オンパロスに1人生やしてみた。列車組はいません。

 ごく一部だけオリジナル設定あります。

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 なんか久々に書いてみよーって思って書きました。
 来週やっと実装されますね。嬉しい。


死よりも花の似合う彼女に捧げよう

 

 英遠の聖都オクヘイマは、人類が生活できる最後の都でもある。暗黒の潮の脅威にさらされるこの終末期。神託を信じてそれに抗おうとしているのが黄金裔たち。

 その黄金裔の中で指揮を取る立場にいるアグライアなどはこの都市にいるが、全員がこのオクヘイマにいるわけでもない。

 

「どうした? 今日はここまでか?」

 

 オクヘイマにいるのは、アグライアとトリスビアス、キャストリスとファイノン。

 そして模擬戦に付き合っているモーディスの5人だ。

 

「いいや。まだだ。まだ付き合ってもらう」

 

「フッ。ならば来い!」

 

 モーディスのその言葉に乗り、男は疲れ始めている体に鞭を打った。

 突き出した右拳が受け止められる。迫る拳は左腕で受け流した。体を右に回して右肘を打ち込もうとするも、それより早くモーディスの蹴りが腹に入る。

 

「っ!」

 

 体が浮き、地面に転がる。なんとか受け身は取ってすぐさま起き上がったものの、入った一撃は重かった。ふらつく体を意地で支え、視線はモーディスから外さない。

 

「相変わらず良い目をしているな」

 

「もう、1本ッ!」

 

「よくぞ言った。それでこそだ」

 

「いやいやそこまで」

 

 限界を攻めさせようとするモーディスを、ファイノンが横から止めに入った。向かい合う2人の間に割り込むと、ファイノンは2人に構えを解くように促す。

 

「随分と甘いな救世主。追い込まれようと挑まんとする戦士を止めるなど」

 

「アレクの要望に応えて鍛えるにしても、追い込まれないようにするべきじゃないか?」

 

「それが甘いと言っている。鍛えるならば日頃から限界まで追い込むべきだ。地力を上げるためにもな」

 

「そういうこと、だ。ファイノン……。俺は、もっと強くなる」

 

「……君の気持ちは理解できる。だが今日はここまでだ。今も意識を保つのでやっとじゃないか」

 

 ファイノンの指摘は当たっている。アレクと呼ばれたこの男、アレグナスは上体がふらついている。視線こそモーディスに向けたままだが、その実視界はぼやけていた。

 それでも続けようとする気概をモーディスは買った。そこをラインだと判断して止めたのがファイノンだ。両者気づいていた上で判断が異なるのは、単純に性格や考え方の違いだ。

 

「そのまま続けても何も身にならない。体を休ませて明日また鍛えよう。大丈夫。君は日々強くなってる」

 

 ファイノンがこの場を譲らないことを認めたモーディスが構えを解く。それを受けてアレグナスも構えを解き、そのまま意識も手放した。

 

「おっと」

 

 前向きに倒れるところをファイノンが受け止める。

 

「アレクもだいぶ強くなったんじゃないか? 君を相手に4時間は模擬戦を続けていたし」

 

「体力と反応速度は認めよう。だが、貴様以上の甘さが明確な弱みであることは変わりない」

 

「ははっ。まぁ、アレクは底なしに優しいからね」

 

「……」

 

 他者に優しさを向けることに関しては、ファイノンも人のことを言えない。モーディスはその点を言及しようと口を開くも、言葉は静かに飲み込んだ。

 それよりも今は、気を失っているアレグナスを移動させてから休ませることが優先される。

 

「僕の部屋で休ませよう。ここからならそう遠くはないし、キャストリスさんが普段通らない道で行ける」

 

「そうだったな」

 

 本人の希望により鍛えている黄金裔の2人だが、このことはキャストリスに伏せられている。そのため今日の模擬戦のような実戦的なものは、日時に注意を払って行われる。

 

「君から見て今のアレクはどうだい?」

 

