何故だ! 何故我がこうも追い詰められる!
ただの人間に! 眷属である魔族に! 何故!
その大陸は、常に闇に覆われていた。
その大地には昼も朝も無く、あるのは夜だけ。
高位魔法で一つの大陸全土を常に夜にするという膨大な魔力と魔法行使能力を持つ者だけが行える理不尽の行使。
それを成す存在……魔王は強大無比な存在として語られている。
曰く、その拳の一振りで山を砕く。
曰く、その足は千里の距離を一歩で超える。
曰く、その魔力は全てを破壊する。
曰く、曰く──語り始めればキリがない。
その魔王は魔王の名に相応しく、数々の悪逆を成した。
川に毒を流し。猛毒の雨を降らし。幾多の魔物を世界にばら撒き、人々を喰らい家々を壊し、街を滅ぼした。
されど邪悪は討たれるが世の理。
世界の危機にあらゆる種族は立ち上がった。
竜が材料を集め。
聖剣によって今まさに、魔王は打ち取られる寸前だった。
「劣等種共が……!」
怒りの声を上げるのは巨大な異形だった。
三十メートル以上はある巨躯は人型に近いが、よく見ると違うと分かる。
頭部は猪の髑髏のそれであり、眼孔が赤く光っている。腕は熊と人の腕を融合させたような歪な形。
足は蜥蜴のものであり、臀部からは蜥蜴と狐の尻尾が融合した様な甲殻的な尾が三つ生えている。
腹は特徴的だ。縦に割れた口がついており、牙が外側に突き出ている。
背中には被膜の付いた人と蝙蝠の翼を合わせたような腕が一対生えており、その腕が肩部分を掴むことで翼を形成している。
異形──魔王ヴィルト・シュヴァインと対峙するは今の世界で人間と呼ばれる者達。
人の基本形。創造神が自らに似せて作り上げたという人の基本にして完成形である純粋な人型の男の人間である勇者。
人とほぼ同じ形を持つが違うのは耳。長くとがった耳を有する千年以上の時を生きるともされる
人より少し小さい小柄な体躯を持つが力は誰よりも強い屈強な外見を持つ
人の形に背中から鳥の翼が生えた
人の姿をしているがそれには人の耳が無く、代わりに頭上から獣の耳が生え、臀部からは同じく獣の尻尾が生えている大地をかける獣人族。
人の掌程度のサイズを持ち、蝶にも似た羽を有する小さな種族であるフェアリーは戦場を飛び英傑たちに力を与える。
人と変わらぬ姿。されど瞳はらんらんと紅く輝き、口元からは牙が見えている。闇に生きるはずの魔族であるはずの吸血鬼。
魔王の住まう暗黒大陸の果て。あらゆる生命を拒む呪詛に塗れた荒野で勇者たちと魔王は対峙していた。
「何故塵共がこのように……!」
自身の肉体を操作し、体中から小さな──されど人程度は丸呑みできる口を生やす。
口から呪詛を放つ。あらゆる生命に害を与える呪いであり、生あるすべてを憎む呪詛である。
「人は塵なんかじゃない……生命だ……! それをお前にわからせてやる!」
そう叫び勇者は聖剣を手に魔王に肉薄する。
「ゴミムシが!」
魔王は叫び。己の拳を微妙に弄り爪を伸ばし聖剣と鍔競り合いを演じる。
ぎゃりぎゃりという硬い金属同士がぶつかり合う嫌な音が戦場に響く。
そして魔王が押されていく。
アダマンタイトさえ握り潰す魔王の力が。ヒヒイロカネさえ斬り裂く魔王の爪が──聖剣に押し負けていく。
「何故だ!」
魔王は大きく口を開き、魔力を収束する。
膨大な闇の魔力による破壊光線。口を開いてそれを放つ。
極太の光線──人など呑み込んで余りある、直径にして一メートルは超える閃光が勇者に向かって放たれた。
自らの手さえ巻き添えにしたそれは遥か遠くまで届き、この星の重力圏さえ無視して銀河の彼方まで飛んでいく。
自らの破壊光線に巻き込んだことで破損した腕を自らの再生能力で元に戻し、破壊光線を逃れた勇者を魔王は睨む。
破壊光線を放つ直前に。翼人族の女が勇者を抱いて羽ばたいて行ったのを魔王は見逃さなかった。
「煩わしい!」
魔王は両手を握り拳を形成しダブルスレッジハンマーを大地に向かって放つ。
ただの拳による衝撃波──それは大地を破壊して勇者たちに襲い掛かる。
大地を割った事によって地震が発生し、追加の衝撃波による攻撃だ。避ける方法は先ずない。
