アリスの号令とともに、ロボットたちが襲い掛かってくる。それを、臨時で指揮しながら捌いていく。幸い、人数的には勝っている。なんとかなるはずだ。
指示を出す。できる限りアリスの体を傷つけないように、ロボットだけを倒していく。そんな甘えたことをしている間に、アリスはレールガンを構えていた。
私は、迷わずモモイの前に出た。
──閃光。爆発音。容赦なく室内でレールガンをぶっぱなしやがった。アロナバリアを貫通して、骨の髄から揺らすような衝撃が体に響く。ヴェリタスの部室が半壊だ。皆は無事だろうか。
砂埃の舞うなか、アリスの姿を確認する。……未だ、目は赤いままだ。
「有機体の生体反応を確認。プロトコルの失敗を確認しました」
「あ、アリスちゃん!?」
ユズがいつになく大きい声で呼びかける。それに一切の感情を見せず、アリスは言葉を紡ぐ。
「……プロトコルの再実行を行います。武装のリロード開始」
再びレールガンを撃つつもりらしい。それはさすがにまずい。
「マキ! 頼む!」
「うん! ……アリスちゃん、ごめんね!」
マキがアリスをぶん殴る。効果は薄いようだ。しかし、充電の妨害は成功した。
「……妨害を確認。妨害要素を排除します」
「マキ! よけて!」
マキが飛びのき、直後にアリスにぶん殴られる。飛びのいたおかげだろう、重傷ではないが、放置できるものでもない。……頼む、早く来てくれ。
アリスは止まらない。再度、レールガンの充電を開始する。
そこに、スカジャンを羽織った、小さくて、とても頼りになる背中が現れた。
「おい、チビ。そこまでだ」
「…………!!」
「おとなしく寝てろ」
やはり、ミレニアム最強の名はだてじゃない。私の目には何も分からないまま、ネルが一瞬で無力化した。後からC&Cのメンバーも駆けつけてくる。
ほっと安堵の息をついた時、空気を切り裂くような叫び声が聞こえてきた。
「お姉ちゃん!!!」
「あ、ああ、モモイ……!!」
ミドリとユズの悲痛な声。私はバッと振り返る。──大丈夫。大丈夫なはずだ。
振り返った先のモモイは、腕をおさえて蹲っていた。泣き声も聞こえる。——意識はある。原作よりも傷は浅い。……良かった。
泣いているモモイを医務室へと送りとどけ、その日は一旦解散した。あのロボットは、他でも暴れているらしい。C&Cはその対応に追われていた。
……モモイが原作よりだいぶ軽傷な以上、私は急ぐ必要がある。
翌日、部室へ行くと、扉の前でミドリとユズが所在なさげに立っていた。おそらく、アリスが部室に引き籠ってしまったのだろう。
「あ、先生……」
ミドリが声をかけてくる。しかし、原作と違ってミドリもユズも私には頼らない。私に対して、そこまでの信頼を寄せていない。
だから私は、ミドリの声を無視して、強引に扉を開ける。
電気すらついていない暗い部室の隅で、アリスが体育座りをしながらうつむいていた。
「……アリス」
アリスがゆっくりと顔を上げる。その青い瞳は、涙で濡れていた。
「せ、先生……アリスの、せいで……モモイが、モモイが怪我をしました」
震える声。
「全部……アリスのせいです。どうして、こうなっているのか……アリスにも……わかりません」
「あの時、体が勝手に反応しました。……記憶も、おぼろげです。……でも、ひとつ確かなのは……アリスが、アリスがモモイを傷つけました」
「アリスは……一体、どうしたら……っ!」
目に涙を浮かべながら、そう言うアリス。記憶がなくとも、自分が許せないのだろう。
許せなくて、贖罪がしたくて……でも、今の自分が信用できないから、どうすればいいのかもわからなくて。ずっと、心に痛みが、心にある罪の意識が、アリスを傷つけ続けている。……あぁ、よくわかるよ、アリス。
──だから、私は……。
「そうだね、アリス。君だ。君がモモイに怪我を負わせた。君のせいだ。君がいなければそんなことにはならなかった」
後ろで、ミドリとユズが絶句するのが分かった。
「「真実」を教えてあげよう。……アリス、君はね、ただの生徒じゃない。未知のロボットを操る指揮官であり、かつて存在した「無名の司祭」が造りあげた、兵器だ」
「それも、世界を終焉に導く……ね。その名も「名もなき神々の王女 AL-1S」」
空気が、凍った。アリスが、小さくつぶやく。
「アリスには……アリスには、理解……できません……」
それを皮切りに、ミドリとユズも反論する。
「──何言ってるんですか! 脳内の独自設定を押し付けないでください! アリスが、へ、兵器なんて、そんなわけない!」
「み、ミドリちゃん……」
それでも、彼女たちはこれを事実として、正しく認識しなければならない。
「そうだね、もっとわかりやすく言おうか。──アリス。君はね、世界を滅ぼす魔王なんだよ。君が今までそうしてきたように、勇者によって討ち果たされるべき、魔王」
「アリスが……魔王……!」
「まだそんなこと言うんですか! ふざけないでください! ……いったい、何を企んでるんですか!?」
「それでも、君たちも見ただろう。私も見た。なんなら巻き込まれたさ。──アリスが、あの未知のロボットを操って、私たちを排除しようとしたところを」
