていた火薬に引火した。
気付いた時にはもう、遅かったらしい。
便利屋もヘルメット団も、皆が建物の崩落に巻き込まれ、瓦礫の下敷きとなった。
──本当はそれでも、大丈夫なはずだった。
アビドスの生徒達は、私の認識通り、異常なほどに頑強だった。個人差はあるものの、どの生徒も基本的に銃弾の1,2発や、爆発の一つ二つでは傷つかない。
実際、この崩落自体の怪我は、大半の子が受け身を取れていたこともあり、せいぜいが打撲程度だった。
……ただ、不幸な偶然が重なった。それだけだった。
複数仕掛けた爆弾の一つが、比較的セリカに近い位置にあったこと。
そこには、火薬などの物資も保管されていたこと。
怪我はなくとも、瓦礫自体が重かったために、皆脱出に手間取ったこと。
──セリカは縛られており、それらのことに何も対応ができなかったこと。
セリカは、崩落が起きてから、瓦礫を退けて生徒達が自力で脱出し、また瓦礫を退けて発見されるまでの数十分の間、消えずに残った火種に、ずっと炙られ続けていた。
「あぁ……」
声が漏れる。脳裏に、セリカの記憶が流れていく。ラーメン屋での、元気な接客。お金を稼ぐいい案を思いついた時の、得意げな笑顔。お年寄りに褒められた時の、気恥ずかしそうな照れる顔──。
──そして、炎のなかから憎々し気に私を睨むセリカの姿。
体を削り取るような恐怖が、私を支配した。
私だ。私のせいだ。私が、全てを一気に終わらせようと、セリカを餌にするような作戦を立てたからだ。
本来ならば、こんなことにはならなかった。対策委員会の皆が素早く位置を突き止め、迷うことなく助けに行くために、彼女は無傷で帰れたはずだった。
私が欲張らなければ、浅い考えに自信なんて持たなければ、……私が、この世界を舐めていなければ、彼女が傷つくことはなかった。
「──私たちは、ヘルメット団に依頼をしたのが、カイザーPMCの理事だってとこまで突き止めた」
酷く冷たい、ホシノの声が聞こえる。
「だから、今からカイザーPMCを襲撃する。私たちのセリカちゃんにしたことを、その身をもって味わってもらう」
ホシノの目は、これ以上ないほどに本気だった。ホシノは今、心の底からブチぎれている。
シロコとノノミも、同意見のようだった。
「……それで、先生は今まで何をしてたの?」
最初と一切変わらないトーンで質問される。
「何って……」
何っていっても、誘拐されたのを口先だけでなんとかし、そのままカイザーの所に──
──ああ、そうか。この子たちは、私のことを疑っているのか。
……ははは、笑えてくる。疑うもなにも、その通りじゃないか。なに被害者面してるんだこの
私はカイザー理事と手を組んだ。その時点で、私はもう加害者側だ。
そして実際、私は裏切ることはできない。カイザー理事を襲撃させるわけにはいかない。
あの部屋で、理事と話したとおりだ。ここでカイザー理事を襲撃してどうなる?
9億の借金はそのまま残り、理事がまた別の人間に代わるだけだ。……そう、一度はカヤを連邦生徒会長にまで押し上げ、失敗してなお失脚することのなかった傑物、プレジデントに。
ならば、私が今すべきこととは。
「──フッ、ハハハ! アハハハハ! そんなこと、後回しでいいだろう! それより聞いてくれ、私は、いや私が、アビドスの借金を完済させてやったぞ!!」
笑う、嗤う、高らかに、最高の笑顔で笑ってやる。
「セリカが怪我をしたのはちょうど良かった! おかげで、事件を公表しないだけでカイザーの理事が借金をなくしてくれる! これもすべて、私の素晴らしい交渉術のおかげだ!」
高笑いを響かせながら両手を広げ、大げさなまでに自分をアピールする。
大きくなっていく笑い声と反比例するように、場の空気は凍っていった。
「──ッ!」
ガシャンッ! とホシノが私に向けて銃を構える。その手は、何かを抑えるように震えていた。
「──今すぐその口を閉じろ。耐えられなくなる」
睨まれる、睨まれる。ホシノもシロコも、アヤネもノノミも、私を視線だけで殺しそうなほどに睨んでいる。彼女たちが動かないのは、ひとえにホシノがまだ耐えているからだ。
アルたちからも、理解できない狂人を見る目を向けられる。
……そうだ、それでいい。
「やはり、便利屋に護衛を依頼したのは英断だったな!」
ピキ、と空気が固まる。
「……先生が、依頼したんだ」
シロコが、確認するようにつぶやく。
……もしかして、知らなかったのか? この期に及んでまだ、アルたちは守秘義務を守っていたのか!?
