BanG Dream! Ave Mujica 9話 if   作:a0o

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悲しみを恐れる勿れ。

 

 

「で?」

 

 にゃむは目の前の相手に眉を潜ませた。

 

「いえ、ですから若葉さんにご了承得たので、改めて(・・・)報告に」

 

 海鈴は再度また説明を--勿論にゃむが言いたいのはそんな事じゃないのは流石に分かる。

 

 目を向けないようにしているが、海鈴の背後でお上りさんになってる愛音と緊張している燈を否応なく意識。

 

「えっと……はじめまして」

「あ、私、にゃむちのファンで動画欠かさずに見てます」

 

「そう。ありがとう--それでなんなの、その娘たち?」

 

 当然の疑問--にゃむに若葉睦のAve Mujica復活への提案を説明しに行くから話の肝である燈も一緒にと申し出て、関係者だからと愛音も強引について来た。

 

 とは言え実際は推しの家に行けるから、とミーハーな理由は明らか。

 

 言葉通りのファンであるから、その気持ちは普通--理解もするし、知らない仲でもないならキチンと紹介するのも吝かではないが、如何せん当人は機嫌がいいとは言えない状態。

 

 ついこの前に追い返された事を思い、日を改めてと言っても聞き入れてくれず……お陰で面倒を持ち込んで来たと邪険にされてしまう始末。

 

 これではまた繰り返しか--来る前に予想し恐れていた展開そのままの状況に気が滅入る。

 

 そんな様子に流石ににゃむも話を聞くしかないかと溜息を吐く。

 

「今度はちゃんと説明してくれる訳?」

 

 対話する姿勢に海鈴は飛びつくように顔を合わせた。

 

「はい。こちらに居る高松燈さんのお陰で、若葉さん自身がMujica復活を望むと」

 

 燈の手を取り、にゃむの前に--強引な紹介に息を呑み竦む。

 

「高松さんは豊川さんと若葉さんと前にバンドを組んでいた仲で、その縁で今回の件に助力頂きました」

 

 そのまま説明を続ける--Ave Mujicaで幸せになって欲しいと訴えたことで睦の心が動いたこと。本来の人格が目覚めて睦とモーティスが消えたこと--若葉睦の望み、それが豊川祥子の心を震わせる強烈な効果が期待できること。

 

「こちらに居る千早さんも含め、現在のバンドメンバーの了解は取り付けました。三角さんもその気になり準備を進めています--事後報告となりましたが、祐天寺さんのお返事……いえ建前抜きに‶やる〟と言うまで帰らない覚悟で来ました」

 

「……え?このまま居座る気……普通に迷惑なんだけど」

 

「なら今直ぐにいい返事を貰えますか」

 

「この前も言ったけど勝算なきゃ、アタシやれないよ」

 

「それなら十分にあります」

 

 海鈴は迷いなく言い切った--その自信満々な態度に一瞬面食らうも、呑まれるほど腑抜けてはいない。

 

 視線を燈へと移す。

 

「その娘が根拠?見た感じ、頼りなさそうなの満載なんだけど」

 

 辛辣な感想--初見なら無理もない、と一緒に来た二人は受け止め……立希なら喧嘩腰で反論するだろうから居なくて良かったとも安堵。

 

 どうにも詰まらない展開に客の反応に目を潜ませながら、決して投げやりにはならず燈を見る。

 

 オドオドして頼りなく、バンドのボーカルとのことだが本当に歌えるのか?と第一印象が強い--祥子と睦が最初に組んだ相手とのことだが、自分を担ぐためのでっち上げた…………とも思ったが、それなら一緒に来た自分のファン(ちはやあのん)の方が説得力はある。

 

 思考の過程で愛音の方にも目を向け、

 

「あ、すみません。そこに有るのって――――」

 

 過去に上げた動画で紹介したメイクを指し、意気揚々と話しかけて来た--機嫌を取る為の演技とは思えず、本当にファンであるのは疑う余地なし。

 

