ミレニアムへ
私は今、ミレニアムにいる。
「アリス! このシナリオ良くないっ?!」
モモイが満面の笑みでシナリオを見せている。私にはシナリオの良し悪しなどまったくわからないが、自分の好きなことにこれだけ打ち込めるのは凄いことだ。私にはできなかった。
「お姉ちゃん、そのシナリオにどれだけのイラスト数が必要になるかわかってる……?」
ミドリが、姉の正気を心配するかのように苦言を呈した。彼女的にはこのシナリオは不評のようだ。
「モモイ! アリスはそのシナリオ、素晴らしいと思います!」
アリスがいつものニコニコ顔だ
──そう、ここには、既にアリスがいる。
といっても、原作通りに進んだだけだ。
正直、アリスをどうするかは迷った。しかし、私が起こさなくても何かの拍子に勝手に目覚める可能性がある。それに何より彼女も、『先生』の救った大事な生徒の一人だ。放置はできなかった。
ちらっと部室の隅を見る。そこにあるのは、壁に立てかけられたアリスの主武装だ。名前は確か……光の剣、スーパーノヴァ。元が宇宙戦艦搭載用だかなんだかのレールガンなだけあって、凄く厳つい。
エンジニア部でこれを貰う時に私も触らせてもらったのだが、まったく、ピクリともしなかった。
「それで、先生は今日も来たんですか?」
ミドリの矛先がこちらを向いた。目に若干の嫌悪感が滲んでいる。おまえは仕事しとけよという副音声が聞こえてきそうだ。
「あはは、珍しく助けを求められたからね。廃部問題が解決するまではもちろん来るよ」
暗に、お前らが呼んだんだろというニュアンスを含ませながら言ってあげると、案の定ミドリの機嫌は悪化した。
「それで、ミレニアムプライスに出品するゲームはどうする気かな。何かあてはある? 別に、私は後ろから応援するだけだけど」
助けに来たって言いながらの丸投げ宣言に、絶対零度と言っていい視線がミドリからくる。もう視線だけで会話できそうだ。
「あてならあるっ!」
そんな私とミドリの冷戦を、胸を張って自信満々のモモイの声が遮った。
まぁ、モモイの話を要約すると、ミレニアムの伝説的ゲームクリエイターが書き残したとされる神ゲーマニュアル「G.Bible」を探しに行こうというものだった。
ヴェリタスの助けのもと、私たちは再び廃墟へ行った。アリスを発見した時と今回でもう2回だ。ここら辺は無名の司祭による謎ロボットが徘徊しているので、できれば来たくなかった。あいつらにはまともな思考がないから話が通じない。
「……先生、帰ったほうがいいですよ」
ミドリが忠告してくる。ここら辺はやはり危険な場所という認識があるようだ。
……わかるよ。ほんとは来てほしくなかったんだよね。
私はアリスによるとHPが1しかないクソ雑魚である。そのくせ、死なせたら問題になるとかいう厄介な存在だから。
「心配してくれてありがとね~。でも、私は大丈夫だから。それより周囲を警戒しなよ」
別に今も警戒していただろうに、わざと言ってみる。
自分を心配してくれた人へのこの返し、私がされたらだいぶイラっとくる。人に嫌がられたいなら、自分がされて嫌なことをすればいい。
「わかりました。無理はしなくていいですからね」
真面目な顔で、ミドリが頷き返す。その瞳には、純粋な心配の色しかなかった。
……やはりこの子たちは、性根が真っすぐなのだろう。思わず目を逸らしてしまった。直視するには、この子たちは眩しすぎる。
「安心してください。アリスが先生を守ります。どんとこいです!」
いつでも明るいアリスに癒される。アリスはいつも、真っすぐで、明るくて……だからこそ余計に、私の醜悪な部分が目についた。
そのあと、皆で連携しながらなんとか目的地へとたどり着いた。アリスが、導かれるように一台のコンピューターの前へ行く。
『Divi:Sion Systemへようこそ』
そうして、モモイのゲーム機の中に「key」が入った。
▼▼▼▼▼
G. Bibleを入手した私たちは、そのままヴェリタスの元へ行った。がっつりパスワードがかかっていたからだ。
