翌日の朝早く。
剣闘技大会に参加すると決めたはいいが、大会まで一月もある。
その間ただ宿に泊まっているのも暇というのもあって一行は冒険者として依頼でも受けようか、という事で王都の冒険者組合に来ていた。
勿論リサはもういない。王都の観光は一応一通り終わったので別れたのだ。ノワールは相変わらずヴィルトの影の中にいるが。
「……なんか大きいな」
王都の冒険者組合は、大きかった。
縦にも横にも大きい。三階建ての建物である。
木製のドアを開け、ヴィルトが先導し中に入る。
「おお、広いな」
中は外見通り非常に広い。
一階部分は完全に酒場となっており、多数の机と椅子が設置されている。
朝早くというのもあって人はまばらではある。
「受付はどっちでしょうか?」
冒険者として登録しに来たローニャがキョロキョロと周囲を見渡す。
「なんだ、嬢ちゃんたち。冒険者に依頼かぁ?」
ヴィルト達の前に大男が現れた。
服の上からでも分かる筋肉を持つ男だ。一目見て鍛えているとわかる。
だが顔は高揚しており、強いアルコールの匂いがする事から酔っているのだと分かる。
「つうかなんだ、おい」
男はアンタレスを見て顔を顰め、舌打ちをする。
「ハーレムかよ。自分の女を自慢にしに来ましたってか?」
アンタレスは男の言葉に青筋を立てる。
「縊り殺しましょうか人間──」
「抑えて抑えて」
リアがすかさずアンタレスの前に出て手で抑える。
確かに他所からぱっと見で見るとアンタレスのハーレムパーティに見えなくも無いだろう。
何しろ男がアンタレス一人しかいないように見えるのだ。実際はアンタレスは無性だが。
「まぁいい。お前ら、他所から来た冒険者だろ? 胸のプレートを見ればわかる」
ヴィルト達はローニャを覗いて全員が胸元から銅のプレートをぶら下げている。これは冒険者の証だ。
「大方剣闘技大会が開かれるからって来たんだろうが……へっ。俺が王都のレベルの高さを教えてやるよ」
男は拳を振りかぶり、ヴィルトへと殴り掛かった。
「敵か」
そしてヴィルトは足を蹴り上げた。
丁度位置的に男の股間に直撃し、男は地面へと倒れ込んだ。
「おっおま……おま……これは……それは……反則だろ……」
「知るか。殴り掛かった貴様が悪い」
「……行きましょ」
ヴィルト達は男を無視して二階へと登って行った。
二階は簡素な作りだ。
受付が二つあり、大きな姿見があるのを覗けばそれ以外にらしいものはない。
二階は狭く、大半が別の部屋に割り当てられているとわかる。
ヴィルト達はクエストボードの前へ。ローニャは受付前へと進む。
「何かいい依頼はあるかな?」
──ー
王都近郊の森の調査
最近森が荒れているという報告を受けた。何か原因と成るものが無いか探して欲しい。
報酬:一万ルエ
──ー
──ー
迷子の猫探し
家で買ってるヴィンケルメッサーちゃんがいなくなっちゃいました! 探してください!