 であるなら無礼な対応など出来ない--ファンを大切にと言うプロの作法だけじゃなく、純粋に応援してくれるのは素直に嬉しい。

 

「ふぅ~、ありがとうね。あなたの様なファンが居てくれると頑張ろうって思えるよ」

 

 無難な、それでいて素のままに感謝を伝える--それが愛音には一番いいと判断した。

 

「あ、いいえ、私こそ、にゃむちにそんな風に言って貰えるなんて……とっても光栄です」

 

 ギコちなくも笑顔で返してくれることに下手な飾り立ては無用--愛音はキャラクターと本人をきっちり区別できる娘との心証は正しかったと自画自賛に気分もよくなる。

 

 話が弾んでいきそうな流れに乗って海鈴はMujicaの件を先に進めたかったが、折角にゃむの機嫌が良くなっていくのだから少し間を置くべきかと判断に迷う。

 

 いや迷う必要はない--説得する為の手段は既に用意しているのだから。

 

 愛音が注意を引いている間に準備して畳み掛けるのがベスト--段取りが飛ぶが、結果が同じなら、より早く辿り着くなら。

 

 まず荷物からミネラルウォーターを取り出して燈に差し出す。

 

「喉の調子を整えて下さい--私は少し他の(・・)調子を確かめますので」

 

 揚々と指示しながら部屋にあるドラムに近づき、音の調整をみる。

 

「ちょっと、なに勝手に触ってんの?」

 

「祐天寺さんの要求に応える為です。どうやら今でも欠かさず練習されてるようで」

 

 そのまま自分のベースを出して調整--愛音もギターを出す。

 

 余りの手際に何をするのか--何をしに来たのかを悟った。

 

「ちょっと、ここで歌う気?普通に近所迷惑」

 

「無用な心配です--それよりこちらが楽譜になります」

 

 家主(にゃむ)の抗議を素通りして強引に楽譜を渡す--題名は『春日影』とあり、どうにも生粋のロックでなくクラシックに近いとMujicaの曲との開きに益々気が乗らない。

 

「あのね。アタシやらないから--他所でやってよ」

 

「それなら路上ライブか、マンション前まで移動しますか--その方が演出としては盛り上がりますし」

 

「あ、なんか格好いいね」

 

「が、頑張る」

 

「だから勝手に話を進めるな!本気で怒るよ!」

 

 当然の帰結--ただ同時に関心も向いた。

 

 それを見逃さない女も。

 

「にゃむち。ともりんの歌は本当に凄いから、上手く使えば絶対バズるよ」

 

「それは私も保証します。高松さんは豊川さんの心を何度も動かした--実際にやるのが一番確実です」

 

 息の合った謳い文句で攻めて来る--愛音は自然に海鈴もいつも通りであるが、タイプが違い過ぎて即興とは思えない。

 

 必然的に誰かがお膳立てした台本と行き着き--何故か睦の顔が浮かんで複雑な気持ちと表情に。

 

「はぁ。兎に角やれって訳ね。それで結論出せって」

 

「話が早くて助かります」

 

 僅かにだが、やらなきゃと言う気持ちにさせられた--そんな自覚を抱き、燈を見る。

 

 睦と祥子--両方がこだわっているボーカル。

 

 パッと見の印象の頼りなさは変わらない--そこまでのオーラも感じず、やはり気が乗らないと再認識。しかし頭に浮かんだ睦の顔が離れず、先程までの強気も出てこない--中途半端な気持ちにモヤモヤし、まずはそれを解消しようと訊く。

 

「これってムーコの筋書きな訳?」

 

「その通りです--ですがさっきも言いましたが今の若葉さんは祐天寺さんの知らない若葉さんですので、切り離して考えた方が」

 

 余計に分かならくなりそうで、流石に頭がこんがらがりそうになる。

 