「現時点でオクヘイマにいる兵たちでは太刀打ちできんな。だがそれまでだ。オレたちが出る戦いでは命を落としかねん」

 

「珍しく同意見だ。ま、本人もわかっているから鍛錬をやめないんだろうね」

 

 体術に関してはモーディスから。剣術に関してはファイノンから教わっている。あまりにも恵まれた環境。英才教育。

 これを打ち切ることは当然2人にできるが、そうなると1人で際限なく己を鍛え続けるだろう。体への負担を無視してでもやる。だから2人は指導をやめない。自分たちがストッパーになれるようにと監督している。

 

 

 

 

「寝てた?」

 

「それなりにね。体の調子はどうだい?」

 

「んー。問題ない。寝たことでスッキリした」

 

 仮眠程度の短な時間でアレグナスは起きた。近くにいたファイノンと話しながらベッドから下り、体を軽く伸ばしながら調子を確かめる。

 痛みらしい痛みはない。若干の気だるさはあるものの、これはしっかり休めば取れるものだ。

 

「モーディスは?」

 

「そっちにいるよ」

 

 ファイノンが示した方を見ると、ソファで優雅にくつろいでいるモーディスの姿があった。

 ファイノンとモーディスは別に親友と呼ぶような仲じゃない。事あるごとに競い合うライバルのような関係だ。普段の2人では、こうして相手の部屋にいることも想像できないだろう。それが成立しているのは、共通の弟子であるアレグナスが気を失っていたからだ。

 

「自己評価ではそれなりに地力がついてきたと思うんだが、モーディスから見てどうだった? 俺はどれくらいやれる?」

 

「……事実だけを伝えよう。このオクヘイマにいる兵士たちでお前に敵うものはいまい。クレムノス人であってもな」

 

 先刻ファイノンと話し合った時と同じだ。意見は変わらず、一切話を盛ることなく現実を伝えていく。それがアレグナスにとって何よりもためになる。

 実際アレグナスは、モーディスのその贔屓目なしの評価を期待していた。

 

「それ以上は?」

 

「届かない。戦いに向いていない黄金裔であっても、お前はまだ届かない」

 

「ヒアンシーには勝てる自信ある」

 

「実力だけならな。だが実際に対峙すればそうならない。なぜならお前はヒアンシーに手をあげられない。例え殺し合う状況になろうと」

 

「……そんな時は来ないと思うんだが」

 

「例え話ではあるが、事実だろう? どちらかが死なねばならない状況で、お前は必ず自分の死を選ぶ」

 

「相手がヒアンシーだったら……」

 

「そこの救世主だろうとアグライアだろうと、無論キャストリスであってもお前はそうする」

 

「……」

 

 それは関係性があるからか。否。アレグナスという男は、見ず知らずの一般人と己の命を天秤にかけても、相手の命を重要視する。

 

「それはお前の良さであり弱みでもある。非情になれないことは戦場で致命的だ」

 

「完全に耳の痛い話だ。つまり、強さを得ても戦場では雑兵なのが今の俺か」

 

「そういうことだ」

 

「幸いにも今の時代、人類同士で殺し合うことは考えなくていい。僕たちの戦う相手は神々だからね」

 

 ファイノンがフォローを入れても、アレグナスがそれで納得するわけでもない。モーディスの評価が事実だ。アレグナスはまだ非戦闘的な黄金裔に及ばない。

 神々との戦いは、なにも血を流すようなものばかりではない。だとしても戦う力が求められる時は来る。アレグナスはその時までに前線に出れるようになりたかった。

 

「焦るつもりはないけど、あまり悠長にもしていられないな」

 

(半神でもなく祝福(呪い)を受けているわけでもない。それでこの実力は十分逸している側だがな)

 

「……アレク。聞いてもいいかい?」

 

「なにを?」

 

 極力発言を控えていたファイノンが、なにやら重たそうに口を開いた。食事を誘うような気楽な内容ではないことは明白だ。

 