そこまで思い至った瞬間、私の体は地面に付いていた。
目の前に、太陽に照らされて鈍く輝く銃口があった。
何をされたのか、私には一切わからなかった。気が付いた時には、私の体は完璧に抑え込まれていた。
「お前はっ! セリカちゃんが誘拐されるのを知ってたのか!? それを知っていたうえで、餌にしたのかっ!?」
ホシノの怒号が響く。あぁ、そらバレるか。
「ああ! そうだよ! だから何だ! 知っていたから、わざわざ護衛を頼んでやったんだぞっ!?」
私も負けじと怒鳴り返す。
「私を撃つ気か?! 私はっ、シャーレだぞ! その引き金を引いてみろ! お前は一生牢屋の中だ!」
「────っ!」
バンッ! という低い音が、グラウンドに響いた。
──私は、土を払いながら立ち上がる。
「賢明な判断だ。今の一発はなかったことにしてやる」
寸前にホシノに抱き着いて、銃口を逸らしたシロコとノノミに、そう吐き捨てる。
「いいか、お前らがカイザーを襲撃しようものなら、お前ら全員を矯正局に送ってやる。出てきたときに、学校が残ってると思うなよ」
背後から、凄まじいまでの視線を感じながら、私は校門に向かって歩き出した。……殺意というのは、こういうものなのだろう。
校門を出てすぐの所に、ここまで送ってくれたカイザーの車が止まっていた。運転手が、窓だけ開けた状態で声をかけてくる。
「ひどい顔ですね、先生」
「……いいのか、こんな近くまで来て。カイザーとの協力関係がバレるぞ」
「もうバレてますよ。……病院まで、送っていきます」
そういえば、まだ腕の治療すらしてなかったのか。あまりに色々ありすぎて、完全に頭から抜けていた。
厚意に甘え、車に乗り込む。
「ずいぶんと派手にやりましたね」
「まぁな」
窓に、アビドスの風景が流れていくのを見ながら、私は答える。
私ができることは少ない。そんな中で一番大きいことが、カイザーとハルカに向けられたヘイトを私に向けさせることだった。特にハルカだ。私がああすることで、過失の加害者だった彼女は、私に利用された哀れな被害者となった。彼女の感じる罪悪感も、少しは減ってくれるといいが。
ともかくこれで、便利屋とアビドスの関係修復は少しやりやすくなったはずだ。カイザーの襲撃の可能性も減る。……カイザーより、シャーレを襲撃したくなっただろう。
ふと思い至って、カイザーの理事に電話を掛ける。
「──なんだ」
「お前、知ってただろ」
フ、ハハハという笑い声が電話の向こうから聞こえてきた。
「あの時の電話か」
あの時、これ以上譲歩しないと強調したのも、私に文句を言わせないためだろう。
「そうだ。先生、君はだいぶ頑張ったが、まだまだ甘い。今回のことは良い授業料だと思え」
「死ね」
返答を聞く前にピッとぶち切る。
結局私は、手のひらのうえで弄ばれてばかりだ。
▼▼▼▼▼
病院では、医師が凄く驚いていた。カイザーのあの医師は、それほどまでに上手く治療してくれていたらしい。
それでも入院を強く勧められたが、D・U区内にある別の病院を紹介してもらった。
……ここには、セリカが入院している。流石に私は、そこまで恥知らずになれなかった。
一目顔を見ようかと思ったが、私にその資格はない。
その代わりに、セリカの治療費は全額支払っておいた。
……気持ち悪い。なにが「全額支払っておいた」だ。当然だろう。私のせいで、セリカは怪我をしたのに。
金を払ったのも、怖気が立つほどの自己満足だ。私は、こんなことがセリカを傷つけた代償に少しでもなると、本気で思ったのか? 吐き気がする。
心底、自分が嫌になる。
シャーレに戻った後、私は紹介された病院へ行き、5日ほど入院した。
それも、こちらが無理を言った形だ。医師には、安静のため10日は入院してほしいと言われた。しかし、そんなことをしていては仕事が終わらない。
病院から帰ったその夜、私は薄い月明りの差し込む休憩室で横になり、右腕を掲げていた。
……結局、私の腕は完全に元通りにはならなかった。確かに骨は避けていたが、一部の神経は千切れていたらしい。動かすことはできるが、引きつった感覚と、鈍い痛みが時々襲う。また、一定の高さ以上は腕が上がらなくなってしまった。
まぁ、少し早い五十肩だと思えばそう不便でもない。逆にこの程度で済んで良かった。
……気が重い。それでも私は聞かなければならない。
「……アロナ。なんで私を守らなかった? 『シッテムの箱』には、防衛システムがあったはずだ」
俗に言う、アロナバリア。それが、ずっと気になっていた。もし、あの時誘拐されなかったのならば、未来は変わっていたのではないかと。……それが、ただの他責であると分かっていながら。
『シッテムの箱』に明かりが灯る。そこには、いつになく神妙な顔をしたアロナがいた。
「……先生。私には、先生のことがわかりません」
ぽつりと、つぶやくようにアロナは言った。