 自分の知らない睦でもモーティスでもない新たな人格--否、当人曰く本来の人格とのことだが、そうすると森みなみと話した会話が思い出される。

 

 若葉睦は生まれながらの役者で自我などない--あらゆる役を無自覚なままに演じ分ける化け物。

 その表現は実際に接した身としてはしっくりと来て、だからこそ憧れも有り、悔しくもあった。

 しかしそうではなかった--本来の自我が目覚めた。

 

 ……燈によって。

 

 自分の知らない所で何があった--どうにも情報が嵌らず訳が分からない。

 

「心中、お察しします--私も最初は混乱しましたから」

 

「つまりどういうこと?」

 

「説明の前にセッションを」

 

 つまりはどうしても一緒に演奏を--じゃなきゃ何も話さないと、鉄の意志すら感じさせる。

 逆に話さなきゃやらない、と持って行きそうにもなったがそれでも結果は同じ。

 途轍もなく面白くない成り行きだが、このまま居座られても迷惑--更に睦からのと言うのが、心に不協和音を響かせる。

 

「ハァ。一回だけだよ。で文句が来たら責任取って謝ってよ」

 

「承知しました」

 

 海鈴は即答し益々気合が入った様子--にゃむとしては皮肉を込めたつもりだったが、ここまで来たなら仕方ないと諦める…………ことなどある訳がない。

 

「ちょっと楽譜少しさらうから待って」

 

 それでも真面目に楽譜と向き合い軽く叩いてみる--やはりMujicaとは系統が違うだけに違和感があり気に入るような音は出ない。

 

 こんな調子では質の悪いパフォーマンスしか出来ない--そんな理由を取り付けた。つもりだったが、

 

「あのー、軽くでいいですよ――あくまで睦ちゃんのやりたいことを解って貰う為のものですから」

 

 愛音からのフォローのような逃げ場封じ--ワザとやってるのか、本当に気遣ってくれてるのか分からないが迷惑なことでしかなく……だからこそ利用しない手は無い。

 

「あのさ、アタシ歴としたプロなの--軽くなんて出来ないのよ」

 

 本心を交えた拒絶--このままやらない方向に持って行き帰って貰おう。としたかったが、

 

「素晴らしい--だからこそ余計に聴いて貰いたいですね。何より私も楽しみでもあるので」

 

 海鈴もまた本心を交えた理由を出して、やることを諦めないことをアピール--真剣なのは伝わったが、その程度で折れる安いプロ意識は持ち合わせていない。

 

 このままでは平行線--だから強引な手が放たれた。

 

 ♪♬  ♩~~~~

 

 ギターの音色が響き、その優しくも暖かな音源は不毛なやり取りを打ち切る--したり顔の愛音はウィンクすると燈は胸を押さえながらいつでもいけると肯く。

 

 伴奏は春日影のそれになっていき、海鈴が合わせる--無視してただ聞くのも、無理矢理中断させるのも出来たが、にゃむとしてはそれでは何かが負けたような気がしてしまい仏頂面でドラムを叩いた。

 

 

 すぅ--燈が歌う。

 

 

 悴んだ心 ふるえる眼差し世界で

 僕はひとりぼっちだった 

 散ること知らない春は

 毎年 冷たくあしらう

 

 Ave Mujicaとはまた違う優しくも趣のある声--優しくて暖かくて眩しい。

 

 そんな光が差して来る感覚に自然とそれぞれのリズムが柔らかくなっていく--そしてコーラスパートに。

 

 

 ――せつなくて いとおしい--

 

 今なら分かる気がする

 

――しあわせで くるおしい――

 

 あの日 泣けなかった僕は

 

 光は

 

 

 優しい音色と歌声にいつのまにか惹き込まれた--何よりも演奏がここまで楽しいものだと初めて実感させられる。

 

 それはにゃむだけでなく、海鈴も同じだった。

 

 演奏していく中で初めてのバンド--思い出したくもない、それでも忘れられない苦い思い出が甦る。

 