「君はなぜそこまで強さを求めるんだい? 一介の兵士たちを凌駕する強さを得て尚、君はまだ満足していない。初めは『戦えるように』と聞いていたけれど、それだけではなさそうだ」

 

「あー。それは黄金裔の力になれるようにだな」

 

「それは兵士たちも同じだ。彼らは戦う術を身に着けている。でも君は黄金裔でもなく、隊に所属もしていない」

 

「言い方が悪かったな。俺は黄金裔と肩を並べられるようになりたいんだ」

 

「僕たちと? それは……いや、そうか」

 

 アレグナスの回答にファイノンはどこか腑に落ちた。クレムノス人に引けを取らぬ力をつけても満足せず、兵士たちを超えても止まらなかった。飽くなき向上心。

 その理由が黄金裔と肩を並べるためならば、すべてに納得できる。

 その上で1つ言及したい点としては、「黄金裔と濁しているけど要はキャストリスのためだろ」と。

 

「キャストリスさんのためだね?」

 

「……」

 

「?」

 

「……救世主。貴様の辞書にデリカシーの文字はないのか」

 

 空気の読める男モーディスが、アレグナスに代わって苦言を呈す。

 ファイノンとアレグナスもそれなりの付き合いだ。だから今回を機に踏み込んでみた。

 

「いや、大丈夫だモーディス。ファイノンが言ってることは間違ってない」

 

「……ならいい」

 

「えーっと。この際だし聞いちゃっていいかな?」

 

「ははっ。遠慮なしめ」

 

「すまない。気を悪くしたならこれまで通り話さなくていい。気になって聞いてみただけだ。君が強さを求める根源を」

 

 ただの興味本位ではない。プライベートにづけづけと入り込んでくるのも、ファイノンにとって真面目な話に繋がるからだ。

 過去に故郷や大切な者を失い、救世主と期待され、個人の目的でも大系的な目的でも強くあろうとする。そんなファイノンは、アレグナスの動機から何か得られないかと思っている。

 

「そんな大それた話でもない」

 

 だがアレグナスはそれに応えられるとは思わない。背負うものが違い過ぎる。黄金裔とただの男では、問われる重さが比較にならない。

 

「俺は俺が感じたことに従ってるだけだ。極論を言えば世界の行く末は関係ない」

 

「けれど君は戦おうとしている。強くなろうとしている。アレクにとって彼女はいったい……」

 

「どういう関係でもない。同郷でもないし、戦友でもない。初めて会った時にはエイジリアも墓石しか残ってなかった」

 

 常に雪が降るような国家だった。墓石の前に佇んでいたキャストリスに出会った。その時のことをアレグナスは今も覚えている。

 むしろその日、その時のことがすべてだ。

 

「キャスとは一番付き合いは長い。が、一度も笑ってるところは見たことない」

 

「言われてみればそう……だね」

 

 話に耳を傾けていたモーディスも心の中で納得している。あまり表情の変化がない人物という印象だ。

 

「タナトスを見つけた先でキャスが笑えるならその旅の力になりたい。黄金裔としての役目も全うしてようやくなら、その戦いの力になりたい。俺の動機はその程度だ」

 

「いや……立派な動機だよ」

 

 誰かのために本気になれる。そういう人がいたっていい。

 アレグナスの場合は文字通り人生を捧げる域だが、ファイノンはそれを否定しない。他人の生き方をとやかく言う性格ではない。

 

「ありがとうアレク。話してくれて」

 

「いいさ。それにこっちこそ、部屋を貸してもらってありがとな」

 

 日頃の仕事である大地獣の世話へとアレグナスが戻っていく。それをファイノンは見送り、未だ部屋に残っているモーディスに目を向けた。

 

「てっきり一緒に出ていくかと思ったんだけど」

 

「すぐに出るさ。……アグライアに話を聞きにな」

 

「アグライアに?」

 

「奴の話を聞いたなら当然疑問は出る。アグライアはアレグナスをどう見ているのか」

 

 

 

 

