BanG Dream! Ave Mujica 9話 if   作:a0o

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 遅くなりました--そしてすみません。
 思っていたより長くなったので話を二つに分けます。



迷うことを恐れる勿れ。(上)

 

 

 

 

 夜空に星煌めく--そんなフレーズが浮かびながら空を見上げる燈。

 

「ともりん。程々にしないと風邪引くよ」

 

「ん」

 

 愛音が声を掛けて来て室内に戻る--そこには立希、そよ、楽奈とMyGOメンバーも揃って居た。

 

 夕方のMujica復活宣言を見届け、愛音の部屋まで直行--テーブルの上には起動済みのノートパソコン。

 

 打ち合わせ通りなら、もうすぐ連絡が来る筈……この手の待ち時間は長く感じる為、落ち着きが乏しい。

 

 そして、その時が来た。

 

『お待たせ』

『遅くなりました』

『こんばんにゃむにゃむ~』

『待たせてごめんね。燈ちゃん』

 

 祥子以外のMujicaメンバーからのビデオチャット--フレンドリーな出だしはガールズトークが始まりそうな華やかさがあったが、

 

『復活ライブは来週の予定。早速始めよう』

 

 若葉睦はお構いなしに本題に入る--さながらビジネスマンが仕事に邁進するように。

 

 型には嵌っているが、こればかりは余りにも似合わずに反応が遅れる。

 

『若葉さん。余計なプレッシャーは厳禁です--大切な事ですから、時間が必要なら私が捻出します。高松さんも焦りは禁物です』

 

 そしてこの演出に最も嵌りそうな海鈴からの気遣い--自分たちの知っている海鈴なら、まずライブを優先して来るのにと妙なギャップに調子が狂いそうだ。

 

 ただ、愛音はこのやり取りに既視感(デジャブ)を感じて少し微笑ましくなる--それは奇しくもMyGO!!!!!の再出発の際に自分の部屋での泊まり込み。

 

 歌も曲も衣装も本当にギリギリで、歌に関しては行き詰っている燈を立希がフォローし、それまでなら一緒に気遣うそよが発破を掛けて急かして来たのもあった。

 

 楽奈だけは普段通りに勝手に演奏を始めるわ、ベッドを占領されるわで……それは騒がしくて掻き回され…………挙句の果て、全てを終え迎えた朝には衣装を切られたと、そよが絶叫する始末。

 

 懐かしいと言うほど昔じゃないのに振り返れば、ほろ苦い思い出だと笑みが深まる。

 

 ただ自分達とは決定的に違うのがひとつ。

 

「祥子ちゃん、傍から見ると責任感だけで仕方なくって感じだもんね」

 

 何が一番の問題なのかも明確にして、より建設的な議論も求める--なにせ、これからするのは自分たちも無関係ではないのだから。

 

 やるならばやり遂げて成功の喜びを--そんな綺麗事を抜きにしても、失敗して無駄どころか大きな後悔となるのは避けたい。だからこそ、より確実に。

 

『それは最初から分かってた--だからこそ失敗は嫌』

 

 若葉睦も真剣に--何よりその為に睦もモーティスも犠牲にした。

 

 果たさなきゃならない責任は誰よりも重いと自負している。

 

『ちょっとちょっと、固いよ』

 

 にゃむが真面目になっていく空気に呆れる様に水を差す--彼女たちが創り上げようとしているものに相応しくないから。

 

 失敗を恐れる勿れ。

 

 なんとなくそんなフレーズが浮かび、そうじゃないと燈を見る。

 

 にゃむも、そして他も動かされたのはそんなありふれた想いではない--彼女の本心を軸に据えなければ成立しないのだ。

 

『ムーコもそんなのが嫌で苦しんでたんでしょ、ずっと』

 

 若葉睦本人に一番聞くだろう事実をもって勇み足を宥める。

 

『……それは、ちょっと違うかな』

 

『ああ、みなみちゃんかぁ』

 

『妙なところで察しがいいね。にゃむもママから聴いたの?』

 

『カマかけにしても、もうちょっと言葉を選んだら』

 

 それは暗に肯定している--そして思いだす(むすめ)の才能に恐怖し、一緒に居ると頭がおかしくなるとさえ聴いた時を。

 とは言え、実際に本人に言ったとは思えず、いい母親を演じて…………

 

(……も、居なかったんだろうね)

 

 今にして思えば、娘が母親を頼らず、明らかな病気にも関わらず一か月も放って置いた--ネグレクト、育児放棄に近い環境で育って来たのは想像に難くない。

 