 まだ幼い頃、初めて楽器を手にして、初めて仲間と言える存在が出来た--仲間(バンド)の為、もっと上手くなりたいとガムシャラに頑張った。

 足りない所があるなら積極的に意見し、とうとうオーディションにまでこぎつけた時は本当に嬉しかった。

 

 ここで結果を出した時、自分たち(・・)は初めて報われるのだ--と一層熱が入って最高の物を仕上げようと熱を込めた。

 

 ……結果は挑戦する前に瓦解…………舞台に立つことすら出来ない無様な有様を見せただけ。

 

 悔しくて、情けなくて、涙した。

 

 なにがいけなかったのか--なにがダメだったのか--仕切り過ぎたのが悪かったのか?

 

 必死にずっと考えていた--信用できない、責任取ろうとしない。

 

 そう言われた時には長年燻ぶっていた疑問に答えを得た気になり、ならば直そうと意気込み…………完全に間違っていたと今、確信させられた。

 

(…………楽しくなかったんですね……私とやってても)

 

 正直、今程、楽しいと感じた瞬間は無い--贔屓なしに最初に演奏した時も含めて全てを超えていた。

 

 そうだ--八幡海鈴が求めていたのはこの瞬間だったのだ。

 

 だからこそ、祥子と睦(かつてのメンバー)が演奏で幸せな顔を見せた時に嫉妬した--自分が辿り着きたかった場所に先に行かれたことに、置いて行かれた寂しさがぶり返して、本当なら自分もと悔しくて。

 

 

 

 君の手は どうして こんなにも 温かいの?

 

 ねぇお願い どうかこのまま 離さないでいて

 

 

 

 歌詞が進むにつれ海鈴の中でMyGOのヘルプを打診され参加した練習を思い出す--あの時は求めているのは自分ではないと、あっさりと引いて応援すると言って去った。

 

 それが今では惜しくて堪らない。

 

 もう少し喰らいつくべきだった--燈の本気の歌を自分の音楽で奏でていれば。

 

 そんなタラレバが浮かんでは振り払おうとする--それは演奏にも表れ、ベースを振り回して大仰に体を揺らして尻を振り……客観的に見れば演奏に乗ってのパフォーマンス。

 

 ただ実態は気持ちがグチャグチャになっての迷走状態。

 

 それこそがこの歌、今の燈のスタンスにマッチする--リズムが研ぎ澄まされ、調子が上がっていく。

 

 そして二度目のコーラスパート。

 

 

 

――うれしくて さびしくて――

 

 今だから 分かる気がした

 

――たいせつで こわくて――

 

 あの日 泣けなかった僕を

 

 光は やさしく抱きしめた

 

 

 

 長い伴奏に入る--愛音のギターは楽奈には及ばないから自分がフォローする形で補う。

 

 この手のアレンジは得意--腕の見せ所の筈だが、何故かいつものようにいかない。

 

 どうしてか自分でも分からない--燈の歌を聞くのは初めてじゃないのに、観客として聴いていた時は自分を保てたのに。

 

 ただ一緒にバンドしているだけなのに。

 

 どうして、こんなにも、温かいの--心が?

 

 もう心がグチャグチャだ--もう訳が分からなくて、涙が溢れて止まらない。

 演奏はまだ終わってないのに--これはもう自分の人生における汚点が更新されてしまった。

 しかし今度は、嬉しくて、切なくて--やっと辿り着けた。漸く掴むことが出来た。そんな気持ちでいっぱいだから。

 

 本当に喜びに打ち震える等……どれだけ夢見たか…………

 

 

 

 どうかこのまま 離さないでいて

 

 ずっと ずっと 離さないでいて 

 

 

 

 最後までやり切れたのは奇跡だった--もう胸いっぱいの気持ちを抱えきれない。

 折角の綺麗な顔まで涙でグチャグチャ--それでも顔を向けられずにはいられない。

 当の燈は歌いきり、息を整えている--愛音もガッツポーズしそうなほど清々しい顔だ。

 

