「今日はこんなのを持ってきました!」
ふふん、とリアが宿の一室で胸を張った。
ヴィルト達がいるのはノワールの伝手で泊まっている高級宿、黄金の果実亭の部屋の一室だ。
部屋は広い。大きな机にソファもある。一般的な家庭の部屋と言って差し支えないだろう。部屋の奥には扉があり、寝室が別けられている。
ヴィルトとアンタレスが泊まっている部屋に、ヴィルト達全員が集まっていた。ノワールもまた部屋のカーテンを閉める事で太陽光を避け、表に出ている。
灯りには聖具による光球があり、部屋を満遍なく照らしている。
時刻は朝の八時。朝食を終えた一行は今日はどうするかと話していた。
「なんだ? それは」
リアがじゃじゃーん、と見せる者に対して疑問を唱える。
リアが掲げているのは本だ。只の本ではなく、非常に分厚い本である。
「邪竜討伐伝TRPGルールブック第四版よ!」
むふん、とリアは胸を張る。
「てぃーあーるぴーじー?」
TRPGという概念を始めて聞いたヴィルトがオウム返しをした。
魔竜ジャガーノートを倒した翌日、ヴィルト達は依頼を受ける気にもなれなかったので部屋で談笑をしていたのだ。
「お、新版出てたんですね。あ、どうせならみんなでやりませんか?」
ローニャがそう提案し、皆がそれはいいな、と賛成する。
「ではGMは私がしましょう。幸いそれ作ったの私ですし」
「え、これ作ったのノワールさんなの? ……ほんとだ。著者一覧に書いてある……」
という事で、ヴィルト達のTRPGが始まった。
それからしばらくして。
時間にして四時間が経った頃。
「邪竜ノーガードの
「回避で!」
GMのノワールの言葉に最後に残ったヴィルトが回避ダイスを振る。
買って置いた百面ダイスのサイコロを専用の器の中に投げ込み振るう。
カラカラと音と共に結果が出る。
「あ」
結果は百丁度。
「えーではダメージボーナス1d4追加で。邪竜の攻撃12d6プラス1d4です。ダメージは……」
ノワールもまたサイコロを振る。
因みにサイコロの数が足りないので魔法で作っている。
「四十二プラス四で四十六。探索者ヴィルトは絶命しました……キャラロストです。全キャラロストしたのでシナリオ終了です。お疲れさまでした」
「ぬわー!」
そして見事に全員死んだことでストーリーが終わってしまった。
ぐぬぬぬぬとヴィルトは悔しがる。
「やっぱ多人数でやるTRPGは楽しいですね!」
ローニャは一人、仲間と共に出来た事を喜んでいる。
「やっぱ人数が多いからってお助けNPCのエコルを抜いたのがまずかったわね……」
ヴィルト達がやっていたTRPG邪竜討伐伝は実際の出来事をモデルに制作されている。
二年前に頭角を現した冒険者、ドラゴンスレイヤーと称えられた少女エコルが邪竜を倒すまでの話だ。
勿論あくまでモデルにしただけなのでカットされた話は非常に多いが。
「そういやもうお昼だけどご飯どうする?」
「外に食いに行く気分でも無いしな……この宿、食事は用意して貰えないのか?」
「用意して貰えますよ。店員に伝えましょうか」
「じゃあここで食うか」
よっこいしょ、とノワールが立ち上がる。
残る四人はTRPGの反省会をする気らしく、わやわやと話を始める。
ノワールがドアを開けて外に出て数歩歩くと、廊下の向こうから小柄な影が出てくる。
「おや冒険者組合長。この宿に何か御用で?」
ノワールが笑顔で話しかけると冒険者組合長、ソフィラも笑顔で答える。
「うーん、この宿って言うかこの宿に泊まっているお客さんに用事があってね。そういうノワールさんは?」
ノワールとソフィラは顔見知りだ。
ノワールは何度か冒険者組合に依頼を出した事もあるし、個人的な付き合いも多少はある程度の仲である。
ただある程度であり、そこまで深い付き合いではない。
「というとヴィルト様にご用事が?」
「……なんでシュヴァインさんを様付で呼ぶのかな?」
ノワールの地位は高い。
無論爵位など持っていない平民に過ぎないが、それでも下手な貴族よりは権力も財力も、武力だってある。
それほどの存在が、様付で他者を呼ぶ等それこそ国王や公爵ぐらいのものだ。
「いえ。私ヴィルト様の部下ですので」
「ヴィルト様の部下?!」
思わずソフィラは言われたことをオウム返しに驚いてしまう。
あの女傑が部下? しかもただの冒険者の?