 祥子への執着も注目される事への恐れも全ては母親から嫌われたくない--から派生した愛して貰いたい、ありふれた欲求から来ていたのだろう。

 

 なればこそ伝えなくてはいけない。

 

『ズルいよねぇ。アンタの演技や仕草を見てるとアタシって何?そう思えて来る』

 

 嫉妬と敵意としか言えない棘のある言葉--若葉睦にもどうしようも出来ない生まれながらの才能。

 本人が最も望んで止まないものを邪魔する忌々しい呪い--だからこそ睦が、モーティスが、人形たちが生まれた。

 それを消して表に出て来たのは、より欲しいものが出来たから--だから例え一番聞きたくないものであっても引っ込むつもりは無い。

 

 それでも傷つくしショックだが我慢する--その覚悟で傾けた言葉は、

 

『ズルくて羨ましくて--目が離せなくて愛してる』

 

『---―――――』

 

 思ってもみない告白に反応が遅れた--呆けた顔はキツネに抓まれたとしか表現しようもなく、珍しい光景に様子を見ていた他の面々も見惚れてしまう程。

 

 いつものにゃむなら皮肉交じりにお茶を濁して話を変えて来るがその気配はない--祐天寺にゃむも真剣であると示す。

 

『ありがとう……って言うべきなんだろうけど―――――』

 

『別にいいよ。今のはアタシからの一方的なのだし、本当に欲しい相手は他でしょ』

 

 引きずりそうな流れを強引に切った。

 

「そっちの事情はそっちで何とかして。それより詰めてく中身、どんな風にするの?」

 

 立希が便乗して話を本筋に--自分でも似合わないと思いながらも燈への心配が勝っている為、その言葉にはいつもとは違う切実さが、それは他も同じ。

 

「祥ちゃん、ショックから立ち直った訳じゃないんでしょ--この一回きりしかなんだから、妥協は許さないよ」

 

 そよがさり気なく認めた条件を強調して牽制するように急かす--傍から見れば悪者のようだが、それだけ今回の事は譲歩したと言うこと。

 

 そよも決着がついた事をぶり返されて腹を据えてる--それを察した若葉睦は燈に注目。

 

『イベントの肝に関しては私がリードするから、そこまで難しいものじゃない--もし間違えそうなときはフォローするから、燈は役にだけ全力を注いで』

 

「わ、分かった」

 

 出来る限り柔らかく伝えたが、それでもプレッシャーが掛かるのはどうしようない--返答はしっかりしたが、たどたどしさが拭えず心配も湧く。

 

『より確実にする為に練習は必須です--本番まで誤魔化すのも含めて、それは私に任せて下さい』

 

『あ、なんなら家でやる?お隣りさんも好印象だったし、派手に騒がないなら全然OKだよ』

 

 海鈴とにゃむも少しでも成功率を上げる提案を出す--失敗は許されない、やるからには全力で、と言ったプロ意識だけじゃない。

 

 このイベントに懸ける思い--それは見てみたいと言う衝動。

 

 典型的なアマチュアの思想だった。

 

 だからこそMyGOも共感できる--特に含みの無い者たちは。

 

「それじゃあ、あのパフォーマンスもしたら盛り上がるんじゃない?」

 

 愛音からの屈託のない提案--指しているのは睦がツアーで見せた『糸の切れた人形が座っている』ものだと分かるが、

 

『ああ、いや、あれは……』

 

 初華が歯切れを悪く言い淀む--世間一般では観客の心を掴む演出と認識されているが、実際はアクシデントをアドリブで乗り切っただけであり、更に言えば余計にMujica解散の歯車を加速させた原因。

 

 祥子が見たらイベントの趣旨とは逆効果にしかならないのは分かり切っている--知らぬが故の不可抗力に話すべきかと迷う。

 

『ま、いいんじゃないの。今更だし』

『協力をして貰う以上、誠意は示すべきです』

 

 メンバーのフォローにより少し気が楽になり説明しようとしたが、

 

『私は別に構わない--寧ろその位の方がインパクトになるなら、祥子にもいい刺激に変える風に持って行きたい』

 

 若葉睦からの前向きな返事--睦はプレッシャーで苦しんだのを微塵も感じさせない。

 

 寧ろ、その時が楽しみで仕方ない--そう感じさせる堂々とした態度はモーティスを彷彿…………すら超えた貫禄。こんな途轍もない才覚と同じ舞台に立つのかと思うと恐れ多さすら抱く。

 

(森みなみが恐れるのも納得--祥子も偉いのに惚れられたね)

 

 にゃむをして僅かばかりの同情を禁じ得ない--とは言え立ち止まることも引き返すつもりもない。

 