 オクヘイマには壮麗な建造物がある。雲石の天宮と呼ばれるそこには、多くの民たちが風呂やサウナを楽しめるように開放されている。

 その天宮の中層にアグライアはいる。黄金裔たちに指示を出す実質的なリーダーの立場にいる彼女は、その力でオクヘイマ中を感知しながら日々役割を全うしている。

 

「来ましたか。モーディス。ファイノン」

 

「フン。やはり俺達が来ることはわかっていたようだな」

 

「ええ。内容にも見当はついています。キャス、少し席を外してもらっていいですか。話の続きは後ほど」

 

「……わかりました」

 

「ごめんキャストリスさん。割って入ってしまったね」

 

「構いません。急を要することでもなかったので」

 

 アグライアと何やら話していたキャストリスだったが、何も不満に思うことなくモーディスとファイノンにこの場を譲った。

 姿が小さくなっていく彼女がどこに向かっていくのか。男2人にはその見当もつかない。

 

「して、貴方たちの用件は?」

 

「単刀直入に聞こう。アグライア、お前はアレグナスをどうするつもりだ」

 

「どうするつもり、ですか」

 

「あの男はそこの救世主のような、神託に該当する存在でもないのだろう? 黄金裔でもなく、祝福(呪い)を受けているわけでもない」

 

「その彼の鍛錬を僕らが見ていることも、君はとっくに気づいているはずだ。だけど彼を望み通り前線に送り出すとも思えない」

 

「私に何か考えがある。そう思っているわけですね? 結論を先に言いましょう。私は彼に、アレグナスに干渉するつもりはありません」

 

「……」

 

「えっと、理由を聞いても?」

 

 アグライアの言葉は2人の予想とは完全に離れたものだった。

 神託をベースにあらゆる出来事を想定し、随時手を打っているのがアグライアだ。そんな彼女が、異例とも言える状態にあるアレグナスを放置している。それは一見簡潔な答えだが、普段の彼女を知っているとその意図を聞きたくなるのも仕方ない。

 

「理由を話すとなると、まずはアレグナスのことを話す必要があります。その適任者も呼んでいますから、もう少し待ちましょう」

 

 アグライアはその力でおおよそすべてを見通せるわけだが、全知全能というわけでもない。知識量で言えばアナイクスの方が備えている。人生経験であっても、神託を識るトリスビアスの方が上だ。

 アレグナスの話をするとなれば、それはアグライアの担当じゃない。加えて言えば、この場をあとにしたキャストリスでもない。

 

「ライアちゃん来たよ〜。あれ、ファイちゃんとモスちゃんもいるんだ?」

 

「トリビー先生? ひょっとしてアグライアの言う適任者って」

 

「そう。師匠です」

 

「んー?」

 

「お呼びだてしてすみません師匠」

 

「全然いいよ。やることもなかったち」

 

「2人がアレグナスのことを知りたいそうで。であれば私よりも、師匠が適任だと判断しました」

 

「そういうことなんだ」

 

 アグライアから軽く説明を受けたトリスビアスのトリビーは、神妙な面持ちでどう話そうかと考える。全員が黙ってその時間を待っていると、しばらくしてトリビーが顔を上げた。

 

「ファイちゃんとモスちゃんは、生まれ変わりって信じる?」

 

「生まれ変わり……?」

 

「どういう意味だ」

 

「例え話で聞いてほちいんだけど、(たまちい)がぐるぐる回るの。ファイちゃんの(たまちい)は今人間のファイちゃんの体にあるけど、肉体がちんだら違う生き物になって、またこのオンパロスで生きる」

 

「待ってくれトリビー先生。急に話のスケールが大きくなって……。僕の魂が……?」

 

「例え話だから信じ(ちんぢ)なくていいよ。事実(ぢぢつ)ってわけじゃないから」

 

「事実でなくとも、この話をしたということは」

 

「モスちゃん鋭いね。うん。アレクは過去にいたアレクの生まれ変わりなの」

 

 トリビーのその話を咀嚼するのに、ファイノンもモーディスも時間を要した。『生まれ変わりの話は事実でなく例え話」と言われた直後に『けどアレグナスは生まれ変わり』と言われたのだ。素早い矛盾である。