 そして、にゃむは、

 

「全く、傍迷惑な歌」

 

 皮肉交じりに笑いながら泣いていた。

 

「あ、言っとくけど、これ貰い泣きだからね--アンタの」

 

「それは上々です--出来ればもっと貰って欲しいんですが」

 

 減らず口なのか本音なのか分からない--どちらだろうと不快じゃない。

 

 演奏前とは打って変わった様相に愛音は燈に親指を立ててサムズアップ--感動的な余韻に浸りたかったが、

 

 ピンポ~ン

 

 呼び鈴が鳴り絶妙な水が差された。

 

 分かり切っていた展開に海鈴は涙を拭いて玄関に向かおうとする。

 

「いいって。アタシが行くから」

 

「いえ、ですが」

 

「今のアンタじゃ腹芸できないでしょ」

 

 その指摘にまだ顔が崩れているのを自覚--思わぬ不覚に顔が赤くなり、更に人前に出られない状態に。

 

「まったく世話のかかること」

 

 肩をすくめ軽いノリで行ってしまい、残された客たちは。

 

「あ~、海鈴ちゃんの嬉し泣き初めて見たよ--記念に撮っていい?」

 

「!?駄目ですから!」

 

「あー」

 

 顔の赤みが増して更に取り乱す--それを見ていた燈は自然と可愛いと思った。

 

「高松さん……考えてることが顔に出過ぎですよ」

 

「海鈴ちゃんも苦し紛れが下手だよ」

 

「~~~~~~」

 

「あー、あー」

 

 燈の顔に更に分かり易く‶可愛い〟と書かれた。もう文句を言う気にもなれず悶死しそうになる海鈴--正に絶好のシャッターチャンスを見逃す愛音ではない。

 

 パシャッ

 

「ちょ!肖像権の侵害ですよ!」

 

「大丈夫。りっきーにしか送らないから」

 

「それが一番駄目です!!」

 

 意地の悪い顔をしてる愛音からスマホを取り上げようとして……当然逃げられた。

 

 こんな滅多に見られない貴重な場面を早々に終わらせられない。きっと生涯に置いての思い出になる--当事者(うみり)からしたら心が絞殺されそうで、正になりふり構わずの追いかけっこが始まった。

 

 

 

 ドタバタする騒音は玄関まで響く。

 

「なんか楽しそうだね」

 

「すみません。迷惑かけて」

 

 ドアの外でレイヤが呆れたように面白そうに言い、にゃむが頭を下げる--ただ双方とも満更でも無い様子。レイヤは苦笑しながら部屋の奥での騒音に耳を傾けた--‶やめて下さい!消して下さい〟‶えー、いいじゃん〟とじゃれ合う喧騒は不思議と和ませるものがある。

 

「あの声、この前の娘でしょ--なんか随分とイメージと言うかキャラが崩壊してるけど、あれが素なの?」

 

「さあ?アタシも初めて見ますから」

 

 にゃむは頭を上げ、ソッと振り向き同じく苦笑--その顔にレイヤは見たままの感想を言う。

 

「なんだかいい顔してるね、にゃむちゃん」

 

「えー、そうですか?」

 

「うん。出会ってからで一番楽しそうに見えるよ」

 

「ハハハハ」

 

 ストレートな物言いに笑うしかない--認めるのも癪だがそれはにゃむ自身が一番分かっているから。

 

「さっきのもそうだけど、本当にいい仲間に巡り合えたんだ」

 

「あー、すみません……そう言う訳じゃ」

 

「え、新しい娘たちとまたバンドするんじゃないの?」

 

 キョトンとする相手ににゃむは困った顔になり言う。

 

「Mujica復活の為の仕込みの一環だそうで……正直、まだ迷ってるんですよね」

 

 演奏が楽しい--そんな実感を得たのは初めてだった。

 

