一般大学生先生   作:メタルウーパ

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彼の本性

 目を開けると、元いた部屋に戻っていた。電灯の白い光が目に染みる。

 

「せ、先生……?」

 

 アリスだ。心配そうにこちらを見ている。何の説明もしていないから、アリスにとっては急に眠り始めた変人だ。……というか、誘拐犯の心配をするな。

 

「おはよう、アリス。ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

 

「……大丈夫です」

 

 元気がない、当然だが。胸が痛くなる。

 

「アリスは、ケイのことをどう思う?」

 

「ケイ? それは、モモイのゲーム機の……?」

 

「うん。そうだよ。そのケイが、今回の事件の真犯人だ。アリスの体を乗っ取り、モモイに怪我を負わせた諸悪の根源」

 

 すまん、ケイ。でも事実だ。こういう言い方しかできない私を許してくれ。

 

「諸悪の……根源……」

 

「私はアリスを、兵器だと言ったね。世界を終焉に導く兵器だと。それで言うなら、ケイは鍵だ。アリスを、AL-1Sに戻すためのね。そしてそのケイは、今アリスの中にいる。具体的に言えば、精神の中に」

 

 私の急な発言に、アリスは理解が追い付いていなかったが、私に言われるがまま目を瞑り、集中すると一つ大きく頷いた。

 

「確かに、アリスの中に誰かがいるのを感じます。でも、先生。アリスには……分かりません」

「どうして、どうしてケイは、あんなことを……ヴェリタスの皆さんの部室を破壊したり、モモイを傷つけたりしたのですか?」

 

 アリスが、悲しそうな眼差しでこちらを見てくる。私は、ここを乗り越えなければならない。

 

「アリス、君は、自分の存在意義が分かるかい?」

 

「……世界を、破壊する……魔王です」

 

 顔を俯かせ、泣きそうな声で言う。私の罪が、形になって襲い掛かってきた。

 

「いや、それは違う。それは、私のような赤の他人が勝手に定義しただけだ。君は、それを知るまで、自分のことを何と考えていた?」

 

「……わかりません。そんなこと、考えたことありませんでした。……ただ、アリスは、ミドリと、モモイと、ユズと、皆と一緒にゲームができれば、それで……!」

 

 そうだ。その平和を、私が粉々に破壊した。

 

「そうか。それなら、それでいいんだろう。……アリス、ケイにとってはね、世界を破壊することが存在意義だったんだ」

 

 アリスの頭にはてなが浮かぶ。

 

「そうだね……アリスの好きな勇者と一緒だよ。勇者は、世界を救わないといけないだろう?」

 

「じゃあ、ケイは……!」

 

 一つ、大きく息を吸う。

 

「でも、ケイと勇者では大きく違うことがひとつある。……自分で選んだか否かだ」

 

 そうだ。それが、彼女を許す理由となる。

 

「……私がアリスを、「世界を破壊する兵器」と定義づけたように、ケイもまた、遥か昔に存在した無名の司祭たちに、そうあれと言われたに過ぎない」

「——アリス、君は、私から魔王だと言われて、どう思った?」

 

 アリスが、泣きながら顔を上げる。その言葉は、強い意志が乗っていた。

 

「嫌でした……! とても、悲しい気持ちになりました……!」

 

「──そうなんだ。他人からの評価が、その人の全てじゃない。他人じゃない、自分が、どう思うかだ。ケイは、まだ子供だ。自分の気持ちというものが、まだ育っていない。だから、言われたことを一生懸命にやろうとする」

 

 そうだ。アリスもケイも、目覚めてからまだ2か月も経っていない。だから——

 

「だからどうか、ケイとしっかり、向き合ってあげてくれ」

 

「……はい」

 

 ……私の言葉では、アリスを救うことはできない。やはり、ゲーム開発部に後を任せるしかないのだろう。結局、大事なところは他人任せ。そんな奴がよくもまぁ、偉そうに説教できたもんだ。恥ずかしくて死にそうだ。

 

 最低限、アリスにケイのことを伝えることはできた。これも最後は、二人の間で話し合うしかないものである。凡人の私には、その舞台を整えることしかできなかった。それも、多くを傷つける形で。

 

 私の罪はいつか、報いを受けるのだろう。……それでも、子供の罪は、許されるべきである。

 

 

 

 泣き疲れて眠ってしまったアリスを置いて部屋を出た瞬間、アロナから連絡が入った。

 