 ちなみにアグライアにとっては既知の話だが、何度聞いても理解し難い話だと思っている。

 

「大前提とちて、生まれ変わりそのものは証明(ちょうめい)できないの。だから考えようによっては、そういう可能性もあるって(はなち)になる」

 

「だがアレグナスのことは生まれ変わりだと断言している。それはなぜだトリスビアス」

 

「アレクは『あたちたち』と同郷なの」

 

「なんだと!?」

「! それは初耳だ……」

 

「幼馴染みたいなものだね。『あたちたち』が火種を受け継いだ時も手を貸ちてくれた。火を追う旅も賛同ちてくれて、本当は『あたちたち』とアレクで始めたことなんだ。今は『あたちたち』が始めたことになってるけど」

 

「驚愕の事実ばかりだ。ずっと、トリビー先生たちが始めたものだと思っていたよ。書物にもアレクの記述はなかったはずだし。モーディスは?」

 

「俺も聞いたことがないな。アレグナスという存在は、このオクヘイマで初めて知った」

 

 オクヘイマにある大量の書物にもそのことは記されていない。賢人たちが集う神悟の樹庭であっても、アレグナスという存在の記録は残っていない。

 2人の反応に「そうだよね」と、トリビーは寂しそうに笑いながら話を続ける。

 

「アレクのことは誰も覚えてないち、どこにも記録は残ってないの。ううん。正確には記録からも消されてる」

 

「消されてる?」

 

「うん。『あたちたち』が書いてた日記からも、アレグナスのことは消えてた。まるでこの世にいなかったみたいに」

 

「消えるって……そんなこと起こりうるのか……?」

 

「もう起きたんだよ。黄金戦争でアレクはちんで、世界から消えちゃった。それでも『あたちたち』は旅を続けてここまで来た」

 

 アレグナスが命を落とした瞬間から、人々の記憶からその存在が消えた。ありとあらゆる記録からも消えた。その衝撃はトリスビアスにとって大きなもので、旅路も止まりかけたほどだ。

 だがなんとか気を持ちこたえさせ、火を追う旅を続けてきた。その歩みを止めなかったから今に繋がっている。

 

「そちたらびっくりだよ。背丈も見た目も声も性格も、どこからどこまで全く一緒(いっちょ)な人がキャスちゃんを連れてきたんだもん」

 

 死んだはずの人間のそっくりさんが突如現れた。トリスビアスは当然目を疑ったし、自分の記憶も疑った。

 だが起きたことは現実だった。トリスビアスの記憶と同じアレグナスが現れた。最大の違いは、彼がトリスビアスのことを覚えていなかったこと。記憶らしい記憶が特になく、聞けば第一村人がキャストリスだった。

 

「寂ちい気持ち半分。嬉ちい気持ち半分だったね」

 

「それは……アレクとまた会えたから?」

 

「それもあるち、覚えてなくても『あたちたち』と始めた火を追う旅を、彼なりにやってくれてたから」

 

 火を追う旅のことも覚えてはいない。それでもアレグナスはそうした。キャストリスと共にオクヘイマに来た。本人の目的が別にあるとしても、同じ方向を見ることができる。

 トリスビアスはそれで十分だった。確かな寂しさがあっても、また共に歩めるのならと。

 当初はそう思っていた。

 

「でもね。『あたちたち』は()っちゃった。アレクにもう次はないことも。みんなアレクを忘れちゃうことも」

 

「次がないとはどういう意味だ? 生まれ変わりとやらが起きたのだろう?」

 

「モスちゃん。(たまちい)(はなち)は本当に仮想なの。でもアレクだけは違うんだ。彼の(たまちい)消耗(ちょうもう)ちてる。生まれ変わることなく、いなかった者とちて世界から消えちゃう」

 

「奴が今にでも命を落とせば、俺達はアレグナスに関する記憶を失い、記録からも抹消されるわけか。今何について話し合っていたかも忘れると」

 