 ドラムを始めたのもバンドの誘いに乗ったのも、あくまでビジネス--夢を叶える為の踏み台に過ぎない。

 それでもプロ意識を持って取り組んだ--決して手を抜くことも無く練習に打ち込み、今までの活動もその先を考えるのも疎かにせず…………しかし今の自分の様を思うと、それで良かったのかと思わずにはいられない。

 

 睦の才能は本物--それを間近でまざまざと見た瞬間は今も思い出せる。

 

 恐怖、憧れ、歓喜--辿り着きたい、昇り詰めたい頂を見た気がして心が震えあがった。

 

 そして今はそれとは違う感情に心が震えている--レイヤはそれを見て面白そうに言う。

 

「そっか。でも凄い歌だったよね--虚飾も何もない、剥き出しで」

 

「はい。ホントに天才って奴は」

 

 睦とは……否、Mujicaとは違う、己の全てを込めての歌--伝えたい思い、叫びたい情熱を余すことなく注ぎ込んだのが伝播する。

 

 祐天寺にゃむが目指した頂点--それに辿り着くには、あそこまで情熱を注ぎ込んで中身を詰めなければと思い知らされた。

 

 祥子と睦の心を動かしたの言うのも納得--なにせ自分の心も動かされたのだから。

 

(ついでに言えばウミコもね)

 

「……にゃむちゃん。今、誰かに対して失礼なこと思ってない?」

 

「さぁ、どうでしょう」

 

 呆れながらも苦笑し、レイヤは仕切り直す。

 

「まぁ、いいもの聴かせて貰ったから、今回は目を瞑るけど--今度するなら時と場所を弁えなよ」

 

「は~い。よく言っときます」

 

「うん、よろしい--で、その時は一報よろしくね」

 

 ウィンクしながらの台詞--それはにゃむをして始めて貰う物。

 

 どれだけ仲良く振る舞っても一方通行でしかなかった憧れの人からの求め--また聴きたい、こんな所じゃ勿体ないと褒められて認められる。

 

 自分では決して成しえなかった場面に嫉妬と悔しさ--それ以上に納得と‶やりたい〟と言う衝動に心臓の鼓動が高まるのが止められない。

 

「はい」

 

 胸を押さえて肯く--その仕草にレイヤは笑顔のまま自室に戻って行く。

 

 見送ってドアを閉めて背中をもたれながら、

 

(ああ、これは負けたかな)

 

 にゃむは諦めたように思った--出来るなら、もう少し余韻に浸りたい。

 

 が、

 

「もう、いい加減にして下さい!」

 

「えー、やだ」

 

 騒がしい声と走り回る音--今度こそ本当に近所迷惑でしかなく、いい気分を台無しにした元凶に向かう。

 

「そこまで!」

 

 無理矢理割って入り、強引に収める--手慣れた様子に見ていた燈は感心して、騒音をまき散らしていた二人は一瞬で気圧された。

 

「喧嘩は帰ってから思う存分やり--これ以上は許さないとよ」

 

 口調は静か--しかし逆らえない迫力が、なにより『にゃむち』らしからぬ方言がそれを底上げしている。

 余りに慣れた対応にこの手の事は初めてじゃないと、また知らない一面を見た気になった。

 

 実際問題、兄弟姉妹の多い大家族には、喧嘩など珍しくない--それを収めるのは母親か、そうでなければ上の役目。

 この程度は物の数ではない--しょうもない諍いを起こす子供への態度も板についており耐性の無い者たちが逆らえる訳もなかった。

 

「「はい!」」

 

 当然、それしか言えず騒動は取り敢えず収まった。

 

 取り敢えずひと段落つき、姉モードを解く--そしてビジネスモードに切り替え、海鈴と向かい合う。

 

 敢えて言葉にしなくてもいいのかも知れない--その位に二人の顔と心は同じ様だった。

 

 故にこれはただの儀式--これから始めることへの決意表明。

 

「Mujica復活と例の()、OKね」

 

「ハイ!」

 

 即答する海鈴を見て、やっぱり負けたと思ってしまう--傍で見ていた燈はホッとしていて愛音は当然だと言わんばかりの得意顔。

 でも不快ではない--寧ろ、これからやる事への躍動感で胸が一杯になっていく。

 そう。この気持ちはタレントを目指した時のそれ。

 

(そうだよ。だからアタシは東京に来たんたい!)