 何より以前はやれなかったことが実現できる機会が来たのだ--使えるものは使って完成度を上げるのは当然。

 

『それならじゃんじゃん取り入れていこうってことで、演出の土台は決まり--で一番肝心なやつはどんな感じ?』

 

 注目は燈と初華に集まった--二人は画面越しながら目を合わせるも、前向きとは言えない表情から順調じゃないのは分かる。

 

『詰めてはいるけど、今ひとつ納得出来る域になくて』

「ごめん。私が慣れてない所為で」

 

 しゅんとする燈の姿は同情を誘うが、そんな甘い考えの者など殆ど居ない。

 

『この事ばかりは妥協は許さないよ--色んな意味でね』

 

 先程までとは一転、にゃむは引き締まった顔となりプロ意識を表に出す--いくら個人的な思い入れであったとしても金を取り観客に披露する以上は、いい加減なものを出すことは出来ない。

 

 才能や実績は認めていても、ただそれを持って盲目的に信じるなど論外--かつて自身が拘っていたパフォーマンスも取り入れるなら胡坐をかく真似も甘えも切る。

 

『うん。祥ちゃんの心を動かすには半端は通じない--お客さんにも来て貰う以上は最高の笑顔にしたい』

 

 初華もプロとして応じる--これには流石に燈は気後れしてしまい、数人からはキツイ視線を向けられる。

 

 ただそれ以上は無い--激しい言葉による激励も優しい言葉による励ましも。

 

 高松燈が始めたのだから。

 

 

 

「「ええ~~~」」

 

 数日後『RiNG』前--Ave Mujica復活のポスターを見た通行人たちから驚きの声。

 この情報は直ぐに拡散され予約が殺到--チケットは直ぐ様に完売しメンバー、スタッフ共に嬉しい悲鳴に着々と準備が進む。

 

「では音響面はこんなところで」

 

「シャンデリア。頑張ってみたんだけど―――――」

 

 海鈴が淡々と交渉する横ですまし顔の祥子が資料に目を通す。

 

「十分ですわ」

 

「では、よろしくお願いいたします」

 

 了承を出して席を立つ--海鈴の方はスタッフに頭を下げる。

 

 祥子は毅然とした様子で立ち去っていくが、最早形骸化しただけ--そんな心証を感じえずに得ない。

 

「豊川さん。申し訳ありませんが、これから直ぐに掛け持ちの方で――――」

 

「支障なしですので全然構いませんわ--寧ろ誠意を欠くのはイメージとしてよろしくないで、しっかりと」

 

「ありがとうございます」

 

 理解してくれことへのお礼--本来なら感謝すべきだが、

 

(やはりいけませんね――このままでは)

 

 内心、少しは不満を出すかもと、期待していただけに残念にも思う。

 

 しかしこれもまた想定通りの事--切り替えて別のスタジオへ。

 

 

 

 

 Ave Mujica復活ライブ当日--控室でステージ衣装を纏い揃って居るメンバーたち。

 

「あ、あー、あー」--発声練習する初華。

「夢を見ていた」--役作りに集中するにゃむ。

「ふーーー」--深呼吸して精神を研ぎ澄ます海鈴。

「いよいよだよ」--目を瞑り、誰かに語り掛ける若葉睦。

 

 そこに祥子が入って来た--すまし顔で淡々と。

 様子は明らかに流れ作業的であり、これまでのMujicaなら素通りして各々の役作りに没頭するのだが、今の彼女たちは‶このままでいい訳ない〟と共通認識を持って注目。

 

 祥子も思うところを見透かされていると自覚しているが、

 

「お構いなく」--だからと言って何をどうするも出来る訳もなく、そのまま自分の衣装を手に取り着替える。

 

 着替え終わるとほぼ同じタイミングでノック--ドアが開くと今度はMyGOたちが入って来た。

 

「ヤッホー」

「ごきげんよう」

「ん~~」

「こら野良猫」

「お、お邪魔します」

 

「いらっしゃい」

 

 Mujicaたちは嬉しそうに出迎える--祥子以外は。

 

 愛音はお上りさんの様に見渡しはしゃぎ、立希とにゃむ(ドラマーたち)は呆れるも注意する気も起らず、目を開けた若葉睦が微笑みながら楽奈とそよに近づいく。

 

「初ライブ、どんな感じ、睦さん?」

 

「大丈夫だよ。私には皆が居るから」

 

 そよが皮肉とも取れるニュアンスでの問いに何も気負う事なく答える--ただその皆とは同じメンバーなのか、それとも自身の中に居た人形(だれか)なのか定かではなく、複雑な空気が漂う。

 