「──先生、時間をかけすぎです。エリドゥの防衛機構は最終ラインまで突破されました。アバンギャルド君も沈黙しています。調月リオさんも、明星ヒマリさんもとっくに救出されました」

 

 早いだろうと思っていたが、予想以上に早いな。

 

「ここに来るまであとどれくらいかかる?」

 

「調月リオさんの無事を確認した飛鳥馬トキさんが、もの凄い勢いでこちらに向かっています。AMASを使って足止めしていますが、後3分ほどでここまで到着するでしょう」

 

 アビ・エシュフが強すぎる。さっさと逃げよう。

 

「アロナ、ヘリはどこにある」

 

「用意していた無人ヘリは、ヴェリタスのハッキングでまともに動きません。……念のため、カイザーに頼んでおいて良かったですね」

 

「頼んだのは私だけどな。アロナはヴェリタスを舐めすぎなんだよ。……カイザーなら、第三屋上か」

 

 言い訳をしようとするアロナを無視して走りだそうとしたその時、携帯が鳴った。反射的に出てしまう。

 

「もしもし」

 

「──投降しなさい。脱出用のヘリは潰しました。もう間もなく、トキもそちらに着くでしょう。逃げても無駄です」

 

 ヒマリか。わざわざ電話してくるとは、煽りか? 

 

「ご忠告ありがとう。それだけならもう切るぞ」

 

「いえ、今も惨めに足掻いてるでしょうあなたに電話したのは、どうしても言いたいことがあったからです」

 

「なんだ」

 

「──あなたは、どうしようもないほどの愚か者です」

 

 アリスのことか。ハッ、そんなこと、とっくの昔に分かってるさ。アリスのことをただの少女と定義したヒマリには、私の行動は犯罪者以外の何物でもないだろう。

 

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 心臓が凍った。

 

「もとから、不思議だったのです。何故、こんな真似をしたのか。それも、私たちの計画に勘付き、裏をかくことのできる貴方が、こんな派手で、杜撰な事件を起こしたのか」

 

 体が震える。上手く呼吸できない。自分が今、暑いのか寒いのか分からなくなっていく。

 

「──罰せられたかったのでしょう。アビドスの事件から、ずっと」

 

 その言葉を聞いた瞬間、私の体から力が抜けた。手から滑り落ちた携帯が床に転がり、嫌な音を立てる。それでも、ヒマリの声は、この小さい部屋に響いていた。

 

「ゲーム開発部に冷たいのも、露悪的なまでにアリスを責めたのも、全部、嫌われたかったから。あなたは、周囲から嫌われ、憎まれることで、自分の中の自罰感情を消化しようとした」

 

「──そのおぞましさが、なにより私にとって嫌悪の対象です。キヴォトスのためと言いながら、その実、全部自分のため。寒気がはしるほどのエゴイスト。——あなたは結局、自分のことしか考えていない」

 

 突き刺さる、突き刺さる。

 ヒマリの言葉に一音一音が、刃となって私の体を切り刻む。私の、醜悪で下劣で最低な本性が、白日のもとに晒される。

 

「わ、わたし、は……」

 

 ゴオォォンと激しい音が響く。ハッと我に返ってそちらを見ると、アビ・エシュフで完全武装したトキが立っていた。

 

「……どうやら、私の時間稼ぎも終わりのようですね。……もう二度と、会わないことを願ってます」

 

 通話が切れる。

 どうやら私は、完全にしてやられたようだ。……所詮、私のような小物では、真の天才たちを上回ることなどできない。

 

 だから結局、汚いチートに頼るしかない。

 

 ──私は、大人のカードを取り出した。

 

 心臓を、絞られるような痛みが襲う──

 

 

 ▼▼▼▼▼

 

 

 大人のカードの力でトキを抑えた後、増援が来ないうちに、私はカイザーのヘリへ乗り込んだ。

 

「先生、いつ見ても最悪な顔色ですね」

 

「……あの時の運転手か」

 

 アビドスで私を送迎してくれた奴だ。どうやら私の担当になったらしい。

 

「どっちかと言えば左遷ですけどね。……こんなにカイザーに頼って、あんまり舐めてるとまた痛い目見ますよ」

 

「よく言うな。舐めてるのはそっちだろ。あのミレニアムの生徒会長の切り札で、凄まじい演算能力をもつエリドゥの位置情報の対価が、たったのヘリ一台とはな」

 