報酬:五千ルエ
──ー
──ー
王都近郊の森の魔竜退治
王都近郊の森深くにいる魔竜ジャガーノートの討伐
報酬:三百万ルエ
──ー
「これなんかいいんじゃないか?」
ヴィルトは最後に見た魔竜討伐の依頼を取る。
今更だが、ヴィルトは既に文字を読めるようになっている。
元の記憶力が良いのと、移動中暇なので勉学をしていたのだ。
「魔竜退治? うわ、しかも報酬たっか。三百万って……」
リアが報酬の高さに驚き眼を点にする。
「ですが竜退治というのならば低いぐらいでは?」
「この魔竜とは偽竜の事ではないのか?」
「そこら辺は実際に聞いてみないとわからないわね」
「そうか」
取り合えず聞こう、という事になってヴィルトは依頼の紙を持って受付へと進む。
この王都の冒険者組合の依頼書は他の組合とは違い、全て紙で出来ている。
「受付、ちょっと聞きたいことがあるんだがいいか?」
「はい。なんでしょう」
ヴィルトの問いかけに受付嬢は笑顔で答える。
「この依頼書にある魔竜ジャガーノートとはなんだ? 偽竜か? それとも竜か?」
「ああ。ジャガーノートは偽竜ですよ。竜ではありません。ただ戦闘力は竜にも引けを取らないと言われていますが」
「そうか。それが分かればいい……この依頼を受けよう」
「……もしかして、偽竜殺しのヴィルト・シュヴァイン殿ですか?」
「偽竜殺し?」
はて、とヴィルトは首をかしげる。
「ルテンラの街で偽竜の群れを打ち倒したというのは、貴女ではないのですか?」
「ああ。その事か。それなら我の事だな」
「……本物! しょ、少々お待ちください!」
受付嬢は慌てたように立ち上がると受付から出て行き、裏の部屋のドアを開ける。
「組合長! シュヴァイン殿が来ました!」
「えっシュヴァインさんが?!」
奥の部屋から現れたのは小柄な人物だった。
身長はヴィルトよりも大分小さい。成人男性の腰程……数値にして百五十センチと言ったところだろう。
赤い髪と瞳を持つ人物であり、活発そうな顔をしている。
服装は大分強気だ。ほぼ布だけと言える服であり、陰部だけ隠せばいいだろみたいな恰好をしている。
商売女が着ていれば様になるだろうが、着ているのが小柄な少女だ。欲情するのはロリコンぐらいだろう。
「えーと、ヴィルト・シュヴァインさん? ちょ~っとこっちに来て貰えるかな?」
その言葉にヴィルト達は顔を見合わせるのだった。
ヴィルト達は組合長の部屋に通された。
中は広い。執務机が奥に一つとソファが二つ、向かい合うように置かれている。間には机がある。
「どうぞおかけになって」
ヴィルト、リア、アンタレスの三人はソファに座る。三人が座れるだけのスペースはある。
ローニャは居ない。現在冒険者の試験を受けている。
「それで何用だ? 態々こんな部屋に通す程の話があるのか?」
「うん。それがあるから困るんだよね」
たはー、と少女は笑った。
「と、その前に自己紹介と行こうか。ボクはここの組合長をしているソフィラだ。因みに見てわかるように種族は
寿命は三百年程であり、膂力と鍛冶技術に優れている。
因みに髭があるのは男のみであり、女に髭は生えていない。
「それでなんだけど、君たちジャガーノートって知っている?」
「ああ。依頼書で見た」
「なら話が速い。君たちにはジャガーノートを討伐して欲しいんだ」
「いいぞ。丁度その依頼を受けようと思っていたからな」
「待ってヴィルト。組合長、何故急にそんな話を?」
「話すと長くなるけど、大丈夫?」
「問題ない」
じゃあ話すよ、とソフィラはこほんと咳払いしてから話し始めた。
「事の八端は三十年前。王都近くの古い砦にジャガーノートが住み着き始めた……まぁ、王都近くと言っても王都から十キロは離れてるんだけど。そして当時の国王は偽竜に対し危機感を覚えた。まぁ、王都近くに偽竜が居るとか恐怖その物だからね。王は有力な冒険者や騎士団を使って討伐作戦を決行した」
だが、とソフィラは一旦話を止める。
「それは失敗した。冒険者七十ニ名。当時最強と言われていた騎士団団長を含む騎士団員四百名は魔竜ジャガーノートを前に何も出来ずに敗北した。これに困ったのは王だ。偽竜に手を出して報復が来ないはずがない──と思ったんだけど、
「ほーん」
ソフィラから説明を受けたヴィルトはのほほんと返事をする。
「要するに我に偽竜一匹倒して欲しいという話だろう? 人間はあれこれ説明を付けるのが時に面倒だな」