故に勇者たちは回避ではなく防御を選ぶ。
翼人族の女が
吹き荒れる暴風を、勇者たちはバリアの中で過ごす。
そして暴風が過ぎた後に残るのは、未だ無事な勇者たちと徐々に追い詰められている魔王。
「ちっ!」
魔王は舌打ちと共に真上にジャンプ。一キロ以上飛び上がったのち背中の翼の腕を広げ滞空する。
「闇夜のカラス。翼の折れたエンジェル。小人の宴──」「魔の傷病。憤怒の炎。贄の宴──」
体中に生えた口が次々に詠唱を開始する。
闇に住まう闇の眷属にのみ許された魔の力である魔法の行使。
魔王ともなればある程度無詠唱での魔法行使は雑作も無い。それが態々詠唱を行うという事はそれだけの威力を持つ魔法を発動するという事。
虚空から次々に闇の獣が生まれ出る。
狼、鷲、蝙蝠、ミミズ。それぞれ一メートルを超える巨躯を持ち全身が墨にでも犯されたのか真っ黒な外見を持つそれは何千、何万と生まれ出る。
それらが咆哮を上げ、勇者たちに突撃する。
更には闇の武具が生まれ出る。漆黒の剣、漆黒の槍。大剣に戦斧に弓に矢に。闇の武具もまた勇者たちに襲い掛かる。
「女神よ!」
聖力の弾丸は白く輝き、こちらも何百何千と放たれる。
「勇者!」
翼人族の女がその翼ではためき魔王に接近し、勇者は足に力を込めて跳躍する。
只の跳躍ではない。何十メートルという距離を飛ぶ馬鹿げた跳躍だ。
だがその程度では魔王には届かない。
勇者はその身に聖力を纏い闇の獣を足場にして跳び回る。
上へ、ただひたすらに上へ。
「はぁぁ!」
勇者より速く。翼人族の女が魔王に接近していた。
「邪魔だ!」
魔王は叫び左手で殴打。翼人族も左手に持つラウンドシールドで防御──されどその程度魔王の前には無に等しく吹き飛ばされる。
身体の肋骨は折れ、盾は砕けて散り、大地に落ちていく。
勇者はそれを無視し、攻撃直後で固まっている魔王の左手に向かって聖剣を振り落とす。
「ぐうう!」
痛みに魔王が悶えた。
左手は斬られていない。ギリギリ皮一枚で繋がっているがそれだけだ。
聖剣の持つ聖なる力によって再生は遅れる。
「煩わしい!」
口を大きく開けて魔王は再度破壊光線を放つ。勇者はそれを回避できず直撃する。
今度は魔王から見て斜めに大地に向かって着弾し、キノコ雲を発生させる。
「がっ!」
そして魔王は再度痛みに悶える。
魔王の頭部は百六十度回転できる。真後ろに頭を回転させた魔王は痛みの正体を知る。
それは弾丸だ。聖力によるものから物理的な弾丸まで、尖った槍や巨大な岩等が魔王の背──翼の生えた腕に向かって放たれていた。
その直撃を受けた翼の腕は被膜が破れ、飛行能力を失う。
ち、と舌打ちを魔王はし、頭を元に戻し魔力をその身に凝縮させる。
魔王にとって翼等半分飾りだ。有れば飛ぶのに便利だが無くても別に飛べる。多少速度が落ちるだけだ。
地面に向かって一直線。魔王は大地に着弾──それと同時に凝縮していた魔力を解放させる。
魔力の爆発が起き、黒い闇のエネルギーが周囲を破壊しつくす。
破壊の嵐を勇者たちは耐え忍ぶ。
数分ののち、残ったのは更に破壊されボロボロになった大地だ。
ぐしゃぐしゃに砕け散り歩くのにさぞ苦労する場所は、魔王にとっては関係の無い場所。異形の足を持つ魔王は足場がどれだけ悪かろうと問題なく動ける。
「ゴミムシ共ぉ……」
顔を上げた魔王の目に映るのは──勇者。聖剣を掲げ魔王の頭部を斬り裂かんと腕を上げている。
「ぬぅん!」
魔王はヘッドバッグを放ち、勇者の聖剣と撃ち合う。
数秒の鍔競り合いののち、勇者が吹き飛ばされる。
「疾く失せよ!」
魔王は吹き飛ばした勇者に向かって魔力弾を放つ。
一発や二発ではない。無数の魔力の弾丸だ。
両の手を突き出し魔力の弾丸を雨嵐のように放つ。
勇者に命中する度に巨大な爆発が起き、勇者は爆発によって生じる煙で見えなくなる。
「辞めんか!」
それを辞めさせるべく、
それぞれ魔王の腕に直撃し、攻撃は一旦は止む。だがそれだけだ。
「雑魚が!」
魔王は腕を振り払い、
その瞬間──腕を振りぬいたその瞬間に勇者が魔王を斬り込む。
勇者の姿は軽傷だ。身体に多少煤が付いた程度。
