ヴィルトは一人、パーグソルトの街を歩く。
こうして一人で歩くのは何気にこの時代に来てから全裸で走っていた時以来である。
過去の時代も自身の周囲にはアンタレスや他の魔族を侍らせていた。その為一人で歩くという行為に余り慣れていない。
ヴィルトはどことなく寂しい気分で街を歩き、塩鉱山に辿り着く。
近くに居たツルハシを持った作業服を着た男にヴィルトは話しかける。
「おい。そこの人間。幾つか聞きたいことがある」
「お、おう嬢ちゃん。なんだ?」
人間と呼ばれたことに疑問を抱きながらも男は返答をする。
「坑道内の魔物退治の依頼を受けた者だ。坑道には何処から入ればいい?」
「ああ。依頼を受けた冒険者か。ならあっちの小屋で地図を貰ってくれ。入口はあっちだ」
男は小屋の場所と鉱山の入り口を指先で示す。
「なるほど。感謝する」
「良いってことよ」
ヴィルトは案内された通り小屋に向かう。
其処に会ったのは小さな小屋だ。木造の建築物である。
念のためノックをしてからヴィルトは小屋の中に入る。
「ん、なんだ嬢ちゃん」
小屋の中には中年の男が書類を睨んでいた。
「魔物退治の依頼を受けた冒険者だ。坑道内の入りたいので地図が欲しい」
「……あんたが? そうは見えんがな……まぁいい」
男は立ち上がると地図の束を手に取り、ヴィルトに渡す。
「これが地図だ。無くしたりするなよ。帰る時にはこの小屋に戻って返却するように」
「わかった」
ヴィルトは地図を受け取ると小屋を出て鉱山に向かう。
「これが鉱山か」
鉱山──というよりは街の外周の山に幾つか穴が開けられている。
穴まで行けるように木製の足場が作られており、各坑道内には何番坑道か番号が振られている。
鉱山内は騒がしい。男たちの話声や坑道の奥から聞こえる何かの採掘音が響き渡る。
「さて……」
ヴィルトはふわりと浮き上がり、地図を見ながら坑道を選ぶ。
使われていない坑道を見つけたヴィルトは坑道内に入っていく。
飛んだまま入り少ししてから地面に着地する。
「暗いな」
既に使われなくなった坑道である為灯りの一つもない。
だがヴィルトには関係ない。そもそもの話ヴィルトに眼球は本来無いのだ。
本来の姿の時は赤く光る玉のようなものが眼孔にあるだけなので眼球によって視界を得ている訳ではない。
更には魔王としての能力でヴィルトは暗視能力を持っている。
光が一切無い暗闇だろうとヴィルトの目には真昼間のように映るのだ。
その能力は人の姿になっても健在であり常人の視界ならば闇に覆われ何も見えないこの坑道もヴィルトの目には明るく映る。
それら以外にヴィルトが魔王であるが故に持つ能力は多数ある。食事が不要だったり睡眠も要らなかったり、単純な物理攻撃に対する耐性等だ。
「行くか」
ヴィルトは一人。坑道の奥へと歩く。
そうして少し歩いた後に
『アンタレス。念のためリアを見といてくれ。危険が生じる様だったら助けに入れ』
『畏まりました』
突然の
その後しばらくヴィルトの靴の足音だけが鳴り響く。
そうして歩く事十五分程。何かの羽音を聞く。ぱさぱさという音だ。
「来たか」
ヴィルトが呟くと同時にそれの姿が露わになる。
巨大な姿。成人男性と同程度の大きさはあるだろう。
その姿は蝙蝠其の物。だが大きさが常識の外に居る。
魔力によって変異した魔物の一つ。ジャイアントバットだ。
「自害しろ」
ヴィルトは魔王である。魔に属する者全ての支配者だ。
それが魔王として命令を下せば、逆らう事など不可能に近い。
ジャイアントバットは自死した。己の持つ魔力で脳細胞を破壊し死んだのだ。
ジャイアントバットの巨体が坑道内に落ちた。
「先ずは一つだな」
ヴィルトは懐から魔具によるマジックバッグを取り出す。
ヴィルトはジャイアントバットの頭を掴み千切り取る。その頭部をマジックバッグの中に仕舞う。
