ルテンラの街の近くには森がある。
街道が森の横に作られており、森との距離感は近い。
その森には何かある、という事は無い。只の森だ。
精々が季節によっては木こりが材木や燃料確保の為に木を切ったり、時には狩人が獣を狩ったりするだけの平凡な森である。
だが、その森の奥は違う。
森の奥地には恐竜が一体、住んでいるのだ。
この世界において、恐竜とは恐怖の象徴だ。
恐竜の機嫌や空腹加減によっては人の村を襲撃し、滅ぼす事も珍しくない。
最も怖いのは、恐竜が魔力によって変異するケースだ。
魔力によって変異した動植物は力の次元が変わる。
ただの子ネズミが変異して人間と同等の大きさに成り、人を食い殺す事があれば、恐竜という元から人を食い殺す化け物が更に変異すればそれは更なる化け物に成る事を意味する。
恐竜が変異した場合、それは偽竜というカテゴリーの魔物に属する。
この世界には元から竜が存在する。
蜥蜴の体。蝙蝠のような被膜の付いた翼を有し、聖術すら行使し言語を操る高い知性を持つ種族だ。神話によっては聖獣と扱われる事もある。
その竜に容姿が近いものを偽竜と称する。
偽竜には恐竜が変異したものから蜥蜴や蛇が変異したものも含まれる。
その偽竜だが、戦闘力は絶大だ。竜に劣る程度の──竜と比べてしまえる程度の実力を有する。
事実として、恐竜が変異した偽竜によって滅ぼされた小国というのもまた存在する。
その為に恐竜を見つけ次第先手を打って討伐する、というのも珍しくない。
ルテンラの街に恐竜討伐の依頼が常駐されているのもそういった理由である。
何故騎士団を動かして討伐しないのか、となるがそれはこの恐竜が人の世界に出てこないからだ。
街道に出て商人を襲ったという話も無く、森から一歩も出ず、ただ森の奥で縄張りを形成し一歩も出てこないただの恐竜。
それに割くリソースなど無く、貴重な騎士団を使うまでもない。
仮に討伐できたとて、騎士団員が負傷、最悪死ぬことを考えれば被害を出していない恐竜に正規の騎士団を使うことは無かったのだ。
だからこそ、誰か倒してくれないかと淡い期待を抱いて都市が冒険者に依頼を出し続けていた、というだけだ。無論そんなのは夢物語である。
だがその夢を叶えられる者が一人──あるいは一体今は居るのだ。
「えぇい! 草が邪魔だ! 焼き払ってくれようか!」
怒声を上げながら、少女の姿をしたヴィルト・シュヴァインが森を進む。
ヴィルトは森の草を踏んだり腕で木の枝を折ったりしながら森を進み、体中に草やら枝やら虫やらが当たる事に苛ついていた。
「……バリアぐらい貼ったら?」
そう返すのは一人安全に森を進むリアだ。
リアは人一人分が入る程度の聖力のバリアを形成し、草や枝、虫を跳ね返していた。
「確かに!」
そういうとヴィルトは魔力による防壁を形成。半球状に広がらせる。
途中そこまで範囲は要らぬと気づいたヴィルトは範囲を狭め、一メートル程度のバリアを張った。
「で、この先か?」
バリアを張った事で多少快適になったヴィルトはリアに尋ねる。
「そうね。もうすぐ森の奥のはずよ」
二人は話しながら森の奥へと進み、途端雰囲気が変わった事を察した。
森の奥にあって、其処には木々が無かった。あるのは人の足首程度までに生えた草だけであり、異様な雰囲気が出ている。
円形上に広がった森の広場、と言ったところだろう。その中央には巨大な生物が眠っている。
巨大だ。ヴィルトの本来の姿には及ばないが、それでも五メートル程はあるだろう。
茶色い肌を持ち、退化したのか非常に小さい手に、反対に太く逞しい足。太い尻尾は当たれば相手は死ぬだろう。
大きな口はなんでも飲み込みそうな恐怖を与える。
ティラノサウルス──そう称される恐竜だ。
「では行って来る」
ヴィルトはそう言い残すと無造作に広場に歩く。
ティラノサウルスも侵入者に気づき、ゆっくりと立ち上がる。
恐竜と魔王が対峙する。
「死ね」
そう言うとヴィルトは魔力を使って刃を形成。ティラノサウルスの首の上に生み出した。
それをそのまま真下に飛ばし、斬撃を放つ。
それだけでティラノサウルスの首がどさりと落ち、絶命する。
「えぇ……」
あんまりにもあんまりな、呆気ない決着にリアは開いた口が塞がらなかった。
流石に相手は恐竜。魔王と言えど苦戦するかもしれない──等と考えていたらまさかの決着である。
魔王と恐竜の間には高く聳える超える事など出来ぬ壁があるのだ。所詮聖力使えぬ獣、魔王に立ち向かう事すら出来はしない。
「で、死んだがどうする?」
「うーん。討伐した証明持ち替えらないといけないんだけど……」
リアは茂みから出て、ヴィルトの隣に立って考える。
こういった魔物退治の依頼の場合、倒した対象の一部を持ち帰るのがルールとなっている。出ないと本当に魔物を倒したのかわからないからだ。