機械にあふれたヴェリタスの部室には、ハレとマキ、コタマがいた。私が会うのは初めてだ。しかし、話す前から距離感を感じる。……まぁ、私の色々な噂を聞いているのだろう
ゲーム開発部に向けて話すマキによると、G. Bibleは伝説のゲーム開発者のもので間違いないらしい。しかし、その中身を知るには、ヴェリタスの部長であるヒマリが開発した「鏡」と呼ばれるプログラムが必要なようだ。
「それで、その鏡なんだけど……この前ユウカに持っていかれちゃったの。「不法な用途の機器の所持は禁止」って。鏡は生徒会の差押品保管所に持っていかれちゃった」
まぁ、ということで生徒会の差押品保管室への襲撃が決定した。なんとエンジニア部とヴェリタスも手伝ってくれるらしい。
「先生にも手伝ってもらうからね!」
そういうことになった。
皆と別れた後、私はおもむろに携帯を取り出す。
「──何の用かしら。先生」
「あぁ、リオ。経過報告だよ。予定通り、ゲーム開発部はC&Cと戦ってくれるらしい」
というわけで、私はリオと手を組んでいる。こっちだって色々あるのだ。
リオとは、アリスを発見し連れ帰った時点で連絡を取っていた。この時期の会長は逃げも隠れもしていないので、連絡をとるのは案外簡単だった。
あとはもう、私もアリスの正体と、リオが横領した金でエリドゥを造っていることを知っていると匂わせれば、仲間になるのは難しくなかった。……信用されているかは別としてね!
「それで? 他の用事があるのでしょう?」
腕を組みながら、リオが問いかけてくる。もとの顔が鋭いためか、まるで睨まれているかのようだ。正直、ちょっとビビってる。
「いや、別に……」
「…………」
私とリオの間に沈黙が流れる。じゃあなんで電話したんだという無言の圧を感じた。
「……特に用がないのなら、経過報告は通常通りメールで伝えて頂戴」
「そうだね」
ため息とともに吐き出された言葉に、おざなりな返事を返す。
リオがイラついたのが分かった。ため息つくと幸せが逃げるんだよ?
▼▼▼▼▼
薄暗い会議室の中には、二人分の声が響いていた。
「──それで、リオ。あの大人について何かわかりましたか?」
「そうね、いくつかの情報は集まったわ。……でも、まだ底が知れない。あとうざいわね」
「そうですか。私としては、そこまでの人物には見えませんでしたが」
ヒマリが、少し不思議そうに問う。
「そうね。私もおおむね同意見よ。いくつか彼に仕掛けてみたけど、精神面において特筆すべきことはないわ。うざいことを除いて、困っている生徒への対応、困らせてくる生徒への対応、どれも一般的なものだった。
「……なるほど」
何か考え込むように、顎に手を当てながらヒマリが呟く。
「肉体面に関しては、事実の確認といった所かしら。私たちとは比較にならないほど貧弱ね。彼自体に直接的な戦闘能力はないとみていいでしょう。ただ、あの『シッテムの箱』というオーパーツを利用した指揮能力については、まだ測りきれていないわ」
「ふむ、となると、貴方が「底が知れない」と言ったのは……」
「ええ、どうやって私たちの計画を知ったのかという点よ。『シッテムの箱』を利用した可能性も考えたけれど、今の所、そういった機能は確認されてないわ。一応確認してみたけれど、私のほうでハッキングされた形跡はなかった」
「そうですね、私のほうでも同様です」
「……結局、現状維持のまま観察を続けることになりそうね」
はぁ、と深いため息をつきながらリオが言う。彼女はこのせいで、ここ数日まともに眠れていなかった。
「……あの謎の少女アリスに加え、アビドスで問題を起こした先生まで同時に来るなんて、今だけは貴方に少し同情してあげますよ、リオ」
「それでも、放置はできないわ。ミレニアムの安全を守るのが私の責務だもの」
その言葉には、強い覚悟が籠っていた。
薄暗い部屋の中、二人だけの会議はまだまだ続く──
爆速で話を進める。