確かにヴィルト・シュヴァインは只の冒険者で済ますには過ぎた力を持つ。
だが部下とするにはノワールの地位が高すぎる。まるで見合っていない。
だが、ソフィラとて冒険者組合を預かる身。腹芸だってこなせるし、人を見る目だってある。
その目で見れば、ノワールが冗談で言っている訳では無いのがわかる。いやそもそも冗談でだって言っていい事ではないが。
「そ、そうなんだ……へー……えっと、シュヴァインさんに話があってね」
「そうですか。付いてきてください」
言われるがまま、ソフィラはノワールに着いて行く。
部屋に着くとノワールは無造作にドアを開け、中に入る。
「ヴィルト様。冒険者組合長のソフィラ様がお話があると」
「なんだと?」
TRPGの反省会をしていた四人は一斉に振り返る。
「やっほー、シュヴァインさん。ちょっとした話があって来たんだ」
そう言いながらソフィラは靴を脱いで部屋に入る。
ソフィラの靴は草履である。
ではこれで、とノワールは部屋を出て行ってしまう。
「それで話とはなんだ?」
「うん。来週の
「ほー。パレードとは贅沢な事をするなぁ」
「それだけ君が成したことがすごいってことさ。魔竜ジャガーノートの討伐はこの国の夢だったからね」
その言葉にアンタレスがくすりと笑う。
「夢という割には冒険者への依頼を常駐で出していたようですが」
その言葉にソフィラも肩を落としながら答える。
「ま、誰か倒してくれないかという願望と依頼を常時出す事で危険性を知らせる狙いがあったからね。運よくシュヴァインさんのような強者が来てくれて助かったよ」
「まぁ、そこら辺はどうでもいいとして、パレードで何をすればいいんだ? 踊るのか?」
パレードというものを分かっていないヴィルトは頓珍漢な事を言う。
「いや踊らないよ。それに一週間後っていう直近だからね。君にはパレードの先頭で馬に乗って進んで欲しい」
「馬か……乗った事無いな」
「だったら最低限それだけでも練習して貰わないといけない、悪い事だとは思うけど……」
「別に構わんぞ。我は別に気にしない」
「ありがとう。パレードの後は王様に会ってもらうけど、一言二言言われるだけだから、適当に相槌しとけばいいよ。その後パーティ会場に連れられてパーティして終わりだから」
「わかった。パーティ楽しみにしてるぞ」
「ありがとう。騎乗の練習は出来れば今日からでもしてほしいんだけど……」
「それならここで食事をしてからでいいか? 飯がまだでな」
「ん、わかった。じゃあ食事を終えたら冒険者組合に来てね、待ってるから」
「わかった」
いう事を言うとソフィラは立ち上がり、それじゃあと手を振っていく。
玄関で靴を履き、部屋を出て行ってしまうのだった。
ソフィラと入れ替わる様にノワールが部屋に入って来た。
「ヴィルト様。お食事を持ってきました」
「おお、待ってたぞ」
ノワールの後に宿の店員がワゴンを手に入って来る。
一行は食事を楽しむのだった。
■
太陽が真上に上った昼の一時頃。ヴィルトは冒険者組合に向かっていた。
残る四人は居ない。部屋でTRPGをしている。
大通りを抜け、横のわき道を通っていくと冒険者組合がある。
大通りから外れた場所にある組合のドアを開ければ、中には多数の冒険者が居る。
各々が好きに武装をした集団だ。全身鎧の者もいれば、陰部だけ隠せばいいだろ見たいな鎧を来た者もいる。
更には女が着ていれば見た目は良いのだろうが顎髭の生えたおっさんが着ている。見る人によっては不快感を与えるだろう。ヴィルトはそう言うのを気にしないが。
中に入ると外見は少女であるヴィルトに視線が集まる。
全員が美少女であるヴィルトの顔に目が行き、次に胸元に掲げている銅の冒険者の証であるプレートに目が行く。
「やっほー! 来てくれたんだね!」
席の一つから声が上がった。
声の主はソフィラだ。席を立ち上がり、ヴィルトへと駆け寄る。
その時点で視線は減る。冒険者組合長の客と分かり、余計なトラブルは御免だと避けるのだ。
「ていう訳で、ちょっと出かけようか」
