控室の空気は妙に落ち着かない。
窓の外から聞こえてくるざわめき――観客席の準備と、テレビ局の機材搬入の音。
まさか自分が地上波に出る日が来るなんて……父さんも母さんも夢にも思ってなかっただろう。
「おーい、ユウト!」
聞き慣れた声に顔を上げると、ヴァイスがドアを勢いよく開けて入ってきた。
その後ろにはティーダとクイントさんの姿もある。
「お前、隊代表してインタビュー受けるんだってな?」
ヴァイスがにやつきながら俺の肩をバンバン叩いてきた。
「……うるさい。俺だって好きでやるわけじゃないんだよ」
少しだけ苛立ちを乗せた声で返すが、全然堪えてない様子。
「けど、似合ってると思うよ」
ティーダさんが穏やかに笑う。
「ユウトは休暇のときも妹の面倒見てたし、そういう優しいところ、表に出したらきっと印象いいって」
「そうそう。インタビューで噛まなきゃ、それで十分ですよ~」
クイントさんも話に乗っかり、どこか楽しそうに腕を組む。
「……俺の緊張、煽ってるのか慰めてるのか、どっちなんですか」
思わず額を押さえる。
「そういやヴァイス、お前の方はどうなんだ? 前線の単独任務でだいぶ鍛えられたって聞いたけど」
「まー、かなり地獄みたな……。でも、その分いろいろ成長はできたか。ティーダさんは?」
「僕は探索任務だったよ。スタミナはかなりついたかな。まあ……ジャングルの有毒生物に噛まれたときは、死んだかと思ったけどね」
苦笑するティーダに、俺は素直に頷いた。
「こっちも何度も死にかけたな…」
(……みんな、本当に強くなってるんだな)
俺だって、シグナムやヴィータ、師匠相手にボロボロになりながらも食らいついてきた。
それぞれが強化され、そしてこれから一緒に臨む――ラストミッション。
果たして俺たちは結果を残せるのだろうか……。
コンコン、と控室のドアがノックされる。
「特務隊の皆さん、そろそろ準備をお願いします」
顔をのぞかせたのは局のスタッフらしい女性。台本を抱えて、丁寧に頭を下げてくる。
「げ、もうか!?」
思わず声が裏返った。
「ユウト、声震えてるぞ?」
ヴァイスが肩を揺すって笑う。
「……からかうな! 俺だって緊張するんだよ!」
「深呼吸するといいですよー!」
「吐く息を長く意識してな!」
「そうそう、インタビューなんて一瞬だよ」
(みんな自分たちは出番ないからって呑気な顔して………!)
心の中で叫びつつも、喉がからからに渇いていくのを感じる。
「では、本番までこちらにてお待ちください」
スタッフに促され、俺は立ち上がった。
足取りが重いのは、訓練で体がボロボロだからか、それとも極度の緊張のせいか。
いずれにせよ、逃げ道はない。
本番が、始まる……。
ーーということで、本日は取材よろしくお願いします。ユウト・タカマチ一等空士。
「ユウトでいいですよ。本日はよろしくお願いします」
ーーでは、初めにこの第4武装隊直轄特別任務評価行動隊、通称“特務行動隊”について教えてください。
「はい。僕たち特務は主な理念として――」
* * * *
ーーなるほど、分かりやすい説明ありがとうございます。
「いえいえ……これも任務のうちですから」
ーー任務といえば……明日は本局の魔導師達との公開模擬戦闘がありますが、意気込みの方は?
「もちろん、全力で臨ませていただきます。僕はまだ若輩者ですから……本局の皆さんには胸を借りるつもりで挑戦させていただきたいですね」
ーーなるほど。では、ユウトさんは現在13歳になったばかりと伺っていますが……いつから魔法の鍛錬を?