だが相手は恐竜であり、何処を持ち替えれば恐竜だと信じられるかが問題だ。
小さい手足や尻尾ならば似たような動物もおり、それだと思われる可能性も高い。
「どうせならこれを持っていくか」
ヴィルトはティラノサウルスの死体に近寄り、頭を持ち上げる。
「あぁ、それもいいかもね」
それなら間違われる事はない、とリアは納得する。
少女が巨大な恐竜の首を持ち上げる、という非現実的な光景を前にツッコミを入れる者はいない。
その気になれば一時的にだがリアだって持ち上げる事は出来るのだ。当然これは聖力という超常のエネルギーあっての事だが。
因みにヴィルトは魔力も聖力も使わず素の身体能力で持ち上げている。
ヴィルトは恐竜の首を担ぎ、リアの案内の元森から出る。
鬱蒼とした森を抜けたことで二人はバリアを解除し、気楽になって街へと進む。
街の門が見えてきたところで、門の方が騒がしい事にヴィルトは気づいた。
ヴィルトの視力ならばよく見える。何やら武装した人間が集まっている事に気づいたのだ。
ただ気づいたところで、である。ヴィルトはそんなこと気にせず歩いて行く。
「……あれ?」
そうして門に近づいたところで、リアもまた門の雰囲気が違う事に気づいた。
リアの視力は普通だ。勿論聖術で視力を上げ、遠くを見ることは難しくないが。
門の前には衛兵──街の治安を守る騎士の一種──が集まり中には抜刀している者もいる。
二人はもう少しだけ歩くと、門から衛兵が一人歩いてくる。
「其処で止まれ! 止まって此方を待て!」
その言葉にヴィルトは指示されたという事実に苛つき一瞬恐竜の首を投げつけようとするが隣のリアが抑えることでそれは成されなかった。
リアとヴィルトは大人しく待ち、門から数人の衛兵が二人の前にやって来た。
「それは何だ?」
「見ての通り、恐竜の首ですが?」
リアが自分がとった訳でも無いのに自信満々に言い放つ。
「恐竜の首だと?!」
「本物なのか?」
「聖術で騙してるんじゃ」
「そんな聖術は無いだろ」
等と衛兵たちは各々好きな勝手に言う。
「これを持ってきたことに何か問題があるのか?」
ヴィルトはたかが恐竜の首だろう、と衛兵に問いかける。
「いやそんなやべーモノ持ってこられたら市民が恐怖するでしょう。我々市民の安全を守るものとして危険物の持ち込みは制限しないといけないので……」
「けど私たちとしては恐竜討伐の依頼を受けて来たの。その証明の為に持ってきたので……」
「そういう事なら衛兵のうち一人を連れて行ってください。何なら自分が討伐したと証明します」
「ならよろしくお願いします」
ヴィルトが挟む余地なく、やり取りが終わる。
ヴィルトは取り合えず恐竜の首を門の近くに置いて、リアと衛兵と共に街中へと進む。
背後から「これどうする?」「埋めるか?」「まずこれ動かせるか……?」という声を聴きながら。
■
「何かやらかしたんじゃないだろうな、おい」
冒険者組合の中に入ったリアとヴィルトを迎えたのはそんな声だった。
問いただずような怒りが半分混じった声を受付の男は出す。
無理もない事だ。朝出て行った冒険者が衛兵と共に帰ってきたら誰だって何か問題行動を起こしたと思うだろう。
「いえ。今日は違いまして。彼女たちが恐竜を討伐したのでその証明の為についてきました」
「……恐竜を?」
「えぇ。恐竜を」
一拍おいてから、受付の男は豪快に笑った。
「ガッハッハッハ! そうか恐竜を倒して来たか! とんでもない新人が来たな!」
受付の男は直ぐに信じた。
そのことに一瞬リアは驚くも、まぁ衛兵がこんなことを言えば信じるか、と納得する。
「それで報酬なのだけど」
「おう! すぐ用意するから待っとけ!」
受付の男は立ち上がると組合の奥へと歩く。
数分後、男は重そうな革袋を手に戻って来た。
受付の机の上にどさりとおいて男は口を開く。
「報酬の金貨だ。受け取れ」
リアは袋の口を開け、中身を確認する。
中にはぎっしりと金貨が詰まっており、金の輝きを放っている。
両の手では数えきれない量であり、文字通りの金の山である。
「報酬の五十万ルエだ。受け取れ」
ルエとはこの世界の通貨だ。だいたい一ルエイコール一円である。
その為に五十万とは非常な大金だ。
恐竜討伐とは、それだけの大金を得るに相応しい偉業なのだ。
リアは喜びを隠せず、袋を受け取る。
身長に聖具の袋──名をマジックバッグに金貨袋を仕舞っておく。
「金を稼ぐというのは案外簡単なんだな」
「いやこれは大分レアなケースだからこれを基準にしないでね」
金を稼ぐという行為を始めて行ったヴィルトが間違った認識をしそうなのでリアはそれを訂正しておく。
「取り合えずこれで資金面での不足は無さそうね」
ふふ、とリアは微笑むのだった。