「さて、これでお前たちは助かったぞ」
ヴィルトは今だ混乱の中に居る村人たちに向かって話しかける。
村人たちの顔には困惑と喜びの感情が入り混じる。突然の事態にまだ頭が追い付いていないのだ。
急に村が襲撃されたと思ったら変な女が助けてくれたという状況に混乱するしかない。
その村人たちを察したのか、ヴィルトたちに助けを求めた狼の獣人の男が立ち上がり、村人たちの前に出る。
「もう大丈夫だ、みんな! 俺たちは助かったんだ!」
その言葉で漸く村人たちは安堵の声を上げた。
「まずは拘束を解かねばな。みな、手伝ってくれ」
ヴィルトの言葉にリアたちも同意の声を上げ、村人たちの拘束を解いていく。
村人たちはただの縄で縛られている。聖術や魔法を使える者にとっては解くのは簡単だ。
村人の縄を解き、村人たちを解放していくとヴィルトたちは感謝の言葉を受ける。
ヴィルトは一人このような感謝の言葉を受けることが無かった為何とも言えない気持ちになるも、悪くはない気分で村人を助けた。
「我々を助けてくださってありがとうございます。私は村長のカルラです」
村人の中から一人、女が名乗り出る。
まだ若い女だ。歳は二十代前半程度だろう。
きつね色の髪と尻尾と耳を持つ。狐の獣人だ。
「我はヴィルト・シュヴァインだ。災難だったな……何故村が襲われたとか知らないか?」
「我々もよくわかりません。盗賊は『お前たちを奴隷にする』と言っていましたが……」
村長の言葉にリアが眉を潜める。
「村人を奴隷に? どういうことかしら……」
「この国では奴隷制度はありません。隣国のミセーズならありますが、ここは国境からも遠いですし……」
うーん、と全員が頭を悩ませるとヴィルトの影からノワールが器用に顔だけ出す。
「もしかしたらこの近くの街のアミロで売るつもりだったのかもしれません」
「む? どういうことだ?」
「はい。アミロの裏市場には非合法の奴隷市場があります。国も手が出せない程の規模であり、裏に潜むが故と政治的な問題で手が出せない裏組織があるのです」
「……なんともまぁ、それは厄介だな」
ノワールの言葉にヴィルトはうへぇ、と眉を潜める。
「ま、もう終わった事だから我々には関係ないな」
ヴィルトがそう言うと全員が同意し、ノワールも影の中に戻った。
「では我々はこれで」
ヴィルトがそう言い立ち去ろうとすると「お待ちください!」と村長のカルラが声を上げた。
「我々を救ってくれた恩人に何もしない訳にはいきません。歓待の宴を開こうと思います。いかがでしょうか」
「む。宴か……いいぞ。皆もいいか?」
ヴィルトが仲間達に確認を取ると全員が同意する。
「よし、せっかくだ。歓待されるとするか」
■
ヴィルトたちはそれはもう盛大に歓迎を受けた。
宴によって食事が振る舞われ、村人総出の宴となった。
そして一晩泊り、ヴィルトたちは村人総出で感謝を受けながら出立した。
ヴィルトたちが王都を出てから五日。最初の目標の街に辿り着いた。
「デカいな」
魔車の窓から顔を出しながらヴィルトは呟いた。
城壁は大きい。これまでヴィルトが見て来た街で言えば王都の次に大きいだろう。
「そろそろ降りましょ」
リアがそう提案し、ヴィルトたちは魔車から降りる。
アンタレスも人の姿に戻り、影の中に魔車を収納する。
四人並んで城門を潜り、アミロの街中に入って行く。
「活気があるな」
「表向きでもこの街は賭博の街として有名ですからね。賭博好きな人が良く来ますから」
人の多さに感心するヴィルトにローニャが付け加える。
街の作りは王都と左程変わらない。
煉瓦の家に石の道路。歩道と車道で別れている。
道行く人は数多く、
「まずはどうする?」
ヴィルトがワクワクとしながらリアに話しかける。
「まずは宿を取りましょ。この街にも暫く滞在でいいのよね?」
「ああ。道中で話したが賭博というのもしてみたい。金はある事だしな!」
「やり過ぎで身を崩さないでくださいね……?」
「ま……我が主が賭博で負ける訳がないでしょう。世界最強の存在なのですから」
「戦闘力と賭け事の強さは違くない?」
四人は話しながら街を歩き、宿場に向かって進む。
二十分も歩けば宿に辿り着く。
「……豪華な宿ね」
辿り着いたのは見るからに高級な宿だ。
まず作りが他の家と違う。高い石で宿が作られている。
気泡一つ無いガラスもふんだんに使われており、ガラスの製造が難しいこの国では珍しさと高級さを兼ね備えている。
「ここであってるんです?」
ローニャが少々不安になりながらヴィルトの影に話しかける。
「会ってますよ。私のコネでどうとでもなるので安心してください」
ノワールは元この国最大の商会であるハンデル商会の頭領だ。
旅をするために辞めたとは言えその影響力は健在。息子に継がせたのもあって多少の無茶は押し通れる。
取りあえず中に入ろうか、とヴィルトがガラスがはめ込まれたドアを開けて中に入る。
入ってすぐ目に付くのは受付だ。受付には執事服を着た男性が立っている。
入って左手側にはラウンジがあり、酒の入った棚もある。揃えられている酒はどれも高級品だ。
ノワールが受付に進むと懐から紋章の刻まれた板を取り出す。