「今日は来てくれてありがとう」

「重ね重ね協力には感謝します」

 

 そんな空気を換えようと初華と海鈴が燈に礼を述べる。

 

「先にステージに行ってます」

 

 しかし祥子には足りず、ある意味逃げるように楽屋を去る--かつての仲間に新しい門出を見届けて貰う。未練を断ち切り、全てを忘れる為に始めたバンドが皮肉な形で巡ってきたのもそうだが、自分の中では何ひとつ整理が付いていない。

 

 あくまでなし崩しに再開しただけ--それは皆も分かっている。

 

 故に留める者も居ない--普通なら不穏な空気が増すが、

 

「予定通り行ったね」

 

 そよが先程以上に不満を抱いたニュアンスで若葉睦を見た。

 

「祥子の中でまだ吹っ切れてないのなんて見れば分かるでしょ--あるのは発起人としての責任感だけ」

 

 ずばずばと事実を明確にして、益々空気が張り詰める--たった今に至るまで起きた事とこの後直ぐ(・・・・・)行うことへの激を与えるには十二分だから。

 

 中でも燈は緊張感(プレッシャー)が最高潮で高まり表情が一層張り詰める--ちゃんと出来るのか?失敗したらどうしよう?と誰の目にも分かるよう顔に書かれていた。

 

 これに大丈夫などと言う安い気休めは通用しない--そう感じて掛ける言葉が見つからない中、

 

「とちっても私がフォローするし、失敗しても責任は私が取る--燈はいつも通りに心から叫んで。祥の為に、それだけを考えてくれればいい」

 

 若葉睦からの不安を和らげれる具体的なアドバイス--並びにCRYCHIC(かつての仲間)の睦の願いを乗せての発破。

 

 その効果はてき面だった。

 

「うん!」

 

 意を決したような返事--Mujicaからすれば心強いものだが、MyGOから見れば些か複雑なものがある。

 

 特に立希とそよは--燈自身が望んでも居ることなら、睦が自らと引き換えにしてでも叶えたい願いなら。

 

 そう思い折れたし、上手く行こうが行くまいが、これっきりと言う約束も取り付けたし、それは譲らない。

 

 そう思い直して敢えて何も言わずに楽屋を出た。

 

 

 

 

 ステージの裏で開演を待つ祥子--カーテンの隙間から観客たちの様子を見て気持ちを整える。

 

 Ave Mujicaの復活を心待ちにして来たファンたち--本来なら嬉しい筈の光景が全く喜べない。

 感傷に浸りながらも決断したのは自分と切り替えて舞台を意識していると背後から声が。

 

「やっぱりまだ大丈夫じゃないか」

 

「心配は無用ですわ。そよ」

 

 振り返らずに毅然と答えるもその声は弱々しく、以前の様な自信は纏っておらず全く説得力がない。

 

「心配なんてしてないよ。結局は祥ちゃん……Ave Mujicaの問題だし」

 

 なんとも冷たい返し--しかしそんな態度を取られるのも仕方ない。これも自らが招いた業だと逆に心地よさすら感じる。

 

「ま、祥子ならやり遂げるでしょ」

 

 そこに立希も現れ、いつも通りにぶっきらぼうな激励。

 

 それは信頼の証、豊川祥子の才能を認めているという証明--回りくどい称賛だと有難く感じる部分もある。

 

 が、

 

(どうしても素直に喜ぶ気になれませんわね)

 

 心の中で申し訳ないと言う気持ちと‶やらなきゃいけない〟からの責任感が相まって逆に気が沈んでしまった。

 

 そう。Ave Mujicaは彼女たちを……燈との思い出を忘れたいが為に生み出したバンドだと再認識してしまう。

 

 始まりからして後ろ向き--今あるのも責任感や義務で、祥子自身が望んでいるものはひとつとしてない。

 

 テンションを上げるどころか、前向きになれる筈もなかった。

 

 正に重りを付けて水中に沈んでいくが如く息苦しさに無意識に胸を押さえ耐える。

 

 それでも失敗は許されない--皆の人生を背負うと決めたのだから。

 

 そう言い聞かせる作業に没頭--故に更に近づいて来た二人に気付けず、

 

 ガチャ。

 

 あっさりと手錠をかけられた。

 

「え?」

 

 訳が分からず唖然としてしまい相手を見ると、

 

「ごめんね、祥ちゃん」

「少し静かにしてね」

 

 そよと立希が猿ぐつわで口を塞ぎ喋れなくされる。

 

「!?んー、んー」

 

 何の真似だと、誰が見ても分かる抗議の仕草--外せと暴れようとするも二人掛かりで抑えつけられて身動きを封じられた。

 