「む、組合で何かするのではないのか?」
「いや、目的地がちょっと特殊でね。組合を中継所にしただけさ」
そうか、とヴィルトは軽く返すとソフィラと共に外に出ていく。
太陽の元を二人は歩いて進んでいく。
「それで、何処に行くんだ?」
「ちょっとした貴族の屋敷だよ。其処でシュヴァインさんには騎乗の練習をしてもらう」
「成るほど。貴族の屋敷という事で平民である我が一人近づくのだと面倒事が起こると判断したのだな?」
「ま、そう言う事」
二人は雑談も程々に王都を進んでいく。
ヴィルトは気づいていないし気づくわけも無いが、騎乗の練習に貴族の屋敷を使うというのは本来有り得ない話だ。
如何に貴族の屋敷が広いといっても、騎乗の練習に出来るほど広いというのはまずない。
その為に専用の練習場所や王都の外というのが普通使われるが、どちらも使えない理由がある。
騎乗や馬を使った訓練につかわれる場所は当然馬を持てる財力を持つ者専用であり、つまりは殆ど貴族専用のようなものである。
そんな場所に今のところはただの平民であるヴィルトを連れて行く訳にはいかないというのがある。それよりは他の貴族に限界までヴィルトの存在を隠蔽しておきたい、という思いもあるが。
ヴィルトの容姿は優れている。其処から話をかけてくる者もいるだろう。貴族に対しそう言った不信感を与える訳にはいかないという裏の事情がある。
王都の外は馬に乗る練習が出来る場所等はどうしても人目につく場所になるので、こちらも人目を避けたいソフィラからすればなし、となる。
となれば不特定多数にバレるよりかはたった一人にばらして練習させてもらうというのがまだマシ、という結論になったのだ。
「それと、我を名字呼びじゃなくていいし、さん付けもいらん」
「そう? ならこれからはヴィルトさんって呼ばせてもうね」
「……さん付けも要らんと言ったが」
「あっはっは、まぁさんづけは僕の癖みたいなものだからね」
そうか、とヴィルトは軽く返す。
そうして雑談していると、目的地である貴族の屋敷に辿り着いた。
「デカいな」
「ま、そこそこの貴族の家だからね~」
辿り着いた場所は
貴族街とは文字通りに貴族が住まう場所の事である。
王都には領地を持たない貴族である法衣貴族や領地から王へのお目通りや献上の為に遠くから来ている貴族が多くいる。
そういった貴族の為の場所であり、この場所には貴族しかまずいない。
王都の衛兵も多くいる為に治安も良い。
その通りの奥にあるのは大貴族の屋敷と言って差し支えない大きな屋敷だった。
三階建ての建物に広い庭を持つ屋敷である。当然屋敷の周りには鉄格子の壁が作られている。
門の横にはインターホンが付いている。
音符マークがついたボタンの下には音声発生用の機械らしきものが付いている。
それを始めて見るヴィルトはソフィラに尋ねる。
「これは?」
「インターホンっていう聖具の一種だよ。聖力を込めて押す事で効果を発揮するんだ」
見てて、とソフィラは聖力を手に込めてボタンを押す。
ピンポーン、という音が鳴り、ガチャりと受話器を取る音がする。
『どちら様でしょうか?』
帰って来たのはまだ若い女の声だ。
(ああ、なるほど。
ヴィルトの持つ知識の中で近いのは
聖力、魔力どちらでも使える術具であり、遠距離の相手と
このインターホンとやらもそれに近いのだろうとヴィルトはあたりを付ける。
「冒険者組合長のソフィラでーす。ケイブ子爵にお目通りねがいまーす」
『ああ。ソフィラ様ですね。今迎えに行きます』
ガチャりと受話器が置かれ、通話が着られる。
直ぐに屋敷の門が開いて一人の女が出てくる。
ゴシックのメイド服を着た金髪の女だ。
ロングスカートタイプのメイド服である。
女は屋敷の門にまで来ると門を開け、スカートの端を持って一礼する。
「ソフィラ様にお客人のヴィルト・シュヴァイン様ですね。お待ちしておりました。どうぞ中へ。主がお待ちしております」
メイドの礼を受け、ヴィルトとソフィラはメイドに案内され屋敷へと進む。