「それはもう幼い頃からですね。僕の周りには、6歳で魔導師になって、11歳で執務官になった――化け物みたいな努力家がいましたから」
ーークロノ執務官ですね。
「はい。僕も彼の影響で鍛錬を始めたのがきっかけです」
ーーでは、将来の進路先は執務官志望ですか?
「そう……なりますかね。クロノと違って部隊付じゃなく、もっと自由に動ける独立型の執務官を目指したいと考えています」
ーーありがとうございます。では、ここからは少しプライベートについても伺いたいと思います。
「えっ、プライベート……? あの、あまり答えられないと思うんですけど……」
予期せぬ方向に話題が逸れ、思わず視線をカンペの方に逃がす。
すると――
【嘘抜きで答えろ】
なぜか太文字ででかでかと書かれたカンペを持ったヴィータと目が合った。
さらに空いた手で“お金”のジェスチャーをして、ニヤァッと悪そうな笑みを浮かべている。
(……ボーナスのために、全部正直に答えろってことか!? いやいやいや、これ全国放送なんだぞ!?)
心臓が嫌な汗をかき始める中、マイクは確実に俺の口元に迫っていた。
ーーまずは視聴者から届いたお便りを読んでいきます。
「は、はい……」
ーー匿名のえせ関西弁アンチ*1さんからのお便りです。『正月から友人F*2が虚空を見つめて顔赤くしたりしてるけど、原因について心当たりは?』
「……ぼ、僕には関係ないので……ちょっと分からないですね」
ーー続いて、星光*3さんからのお便りです。『浮気はダメだよね……』
「……あの、俺の交友関係、把握されてるんですか?」
ーーうーん、あまり良さげな回答は得られませんね……では趣向を変えましょう。技術顧問A*4さんから。『知り合いでいちばん怖いのは誰?』
「えーと……あえて言うなら、目が笑ってない時の幼馴染ですかね」
思わず苦笑しながら答える。
「無表情で砲撃魔法を向けられたりするんで……。さっきのお便り的には、その未来も遠くなさそうで……とても怖いです」
会場からクスクスと笑いが漏れ、インタビュアーは満足げに頷いた。
(絶対俺の交友関係とか関係性ばれてるよな…誰だ勝手に人の個人情報売ったやつ!?)
ーーさて、緊張もほぐれてきたと思うので、本題に入りますね。
「あ、はい……」
(……いや、全然ほぐれてないんだけど!?)
ーー特務隊として全員に配備された新型デバイス……いわゆる“カートリッジ式”ですね。それらの安全性についてお話ください。
先程までとは違い、真剣な表情で投げかけられた問い。
どう答えたものか、少しだけ言葉を選ぼうとした瞬間――視界の端でヴィータが【嘘抜きで答えろ】のカンペを誇らしげに掲げていた。
(……やれやれ。ここで逃げたら、また後でボコられる……か)
「カートリッジは……絶対的な安全とは言えないと思います」
自然と、正直な言葉が口をついて出た。
「扱いには癖がありますし、通常のデバイスよりも暴走や暴発の危険性は高い。どれだけ優れた道具でも……使い手が未熟なら意味がありません」
ーーでは、導入は見送った方が良いのでは?
「……それでも」
言葉を強める。
「カートリッジは、足りない一歩を埋めてくれるシステムだと思っています」
ーー足りない一歩、とは?
「救えるかもしれない命を、自分の力不足で救えない状況」
胸の奥にわだかまる悔しさが、声に乗った。
「局員全員とは言いません。でも、心当たりがある人は多いはずです。もし――あと一秒早く飛べていたら。崖から落ちる子の手を掴めたかもしれない。もっと強力な魔法が撃てたら、目の前の強敵を退けられたかもしれない。崩れるビルの中で、結界が張れていたら助けられた命があったかもしれない……」
控室から見ている仲間たちの表情が頭に浮かぶ。ティアナ、アリシア、はやて……助けたいと思った顔がいくつも重なった。
ーーカートリッジを使えば、それが可能になると?