出番(・・)が来たら外すから大人しくして」

「ったく、なんでこんなイジメ見たいな真似しなくちゃ」

 

「んー!んー!んー!!」

 

 だったら外して開放しろ!!--下手すれば観客にも聞こえそうな大声で叫びたいが、塞がれた口に更に二人の手が重なり、全く音が漏れることなく静かだ。

 

 そこに準備を終えたMujicaのメンバーたちがやって来た。

 

「!!」

 

 祥子は目を見開き、これで助かると安堵し同時にふざけた真似した無礼者たちに何を言おうかと怒りの目を向けるが、

 

「お、手筈通りになってるね」

 

 にゃむからはよくやったと賞賛。他からも、

 

「上々ですね。これで滞りなく行けそうです」

「海鈴、本番はこれから。寧ろ気を引き締めて」

「祥ちゃん、ごめんね。文句は後でいくらでも聞くから」

 

 全く助ける気配なし……完全に嵌められたと悟るも何のつもりなのか疑問は晴れない。

 

「あー、なんか離れて見ると気分の良いものじゃないね」

「サプライズ」

 

 更に愛音と楽奈が呑気な声で駆けつける--予定では最前列に居る筈なのに。

 それとなく観客席に目を向けると、全く知らない客たちが座っておりMyGOたちの席は無い。

 

 全員で寄ってたかっての自分を拘束する為の罠--となると燈もグルと言う結論になるが何処にも見当たらないのは何故か。

 

 突然の強硬に頭がパニックになったのを何とか強引に抑え込んで思考を巡らそうとするも答え等出る訳もない--何より抑え込めるような怒りでもなく、もう大声で喚き散らして何もかもひっくり返してやろうかとさえ思う。

 

 沸々と湧く怒りにさっきまでの沈んでいた気持ちは鳴りを潜め--腹に、全身に力を込めていざ、

 

「さ、本番ですよ」

「うん。行こう」

「よし、やるか」

「祥ちゃん。後でね」

 

 Mujicaたちは舞台での配置に付いた--ただそれは祥子が打ち合わせしたものとは全然違うもので、何よりも象徴的なのは、

 

 ブーーー。

 

 舞台の幕が上がる--同時に観客たちが息を呑んだ。

 

 そこには人形の様に固まり座っている若葉睦--かつて絶賛を呼んだパフォーマンスをいきなり見せつけられた。

 

 祥子以外の他の人形(メンバー)も横たわる--それ自体は打ち合わせ通りだが、その配置は若葉睦を引き立たせる背景であり、より一層の生々しい情報が発せられた。

 

 ――これがAve Mujicaの世界なのだと。

 

 人間の存在など全くない--魂の抜けた人形たち。唐突な解散劇とは比べ物にはならない驚きと同時に麗しい人形たちは、まだ復活していないと恐ろしいまでの期待感が灯る。

 

 正に開始一秒で心臓を鷲掴みにされ、舞台に居る人形によって鼓動がバクバクと動かされている気分--全力疾走した時とも違う過度の緊張感に加え、真冬の空にいきなり放り込まれたような寒気に背筋が凍えて来た。

 

 それは時間にして三秒も経っていない--しかし観客に限らずスタッフや舞台裏から見ていた祥子やMyGOたちも巻き込んで狂おしい程の長い長い時間を感じさせる。

 

 もうこのまま一生、誰一人動くことが出来ないのかと思わせ……それでもいいと思わせる圧倒的な存在感。

 

 そこから更に一秒--合計にして開始五秒後に変化が生じた。

 

 コツコツと歩く静かな足音で--余りにも場違い、だからこそよく響き、衝撃的であり自然と意識がそっちに向く。

 

 赤紫のゆったりとしたガウンワンピースを纏った仮面を付けた青紫のショートヘアの少女の登場。

 普通に考えれば、Ave Mujicaの新メンバーだが、付けている面は完全に顔を隠しており、明らかにMujicaとは一線を画すもの--キョロキョロと挙動不審に歩きながら舞台の真ん中、人形の様な若葉睦(『モーティス』)の側に。

 

(な、なんで?ど、ど、ど、どういうことですの?)

 

 完全に訳が分からずパニックに近い衝撃に思考がミキサーに掛けられたように掻き回された--さながら冷や水どころかキンキンに冷えた特大の氷を全身にぶつけられた気分。

 

 大きすぎるインパクトに何も考えられなくなってしまった--豊川祥子にして一生の不覚。

 

 そんな祥子を置き去りにしてステージの上の新たな人形から声が発せられた。

 

 

 

 




 続く。
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