「先生は、セリカさんが誘拐されることも、私の自動防衛システムも知っています。……私は、シャーレに来てからずっと先生のそばにいました。そのなかで、これらの情報を得ることはありませんでした」
「私はあの時、分からなくなっていました。……先生は本当に先生なのか、と」
静かなこの部屋に、アロナの声が、疑念が満ちていく。
「先生──あなたは一体、何ですか?」
小さく、しかしはっきりと投げかけられたアロナの問は、私の核心を突いていた。
「……はは、私にもわからないよ」
深く息を吐き、掲げていた右腕を下ろして目を覆う。
「もう何も、わからない。何故、私はここにいるのか。何故、私が呼ばれたのか。……私の存在意義とは、何なのか」
今でも、これは全部夢なんじゃないかと思うことがある。もしくは、高精度なシミュレータの中か。
私のもつ記憶は全部偽物で、この世界は5分前に出来上がったものではないかと、そんな妄想すらしてしまう。
それらの妄想は、私から多くの活力を奪い去り、恐怖と絶望を私の中に染み込ませていった。
「それでも、人は存在意義がないと生きていけないから。私は、この記憶に縋るしかない」
──生徒を救うという役割に、縋るしかない。
「アロナ。……私はね、未来を知っているんだ」
「未来……ですか?」
訝し気にアロナが聞きかえす。
「あぁ。ひどく限定的な未来だが。……そこにはね、理想が広がっていたんだよ」
「先生と生徒が一丸となって、数々の問題を解決し、すれ違いや困難が生じても、最後はみんな笑顔になる」
思い返す。原作での先生の行動を。そして、それによって救われていった生徒達の笑顔を。
「そういう、素晴らしい未来が広がっていた。……はずなんだ」
声が沈む。
「どうだ、今の私は」
「ある生徒は大怪我をし、ある生徒は罪の意識にうなされ、ある生徒は怒りで自分を染め上げた」
これは、どうしようもないほどに、私の罪である。
先生が先生のままだったら起きることのなかった、私によって引き起こされた——人災だ。
「──だから、私はもう後には引けない。引けないんだよ」
犯罪者になったことだけじゃない。私にはもう、生徒を救うという道しか残っていない。
「──」
長い沈黙が、休憩室を覆った。それでも、私はこれ以上言葉を重ねる気はなかった。
結局、沈黙を破ったのはアロナだった。
「……わかりました。今の言葉を全て信じるわけではありませんが、先生、私は貴方を信じます」
「そうか……ありがとう」
少し、声が震えてしまった。私が今の言葉にどれほど救われたのか、アロナには知るよしもないのだろう。
アロナが目を横にやりながら、少し気まずそうに言ってくる。
「先生……誘拐の時は、申し訳ありませんでした」
「いいさ。あれは、そもそもの作戦が間違っていた。責があるとすれば、私だけだ」
重い話を終えた私の瞼が重くなっていく。きっともう、体が限界だったのだろう。
私の意識は、徐々に闇へ飲まれていった。
翌日になり、便利屋とアビドスにお金を送る。便利屋には依頼料として、アビドスには支援金という名目で、だいぶ色をつけて送った。
彼女たちは、きっと口止め料だと思うだろう。金に手を付けることすらないかもしれない。
しかし、それでもお金は大事だ。いつか、彼女たちの役に立ってくれることを切に願う。
「さて、今日の仕事は……」
いつもどおり、机の上に大量に置かれた書類に手を付け始める。
……私はもう、止まれない。
▼▼▼▼▼
私は、画面の向こう側で寝ている。あの男性を見る。シャーレの先生。そうあれと望まれて、そうあれと自らを定義した人間。
「先生……本当に、ごめんなさい」
シッテムの箱の防衛システムは、そう簡単なものではない。あれは、私が私の意思で発動させるものだ。それには、勿論制限がある。
防御できる威力、時間、その他もろもろの制限に加え、そもそも私か先生のどちらかが、どこからどういう攻撃がくるのかをあらかじめ察知していなければ、防御は間に合わない。
そして、あの誘拐の時──私は、背後からの攻撃を察知できていた。
そう、あの時、あの時に私が迷わなければ、躊躇うことなく防御システムを使えていれば、少なくとも先生が気絶し、誘拐されることはなかった。
「そうです。貴方が自分を、生徒達を傷つけた犯罪者と呼ぶのなら。その責任は、私の責任でもある」
そして、思い返す。
「──あれがなければきっと、私が迷うことはなかった」
あれが、あれがなければきっと、私は先生を信じられた。
もし、さっきの先生の発言がすべて嘘だったとしても、あれだけは本当であると、私は信じられるのだから。
「先生は、きっと──」
「──いえ、これも、ただの言い訳ですかね」
これでアビドス編終了です。
アビドスの生徒は毒や脱水などの長時間の持続ダメージのほうが効くかなと思ったので、セリカちゃんはこうなりました。ごめんね(・ω<)