「絶対とは言いません」
ゆっくりと首を振る。
「けど……明日の公開演習では、その“足りない一歩”を埋める使い方を、見せられたらと思っています」
言い切った瞬間、視線の先でヴィータが満足そうに笑みを浮かべた。
「よくやったじゃねぇか」――そんな無言のメッセージが伝わってくる。
だが、その後方。
収録現場の奥に控えていた、ふくよかな体型の上級士官らしき男は、苦虫を噛み潰したような顔をしていた。
(……あの人が、守護騎士嫌いの上層部の一人か……?)
嫌な胸騒ぎが走る。
思わずヴィータに目配せを送るが、あいつは気にした様子もなく、ただこちらに笑顔を返すだけだった。
おそらく――今の発言に圧をかけてくる張本人。だが、この場でどうにかできるわけじゃない。
(顔だけ……覚えておこう)
ーーなるほど。では、明日の演習を楽しみにしています。
インタビュアーが締めの言葉を口にし、カメラの赤いランプが消える。
張りつめていた空気が、一気に緩んだ。
(……終わった。けど、本番はこれからだ)
そう自分に言い聞かせながら、俺は深く息をついた。
「なかなかいい受け答えだったぞ、ユウト」
収録が終わるなり、ニヤニヤ笑いを浮かべたヴィータが寄ってきた。
「ヴィータ……さっきお前の後ろにいた人って……」
「ふふん、気にすんな。どうやら賭けはあたしの勝ちみたいだしな」
「賭け……?」
「まー気にすんなって。お前は明日の演習のことだけ考えてろ」
軽くあしらわれるが、胸の中の不安は消えなかった。
「……インタビューでは大口叩いたけどさ。俺たち、本当に勝てるのか?」
「不安そうだな。お前らしくもない」
「そうは言っても……負けたらカートリッジも近代ベルカ式も潰される。相手がどんな奴らかも分からないんだぞ。余裕なんてもって挑めない」
「んー。なら見に行くか?」
「は? なにを……?」
「対戦相手だよ」
「そ、それっていいのか……?」
「さっき聞いたんだけどな。向こうの控え室に相手チームのうち三人はもう入ってるらしい。顔合わせくらいなら問題ないだろ」
「……なら、お言葉に甘えようかな。ちなみにヴィータ的にはどうだった? 強そうだったか?」
「まあ、強者揃いではあるな。だけど……」
「だけど?」
「会ってみりゃ分かるさ。詳しくは聞くな」
歯切れの悪い答えを残しつつ、ヴィータに案内され本局チームの控え室前へ。
ちょうどシグナムが部屋から出てきたところだった。
「……む、ユウトにヴィータか。収録は終わったか」
(シグナム、なんでここから出てきた……?)
疑問が浮かんだが、口を開く前にヴィータが尋ねた。
「なぁ、シグナム。様子はどうだった?」
「……かなり、まずい。明日は……負けるかもしれん」
「まじか。やっぱコイツのせいか?」
「ああ。まったく、どうしてくれようか」
ヴィータとシグナムが同時に俺を見て、深々とため息をつく。
「ちょ、なんだよ俺!? 本気で意味が分からないんだけど!」
狼狽する俺の目の前で、控え室の扉が静かに開いた。
(……いよいよ、相手チームとの対面か……!)
緊張で喉が乾く。
だが――
「……どうしたん、シグナム。部屋を出たと思ったら廊下で立ち尽くして……なにかあったん?」
聴きなじみの幼馴染の声。
「シグナムさん、大丈夫ですか?」
聴きなじみの幼馴染の声2。
そして――
「なのは、待って! もうすぐユウトのインタビュー映像が流れるよ」
聴きなじみの幼馴染の声3。
「……え?」
そして目の前のモニターに、ついさっきの俺が大映しになっていた。
ざっくりインタビュー回。
なのは達ようやく出せてこの章も終わりに近づいてる……!