「……理由が無いと動けない人もいるからね」
よし、とヴィルトは立ち上がった。
「早速そのジャガーノートとやらを倒しに行くぞ!」
それに待ったをかけるのはソフィラだ。
「いやいや、相手は竜に近いとされる偽竜だ。幾らなんでも君一人じゃ無理だよ!」
「はん。我の実力を知らぬと見える。それに今はノワールも合流した今我は最強無敵!」
「いや、えぇ? 何処からそんな自信が湧いてくるのさ……」
えぇ、と困惑した顔でソフィラは呟く。
はぁ、とソフィラは深いため息をついた。
「わかった。一応ボクも監視として着いて行くけど……無理だと悟ったらすぐ撤退してね」
■
「ここがジャガーノートが居る森だよ」
あれからヴィルト達とソフィラは王都近郊の森に来ていた。
時刻は十時ちょうど。朝から昼に変わる時間である。
森を目の前にしたリアが口を開く。
「鬱蒼としてるわね……」
「ジャガーノートがいるせいで人の手から離れたからね。仕方のない事さ」
元は人が管理できていた森であっても、魔竜のせいで管理から外れたとソフィラは肩を落として言う。
「まぁいい。目的地は分かっているんだ。飛んでいくぞ」
ヴィルトはふわりと飛び上がり続いてリア達も飛び上がる。ソフィラもまた飛行の聖術で飛ぶ。
ヴィルトの先導の元、一行は飛んでいく。
そうして飛ぶ事二十分。遂に目的地が見えて来た。
「……ボロボロね」
その砦はボロボロだった。
城壁は殆どが崩れ、居館も壁に穴が開いたり、一部は崩れてしまっている。
その砦の中央に件の偽竜、魔竜ジャガーノートが居座っている。
「デカいな」
ヴィルトが思わず口から言葉を漏らした。
ジャガーノートは大きかった。本来のヴィルト・シュヴァインよりも。
姿を一言で言うならば、巨大な蜥蜴だ。
全長四十メートル程の巨大な蜥蜴である。
背中からは被膜の付いた蝙蝠にも似た翼が生えており、その体は漆黒の鱗に覆われている。
頭部からは鱗と同じく漆黒の角が二対生えており、美を飾っている。
手足も丸太のように太い。
正しく邪竜という姿をジャガーノートはしている。
「よし。ここはクリンゲで行くか」
ヴィルトが虚空に向けて何かを持つような仕草をする。
『それなのですが、魔王様』
「ん? どうした?」
突然のノワールからの
『魔王様の一部武器……というよりはツォルン以外、喪失してしまいました。申し訳ございません』
「なん……だと……」
魔王愛用の武器は三つある。
斧、剣、槍の三種類だ。それら全て魔具である。
『後勝手に魔王様が居なくなったしいいかなと思って改造しました』
ノワールはここでとんでもない事を打ち明ける。
配下が行っていた事にヴィルトはえぇ、と顔を困惑させる。
「具体的にどう改造したんだ?」
『威力の増加と、人間でも使えるようにサイズ可変の能力を追加しました』
ノワールは簡単に言っているが、魔具の改造等普通は出来ない。
それこそ超が着くレベルの技術者でも無いと出来ない事である。
実際、ノワールは幾つかの時代を代表するような鍛冶師や技術者に頼んで改造をしていた。魔王無くなったし自分でも使えるように改造して見るか、程度の軽い気持ちで。
「なんだ。それぐらいならば別に構わんぞ。他の武器もまぁ、何時か取りに行けばいいしな」
『一応所在地は把握しております。何れお伝えします』
「わかった」
動かないヴィルトを見たリアが隣まで飛んでいき、問いかける。
「どうしたの? 何かあった?」
「ああいや、何でもない。それよりこれから戦闘に入る。この時代に来てから初の強者との戦いだ。危険だから離れていてくれ。アンタレス! 皆を結界で守れ!」
「畏まりました。魔王様」
ヴィルトの言葉に魔王が危険というのなら、とリアはアンタレスの近くまで飛んでいく。
リアが来たのを確認したアンタレスは結界魔法を展開し、防壁を張る。
「よし、今度こそ行くぞ」
ヴィルトの手から黒い靄が生じ、武器の形を作っていく。
数秒でそれは実態を持つ武器へと変わった。
黒い両刃の戦斧だ。柄だけで一メートル以上はあるだろう。
禍々しい斧であり、刃部分は赤く脈動している。
これこそが魔王愛用の武器の一つ。ツォルンという魔具だ。
ヴィルトは高速で飛翔をする。
最高速度はダッシュと同じ五百キロだ。
高速での飛翔と同時にヴィルトは斧を構え──
「せい!」
寝ている魔竜の背に向かって思いっきり振り落とした。