「うん。そうなっちゃう」

 

「……なるほど。アグライアがアレクに干渉しないのもそういうことか」

 

「ええ。我が師トリスビアスから話を聞き、ある程度は目を瞑ることにしたのです。と言っても彼は欲の少ない人物ですし、度が過ぎることもなく信用が置けます」

 

「えへへ。ありがとうライアちゃん」

 

「贔屓目のない正当な評価です」

 

 アグライアの性格もトリビーはよく知っているが、それでもお礼は言いたくなった。気にかけている相手が評価されることは、誰しも嬉しくなるものだ。

 

「アレグナスが戦場に出る日が来るのかはともかく。本人が強くなることを望むのであればこのまま継続すれば良いと思っています」

 

「……彼のことをキャストリスさんは?」

 

()らないはずだよ。アレク本人も明確には理解ちてないと思う。なんとなく察ちてるくらいぢゃないかな」

 

 

 

 

 ファイノンとモーディスがアグライアとどんな話をするのか。キャストリスがそれを知る由もなく、どれだけ話をするかも予測ができない。

 アグライアからは「あとで」と言われているのだから、時が来れば呼ばれるだろう。そう思ってキャストリスは、天宮から出て大地獣の居場所へと足を運んだ。

 

「キャスも世話する?」

 

 黒い髪に青い目をしている彼を見つけたら、すぐさま気づかれて手招きされた。

 その誘いを受けるかはひとまず置いといて、キャストリスはアレグナスの近くに寄っていく。

 

「世話って言っても餌やりくらいで、このケースに補充するだけでいい。どう?」

 

「……それくらいなら」

 

 大地獣は何頭もこの場所で管理されている。基本的にはこの場で餌を食べながら過ごし、必要な時に人の手伝いに駆り出される。任される仕事は荷運びであったり、人を背に乗せたりといったものだ。役割がなくとも、定期的に散歩には出ている。

 そういった管理をするのが、アレグナスや他の担当員たちだ。

 この仕事もすっかり板についている。キャストリスも何度かは手伝っており、慣れた様子で餌やりを行う。

 

「キャスが手伝ってくれるから、今日はいつもより早く終わりそうだ」

 

「力になれているのならよかった」

 

「……? 大丈夫。ちゃんと左手も動く」

 

「ちゃんとは……。ごめんなさい。私が」

「謝らない。キャスは悪くない。俺がやったことだから」

 

 キャストリスの言葉を遮ってまでアレグナスは言い切った。

 彼の左手には常に手袋が嵌められている。その手は麻痺しており、辛うじて指を曲げられる程度だ。握りしめることはできず、両手で物を持つという行為も難しい。

 その責任をキャストリスは常に感じ、その度にアレグナスが否定する。責任は自分自身にあるのだと何度も言っている。

 

「そういえばキャス」

 

 大地獣への餌やりが終わると、アレグナスは横長の木箱の上に腰掛けた。どうしようかと少し悩んでから、キャストリスもその隣に腰掛ける。

 触れた相手を死なせてしまう力を持つキャストリスは、基本的に人と一定距離を保つようにしている。

 今回アレグナスとも距離を開けているとはいえ、その距離は他の者たちと比べてずっと近い。体が触れないことだけを考慮した距離感だ。

 

「この前キャスにおすすめされた本を読み終わったよ」

 

「! ……どうだった?」

 

「おもしろかったよ。あんまり本を読まない俺でも読みやすかったし、内容も理解しやすかった」

 

 薦める本の選定基準としてそこもあった。読書の習慣がないアレグナスでも読みやすい本はどれだろうと考えて選んだ作品だ。

 それを楽しんでもらえたことに喜びを感じながら、キャストリスは話の深掘りを始めていく。特にどこをおもしろいと感じたのか。アレグナスはどう読み取ったのか。いわゆる感想戦だ。

 

「特におもしろかったところか……。何個かあるんだよな」

 

「1個に絞らなくてもいい」

 