聖剣は魔王を袈裟斬りにし、大きくのけぞらせる。
「ぬうぅぅぅ!」
魔王は口を空に向けて開け、魔力の砲弾を真上に飛ばす。
黒い塊は空の上ではじけ飛び、雲となって空を覆いつくす。
黒い雲は黒い雨を降らし始め、大地を犯し始める。
「まずい、皆聖力を!」
フェアリーが気づき、叫ぶ。
この雨は魔王の力。生あるすべてに害を与える闇の力だ。
これで勇者たちは魔王の多数の口から発せられる呪詛と闇の雨によって常に対策を取らねばならぬ状態となった。
聖力をもってすれば防ぐことは容易だ。だが聖力とて無限ではない。使い続ければ何れは尽きるのが道理。
つまりここからは短期決戦。無限にも思える魔力を持つ魔王相手に残り少ない力を合わせて戦わねばならぬという事。
「──大丈夫。皆とならやれる!」
勇者は叫び、魔王へ突撃した。
「何故だ! 何故! 貴様らはここまで足掻ける?!」
最終局面。ボロボロとなった魔王は叫んだ。
己の左腕は斬り飛ばされ、腹の口は砕かれ牙が地に落ち、足はずたずたに裂かれ真面に立てなく成り、頭部は半分が消し飛び翼の腕はもがれて落ちた。
それでもなお魔王は死なない。死ねない。不死にも思える生命力を持つ魔王はこの程度では死にはしない。
「……本当にわからないのか、魔王」
「ただの人だろう、我に食われる餌が! 羽虫の如き存在が! 何故抗うのか!」
魔王とは災害だ。抗いようの無い絶望の化身。それがただの人相手に問いかけるのはある種無様に見える。
それに立ち向かった英傑たちも、残るは一人。
全身がボロボロになり、血だらけになった勇者ただ一人が、まだ立っていた。
他の者達は皆大地に伏し、立てなくなっている。
「これで終わりにしよう……魔王ヴィルト」
勇者は聖剣を手に、最後の聖力を漲らせる。
泣いても笑ってもこれが最後。これを逃せば魔王を討つのは二度と出来ない。
「終わらぬ! まだ終われぬ! まだ何もしていない! なにも成し遂げられていない!」
対し魔王は魔力を漲らせる。これまでの連戦で消耗しているというのに膨大な──天にも届く魔力を放出する。
「行くぞ、魔王!」
「──こい、勇者!」
勇者は大地を疾走する。
驚くべく速さだ。地上に居るどんな生物よりも早い。最低でもマッハは超えている。只の疾走で衝撃波を生み出し周囲に甚大なる被害を与える。
勇者の聖剣とまだ無事な魔王の右腕の拳が──衝突する。
鍔競り合い。嫌な硬質的な音を鳴り響かせる。
「ぐぅぅぅ!」
先に無理が来たのは魔王だった。
駄目だった足が更に駄目になり、ぐちゃぐちゃに潰れていく。右腕もずんずんと剣が進行していく。
「ああああああ!」
そして──聖剣が魔王を両断した。
「……やったのか?」
魔王から少し離れ、勇者が呟いた。
倒れていた英傑たちも立ち上がり、勇者の元に集う。
「ああ、これで──」
翼人族の女が、そう言いかけた時──
「ま、だ、だ!」
身体の半分を斬られた魔王が叫び、動き出す。
「そんな……まだ動くというの……」
「化け物め……!」
魔王は魔に属する者が本来使えない力である聖力を滾らせ、己の再生能力を強化。身体を少しづつ治していく。
「……やっぱ、こうするしかないか」
勇者は諦めた様に呟き、聖剣を手に魔王に近づく。
魔王は徐々に体が治っていく。あと五分も経たないうちに体は治るだろう。
無論治るのは肉体だけだ。消耗した魔力までは戻らない。だが魔王の馬鹿げた身体能力をもってすれば聖力尽きた英傑たちを殺すのに苦労は無いだろう。
英傑たちが勇者に声をかける。制止の声。止まって欲しいという願いの声。
それを勇者は振り払い、魔王の前まで移動する。
「殺す! 嬲り殺して縊り殺してその血で世界を染めてやる!」
魔王は今ここに至って尚呪詛の言葉を吐いている。
「悪いがそれは叶えられない。お互いに消えるからな──」
勇者は聖剣を大地に突き刺す。
「神霊よ。この世にいる幾多の神々よ。我が願いを聞き届けたまえ──」
勇者が詠唱を開始すると魔王と勇者を聖力の柱が包み込む。
「な、に、を──」
「さぁ──変わろうぜ、魔王さま」
瞬間、魔王と勇者は光に包まれ──世界から消えたのだった。