「私も、正直想定外だった。……でも、アリスがやったことは変わらない。今回は壊れかけのだったからあの程度だったけど、次はもっと悲惨なことになるよ? ──モモイだけじゃ、すまないかも」
「…………!」
アリスの体がビクリと震える。祈るように組まれた両手は、固く握りしめられていた。
「でも、この問題はね、簡単に解決するんだ。……アリス、君が消えればね」
「……そ、んな、アリスは……「勇者」になりたくて……。ただ……皆と一緒に、ゲームが、したいだけで……」
声が徐々にしぼんでいく。だから私は、優しく、驚くように言ってあげた。
「へぇ! 「勇者」って、友達を傷つけるんだ! 知らなかったなあ、そんなことするのは、てっきり「魔王」だけだと思ってたよ!」
瞬間、背後から私にゲーム機が投げつけられた。私の頭上を通り越していったそれは、壁に激突して派手な音をたてる。
「……アリスちゃん、聞かなくていい」
私とアリスの間に割って入ったミドリが、見たことないほど冷たい目で、私を睨みつけながら言った。
「……先生が、ここまで最低だと思わなかった」
「せ、先生。これ以上は……やめて……!」
ユズも、両手を広げてアリスを庇うように私の前に立つ。感動のシーンだ。——でも、関係ない。
「……アリス。君は分かっているはずだよ。さぁ、こっちにおいで」
その時、部室に入ってくる影があった。
「──おい、これは一体、どういう状況だ?」
ネルだ。スカジャンをなびかせて、私を真っすぐ見てくる。流石に速いな。C&Cには誤情報流して、ミレニアムの郊外までロボット退治に行かせたはずだが、もう戻ってくるとは。
「ね、ネル先輩……。なんで……ここに……?」
「あぁ? ……そりゃあ、あんなことがあったんだ。そこのチビを、放ってはおけねぇだろ」
少し顔を赤らめながら、照れくさそうにネルは言った。なるほど、心配してたのか。
「……ネル先輩、アリスちゃんのことを、心配してくれてたんですか」
「そ、そんなわけ……くそっ。あぁ、そうだよ! 心配して悪いか!?」
ミドリも気付いたようだ。ネル、相変わらず良い先輩してんな。
「──それで、一体どういうつもりだ。先生」
一瞬でネルの雰囲気が変わる。凄まじい圧迫感。ただここにいるだけで息が詰まりそうだ。それでも、私は止まらない。
「……ネル、アリスを連れていきたいんだ。手を貸してほしい」
バカのふりをして頼んでみる。
「なるほどな。──断る」
即答。もうちょっと迷ってくれよ。そうじゃないと、こっちも切り札を切らざるを得ない。
「トキ」
私の切り札、トキだ。トキは無言で私の前に立つ。初めてトキに会ったネルの顔は、驚きに満ちていた。
「てめぇ、その恰好は、C&Cの──っ!」
「トキ。アリスを連れていく。ネルの足止めをしてくれ。──「武装」の使用も許可する。早くしろ」
「…………承知しました」
少し不服そうだ。ちょうどいい。
「──トキ、分かってるよね。トキがちゃんとしないと、リオがどうなるかわからないよ?」
「──はい。モード2に移行します」
トキもやる気になったようだ。対面にいるネルの顔が、怒りにゆがむ。
「てめぇ、リオにもなんかしてんのかっ!? ──くそ野郎が。ぶっ潰してやるよ!」
戦いは、すぐに終わった。怒りで前が見えないネルと、AMAS、やる気になった武装済みトキ。そのうえの支援付きだ。ミドリとユズを守りながらでは、いくらネルが強いとはいえ戦いにならない。
間接を極められ、トキに押さえつけられたネルは悔しそうにあがく。
「くっそ、ふざけんな! 離せ!」
「無駄だよ、ネル。──他の皆も、下手に動かないでね」
そう言って私は、アリスに向けて歩き出す。
「アリス、君がいるとね、皆が困るんだよ」
私は、少し屈みながらアリスに手を差し出した。
「──アリスちゃんに触らないで! アリスちゃんは兵器なんかじゃない! 魔王なんかじゃないっ! ──だって、アリスちゃんは「勇者の証」である光の剣をもってるんだから!」
泣き叫ぶようにミドリが言う。だから私は、アロナを使って「勇者の証」、エンジニア部の力作、スーパーノヴァの電源を落とした。
「……これでいい?」
「アリスの、剣が……ゆうしゃの、あかしが…………」
アリスが、呻く。顔が、瞳が絶望に染まっていく。そして、ミドリを、ユズを、私を見る。
「……アリスが、悪いのでしょうか。……全部、アリスがいたから……。アリスが……ここにいたら……同じことが……」
「──アリス、理解しました。…………アリスが、消えるとします」
そこには、あまりに大きい優しさと、どうしようもない諦観があった。
「あ、アリス、ちゃん……」
「なっ……チビ、てめぇ……!」
アリスを引き留める声を振り払い、私は優しく声をかけた。
「……そう。じゃあ行こうか」
アリスの手を取って歩き出す。向かうはエリドゥ。そこで全てが終わる。……きっと、これで良いはずだ。
「アリスちゃん──!」
ミドリの叫ぶ声が、私とアリスの背中に突き刺さっていた。