このマジックバッグはルテンラの街で買っておいたものの一つだ。ヴィルトはアンタレスのように影の中に物品を仕舞える能力を持っていない。
代わりに他者の影に入り込む事は出来るが、それはアンタレスだって出来る。
その為に購入した物の一つである。
「どんどんいこう」
そうしてヴィルトは坑道内を進む。時折出現する魔物を都度魔王の権能で自害させるか普通に殺して突き進む。
坑道内に出現する魔物は数種類。
蝙蝠が巨大化したジャイアントバット。同じく巨大化したジャイアントワーム。更にデカいジャイアントセンチビート等など。
だいたいが蝙蝠か虫かミミズである。
「しまった。一杯になってしまった」
マジックバッグの容量は元となった素材と制作した術者の技量に依存する。
決して質が低い訳ではないが、そもそも倒しているのが元からデカいジャイアント系の魔物である。袋も直ぐに一杯になるというものだ。
「帰るか」
ヴィルトは振り返り、元の道を戻ろうとする。
だが直ぐにそれは出来ないと思い出す。ここまで道中曲がり角があったり階段があったりした場合何も考えず曲がったり登ったり下りたりしていた。
つまり迷子である。
「……どうする」
今更になって地図を開くもそもそも何処から入ったかすら真面に覚えてないので意味が無い。
(あ、
ぽんと思いつき、ヴィルトは
ヴィルトは
(あっちだな)
そして帰り道を把握したヴィルトは外へ向けて歩き出した。
■
「むぅ。もうこんな時間か」
ヴィルトが外に出ると既に時刻は夕暮れ時だった。
太陽が沈みかけ、空がオレンジ色に変わっている。
ヴィルトは出口からふわりと飛び、大地に向かって降り立つ。
大地に降りたヴィルトは小屋に向かって歩き、小屋の中にノックをしてから入る。
「お、戻ったか。死んだかと思ったぞ」
其処には来た時と変わらず中年の男が一人何かの用紙を睨んでいた。
「地図の返却と、倒した魔物の報告に来たのだが……何処にすればいい?」
「あー、別の小屋がある。そっちに来てくれ」
「わかった」
ヴィルトは地図を返却し、男の案内で小屋の外に出る。
小屋を出て五分程歩くとまた別の小屋がある。ただしこちらは先の小屋よりも大きい。
中に入るとそこは大きな机が一つとチェストが一つあるだけの寂れた場所だった。
「この机の上に倒した魔物を置いてくれ。マジックバッグ持ってるんだろ?」
「あぁ」
ヴィルトはマジックバッグから魔物を取り出していく。
どんどんどんどん出して行き、男が嫌な顔をしても尚止めない。
「これだけ倒すとは……あんた何者だ?」
「我はま──じゃない、ただの冒険者だ」
ヴィルトは一応リアから魔王と名乗るは辞めた方が良いと言われていた為魔王とは名乗らず、只の冒険者だと名乗る。
「え~と、これで全部か?」
「まだあるぞ」
「あるのか……いったん避けるから手伝ってくれ」
「わかった」
という事で小屋の裏口からヴィルトが倒した魔物を外に運び出す。
運搬には面倒なのでヴィルトが念動力の魔法を使う。
そうして何度か机の上に出したり外においてを繰り返し、魔物の集計が終わった。
「ジャイアントバット三十。ジャイアントワーム四十。ジャイアントセンチビート二十四。こりゃ大量に倒したな。というかこんだけいたのか……」
ヴィルトが倒したというよりもこれだけの魔物が塩鉱山内に蔓延っていた事に男は戦々恐々とする。
「で、報酬は?」
「あぁ。ちょっと待ってろ」
男はチェストから硬貨を取り出す。
「ほら。報酬の三万ルエだ。受け取れ」
「おお。こんなに大量に」
ヴィルトは男から金貨が大量に入った袋を受け取る。
「まぁ、こんだけ魔物を倒してくれたなら相応の例をしなきゃ男が廃るってもんだ」
「そういうものなのか」
よくわかっていないヴィルトは分からぬままの報酬を受け取りマジックバッグの中に仕舞う。
「ではな」
「ああ。また頼むわ」
そうしてヴィルトは塩鉱山を後にし、依頼を達成した。