「じゃあ順番に言っていくと──」

 

 アレグナスが話し、キャストリスが相槌を打ちながら聞く。彼は本当にその本を楽しめたようで、大筋だけでなく細かな表現まで拾って感想を伝えている。

 キャストリスはそれが嬉しく、相槌から短なコメント、自身の見解へとだんだん口数が増えていった。

 

「──そうなるからあそこの場面は」

 

「歓談中失礼いたします。キャストリス様。アグライア様がお呼びです」

 

「……。わかりました」

 

 アグライアからの使者は要件を伝えるだけ伝えると、そそくさとその場から離れていく。その者は、伝言だけでいいとアグライアからも言われている。

 

「またあとで話そう。時間は合わせられるから」

 

「……うん」

 

「キャスと話せて楽しかったよ」

 

「私も……楽しめた」

 

「それならよかった」

 

 手を振ってキャストリスを送り出すアレグナスに、キャストリスも控えめに手を振って応える。

 

 

 

 アグライアの下へと向かうため、また少しばかり歩く。その道中では当然市民たちともすれ違う。彼らはキャストリスとの距離を保つため、いつだって彼女は開けられた道を歩くことになる。

 何年もそうなのだから、とっくに慣れたことでもある。しかしつい先程までは、近い距離で人と話していた。

 話に夢中になって、うっかり相手に触れかねないほど近い距離だった。自らそうしていたことに内心驚き、戸惑ったものだ。

 

 そんなことを考えながら歩いている間も、周囲の人々のことを観察している自分がいた。仕事仲間と公衆浴場ことピュエロスに来た者。親子できた者。異性と来た者。多種多様だ。

 その中でも記憶に残ったのは、異性と手を繋いでいた2人組。

 

(羨ましい……? 私はなぜ……そのようなことを思うのでしょう)

 

 昇降機を使い、アグライアのいる階に上がる。歩いて近づいていくと、そこにはアグライアの他にも2人いることがわかった。その内の1人は、普段オクヘイマにいない黄金裔だ。

 

「お久しぶりです。キャスたん」

 

「ヒアンシーさん。いらしていたんですね」

 

「すぐにまた昏光の庭に戻りますが、その前に会えてよかったです」

 

 キャストリスのことを独特な愛称で呼んでいるのは、黄金裔の1人であるヒアンシーだ。誰に対しても物腰が柔らかく、愛嬌のある人物でキメラたちからも好かれている。キャストリスの数少ない友人と言えるだろう。

 

「アレクさんはお元気ですか?」

 

「はい。いつも通りかと」

 

「そうなんですね」

(この様子だと、2人の仲はまだ何も変わってないんですね。キャスたんに何かきっかけでもあれば……)

 

(ヒアンシーさんは、なぜいつも彼のことを気にしているのでしょうか)

 

「キャストリス。貴方に聞いておきたいことがあります」

 

「なんでしょうか。アグライア様」

 

「アレグナスについてどう思いますか?」

 

(ライアちゃん真っ直ぐに聞くね)

 

「どう、とは?」

 

「もし今後、彼が窮地に陥ることがあったとして。貴方はどうしますか」

 

 アグライアが何を考えて仮定を聞いているのか。キャストリスは想像できなかった。

 そしてその質問に対する明確な答えも、すぐには出せなかった。

 

「……わかりません。私は、どうするべきなのでしょうか」

 

「キャスたん……」

 

「彼が……私をこのオクヘイマに連れてきてくれました」

 

 雪の中で出会い、触れたら死ぬと言ってもアレグナスは「大丈夫」と言って聞かなかった。キャストリスの手を引いて歩き続けた。

 

『優しくて温かい手だな』

 

 一言一句を覚えている。

 死こそ訪れなかったが、左手の機能は緩やかに死んでいっていた。辛うじて動かせるようになっているのも、奇跡と言いたくなるほど異常なことだ。

 

「受け取ったものを、何も返せていません」

 

 一緒にいて安らげる。使命を、役割を一時的に忘れる。それを良いと思っている自分がいる。

 

「アグライア様は、もし彼に窮地が訪れたらとお尋ねになりましたが、私もお聞きしたいことがあります」

 

「聞きましょう」

 

「彼に何かあったらと思うと、胸が締め付けられるように痛みます。この痛みはいったい……?」

 

(キャスたんまだその段階だったんだ……)

 

「痛みですか。……まさか何かの病……いえ、呪い……?」

 

(あれ? アグライア様?)