 

 楽しい、面白い、やりたい--現実に圧し潰されそうだった心に、そんな当たり前の情熱を思い出した。

 

 同時に睦に抱いていたものも悟る。

 

「じゃ、早速ムーコの所、行こうか」

 

「行動早!?」

「この前とは違い過ぎて嫉妬しますね」

 

 客たちの感想を無視してスマホを取りメール--そのまま燈の手を取って外に。

 

「あ、ちょっと!」

「なんで高松さんだけ!」

 

「え、だって、この娘が始めたんでしょ--なら居て貰わなきゃ」

 

「あ、」

 

 当の燈は呆けたままに連れて行かれ、後の二人も慌てて追いかけ楽器も裸のまま抱えて行く。

 

 少しぐらい待てと、文句を言いたくなるも既に聞く耳持たない状態をアピールしていて、やるだけ無駄だと悟り、移動しながら楽器を仕舞う。

 

 

 

 

 

 日が暮れて薄暗い若葉邸の前--意を決した顔のにゃむを若葉睦が出迎える。

 

「はじめまして。の方がいいよね」

 

 丁寧にお辞儀し、目を合わせる--ただそれだけの事で確信させられた。

 

「へぇ~、ムーコ、ホントに消えちゃったんだ」

 

「消えてないよ」

 

 にゃむの言葉を否定し、若葉睦は胸に手を当ててハッキリと言う。

 

「睦はここに居る--私が若葉睦で、あの娘の意思もモーティスの一面も全てがここに在る」

 

「…………それって心の中で生きてるって奴?ちょー臭い」

 

 呆れたような感想--見ていた面子は波乱を予感したが、当の若葉睦は、

 

「うふふふ。そうかもね--でも事実だよ。あの娘たち(・・)は私で、私はあの娘たち、全部が本当なんだから」

 

 笑った。ただそれだけで言い知れぬ不気味さに支配される。

 

「あー、やっぱりアンタ、ムーコじゃないね--みなみちゃんが怖がるのも分かるよ」

 

「それは分かりたくないな--私はママ(・・)が大好きだもの」

 

 皮肉交じりの返しに今度は悲しそうになる若葉睦--しかし、余りにわざとらし過ぎて素人でも演技だと分かる。

 

 ……否、分からされた。そう思い直された--直後に変わった若葉睦の睦の様な顔によって。

 

「今のは本当だよ--そして私は同じくらいに祥のことが大好き、だから力を貸して。Ave Mujica復活で、今度こそ最高の笑顔に」

 

 その言い回しや仕草、表情--どれをとっても自分たちの知っている睦。

 

 だけど何かが違う--そう思わせる僅かな隙を感じさせる。

 

 否、感じさせた--正に本物の化け物。

 

 その化け物からの要請に冷や汗がひとつ流れる。

 

「出来るの?」

 

「出来る。その為に私が出て来た--なにより私がやりたい。燈もやってくれるよね」

 

 それは先日のCRYCHIC復活を訴える睦の焼き直しの様……それで何もかもが全く違う。

 

 お願い、要請、命令--どの単語もしっくりこない。

 

 あえて言うなら神の啓示か?

 

 常人なら圧倒される何かを前に、高松燈は震えながらも正面から見据え、

 

「それで祥ちゃんが幸せになるなら、私はやりたい」

 

 受け止めた--その瞬間に若葉睦は嬉しそうに笑う。

 

「ありがとう。燈」

 

 そして見せつけられた面子には、もう選択肢はなかった。

 

 

 

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