 ハハハと運転手が笑う。

 

「一応、ダミー含めて三台で来てますよ」

 

「あんま変わんねぇだろそれ」

 

 思わず口調が崩れてしまった。先生であろうとずっと意識してきたのに。

 

 窓から外を覗く。これで、エリドゥに来るのも最後だろう。見納めというやつだ。

 と思ったら、物凄い数のミサイルがエリドゥから発射されていた。間違いなく、一直線にこちらに向かっている。

 

「な、なぁこれほんとに大丈夫なのか?」

 

 ビビって思わず確認してしまった。

 

「大丈夫です。任せてください。こちとら、送迎一筋30年ですよ!」

 

 こいつ一体何歳なんだと思ったが、ロボの年齢なんて読み取れない。まぁもう、身を任せるしかないのだろう。

 そんなことを考えていると、ふと、運転手の雰囲気が変わった。

 

「……先生。先ほど言った発言、あながち冗談じゃないですよ。カイザーを頼るのは、これで最後にした方が良いでしょう」

 

「…………」

 

「……もう、シャーレには帰らないつもりでしょう? どっちにしろ、ここまでの事件を起こした貴方は、もう表には戻れない。それは貴方も、分かっていたでしょう」

 

「……それでも、やる必要があった」

 

 私の固い声に、運転手はどこか悲し気になる。

 

「……それなら、私はもう何も言いません」

 

 彼にもきっと、わかったのだろう。私の迎える結末が。

 

 

 

 運転手は、私をブラックマーケットの一角に下ろした。手厚いことに、今晩の宿まで手配してくれたらしい。

 

 部屋に入った私は、そのままベッドに倒れ込む。疲れた。あまりにも疲れた。

 枕に顔をうずめたまま、私は言う。

 

「……アロナ。私のことをどう思う?」

 

「ヒマリさんの件ですか。正直、同意できる部分が多いです」

 

 だよなぁと、さらに深くベッドに身を預けながら、私は言い訳をする。

 

「私はさ、アビドスが終わった後で、私に最終編が起きないことを悟ったんだ」

 

 最終編。あれは、結局のところ、失敗した先生がそれでも世界線を越えて、大切な生徒を預けにくる話だ。

 ……それでいうなら、私はもうとっくに失敗している。一体誰が、こんな奴に大事な生徒を預けようと思うのか。

 

「最終編はさ、アリスを誘拐したリオが少しだけ赦しを得て、ケイとアリスが和解するんだよ」

 

 じゃあ最終編がなくなったらどうか。リオはずっと罪の意識に囚われて隠れ続け、ケイとアリスはすれ違ったままだ。

 そして思い返す。トリニティの、自分の見た未来に絶望し、それでも前を向いた少女の言葉を。

 

「ある生徒は、「王の過ちはただ一つ……彼が「王」で在るという事だけ」と言った。だから私が、リオに成り代わろうと思った」

 

「その生徒が誰だかは知りませんが、それならわざわざ成り代わらなくても良かったのでは?」

 

 それができれば、そうしたかった。

 

「でもね、パヴァーヌの事件自体は必要だと思ったんだよ。リオがちゃんと納得できるように。全く知らないタイミングでケイが暴走しないように。それにアリスと、ゲーム開発部は、自分たちがなにで、どういう状況なのかをちゃんと理解する義務があると思ったんだ」

 

 知ったうえで、それを乗り越える。そこに、大きな意味がある。

 

「ゲーム開発部に冷たくしたのも、私が裏切った時に躊躇なく戦えるようにって思ってやったんだ。……そのつもり、だったんだけどな……」

 

「──でも、ヒマリさんの言葉に、反応してしまった」

 

 そうだ。その通り。

 

「自分も知らない自分を、無理やり暴かれたような気分だったよ。……もしくは、わかってて、見ないようにしていたのかも」

 

 どっちにしろ私は、ヒマリの言葉を否定できなかった。

 

「ハハ、ここまで自分に失望するのは、アビドス以来だな」

 

「……それでも、私は先生についていきますよ」

 

 アロナのその言葉を最後に、私の意識は闇の中は落ちていく。

 今日も夢見は悪そうだ。

 




一応これでもハッピーエンドは目指してます。できるかどうかは別として。

活動報告に蛇足を載せてます。完全な蛇足です。読まなくても何ら一切影響はありません。
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