「わたくしこういう者です。スイートルームをお願いします」
にこり、と美人らしく微笑むと受付の男は「畏まりました」と頭を下げる。
「直ぐに部屋に案内します。どうぞこちらへ」
男に言われるがまま、ヴィルト達は三階へと登っていく。
三階に上がり、廊下を渡って奥に進むとドアからして高級な部屋に辿り着く。
男がドアを開け、中に入るよう促すと全員中に入る。
「おお。広いな」
広さで言えば王城には劣るが、質で言えば王城にも劣らぬ部屋がそこにあった。
寝室とリビングに別れておりリビングには聖具の冷蔵庫にキッチンも備え付けられている。
部屋の中央にはソファと机が置いてある。
「部屋を二つとのことですので、もう一つの部屋も案内させて頂きます」
男はそう言うとアンタレスを連れて外へと出る。
変わらずアンタレスだけは別部屋である。一応元は男なので。
ヴィルトはソファにダイブする様に座りこむと寛ぎ始める。
「で、この街でどうする? 我はカジノとやらをやってみたいんだが」
その言葉にリアとノワールが頭を唸らせる。
魔王は賭博に強いのだろうか、と。
下手に金がある分貧乏人よりたちが悪い。素寒貧になるまで賭け事に熱中してしまうのではないかと心配になるのだ。
何しろヴィルトはあらゆる事に無知だ。そして戦闘以外に趣味と呼べるものを持っていない。
これで下手に賭博が趣味にでもなられると非常に困る。賭博で身を崩す魔王など見たくもない。
「……いいのではないでしょうか。ただ、身を崩さぬように節度を弁えてする必要がありますが」
悩んだ結果、ノワールは渋々と言った様子で肯定した。
「よし。今日は街を軽く観光して、明日賭博場に行くとしようか」
という事で、各々荷物を部屋に置き、外へと繰り出た。
■
丁度同時刻。ゼーティ王国の王城シュロス。玉座の間にて。
「ではこれにより。リオンを勇者として認定する!」
うわぁ。大変な事になったぞ。リオンは少し遠い目をした。
玉座の間には多数の人がいる。
王城に努める儀仗兵が整列し、その後ろには貴族達の姿がある。
更には貴族以外──高位の聖職者さえもいる。
聖職者たちは揃って白い法衣を纏っており、清廉潔白な身であると主張している。
玉座の前には一人の少年が膝をついている。
歳は十四かそこらの幼い少年だ。
活発そうな少年であり、赤い髪と赤い瞳をしている。
篭手を付け、胸当てだけを付けた姿は少年が大人になろうと無理をしている様にも思える。
宣言をしたのはこの国最高位の聖職者、テオ・ディーンだ。彼は一人だけ青い聖職者の服を着ている。
リオンは緊張した面持ちで受け入れる。
「これこそが其方を勇者として認める証である」
王が顎をしゃくると儀仗兵の一人がトレイを両手に持ち歩いてくる。
トレイの上には剣の絵が掘られた紋章が置いてある。
「さぁ。受け取るが良い」
王がそう言うとリオンは「ありがとうございます」と受け取る。
「さぁ。勇者よ。この世界をより良い方向に導くのだ!」
■
「はぁ~~~~~」
王国外れの森──かつて魔竜ジャガーノートが居た森で少年リオンはバカでかいため息を吐いた。
リオンは困惑の中に居た。田舎から出て都会で一旗あげようとしたらまさかの勇者認定である。
少年という若者には辛いものがあった。
「ん……?」
そこに。リオンの感知能力の範囲内に強力な魔力を感じる。
魔物か魔族だろうか、と警戒し剣を抜いて立ち上がる。
魔力の気配は移動中であり、移動する方向から見て後五分も経たずにリオンの元まで来るだろう。
剣を構え、魔力の気配が来る方角を見据える。
「GYAAAA!」
そして魔力の気の主がやって来る。
来たのは魔物だ。しかも巨大な魔物である。
蜘蛛の魔物だ。黒い体であり、両腕が蟷螂のものになっている蜘蛛の魔物である。
三メートルという魔物の中では充分巨体と言っていい魔物はその鋭い腕をリオンに向ける。
リオンもまた剣を持って迎撃しようとした瞬間──魔物がすぱっと真っ二つに両断された。
「え?」
突然の出来事にリオンは呆気にとられる。
「ったく、今の時代も魔物が蔓延ってるのか?」
男ははぁ、とため息を吐いた。
「んでそこの少年。無事か?」
男は振り返り、リオンの顔を見た。
美人だ、とリオンは思った。
ぱっと見では女にも見えそうな顔つきだ。男らしさは余りない。
だが完全な女性には当然見えない。肉体は男らしさに溢れている。
どこかちぐはぐ、とリオンは感じ取った。
爽やかな笑顔が似合いそうな好青年、といったところか。
「はい。無事です。ありがとうございます」
自分でも倒せる魔物だったが、それはそれとして助けてくれたことには変わりないので礼を言う。
「そりゃよかった。助けた礼と言っちゃなんだが、幾つか聞きたいことがあるんだが、いいか?」
男は笑みと共にリオンに近寄る。
「はい。大丈夫です……ですがその前に、お名前は?」
リオンは当然の疑問として相手の名を聞く。
リオンは相手の聖力量に驚愕する。単純な聖力量ならばこれまであった相手の中で二番目に多い。一番はヴィルト・シュヴァインだ。魔王の次に多いのだ。
「ああ、名乗ってなかったな。俺はレーレって言うんだ。よろしくな、少年」
そうして男──勇者レーレは名乗りを上げた。