二人が門を潜ると門を閉じ、メイドは屋敷まで歩く。
(中庭は結構広いな)
これなら馬に乗って練習できそうだとヴィルトは思いながら進んでいく。
メイドが屋敷の扉を開け、中に入る。
「どうぞこちらへ」
メイドに案内されるがまま、二人は屋敷に二階へと上がり進んでいく。
(領主の館と余り変わらんな)
ヴィルトの目は肥えている訳ではない。だが拙い美術眼でもルテンラやアルテリシアの領主屋敷と余り変わらない調度品が置かれていると分かる。
目的の部屋に着いたのかメイドが止まり、両開きのドアにノックをする。
「ご主人様。お客様がお見えです」
少しすると部屋から返事が返って来る。
「そうか。入って貰え」
返事が来るとメイドはドアに手をかける。
失礼します、と一言いいドアを開けたメイドに続いてソフィラとヴィルトも中に入る。
中は談話室だ。ソファが二つに中央にガラスが入った机が置かれている。
ソファの前に立っている男が一人。
身長はヴィルトとそう変わらないだろう。茶色の短髪と緑眼を持つ青年、それどころか少年に見える年ごろだ。
中肉中背であり痩せているとも太っているとも言えない体型である。
服装は質の良い貴族らしい服を着ている。
「久しぶりだな、ソフィラ」
「ケイブさんも久ぶりー」
やっほーとソフィラは軽く手を上げ挨拶をする。
この男の名はケイブ・ウトサ。子爵の貴族である。
「──ヴィルト・シュヴァインです。冒険者をしている者です」
ヴィルトはこれまでの道中でリアから多少教わった敬語を使って挨拶をする。
ヴィルトのスペックは低くない。記憶力も高いのだ。その記憶力をもってすればある程度の敬語を覚えて使うなど造作も無い。
リアに予め言われてるのもあって貴族相手には敬語を使うようにしている。
「ああ、そんなに硬くしなくていいから。気楽に行こう」
「そうか? ならそうさせてもらう」
だが、社交辞令というものを知らず、言われたことをそのまま信じてしまう無垢さはそのままだった。
「まぁ座って、話をしよう」
しかしながら幸いな事にケイブと呼ばれた男は気にすることなく席に座る事を促す。
ソフィラとヴィルトはソファに座り、話を聞く姿勢を取る。
(お、ふかふかだなこのソファ)
「で、急にうちに用事があるとかいうけど、なんなんだよ?」
ケイブは口を尖らせながらソフィラに問いかける。
「ん-とね。この子、ヴィルトさんの馬に乗る練習をさせて欲しいの」
「はぁ? そんなの適当に練習場使えばいいだろ?」
当然の事をケイブは言う。
「そうなんだけどね、まぁちょっとした事情があってね。絶対に誰にも口外しないって言うなら教えれるけど……」
「お前がそう言うってことは大分あれな案件じゃねぇーか! うわ、絶対聞きたくないけど聞いておいた方がマシな奴!」
ぐえー! とケイブは顔を顰める。
ケイブとソフィラの付き合いは長い。その付き合いからして聞いておいた方が良いけど聞きたくなかった話であるのが確実だとケイブは確信してしまう。
「まぁいいよ聞いておくよ畜生。その事情とやらは?」
ふふ、とソフィラは死んだ目で笑って答える。
「この子、魔竜ジャガーノートを倒した英雄です!」
その言葉に、ケイブは開いた口が塞がらなかった。
絶句し、数秒呆ける。
「マジ?」
「マジの大マジ」
「……嘘だと言ってよバーニィ」
うそーん、とケイブは両手をあげ、考える。
(てことはこんな俺と同じくらいの子が一国滅ぼせる力持ってるってこと? マジヤバくね?)
ケイブは子爵だ。
元は男爵の生まれだったが己の知恵と努力で子爵に上り詰めた腕を持つ男だ。
当然頭の回転もそれなりに早い。
「成るほどな、パレードでもやって馬に乗らせる予定だけど馬に乗った事無いから練習させたい、だけど他の貴族の目に着くと面倒だから練習場は使えない、そんなところか?」
「正しくその通り。話が早くて助かるよ」
「わかった。うちの馬でなら練習させてやるよ。ついてこい」
ケイブは立ち上がると手招きし、外へと出ていくのだった。