 

「丁度ヒアンシーがいて助かりました。キャスのことを診ていただけますか?」

 

(アグライア様ぁぁ!? え!? これ本当!? どうしたら!?)

 

「ライアちゃん。そこまでちなくて大丈夫だから」

 

 アグライアは真顔で冗談を言う。と言うよりも、半神になって感情面が薄くなっている影響もあって、ポーカーフェイスが極まり過ぎている。

 そのせいでヒアンシーもどう反応すればいいか混乱した。そこをトリビーが割って入る。ヒアンシーにも大丈夫だと目配せし、キャストリスと視線を合わせる。

 

「キャスちゃん。それはキャスちゃんでどうにかするちかないよ」

 

「私だけで、ですか? しかしどうすればいいか」

 

「周りに協力ちてもらっていいよ。でも答えを出す時はキャスちゃんの意思(いち)で」

 

「そ、そうだよキャスたん。半分くらいはアレクさんの力を借りてもいいし」

 

「! ……いえ。彼にご迷惑をかけるわけには……」

 

「迷惑とは思わないと思うけど……」

 

「私は、彼をあまり巻き込みたくありません。危険なことであればなおさら」

 

「そっか。他には?」

 

「他……ですか?」

 

 珍しくぐいぐいと踏み込んでくるヒアンシーに戸惑いつつ、キャストリスは他に何かあるだろうかと考えた。

 

「いえ。他にはなにも」

 

 考えて、やっぱり何も出てこなかった。

 

「ふーん?」

 

「あの、ヒアンシーさん?」

 

「それなら私がアレクさんともっと仲良くなってもいいよね?」

 

「え……。そう……ですね。私が口出しすることでは、ないですし……」

 

「よかった。今から会ってきますね。昏光の庭にも付いてきてくれたら嬉しいな〜」

 

「ぇ……」

 

 キャストリスが言葉に詰まっている間に、ヒアンシーは軽い足取りでこの場を離れていく。

 その背を呼び止めることもできず、刺さった棘で何も動かせられない。そんなキャストリスの背中を、トリビーが宙に浮いて精一杯押した。非力な彼女なりの最大のエールだ。

 

「もう。キャスちゃん何ちてるの? 行かなきゃ」

 

「で、ですが……。私は妨げる権利があるわけでも、ありません」

 

「それでもいいの。それとも、アレクと会えなくなっていいの?」

 

「それは……どういうことですか?」

 

「昏光の庭ってアレクと合いそうだもん。向こうで仲良くするんぢゃないかな? そちたらキャスちゃんと会う時間(ぢかん)もなくなっちゃうね」

 

「……」

 

「それが嫌なら追いかけなきゃ。今のキャスちゃんの気持ちを、ぜーんぶ言っちゃえばいいよ」

 

 本当にそれでいいのかと戸惑いながらも、キャストリスの足は動き始めた。歩き速さが少しずつ早くなり、いつしか駆け足に変わっている。

 

「師匠、少しばかり強引な誘導では?」

 

 キャストリスの姿が見えなくなってから、アグライアがトリビーに声をかけた。アグライアは糸で、トリビーは様子を陰から見守るであろうトリノンとトリアンからこの後のことを知れる。野次馬パワープレイコンビだ。

 

「うーん。そういう流れになっちゃったから、ちかたないかな。元はライアちゃんの振りからだったけどね」

 

「振り、ですか?」

 

「あれ? ライアちゃん?」

 

 勘違いで先走ることになったヒアンシーからのかわいい抗議を、トリビーは素直に受け止めることになるのだった。

 




 

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